7-1
夏の到来、日照りが増す昼下がり。
レオ達が王都フェニスに到着したのは、キュアリア村を出発して実に一週間のことだった。
本来馬車の速度なら二週間と三日を要するが、魔法により馬に強化魔法を施し、馬車を軽量化させることで移動速度を上げた。
更に魔物が多数生息する森を最短ルートで強引に突破し、
「私、もうレオに手綱を握らせないわ」
「……流石レオ様、魔法のごり押し……うぷっ」
馬車が激しく揺れ続けた結果、アルティミアは気持ち悪そうに口元を押さえた。そんな彼女らに、
「こうでもしなければ早急に到着できんからな。……次はユグドラシルへ向かうのだ、その時はまた俺が担当しよう」
レオの不敵な笑み浮かべ、リアとアルティミアの二人は絶望に顔を歪めた。
責めて王都に有る翼竜車を借りられれば、馬車よりも速い速度でユグドラシルに到着できる。リアはちらりと並走する馬車に視線を送った。
雪羅族が手綱を握る馬車。彼らもよくレオの強引な操縦に着いて来れた、と感心を寄せ外の景色に視線を移す。
王都フェニスを囲う城壁、不死鳥を記した国旗が風に揺れる。そして外壁一帯に増設されたテント郡にリアは顔を顰めた。
「あれは……避難者? 王都に入りきれない人々がこんなにも」
レオはテントの周りに集まる人々の顔触れに小さく息を吐く。
「いや、彼らは難民だろう。あの者達は俺の領地の人々だ」
「レオの……それじゃあギリガン王はこの状況下で難民が王都に入る事を拒んだ?」
「俺の民は人間だけでも二万を超える。……魔族領の人間全員が避難したとなれば、容易に収容はできぬだろ」
二万人の大移動。魔族領から天使兵の追撃を振り切りながら、ここまで避難するのは容易では無い。だが、二万人も収容できる施設が王都には無い。
「今頃騎士団の隊列に魔族兵も加わってることでしょう。それにウテナ教会が親切に炊き出してるようですわ」
シチューの入った皿を神官が差し出すと、人々は受け取り列を離れていく。どうやら炊き出しの最中だったようだ。
「そろそろ東門に到着か。さて、どうでるかな」
楽しそうに呟くレオにリアはため息を吐く。
「お願いだから一戦交えないだよね。あなたの振舞い一つであの難民が危険に晒されるんだから」
その言葉にレオは素直に頷く。彼らは謂わば魔王レオに対する人質だ。王都でレオが何か起こせばすぐさま城壁の大砲が難民を吹き飛ばす。
大砲がテント郡を射程に捉えているのが何よりの証拠だ。敵国の王に対して難民を人質にする真似は戦時中によく有ること、レオはそれを悪と断じる気は無い。
それに迫る魔物の盾として利用するなら、わざわざ炊き出しも騎士団を配置する真似はしないだろう。
やがて東門に馬車が到着すると、二人の門兵が騎乗槍を携え、素顔を晒しているレオに彼らは驚きのあまり小さな悲鳴を上げた。
人間にとって正に宿敵であり恐怖の象徴が目の前に居る。彼一人にどれだけの被害を被ったか。門兵は溢れ出す怒りを堪え、職務を全うすべく口を開く。
「ま、魔王レオ!! 遂に来てしまったか!」
「ええい! ソフィア姫の厳命ゆえ仕方なく、そう仕方なく貴殿を通すが……!」
怒りは堪えるが、やはり不満は有るようで二人の門兵は唇を噛み締め、嫌々と吐き捨てた。そんな彼らにリアは馬車から降り立ち、
「ソフィア姫の厳命なの? ギリガン王じゃないんだ」
門兵に問うと彼らは静かに答える。既にリアと魔王レオが行動を共にしていることは、フィオナから聴いてる。そのためリアが馬車から現れた事に冷静に対応して見せた。
「ええ。……ギリガン王はルシファーの宣戦布告以来、各地の防備、避難民、騎士団の派遣、増員に多忙でして、細かい事はソフィア姫とアンドレイ王子に任せているのですよ」
「そう、フィオナとククル達は王都に?」
「はっ! 先日こちらに到着し、ククル殿はフィオナ様と共に最前線に助太刀に向かわれました」
既に二人は最前線に参加している。フィオナと鬼人族が戦列に加われば安心だ。
その後、必要最低限の話を済ませたレオ達は門兵が見送る中、門を超え城下町へと進んで行く。
白亜の街並みが広がる光景にリアはやっと帰ってきたと息を漏らす。馬車が走る中、街の人々の声に耳を傾け、
『いつになったら戦争が終わるのよ』
『魔王ルシファーさえ倒せば終わる、きっと終わるさ』
『いやいや、ギリガン王のことだ。魔王ルシファーを打ち破った次はまた魔族を狙うに決まっている』
『勘弁してよね。まだ戦争を続ける気? まだ戦死者を増やす気? この戦争に何の意味が……っ』
『魔王ルシファーと魔族さえ滅びれば人間による平和な時代の到来だ。それまで我々は耐えるべきだ』
人々の嘆きの声がリアの耳に届く。
『ようやく王都に勇者様が帰還するそうだ。ようやく戦争が終わる!』
『そういって、魔王レオの討伐に失敗したじゃあない』
『アレはルシファーの策略によるものだろ? きっとリア様なら平和を齎したくださるに違いない!』
勇者リアに縋る者の声にレオとアルティミアは眉を顰める。
人々の象徴である彼女に誰しもが縋る様を、改めて目にすると異様な光景に見える。十五歳の一人の少女が背負うには余りにも重い。しかしそれでもリアは、
「早くギリガン王に会いましょう。会って残された問題を一つ一つ片付けよ」
いつも通りの笑みを浮かべていた。
「お前は、これで良いのか?」
馬車の車輪の音、馬の蹄の音が響く中、レオは静かに問いかけた。
「それが勇者の仕事よ。彼らの嘆きは私が受け止める事もね」
「お前の嘆きは誰が受け止めるというんだ」
「それは、ほら……ナナ達と上手くね」
「……我々に非が在る話とは言え残酷よ」
ポツリと呟くアルティミアにリアは苦笑を浮かべ、外の景色に眼を移す。
城下町を抜け、貴族街に差し掛かり馬車はそのまま真っ直ぐとフェニス城へと進んで行く。