魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 目の前に現れた二人にゴブリンは警戒を浮かべ、僅かに後退る。

 この島には()()()()()()()()()()()、その彼等も今は海原を旅している。

 二人は何者なのか何処から来たのか。自身の生活を脅かす侵略者なのか。

 だからこそゴブリンが自らの安息を守るため敵意を向けるのは必然だった。

 ゴブリンは縄で縛り上げた山羊を、少し離れた地面に放り投げ短剣を二人に向ける。

 レオとリアは、お互いの錆び付いた武器を鞘から抜き放ち構える。

 すると、ゴブリンは二人の持つ武器に眼を向け。

 

「……錆びた武器……錆びた武器だと!? 我々ゴブリン族が最弱と知って舐めているのかっ!!」

 

 激しく激昂した。

 怒り狂い地団駄を踏むゴブリンの様子に、レオとリアは錆び付いた剣を握り込む。 

 

「錆びた武器を得物にした事を後悔させてやるっ!!」

 

 ゴブリンはレオとリアに駆け出し距離を詰め、短剣の間合いに入り込んだ瞬間、刃を振りかざす。

 二人は重たい身体を左右に弾かせ僅かに距離を取る。

 その動きは二人が頭の中で思い描く通りとはいかず、自身の動きの鈍足さに舌打つ。

 ゴブリンは狙いを怪しい仮面で素顔を隠したレオに振り絞る。

 ゴブリンの人生から培った経験上、怪しい者は何をするか分からない。

 決まってそういった手合いは魔法を主軸に攻める。

 そう瞬時に判断したゴブリンは、レオに短剣を振り上げた。

 防御の姿勢を取らないレオに、ゴブリンは僅かに刃を振り下ろす事を躊躇してしまう。

 誘われている。もう一人の人間が背後から襲う算段か、それともゴブリンの攻撃は意に返さないのか。何かの罠なのか。

 しかしゴブリンは誘われていると認識した上で、刃を振り下ろした、すると……。

 刃はレオのふくらはぎを僅かに斬り裂き、血が短剣の刃に伝う。

 あっさりと攻撃が通った事にゴブリンは拍子抜けした。

 並大抵の人間は愚か、子供ですらゴブリンの攻撃は軽々と避け反撃するというのに。

 

「……ほう、俺に傷を付けるとは……やるな!」

 

 ぐぐもった声で壮大な言葉を発するレオに、ゴブリンは呆然とする。

 そして、ゴブリンの中に一つの疑問が生まれた。

 もしかして、コイツは弱いのか、と。

 ゴブリンが呆然としている間に、レオは上段から剣を振り下ろす。

 反応が遅れたゴブリンは、またもや驚愕する。

 彼が振り下ろす剣速が酷く緩慢で、ちょっと身体を逸らすだけで避けられるほどだ。

 ゴブリンは遅い刃を軽々と避ける。

 避けた安堵も束の間。油断したゴブリンの背後に衝撃が走った。

 

「……ごめんね、私達も必死なの」

 

 懺悔の言葉を呟くリアにゴブリンは驚く。

 背後から剣を突き刺された、突き刺されたのだが、刃がゴブリンの背中を貫かなかった事に驚く。

 

「…………なんとも無い。……もしかしてお前達、激烈に弱い?」

 

「「っ!」」

 

 レオとリアの肩がびくりと跳ね上がり、ゴブリンは二人の反応から彼等がゴブリン族よりも弱い事を確信した。

 余りにも弱過ぎる二人、一人は人間である事は間違いが、もう一人は素顔を隠しているせいか正体が分からない。

 しかし二人からは魔力が一切感じない事にゴブリンは、ようやく気が付き頭を捻った。

 

「魔力を感じない程に弱い??」

 

「……フッ、まさかゴブリンに弱者として扱われる日が来ようとは……っ!」

 

「あちゃー、やっぱり今の私達はゴブリンの相手も困難なのね」

 

 レオとリアは、自分達の置かれている状況を改めて再認識した。

 ゴブリンをまともに倒せない程に弱体化した状況に。

 これではルシファーの打倒は愚か、目的達成もままらない。それ以前に島の生活すら危ぶまれる。

 そんな二人の様子にゴブリンは短剣を鞘に納め、

 

「弱者を嬲る趣味は無い、無いから一先ずウチに来るかい?」

 

 同情とも取れる生温かい眼差しをレオとリアに向ける。

 レオとリアは、優しくされた事、襲撃者に情けをかける寛大な心、そして同情された事による悔しさが入り混じった涙が頬を伝った。

 レオとリアはゴブリンの巣穴に案内され、二人は地面に座り込んで辺りを見渡す。

 山岳部の岩壁をくり抜き、壁に穴を開け窓が備え付けられ煙の逃げ道が造られている。

 しまいには石窯と焚火は愚か、羊の羊毛で造られたベッドまで備わっている。

 ここまで人間に近い生活を送るゴブリンが未だかつて居ただろうか。少なくともレオとリアの経験上、そんなゴブリンは見た事が無かった。

 

「なぜこの様な状況になるのだろうな」

 

 改めてレオは自分達の置かれている状況のおかしさにポツリと呟く。

 

「分かんない。私は勇者だよ? 人々の希望の象徴だよ? それがゴブリンに同情された挙句ご飯をご馳走になろうとしてる」

 

 リアは山羊を解体し、鼻歌を叶えでながら肉を火で炙るゴブリンの姿に頭を抱えた。

 なぜ襲った人間と魔族に敵意を向けないのか。

 レオはゴブリンの姿に疑問を感じざるおえなかった。

 魔物とは人類を襲う敵性生物であり、時に未曾有の災害を与え、時に街を蹂躙し尽くす生物だ。

 少なくとも魔界と人間界ではそれが共通の認識であり、歴史でもある。

 だからこそレオはゴブリンに質問をぶつける。

 

「なぜ魔物であるお前は、俺とリアを殺さない? ましてや魔物が料理を振る舞うなどと」

 

「おかしいかい? そりゃあおかしいよな。……けどこんな島に居ると人ですら恋しくなるのさ。見ての通りこの島には他のゴブリン族は居ない、偶に人間が船で訪れるぐらいで誰も居ないのさ」

 

 一匹だけの生活が与えた寂しさからか、ゴブリンはいつの日か人間を襲う必要性が無くなった。ましてや島に居ない敵を憎む事に彼はいつの日か疲れたのだ。

 そしてゴブリンは、動物を狩り静かに暮らす事を望んだのだという。

 

「どうしてこんな島に一匹で?」

 

「昔、同胞と海で誰が大きな魚を獲れるか勝負したんだ。その時、運悪く高波に呑まれ気が付けばこんな島に流れ着いていたのさ」

 

 それからゴブリンは静かに暮らし、偶に訪れる変わった人間達と交流を重ね文字を覚えたのだと云う。 

 

「この島に訪れる奇特な人間達か。……船なら陸地まで乗せて貰いたいものだが……」

 

 あのログハウスは、その奇特な人間達が建てた物だろうか。それならいずれ来る日が在る、とレオは考える。

 しかしゴブリンの言葉がレオの考えを否定した。

 

「どうだろうねえ。彼等は偶にしかこの島を訪れない。最悪二年は来ない事も有る、もしかしたら海で事故に遭ったかもしれないし、そうじゃ無いのかもしれない。海を股にかける彼等の安否は確かめようが無いのさ」

 

 ゴブリンの言葉にレオとリアは眉を顰めた。

 二年もこの島で生活していられない。

 早急に大陸に戻り、魔力を取り戻す方法を探さなければならない。

 そしてルシファーを討ち倒し、この奇妙な共闘関係を終わらせ元鞘に戻るためにも。

 ましてや生存してるのかさえ分からない、者達を待ち続けるより行動に移すべきだと二人は考えた。

 

「魔力さえ戻れば転移で帰れるのだがな」

 

「魔力が回復しないのか? おかしな話だな、魔核が在る以上魔力は回復するはず……」

 

「そう単純な話なら俺も彼女もここまで困り果てることは無い。……魔力を回復する術は自然回復の他に、生物の魔核から直接魔力を奪う方法も有るが……」

 

 レオは解体された山羊の魔核に眼を向ける。

 小石サイズの結晶に渦巻く魔力、アレから魔力を取り込めばその場凌ぎの魔力回復が見込める。

 一度使った魔核は魔力を失い、使い捨てにする他に無い。

 そもそも魔核が魔力を生成、回復する絶対条件が生きた生物の体内に在ること。そうである以上、一度体外に摘出された魔核に魔力を貯めることは不可能だ。

 そう、摘出された魔核は一種の魔力回復石となる。

 他にも魔力を回復する手段は、食事と睡眠を取ること。

 通常はそれだけで魔力が回復するが、今の自分達ではそれさえも叶わない。

 そんな事を考えているレオを他所に、ゴブリンは魔核を掴み上げると、驚くべき事にレオに投げ渡した。

 彼は驚きながらもそれを受け取り、

 

「なぜこれを俺に? 回復した魔力で貴様を襲うのかも知れんのだぞ」

 

「……本当かどうか知らないけど、弱過ぎる二人があまりにも不憫でな。そのままだと食料を得る事も困難だろ? こっちは人の死骸を島に置きたくないのさ」

 

 余りにも優しいゴブリンにレオとリアは言葉を失い、差出された肉に何度目かの涙を流した。

 


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