フェニス城の空中庭園の墓に祈りを捧げる三人の背中にソフィア姫は静かに近寄る。
改めて魔族である彼らと言葉を交わしてみたい。その衝動に突き動かされ、祖父が眠る墓へと足を運んでいた。
祈りを終えたレオ達が振り返り、
「ソフィア姫か。祖父に挨拶にか」
ちらりと祖父セオドラの墓に眼を向ける。彼と祖父は親友の間柄だったと記録に記されていた。それは事実で毎年祖父の命日が近付くと"誰かが"ルルイエの花を捧げているのだ。
祖父の広い交友関係の中で、誰にも気付かれず城に忍び込める者などそう多くは無い。今もなお健在な者はもう一人だけ。
「いえ、朝の内にお参りは済ませましたわ。……今年はルルイエの花は持参なさらなかったのですね」
ソフィア姫は自信と確信を持ってレオの紅い瞳を真っ直ぐ見つめると、彼は小さく笑った。それは人を惹きつけるような優しい笑みだった。
「気付いていたか。……まあ、ギリガンのあの口振りではヤツも気付いていた様子」
「如何でしょうね。お父様はもう三年はお墓に祈りを捧げてませんから」
「……親不孝者と言うのか? この場合」
「そうでしょうね。お父様はお祖父様の願いを無碍にした。その意味でも親不孝者ですわ」
祖父のことは記録の中と肖像画でしか知らない。ただ、彼の遺した多くの功績が祖父は偉大な人物だったとソフィア姫は理解している。
西南の小国が災害によって飢えた時、国が安定するまで支援を続けたこと。ユグドラシルの女王と共に各国の王を集めてバルディアス会議を開催したこと。
長年争っていた南西のガレルア王国との和平の実現。彼が一代で成してきた功績は余りにも多い。
「……そうか。それでソフィア姫は一体何用で?」
兄は戦場でよくレオと剣を交える機会が有るのだと、その度に言葉を交わし理解を深めた。
なら自分は対話で彼らに付いて理解を示さなければ、それが王族として、ソフィア個人の勤め。
「ええ、改めて魔王レオ様とお話ししたいと思いましてね。私は城に篭ってばかりでお兄様とは違って、中々お話しする機会に恵まれませんもの」
「拙い世間話程度なら付き合う」
「では、あちらの椅子へ!」
レオ達はソフィア姫に、促されるまま花畑がよく見える椅子に座る。
「……随分と気さくな姫様ね。というか護衛を連れなくて良いのかしら?」
「護衛の方々は魔族と話すだけで五月蝿いですから、置いて来ましたよ。今頃は城内を駆け回ってることでしょう」
にっこりと微笑むソフィア姫の姿に、アルティミアとジドラは彼女の護衛に同情した。
「それで話とは?」
魔王レオなら祖父セオドラをよく知っている。だが、今は彼について聞く時では無い。祖父に付いては真に平和が訪れた時、ゆっくりと聴けば良い。
「リアのことをどう思っているのでしょうか?」
男女二人で共に窮地を脱した。御伽噺や物語ではその後二人が結ばれる。よくある展開にソフィア姫は乙女心からそんな事を尋ねる。
彼女の言葉にアルティミアの耳がぴくりと動き、ジドラが興味深そうな眼差しをレオに向ける。
そんな視線の中レオは、『そんな話か』と肩を竦めた。
「以前と変わらず我が好敵手。それ以上でもそれ以外でもない」
「え〜リアはかわいいじゃないですか。性格も良いですし、ずっと行動していたら恋愛感情が芽生えますわよ。同姓の私ですら偶にリアにはドキッとしちゃいますわ」
魔王レオにはリアに対して恋愛感情は芽生えていない。それとも単に彼が気付いていないのか、恋愛そのものに興味がないのか。
リアの口振りから予想するに、彼女は少なからずレオに気が有る。そうソフィア姫は乙女の直感から認識したのだが、これではお互い進展も何もないだろう。
そもそも魔王と勇者という立場がより邪魔をしている。
「先から考え込んでるようだけど、恋愛なんて時が進めば収まるところに収まるらしいわ」
「そうでしょうか? そういうアルティミア様は如何なのですか?」
「わ、私? 私は毎日暇さえ有れば積極的に行くけど……」
そこでアルティミアはレオに熱の篭った眼差しを向け、
「……その話は後日な。だいたい恋愛話ならばジドラが居るだろ? 正直恋愛に付いて理解が及ばな俺よりは面白い話が聴けると思うが」
「まあ! フィオナのお父様でしたわね! 種族の壁を越えた愛! じっくりとお聞かせください……!」
積極的なソフィア姫の姿にジドラはたじろぐ。
なぜ人間の娘はこの手合いの話題が好きなのか。女魔族なら鼻で嗤うというのに。
空中庭園に魔族達の困惑が続く中、ソフィア姫の愉しげな声が響き渡った。
一方その頃。リアは城下町に在る酒場──【水竜の寝床】を訪れていた。
天井から吊るされたランタンが店内を照らし、水竜を象った模型が訪れる者を歓迎する。本物の竜と見間違う造形にリアは一瞬だけ驚いたが、すぐさまカウンターへと進む。
白鯨海賊団と別れてからしばらく経つ。何か天界に関する情報が有るかもしれない。そう考えちょび髭を生やしたマスターに話しかける。
「白鯨海賊団のカトレから何か情報を預かってない?」
「リアだな。ええ、早朝に情報が届いておりますとも」
マスターはこほんと一つ咳払い。
「ウテナ教会は白。大神官は一月以上前に天使の助けを乞う声を聴いたと。しかしながら、声を聴いた大神官はその翌日に何者かに磔にされ殺害された。……これがガルディアス大陸で世間を賑わせた事件です」
自分達が魔王軍と争っている間にそんな事が起きていた。もちろん遠い大陸の情報が伝わり辛いということも大きな要因だ。
「他には何か情報は無い? カトレ達は今頃如何してるのかな」
「……天使兵がバルディアス大陸に限らず、各地の大陸を襲撃しているようですがね……その地に住う英傑達に敗戦しているようだ。一先ずは天使兵による大陸征服は有り得ないでしょうな。ああ、白鯨海賊団はエンドラス王国から正式にヘルリア公国に親書を届けるよう依頼されたようで、多忙を極めているとか」
「そう、あの親書の届け先に。……それじゃあ私からも得た情報を一つ」
リアは混沌結晶の危険性。それが大陸外に出回った可能性を考慮し、白鯨海賊団に情報を伝えた。
彼らならリヴァイアサンをも狂わせる混沌結晶の危険性を身を持って理解している。
「ふむ。混沌結晶を流している天使の行商人ですな。……それについてはあらゆる大陸から目撃情報が寄せられており、やはり混沌結晶の被害は計り知れない様子」
既にマスターは混沌結晶に付いて情報を得ていた。船乗りを相手に情報を扱うだけあり、やはり仕入れも速いとリアは感嘆の息を漏らす。
そして彼女は情報料を支払い、混沌結晶の危険性に付いて改めて情報の散布を依頼。ルシファーを止めたその後は、混沌結晶の破壊のために世界中を回る必要が有る。
(レオは……その旅に着いて来てくれるかな)
先の未来。彼と決着を付けた先の未来に、リアは想いを馳せながら城下町を巡り歩くと、
「おやまあ、また会ったねえ」
何時ぞやの占い師が街を歩くリアを見かけ声をかけた。リアは老婆に驚くも、
「あっ、ハーヴェストの。出発前に会いに行ったら居なかったけど、王都に来てたんだ。それともあなたは幻?」
「おやおや、生い先短いとは言え……幽霊扱いは頂けないのう」
「……前に幽霊の女の子が正者と変わらなく過ごしてたからさ」
リアはミディアと似た存在なのでは無いのかと、目の前の老婆を疑った。その様子に老婆は微笑むばかりで、
「経験で疑った訳かい。……まあ良いさ、ワシはふらっと霧の様に消えて現れる占い師だからねえ」
「ふーん、今までそんな噂話は聞いたことが無かったけど、やっぱり世の中は広いわね」
「世の中の広さは星々が輝く空の果てと同じさね。……時にお主はユグドラシルに向かうそうじゃな」
何故それを知っている、とリアは訝しむと占い師の老婆は水晶玉を見せて笑った。
行き先を占い言い当てた。そういう事なのだろうとリアは納得し、
「そうだけど、ユグドラシルに何か有るの?」
「さあのう。じゃがなワシはユグドラシルから天界に向かわねばならん。そこでお主らに同行させて貰おうと思っての」
「……それは良いけど、凄く危険よ」
「覚悟の上じゃよ。天界にワシの占いを必要とする若者が居ると結果も出たしのう」
天使が大神官に助けを求めた事実が有る。つまり天界は人間界にとっえも最悪な状況──内戦状態にあると予想できる。
そんなところに占い師を連れて行っていいものか。リアは判断に迷う。
普段なら迷わず危険だから同行を拒否する。しかし、リアの直感が老婆を連れて行かなければならないと訴えている。
リアはしばらく悩み、漸くため息と共に答えを出した。
「多分だけど断ったら一人で天界に向かうよね」
「当然さね」
「知り合ったお婆ちゃんが魔物に食べられたんじゃ、私も目覚めが悪いわ。……だから天界までよろしくね」
「おお、お主ならきっとそう言うと思っておったよ」
そういえばとリアは占い師に改めて尋ねた。
「ところであなたの名前は──」
「ワシかい? ワシはフランという」
「それじゃあフランお婆ちゃん、改めてよろしく!」
その後リアは、占い師フランの同行をレオ達に伝え無事に同行許可を取り付けるのだった。