轟音と剣戟が響く中、レオが天使兵に向けて吠える。
「魔王は此処だ! 不意打ちでしか勝てぬルシファーの代わりに俺の首を討ち取る覚悟が在るか!!」
ルシファーによって行方不明になっていた魔王レオが、キュアリア村に居た。そして勇者リアと行動を共にしている。その事実だけでも天使兵に大きな衝撃を受け、ある者は混乱しまたある者は絶望した。
サタナキアはレオを視線を向け、彼にしてやれたのだと気付く。
メルディア島に出会った仮面の男の正体が魔王レオだった。あの時既に自分はレオに気が付かず見逃してしまっていた。それは多いな失態であり、ルシファーに知られればどうなるか。
「魔王レオ! なぜ貴様が此処にっ!! ええい、貴様の首を手土産にしてくれる!」
サタナキアはなりふり構わず天使兵に命令を下す。
「今の奴は魔力……いや、待て! なぜ貴様の魔力が回復している!? 決して解けぬ楔を一体どうやって!!」
ルシファーは用意周到だ。レオとリアが魔力を回復する隙など決して与えない。ならば誰かが混沌結晶に細工を施した。陣営に裏切り者が潜んでいる、それこそ女神の配下たる天使兵が。
サタナキアはそこまで考え、内部を一掃する必要が有ると舌打ちを鳴らした。混沌結晶がこの場で使えない。そう判断した彼は、忍ばせていた全ての混沌結晶を転移魔法で魔王城へと送り込んだ。
「どうした? ビビったのか、魔力を半分程度回復させた魔王に……いや、失敬。お前の上司は不意打ちでしか勝てぬ男だったな」
この場に居ないルシファーに対する侮辱の言葉をレオは吐き出す。
そして彼は魔剣を構えながら地を駆け出し、サタナキアに一閃放つ。
サタナキアは聖槍を盾に魔剣の刃を防ぐ。レオはそのままの勢いで、サタナキアの頭上を飛び越え、山脈へ向かって駆け出して行く。
「なっ!? 逃げる気か!!」
「フッハッハッ!! 逃げる? そう思うならば俺を捕まえてみせろ!」
高笑いに挑発を返すレオに、天使兵は我慢できないとばかりに彼を追い始めた。
「あの者は我々に任せてサタナキア様は、勇者どもを!」
レオを追い掛ける天使兵の背中に、サタナキアはリア達に振り向く。そして憎悪を浮かべた眼差しと共に、
「……良いでしょう。貴様を嬲り殺しにしてくれる!!」
殺意を振り撒く。大天使の殺意に村人達は怯むどころか、勇敢に武器を構える。
そして彼女達の隣には四魔将軍のアルティミアの姿。天使から見れば、人間と魔族が共に並び立つ姿が奇妙でしかない。いや、異質と言って良いほどの光景だ。
「どう? 私達だって共通の敵を前にしたら手を取り合えるのよ」
「ふん、そんなものは幻だ! 共通の敵が消えた時こそ貴様らは再び争う!」
「それは否定しない! でも、ルシファーを倒して魔族と共存の道だって示してみせるわ!」
力強いリアの言葉にサタナキアは怯んだ。
真っ直ぐに見つめる空色の瞳がサタナキアを離さない。
彼女の気持ちに嘘偽りがない。間違いなく気迫や、先程の策略の面では此方の敗北だ。それは認めざるおえない。否、認めなければ天使もまた成長しないのだ。
サタナキアは深く息を吐く。そしてようやく冷静を取り戻し魔力を解き放つ。
「認めよう、戦略に於いて我々の敗北だ。だが、武力ではどうだ? 我々が魔王レオを討ち取り、勇者リアの心を完膚なきまで砕けば我らの勝利だ!」
槍を弓放つ要領で限界まで振り絞り、一気に目前の村人に向けて放つ。
一息で繰り出される神速の突きをアルティミアが涼しげな顔で受け止める。
「面白いことを抜かすわね? レオ様を雑兵如きに討ち取れるわけが無いでしょう」
槍の先端を愛刀で地面に叩き落とす。そのままアルティミアは身を屈めると、リアとパトラが左右から刃を一振り、交差する刃をサタナキアは体を捻り刃が衣服を掠める。
リアはそのままの勢いで聖剣に光を纏わせたまま、刺突きを繰り出す。
「こんなもの!」
サタナキアは槍を回し彼女の聖剣を弾く。無防備となった彼女の腹部に彼は掌を押し当て、
「《光よ衝撃となれ》」
光の衝撃がリアを呑み込む。その様子に村人達は涼やかな顔でサタナキアに駆ける。
「私に光は効かないわよ!」
光の衝撃から突っ込むリアの姿にサタナキアは、何度目かの驚愕を浮かべた。光が通じない人間が存在しているなど長い歴史に於いて前例が無い。
彼女は確かに光属性を扱うが、人間である以上は完璧に防ぐことは不可能なはず。
すぐさまサタナキアは、まさかと刃を捌きながら思案した。
(ルシファー様は彼女を知った上で目を付けた? なぜ私に情報を……)
ルシファーが混沌の素材として選んだ二人がレオとリアの二人。天界黙示録に記された項目には、"魔王と勇者が現れ争う運命に在る"と。闇と光の争いは古来より続く終なき争いだ。
だが、その争いの原因は混沌の神が死に際に光と闇に魔力を分けたのが原因とされている。
(ええい! 今は考えている暇では無いか!)
村人一人一人の剣を捌き漸く理解した。この村人達は天使兵よりも強い。
魔力量では此方が圧倒的だが、武力面では人間よりも劣る。
(チッ! ぬるま湯に浸かった弊害か! 闘争こそが進化のきっかけ! 天使に足りないのは闘争心……女神め! こうなることも織り込み済みだったか……っ!!)
サタナキアは槍を地面に突き刺し、両側から迫る村人に対して腕を交差させ、
「鬱陶しわぁ!」
光の波動が掌から放たれ、リアは息を呑む。
光の波動を目の前にして村人は死を覚悟、目を閉じた。しかしいつまで経っても衝撃が襲わないことに村人は不審に思い瞳を開くと。
「全くもう! 天使も無詠唱から魔法を放つってこと忘れない!」
村人と光の波動の間に氷結の壁が割って入っていた。
「あ、ありがとうアルちゃん!」
「あ、アルちゃん!? ……リア? あなたの村人は面白いことを言うわね」
「あの人達なりの愛称よ! けど、危ないところだった、本当に助かったわ!」
「やっぱり大天使の相手は私とリアが受け持った方が良いわね」
村に入り込んだ天使兵の数は多い。サタナキア一人に村人を割り当てていれば手が足りなくなる。幾ら村人が規則外の強さを誇ろうとも物量戦、大群戦に加えて防衛戦では徐々に押されていく。
「雪羅族達よ、各々の最善を尽くして村人と勝利しなさい」
アルティミアの声一つに雪羅族はすぐさま動き出す。
雪羅族の一振りで天使の魔法を斬り払い、キュアリア村の民の一振りが天使の矛を砕く。そして村に天使の鮮血が舞う。
レオを追った天使兵は二百。村に残った天使兵が三百だったが既に百が討ち取られた。
サタナキアの槍と魔法を抑え切るリアとアルティミアの二人。
火花が散る中、フィルドラン山脈から爆音が響く。
その後に両軍は一瞬だけ攻勢の手を止めた。