勝利の宴を終えた翌朝。
リアは一人、村の森林地帯を歩いていた。
歩き馴れた原っぱの道、風に騒めく森、川のせせらぎに彼女は笑みを零す。
同時に幼い自分を両親が温かく迎える姿が、幻覚として現れる。
「懐かしいなあ」
懐かしさと寂しさが同時に込み上がる中、リアは歩き続ける。やがて森林地帯を抜けると三つの民家が視界に映り込む。
その最奥に在るのがリアの家。何の変哲もない一階建ての木造の家だ。
民家の間を歩くリアに、一匹の老犬が嬉しそうに尻尾を振る姿が映り込んだ。
「ポチもすっかりおじいちゃんね」
老犬ポチの姿に寂しげな声が漏れた。生物は歳を重ね老衰していく。それが自然の在り方というのに、いざ老犬の姿を目にすると目尻が熱くなる。
幼い頃からポチとその飼い主とよく遊んだ。だから思い出がより悲しくさせるのだ。
それでも思い出とは大切な物。昔、思い出は悲しくなるからと言って、全ての思い出を捨てた王が居た。思い出は記憶と同じ、だから思い出を捨てた王は自分が誰だったのかさえ忘れてしまい、彼に遺されたのは何も無い自分だけ。
そんな話をリアは母から聴いたことがあった。昔話の教訓、ポチの姿は見ているだけで辛いが、日に日に弱り果てる姿を見守る飼い主の方が辛い。ポチとの思い出は大切な記憶の中に仕舞い込んでリアは手を振った。
「全ての思い出は大切よね……ポチ、また来るからね」
リアはしょんぼりとしたポチに苦笑を浮かべ、自宅の方に歩き出す。
みんな宴で酔い潰れてしまっているためか、元々人が少ないこの辺りはなおさら人気が無い。
森林の風が寂しいものに聴こえるのは、きっと人の声が無いからだ。
自宅に到着したリアは玄関のドアを開け、
「お父さん、お母さん、ただいま」
誰も居ない家に帰宅の挨拶。そのままリアは家に上がり込んで中を見て歩く。
パトラが掃除していてくれたお陰で、自宅に埃一つ無い。
「パトラ姉には今度王都のお菓子を贈らなきゃね」
リアは暖炉の前のソファに腰を掛け眼を瞑った。
聖剣ゼファールは必ず次代に託し続けなかればならない。勇者アリオスの血筋を途絶えさせてはならない。
両親の死に際の言葉が頭の中で流れる。
「死を前にしても使命の事ばかり。本当は笑って欲しかった、頭を撫でて欲しかった。勇気付けて欲しかったのに」
病気になる以前は優しく頭を撫で、哀しい時はそっと抱き締めてくれた。
優しい両親だった。それは間違い無いが、死が近付くに連れて二人は人が変わったように焦り出した。
二人の焦りは当然と言えば当然だったのかもしれない。聖剣ゼファールの担い手が女の子でまだ五歳。剣の腕も未熟で気弱で寂しがり屋な女の子。女の子の取り柄と言えば人並み外れた魔力と代々受け継いだ光属性だ。
両親が剣技と使命を伝えることを優先したのも、先の未来を想えばこそ必然だと、今なら理解できる。特に戦時中の情勢を考えれば、両親の判断に意味が有った。
「厳しい師匠だったわね。剣を受け継ぐ家系に産まれた宿命って言うけど、本当のことだったわ」
何かを受け継ぐ家系は積み重なった歴史を背負うことになる。それがどんなに重荷か、今となっては馴れたものだが昔はよく恐くて泣いていた。
その時に励ましてくれたのはいつだって村のみんなだ。
過去が在るから今が在る。だが、いつまでも過去を思い出している訳にはいかない。明日に向けて切り替えねばならない。
リアは戦後について少しだけ考える。
「戦争が終わったら勇者としての役目も終わり」
戦争が終わったら魔物狩りで生計を立てる。時に【福音の館】で働く。勇者以前にそうやって生計を立ててきた。
「でも、しばらくは魔族と共存に向けて頑張らなきゃね。……そのためにはルシファー打倒! 少女のお腹を貫いた代償は大きわよ!!」
ずっと隠してきたルシファーに対する怒りをリアはここで爆発させ、握り拳を作った。
サタナキアの故郷襲撃の件も有る。そしてメンデル国は愚か他国で増え続ける天使兵の犠牲者をこれ以上産まないためにもルシファーは止めなければならない。
勇者一人で止められる戦争では無いが、今は魔王レオが居る。彼とその配下、そして自身の仲間達と共にならばルシファーは止められる。
「うん、そうと決まれば明日に向けて準備ね!」
レオと話し合った予定では、アルティミア達を連れて王都へ向かいギリガン王と謁見。
リアは予定を頭で反復させ、明日への準備に取り掛かる。
そして、村人全員に見送られながらレオ達が出発したのは夜明け──二人はアルティミアと雪羅族の部隊を連れて王都へと進んで行く。