王都フェニスの中央に在るフェニス城。
入城したレオ達は出迎えた将軍セルゲイに謁見の間に通される。レオは何かしら悶着が有ると予想していたが、予想に反してすんなりと事が進む事に落胆を浮かべた。
そして玉座に鎮座したギリガン王がレオを忌々しそうに一睨み、その様子をソフィア姫に咎められ、アンドレイ王子が苦笑を浮かべる。
薄い金髪に老年の男──ギリガンは重々しく口を開く。
「……こほん。いまいま……魔王レオよ、よく余の城へ参ったな。勇者リアも無事で何よりだ、その男に何かされておらぬか? もしされたのならば、即打首に処すが──」
リアはそんな事は無いと言いかけたその時だった。
長い銀髪に翡翠色の瞳でギリガン王を睨む少女──ソフィア姫は呆れ気味に言葉を吐いたのは。
「お父様? 約束したではありませんか、この状況を打開するためには魔王レオ様の力添えが必要だと。いい加減にしませんと、一週間は口を聞きませんよ?」
そんな二人の様子に金髪を短髪に切り揃えた男性──アンドレイがため息を吐く。
「父上もソフィアもその辺にして置きたまえ。あまり見苦しい姿を見せては魔王レオに……ああ、既に笑われているな」
肩で笑いを堪えるレオの姿にアンドレイ王子は落胆した。
「なんだ? 緊迫した状況下で親子のコントを見せられたのかと思ったぞ」
「ああ、その物言い正に本物。貴様は相変わらずだな」
「そう言うお前は老たな。以前よりも声に覇気が無い──いや、それよりも我が民の受け入れ感謝する」
レオの返答にギリガン王は面白くないと言わんばかりに目を瞑る。そして、ゆっくりと口を再び開いた。
「……それは構わぬ、余として街中に収容できぬことは心苦し限りだが。……いや、その話よりも貴様宛にザガーンから伝言が在る」
ギリガン王は控える大臣に眼を配らせ、彼は一つ咳払いをすると、
「『魔王レオ様。我は神官ナナと共にユグドラシルへ潜入致しましょう。邪竜隊の一部は戦線に参列させる故、自身の独断をお許しください』と」
伝言を正確に告げた。
「ふむ。ヤツが必要と判断したのなら構わん。それに俺もユグドラシルには用が在る」
現在鎖国しているユグドラシルに入国するためには、行商人だけに発行される特別通行許可書が必要だ。それを発行するにも条件があり、
「貴様に特別通行許可書は発行できんよ。ザガーン同様にな」
「それは道理だな。俺もザガーンもメンデル国の行商組合に籍を置いた訳では無い。何より行商人としての実績が無いのでは、幾らお前でも簡単に発行できんだろう……王が定めた法を王が歪めては要らぬ弊害もでよう」
「それじゃあ、私とナナにも発行できないよね? じゃあザガーンはどうやって……?」
リアの疑問にソフィア姫は笑みを浮かべながら応えた。
「簡単なことですわ。ザガーン殿とナナ様には我が国の信を置ける行商人を同行させたのです」
「それならば何も問題は無かろう? 故に既に魔王が必要とする許可書は別の者に預けた──ジドラよ、入って舞いれ」
ギリガン王の呼び掛けに、大扉が開きジドラがギリガン王に頭を下げた。
「お招き頂き光栄。レオ様も勇者も、アルティミア様もご無事で何より」
「ふん、時間が惜しい。……勇者リアはこれまでの経緯を報告。魔王レオ及びその配下は出立の準備が整うまで城の滞在を許可しよう──父セオドラの墓参りもしたいだろうしな」
「フッ、お言葉に甘えよう。……ああ、防衛戦力としてアルティミア及びその配下をアンドレイ王子に預ける。上手く使ってみせろ」
レオの言葉にアルティミアは一礼し、アンドレイ王子は頷く。
「貴殿の大切な臣下、謹んでお預かり致そう」
要件を済ませたレオはアルティミアとジドラを連れ、謁見の間から退出して行く。リアは彼らを見送り、微笑む三人に向き直った。
「改めましてご帰還の挨拶を遅ればせながら……ただいまリアは戻りました」
「まあ! 私とリアの仲じゃないですか。堅苦しい挨拶は無しよ。それにグランガルの一件で無事を認知してますもの」
「その節は助かったわ。ソフィア姫、ありがとう」
リアは彼女に礼を告げ、これまでの細かい経緯をギリガン王に報告した。魔王城の決戦の日から今日に至るまでを。
彼女の話にギリガン王は耳を傾け深いため息を吐く。
「……リアよ、随分と苦労したようだな。しかし何故混沌結晶の件を隠したのだ?」
「アレは非常に危険だからですよ。人の悪意を増幅させ暴走させる……もしもギリガン王の眼の前に有ったら、あなた様は魔族殲滅に突き動かされるでしょう」
リアの真っ直ぐな答えにギリガン王は押し止まった。
紛れもない事実だからだ。混沌結晶がこの場に有れば、間違いなく自分はなりふり構わず魔族殲滅に動いていた。それこそ目先のルシファーを放置してまで。
「否定はせぬよ。余は今でも、この状況下でさえも魔族殲滅、いや魔王レオ打倒を願っておる。ルシファーの次は魔王レオ……邪魔者を排除した次こそはアヤツと決着を付ける」
「今回の一件で魔族と和睦の意思は無いんですか? 魔族は今もメンデルのために戦っているのに、それに彼らはキュアリア村を救ってくれました」
「違うな。連中はメンデルのために戦ってはおらんよ。奪われた領地を取り戻すために戦ってるに過ぎん。大方キュアリアの件も敵兵力の消費を狙ってのこと」
頑固なギリガン王にリアは眼を瞑った。ルシファーを止めたところでこれでは戦争が終わらない。
ギリガン王は戦争を継続する腹積りだ。やはり簡単には戦争は止められない、止めるにも全てがもう遅過ぎた。民の心は限界を迎えているというのに、なぜそうまでして争うのか。
リアにはギリガン王の考えが何一つ理解できない。
「……父上、もう我が国には魔族と戦争を続けるだけの余裕は無いのは承知のはず、民の苦悶の声が届かないのですか?」
「そのための勇者だ。……しかし民の魔族に対する認識も変わりつつ有る。これも時の移ろいか……リアよ、もしもそなたが魔王レオを"打倒した"暁には何でも願いを叶えよう」
勇者と言えど人の子。彼女が望む願いを何でも叶える。この恩賞の前に頷かずにはいられないだろう。
ギリガン王の言葉にリアは空色の瞳で真っ直ぐ、王を見つめた。
「何でも? その言葉に嘘偽りは無いわね?」
確認するように問う彼女にギリガン王は頷く。周囲の人々が見守る中しっかりと、
「異論は無い」
「お父様のお言葉はしっかりとソフィアが聴きました」
「同じくアンドレイ、父上の言葉をこの耳にしかと」
王族二人が承認した。これでギリガン王は約束を反故にできない。破れば最後、ギリガン王の王としての権威が危ぶまれることになる。
「分かりました、ルシファー打倒後。勇者として"最後の使命"を全うしてみせましょう」
リアはそれだけ告げ、謁見の間を退出する。
リアが去った後、ソフィア姫は深いため息を零す。
「お父様はいつまでレオ様に拘るつもりなのですか?」
「……もう止まれんのだよ。余が始めた戦争、多くの民を死なせたからこそ……もう止まれぬのだ」
ギリガン王は静かに眼を閉じながら、弱った声で吐き捨てた。齢を重ねるに連れて日を追うごとに弱っていく父の姿。
彼の姿に想うところは在るが、いつまでも過去の因縁に国が縛られては民が笑って暮らせない。
ソフィアは玉座から立ち上がり歩き出す。