フェルドラン山脈で何が起こったのか。サタナキアは山脈が崩壊しない様子から、こちらの策略が失敗した事を悟る。
同時にリアとアルティミアはレオとハーゲン達が成功したのだと悟り、
「レオ様が成功したわよ! これで敵兵は残り二百余り! 一気に蹴散らしなさい!」
アルティミアの言葉で雪羅族の闘争心が上がる。天使兵の槍を砕かれ、魔法をも弾かれる中でサタナキアは笑みを浮かべる。
そこに焦りの色は一切無く、むしろ余裕すら感じ取れる笑みだ。
「……アルティミア、何か隠してるわよ」
「そうでしょうね──村人も我が雪羅も村の中央に集まりなさい!」
サタナキアが何を企んでいるのか、アルティミアは戦の直感から急ぎ全員に指示を出す。
村人と雪羅族が天使兵との交戦を中断し、村の中央へと駆ける。それと同時にサタナキアは掌を空にかざし、
「さあ! 我が僕達よ顕れよ!」
言葉と共に空間が裂かれる。空間の裂け目から天使の羽根が散り、キュアリア村を包囲するように天使兵が続々と出現した。
ざっと見渡すだけで五百の天使兵。これで敵兵力は七百余り。
「何か企んでると思ったら増援? えっ、それだけなの?」
アルティミアは拍子抜けと言わんばかりに肩を竦めた。
予備戦力の用意。だがそれを投入したのは理解できるが、その程度でキュアリア村の民が絶望する事はない。
「……この数を相手に人間を守り切れるのか」
「余裕よ。既に
底知れぬ冷気を発するアルティミアに彼の体が震える。生存本能が、『逃げろ!!』と叫ぶ。
天使兵は身の危機を感じ取り、マズい、彼女を動かしてはマズい。その場の全員が、二人を囲んでいた五十に及ぶ兵が一斉に判断。武器を携えアルティミアに殺到する天使兵に、彼は鋭い声を張り上げる。
「ソイツの間合いに入るな!!」
瞬間。
一瞬だった。隣に居るリアを斬撃に巻き込まず、殺到した天使兵のみを氷像に変えたのは、まさに一瞬のこと。
氷像へと変わり果てた天使兵は自身の状態に理解が追い付かず。凍結した肉体、動く思考回路と保たれた意識により混乱を強め──ようやく、
(いま、何をされた!?)
疑問を呼び起こす。
しかし、全てが遅過ぎた。彼らの氷像に亀裂が走り、花弁の如く空に散って逝った。
「……き、貴様! 私の眼には今! いま、貴様が六つの斬撃を同時に放ったように見えたが……っ!」
そんな事が有り得るのか。眼にした光景を疑うサタナキアに対して、アルティミアはイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「その眼で見えたんならソレは紛れもない現実よ。ああ、幻覚かもね」
飄々と語る彼女の姿にリアはため息を吐く。
視覚で視認した彼女の動き。間違いなくアルティミアは天使兵一人に対して六つの斬撃を放っている。それを五十も目に止まらない速さで繰り出す。
自分を巻き込まずアルティミアは、一呼吸で六つの斬撃に膨大な冷気を纏わせ同時に五十の天使兵に放った。
ソレは紛れもなく彼女の魔法技──【六華ノ太刀】によるもの。
凍結を防ごうとも六の斬撃が肉を裂き、人体の内側から冷気が全身の体温と水分を奪い尽くし瞬間凍結に至る。
改めて見ると恐ろしい魔法技だ。そもそも彼女の剣速を防ぎ、肉体を侵食する冷気を魔力で防いではじめてまともにアルティミアと戦うことが赦される。
「天使兵は村人の殲滅に死力を尽くせ。私はあの女と勇者を討つ」
サタナキアはここに来て、漸くリアを人形にする拘りを捨てた。拘りを捨てなければ此方が全滅する。皮肉な事にアガリアレプトの忠告通りだ。
忌々しい女だが、今は感謝しなければならない。そうサタナキアは槍をアルティミアとリアに向ける。
金属が弾かれる音と魔法の音が響く中、リアとアルティミアは一呼吸置く。そして同時にサタナキアに駆け出す。
リアは聖剣を下段から斬り上げ、同時にサタナキアの右側面から蒼天氷雪による左薙が迫る。
サタナキアは右掌で魔力障壁を創り出し、アルティミアの刃を防ぐ。そのまま槍で聖剣を弾き、リアの腹部に蹴りを放つ。
だがリアは、身を翻してサタナキアの蹴りを避けた。彼女はそのまま勢いで鋭い回転斬りを放つ。
同時に魔力障壁がアルティミアによって砕かれ、リアの放った渾身の一撃がサタナキアを斬り付ける。
大天使の鮮血がキュアリア村の大地に散る。
サタナキアは流れる血に呼吸を整え魔力で止血。一瞬周囲に目を向けた。
次々と倒れて行く天使兵。村人と雪羅族によって蹂躙される彼らの姿がサタナキアの瞳に焼き付く。
この結果を齎したのは自分だ。勇者リア一人に固執した事が原因。栽培の甘さ、過信と慢心が齎した恥ずべき結果。
これでは兵力を無駄に消耗したに過ぎない。認めようこれは自分の過ちだ、と。そうサタナキアは心中で過ちだと認めた。
(……私の負けだ。だが……タダでは死なん!)
サタナキアは魔力を槍に集めながら、空に飛翔する。
「天使兵は撤収し、ルシファー様の下へ!」
天使兵に命令を下すと、彼らは一斉に転移魔法で戦場を去っていく。
その様子にリア達はサタナキアを睨む。溢れ出る魔力が槍に集まる様子に、彼はその槍で村を破壊するつもりだと。
アルティミアを始めとした雪羅族が一斉にサタナキアに魔法を放つ。だが、サタナキアは魔力障壁を展開し、魔法を防ぎ切った。
魔力の塊となった槍を振り絞る様に構えるサタナキアに、リアは聖剣に魔力を集める。
あの槍を弾く事はできるが、大出力の魔力を人の身で受け止める事になる。ソレをすればリアの身体は無事では済まないだろう。最悪二度と剣を振れない身体になる。
リアはそれでも、村を守れるためならと聖剣を構えた。
アルティミアは万が一に備え、魔力を愛刀に集めていた。リアはあの槍を受け切れるが肉体の損壊は免れない。それはレオが深く哀しみ、彼と彼女が決着を付ける機会が失われる。それでは意味が無い。
アルティミアはリアの隣に立ち、
「ダメよ、あなたにはちゃんとレオ様と決着を付けて貰わなきゃ」
「そうだけど……良いの?」
「良いのよ。衝撃を肩代わりするだけだから、最後は勇者の仕事よ」
弾き返すのはリアの役目だ。そうアルティミアは微笑む。
(この状況下で互いを守るか!)
地上を見下ろすサタナキアは見た。雪羅族達が村人の守りに入る姿に。美しくも儚い光景が目下に広がっている。
しかしサタナキアは攻撃の手を止める事は無い。自分はルシファーために勝利しなければならない。
そしてサタナキアは限界まで振り絞った槍を、リアに向けて投擲した。
避ければ大地が吹き飛ぶ程の魔力の塊、それこそキュアリア村は大陸から消滅する程の威力だ。
鋭く穿たれた魔力の塊がリアに迫る。
彼女は地面を踏み抜き、大きく聖剣を振り抜いた。
「はあああああっ!!」
聖剣が魔力の塊を受け止め、アルティミアの愛刀がリアの聖剣を支える。
衝撃が分散される中、リアは渾身の一刀を放つ。
魔力の塊が彼女の気迫と聖剣によって弾き返され、真っ直ぐとサタナキアに飛翔していく。
魔力障壁が砕かれる中、サタナキアは間一髪の所で自身が放った槍を避けた。
天に昇る魔力の塊を見上げたサタナキア。もう転移魔法を駆使する程の魔力は遺されていない。
(私はここまでか)
そう断念した、その時だった。誰かの細腕がサタナキアを空間に引き摺り込んだのは。
「……っ、撤退した?」
「あの様子じゃあ、そう見て良いわね」
「ふうっ……終わったのね」
サタナキアの撤退によってキュアリア村を守れた。誰一人の犠牲者を出すことも無く。
これ程の成果はそう得られないだろう。特に今回は魔族の力添えが大きく影響していた。
「アルティミアも! 雪羅のみんなもありがとう!」
リアは満面の笑みを浮かべて、彼らに心から礼を告げた。
そして帰って来たレオ達を総出で暖かく迎え、勝利を祝う宴が始まる──