太陽がフィルドラン山脈を照らす中、あちこちで爆音が響く。
レオは荒れた地面を走り抜け、目の前の魔物──デュアル・ドラゴンに不敵な笑みを浮かべながら魔剣で
硬い竜種の鱗に護れた肉を、魔剣の闇が容赦なく斬り裂く。
胴体を斬られた双頭竜は吠え、空から別の双頭竜がレオに向けて灼熱の息吹を放った。
「甘いな!」
左掌を地面に叩き付け、レオは魔法を唱えた。
「『サウザンド・ストーム』!」
地面から上空へ向けて巻き起こる暴風魔法──【サウザンド・ストーム】が千の刃となり、空に居た双頭竜を呑み込んでいく。千の刃に囚われた双頭竜の血肉が他に降り注ぎ、大地を竜の血で穢していく。
半分取り戻した魔力を遺憾無く発揮するレオの姿に、同行していた村のパトラとアルカは驚嘆の息を漏らす。
メンデル国の敵。魔王が村一つ守るために魔力を出し惜しみしない姿勢に、嬉しさと同時にまた彼は国の敵になる。パトラとアルカは複雑な心情を宿しながら、双頭竜の首を落としていく。
二人の女性にとっては、双頭竜の討伐は日常の中の作業の一つでしかない。それが当たり前の如く、剣を撫で下ろすように双頭竜の二つの首が宙を舞う。
「竜の血肉を嗅ぎ付け、獰猛なワイバーンが釣れたか」
空の一面を覆い尽くすワイバーンの数。そこにレオの焦りの色は無い。魔力が半分戻った時点で大抵の魔物はどうにでもなるからだ。
と、レオの呟きに対してあの一番にパトラが、大地を蹴り跳ぶ。そしてワイバーンを一太刀で斬り裂くと、死骸を足場に次のワイバーンへと飛び移る。
ワイバーンが放つ火球を彼女は身を捻るだけで躱し、また一頭、二頭とワイバーンの血肉が宙を舞う。
(キュアリア村を攻め落とすとなれば、多大な損害を被るか。……ならば魔王軍がこの地を攻めるのは無駄だな)
村人一人一人が洗練されている。一体勇者の血脈は彼女達に何を齎してきたのか。戦う術を授け、ただ守れるだけの存在から必要な自衛を備えた者達へと成長させた。
時の流れ、時代に翻弄され何も出来ずに消えていく者達に溢れている。恐らく勇者アリオスはそんな理不尽を嫌ったのだろう。
レオは地上に降り立つワイバーンと双頭竜に右薙を繰り出しながら、彼女達に笑みを浮かべた。
(セオドラよ。観ているか? お前が望んだ強き民はここに居る。彼女らは心から魔族を受け入れたぞ)
亡き友が望んでいた強き民とは、きっと彼女達のような時代に翻弄されない者達のことを示す。
良い物を見た。レオは左掌から業火を振り双頭竜を焼き尽くしながら現状に感謝した。
きっかけがルシファーとは正に皮肉だが、それも人生の経験の一つに過ぎない。
そんな事を胸に秘めたレオは、村人達と共闘しながらフィルドラン山脈に巣食う魔物を一掃。
魔物を一掃したレオ達は魔物の死骸から魔核、肉を得る。そしてレオは魔物が多数生息していた谷間を隅々まで調べ、
「ここだな」
谷間の中心点に手を触れ魔法陣を描く。決して天使に悟られないように、誰にも見えないように。それでいて発動後に谷間を確実に崩す魔力を込める。
「ひゃぁー、魔族って空を飛べるって聴いていたけど、本当に飛べるんだね」
アルカの気の抜けた声にパトラが笑みを浮かべて返す。
「私もはじめて見るけど、空から攻められる騎士団には同情するわね」
「他人事じゃないような?」
そんな会話を耳にレオは手早く作業を終わらせ、地上に降り立つ。やがて空に鋭い眼孔を飛ばした。
空に何か在る。そう悟った村人達は警戒心を浮かべる。
「急ぎ村に戻った方が良さそうだ」
その言葉に村人達は一斉に駆け出す。上空から天使兵に見られていると察しながら。
魔王レオに睨まれた天使兵は、恐怖で戦慄していた。
空高く飛び上がった自分に目を合わせながら鋭く睨まれた。
魔力も気配を隠していた。なのに自分の存在が勘づかれた。あの男は一体何者なのか。
そう天使兵が疑問を懐き、急ぎに報告せねばと翼を羽ばたかせた、その瞬間。
鋭利な闇が身体を貫く。
「……ま、ま、まさか!?」
慌てながら天使兵が周囲を見渡すと、そこには魔法陣は無い。何一つ、自身の身体を貫いている魔法の出所も一切この場に存在しない。
(ダメだ、私はもうダメだ。魔核を貫かれた。もう間も無く死ぬ……!)
血反吐を吐き出し、迫り来る死の恐怖を強引に抑え込み思考を巡らせる。
では、この闇は何か。次第に薄れゆく意識の中で天使兵は答えを探した。死ぬ前に同胞に伝えなければならない。
しかし、すぐさま異変が天使兵を襲う。貫いた闇が身体を侵蝕する様に拡がっていく。闇に侵蝕された箇所から消えて行く間隔に天使兵は恐怖を浮かべる。
「こ、こんな! こんな死に方は……嫌だ!! 頼む! 誰か私に気付いてくれえええぇ!!」
叫ぶ。必死に叫んだ。責めて同胞が自分を発見してくれることを願って。喉が張り裂けそうな程に天使兵は叫び声を上げた。
彼の断末魔は山脈中に響き渡るが、誰一人として彼の下に駆け付ける天使兵は居なかった。
とうとう彼は全身が闇に侵蝕され、やがて闇は光に溶けるように消えて行く。
レオ達はキュアリア村に帰還すると、そこには既に村の防備を万全な物としたリア達の姿。
誰しもが戦の準備を終え、覚悟を示した面構えにレオは鋭い笑みを浮かべた。そして、
「……さて、問題はいつ天使兵が現れるかだな」
天使兵が攻めて来る具体的な時間が分からない。戦争では患者が侵攻時間を調べるのだが敵は天使。
普通の戦争とは違う。敵に魔族領以外の拠点が無いからだ。これでは兵糧攻めも拠点落としも実行できない、だから此方が取れる選択は拠点防衛の一点のみ。
「忍耐強く待つって苦手なのよね。やっぱり守るより攻める方が性に合ってるわぁ」
愛刀を抱きながら空に向けて呟く彼女に、雪羅族達は苦笑を浮かべる。血の気が多い魔族にとって"待つ時間"は非常に長く感じるだろう。
「耐え忍ぶのもまた戦だ。沸る闘争心は敵に一気に解放してやればいい」
レオの言葉を合図に彼らの耐える戦いが始まった。