天使兵はキュアリア村の上空を囲んでいた。
既に夜が訪れ、頼りになるのは月と星の灯りのみ。
「村に人間が集まっている。おまけに勇者とあの仮面の男もだ。ここで一気に殲滅するのも一興」
サタナキアの愉悦の籠もった声が夜空に響く。
闇夜に咲く聖なる光が、愚かな人間どもに裁きを与え、勇者の心を壊す。
これは聖戦だ、とサタナキアは酔いしれていた。
開戦の号令を告げるべく、サタナキアが右手を挙げると、
「お、お待ちを! 監視隊のマルファが消息を断ちました!」
「それが? 何か問題でも?」
名も覚えていない雑兵が消えた。その報告にサタナキアは、何一つ感じることも無く淡々と聞き返す。価値の無い報告だ、雑兵が与えられた任務一つ熟せないのだから。
冷え切った視線を向ける彼の様子に、マルファと戦友だった天使兵は恐怖を抑えながら必死に訴える。
「これはっ! 何か敵の策略かとっ! 敵の全容が見えない以上迂闊に攻め込んでは……っ!」
我々が危険だ。そう告げる天使兵の言葉をサタナキアは笑って返した。
「ほー? ならば我々の威光を持ってして策略ごと打ち砕けば良いではありませんか」
何か小細工をしようとも所詮は人間。彼らに山脈に仕掛けた魔法陣を解除することは叶わない。
既に村の上空は五百に及ぶ天使兵が包囲している。村人はたった五十人だ。逃げることも叶わず、彼女らは天使兵に蹂躙される定めにある。
例え騎士団の増援が来ようともそれこそ望むところ。我々は天使だ、人間よりも遥かに優れた種族が遅れを取る筈がない。
必死の訴えに耳を貸さないサタナキアに、天使兵は苛立ちを隠した。彼は下級天使を替えの効く駒の一つとしか捉えていない。彼に仕える価値は在るのか。そう天使兵は内心で疑問を並び立てていた。
これならまだ魔族の方が眩しく見える。彼らの指揮官ロランは配下の一人一人の名を覚え、気に掛けているというのに。これでは戦を知らない我々は不利だ、と。
そんな彼に特に気にした素振りも見せず、サタナキアは配下に言葉を紡いだ。
「ああ数人は生かし、混沌結晶を埋め込め。まだ人体に直接埋め込んだ混沌結晶がどんな作用を起こすか調べてませんからね」
いま手元に在る混沌結晶は六つ。一つは魔物を暴走させるための物。一つは天使兵の魔力底上げ。一つは自身に施す物。後の三つは捕らえた村人の実験用。
そこまで先を見据えたサタナキアは、一つ計画を変更した。混沌結晶を一つ勇者リアに取り込ませればどうなるか。
その経過を見るのも一興だ。
「さあ皆の者! 愚かな人間どもを蹂躙せよ! これは魔王ルシファー様に捧げる聖戦である!」
戦の合図に天使兵は雄叫びを挙げ、村に向けて掌をかざす。
放つは天の雷。人間に裁きを与えるに相応しい魔法。そう天使兵の誰もが信じて疑わずに【天雷】を放つ。
地上に降り注ぐ数多の【天雷】が建物ごと人間を吹き飛ばすだろう。
村に向かって一斉に堕ちる【天雷】を目にした天才兵は嘲笑う。
だが、その嘲笑いはすぐにと消えて行く。
「……は? えっ、何だあれは?」
目下の光景に天使兵は戸惑いの声を絞り出す。
こちらの魔法に反応したかのうに、村の真上に無数の魔法陣が出現。そして魔法陣は【天雷】を弾き、代わりと言わんばかりに火球を撃ち出す。
「迎撃魔法か!? いつだ! 連中はいつ仕掛けた!?」
監視の日々の中で人間にそんな素振りは一切ない。ましてや天使に気付かれないように魔法陣を隠す芸当など不可能だ。
僅かに混乱に堕ちたサタナキアは一瞬反応が遅れ、迫る火球が身体を掠める。
少しだけ焼けた衣服に、サタナキアは血が滲むほど拳を握り込んだ。
「上空から無理ならば、地上から攻め落とすまで! 連中は生かしておかん! 絶対にだ!」
怒り心頭に地上に向かうサタナキアに、二百の天使兵が追走する。
村を覆い尽くす魔法陣が迎撃に入る。しかしそれで止まるサタナキアでは無かった。彼は迫る火球、風雷、氷結を巧みな槍捌きで打ち払っていく。
その姿に追走する天使兵は魅力され、戦意が高揚してていく。彼に付いて行けば間違いない。自分達は負けることも犬死することも無い。そう信じて。
サタナキアがキュアリア村に迫る中、威圧的な声が響く。
「ハーゲンよ、アレを解除せよ」
「御意!」
その声を合図に一つの魔法陣が弾き飛んだ。するとサタナキア達の前に、魔王レオ、勇者リア、アルティミアを筆頭に武器を携えた村人と雪羅族の姿がそこに在った。
天使兵が驚く暇も混乱する暇もなく、鈴を転がしたような声が夜空に凛と響き渡った。
「さあ、魔王レオ様の命令よ! 天使兵を討ち取りなさい!」
彼女の声を合図に雪羅族が一斉に上空へ飛ぶ。
剣と魔法が夜空に飛び交い、天使の羽がキュアリア村に舞う──