薄暗い洞窟の中、マキアは深いため息を吐く。
自分の記憶が正しければ、ロランに奇襲を受け捕縛された。
マキアはメモ用紙にペンを走らせるロランに、
「見えてるか?」
「問題ない。我々魔人族は夜目が効く」
眼を合わせず答える彼に、マキアは胸が締め付けられる。彼と出会ったのは十年も前だ。
王都フェニスのスラム街で、行き場を失った自分を拾い生きる術を教えた恩師であり──最愛の人。
「こっち見て話せよ。人の眼を見て話せって教えたのはアンタだろ」
「……待て、すぐに用は終わる。それまで大人しくしていろ」
子供をあやす様な優しい声色で語るロランに、マキアは彼の背中を鋭く蹴り付けた。
だが、ロランはびくともせず笑い声が薄暗い洞窟内に反響する。
「手癖が悪かったが、足癖も悪くなったのか」
「アンタがあたしを子供扱いするからだ!」
「……子供扱いか。そんなつもりは無かった、が。昔の癖とは抜けないものだな」
ロランはペンを動かす手を止め、メモ用紙を細かく折り畳んだ。そしてその紙に転移魔法を施し、何処かに飛ばす。
何度目の作業だろうか。彼は自分を捕らえてからも部下が居ない間にこうしてメモ用紙を何処かに飛ばしている。今回は鍵を添えてに成るが、ロランが自前で用意したものだろうか。
「一体誰宛なんだい? というか、そろそろアンタの目的を教えてくれよ。あたしを捕らえて盗みまで働かせてさ」
彼は捕縛したマキアにある物を盗み出す様に依頼した。事が終わったらロランの身を好きにしていいと言う破格の条件付きで。
それに対してマキアは迷わなかった。彼との思い出が、『ロランは主君を簡単に裏切る様な男じゃない』そう語るからだ。
確かに奇襲され仲間達と逸れたが、それ以上に魔族を理解する機会に恵まれたのも事実。そんな事を考えているとロランはゆっくりと口を開いた。
「目的、か。全て一貫している、アレも必要な。……いや、我々にとっては意味をなさい物だが、盗み出された者にとっては非常に困る代物。お前は傲慢な者の面が焦り、怒りに変わるさまを見てみたいとは思わないか?」
「なんだいそれ。超見たいに決まってるじゃん! ……それとこれとは別にさ、いい加減あたしには話してくれても良いじゃん」
「そうだな。お前なら話せるな。……天使などに魔王が務まる、あの傲慢な考えが気に食わん。第一レオ様が築き上げた全てを掠め盗る真似などもっての他だ!」
結局のところロランは魔王レオを裏切ってなどいなかった。全てはそう見せかけた彼の策略。
ロランは語る。誰かが混沌結晶に細工をしなければレオとリアが死ぬ。それを阻止するためには誰かが裏切り者を演じる必要があった。
もちろんロランはこの件を誰かに話した訳では無い。軍師である自身の立場、過去に魔王の座を巡り戦乱に明け暮れた事実が、今も魔王の座を狙っている事に真実味を与えている。
結果、サタナキアを始めとした大天使は疑ってはいるもののロランを仲間に引き込んだ。
そして心を自己暗示によって偽り、レオの裏切り者ロランを演じ続けた。
「魔法を使わない思考技術とは、時に潜入にはもってこいという訳だ」
「はぁ、それってさ。……自分を見失わないのかい?」
「フッ、心配は無用だ。お前が側に居れば俺はお前の敵対者ロラン。つまり魔王レオの配下であるロランに戻れる」
ロランの真っ直ぐな言葉に、マキアはまるで告白みたいだ、と頬に熱が灯る。
「そ、そうかい。あたしが必要だったのか、なら良いや。けどあたしはリアが勇者である以上……」
「分かっている。お前はお前の居場所を大切にしろ。ようやく掴んだ安寧を手放すな。……だが、事が終わるまでは一緒に居てもらう」
「そ、その言い方はズルい」
顔を赤く染めるマキアと薄暗い中で、愛しい者を見詰める眼差しを向けるロランの姿がそこにはあった。