ザガーンとナナが商人リドと別れた翌日の朝。レオ達はユグドラシルに到着していた。
天まで聳える大樹を見上げ、その幹に造られた街にリアは感嘆の息を漏らす。
「ここがユグドラシル! 樹海からでも見えてたけど近くで見ると圧巻ね!」
「ふむ、火属性魔法で攻め落とせるな」
「いやいや、樹海の特産物は貴重ですぜ。燃やすよりも生産地に変えた方が効率が……」
「こらそこ! 侵攻を考えない!」
侵攻するつもりが無いのに敢えてその話題を出す辺り、魔族とは意地悪な種族だ。
「魔界ジョークだ」
「そのジョークは人間界で流行らないわよ」
ため息混じりに返すと、レオが心なしか沈んでいる様に見えるのはきっと気のせいかもしれない。
「二人は仲が良いのう。敵同士とは思えない程に」
「そうか? 傭兵は敵同士であろうとも酒場で出会えば酒を酌み交わすと聴くが」
メンデル国の傭兵がそれに当たる。以前リアは傭兵同士の衝突を目の当たりにした事があったが、それも彼らの職業柄。勇者として傭兵の戦闘を止める事はしない、一般人を巻き込むならその限りでは無いが。
そうした衝突を目撃したその日の酒場で、彼らは互いに肩を並べ酒を酌み交わしている光景に、依頼の範囲に及ばない無駄な戦闘はしない。彼らの持論にリアは納得したことが有った。
「昨日の敵は今日の友って言葉が有るでしょ? 私とレオは今は共通の敵が居るから共闘してるだけ、その過程で仲が良いのはそれはそれで良いことよ」
「あまり馴れ合う気は無いのだがな」
「そう言って私が困ってると助け舟を出す優しい魔王さんよ、彼は」
リアの真っ直ぐな言葉にレオは押し黙り、ジドラが堪え切れず吐き出す。
「これは一本取られましたなレオ様」
「……そうだな」
そんな当たり障りも無い会話を繰り広げていると、翼竜車が幹の通路を登り始める。
幹の通路は広く太くちょっとの事では折れない。はじめて大樹に都市が在ると聞いた時は耳を疑ったが、これだけ丈夫で地上の魔物の侵入を阻むなら防衛面では心配は無いのかもしれない。
そして所々大樹から漏れる樹液の甘い匂いが、道行く人々の心に癒しを与える。
「良い香りね。下を向けば広大な樹海、大樹から流れる滝。あれって貯まった雨水なのかな?」
初めの国外に興味が尽きないリアにレオは、
「あの滝はユグドラシルの根が吸い上げた地中の水だそうだ。水は大樹の内部を通し、頂上から噴水の如き湧き上がり地上に流れる。そうやって大樹は循環していると聞いたな」
「そういえばレオはこの国ははじめてじゃないんだよね? 前回はどうやって入国したのかしら?」
「ユグドラシルが鎖国する前にな。今では面倒な手続きが必要だったが、当事は一国の君主として入国したからな」
レオが最後にこの国を訪れたのが戦乱前のこと。その時に彼は天界へ向かい、ルシファーを通して戦乱介入に釘を刺したのだという。
その話にフランが深い息を吐く。
「当時の天界は武力介入の機運が高まっていたそうじゃよ。もっとも女神ウテナがそれを許す筈が無い──」
「ふむ。俺が取次いだ時には女神ウテナは不在だったが、思えば既にルシファーは企んでいたのだろうな」
「人間殲滅を目的とした計画らしいですがね。人間界に棲まう人間を滅ぼして何をするつもりなんだか」
物騒な計画に額から冷や汗が流れる。混沌結晶、天竜アルビオンの件も有ることからルシファーの計画には真実味がある。
「殲滅して人間界を綺麗にしたら残された大地を利用するとか? 例えば農地拡大とか」
実際にレオは制圧した土地を広大な農地に変えた事も有った。今ではスピカ農地と呼ばれる魔族領屈指の農業地帯だ。
「魔界の土地柄、仕方なく制圧地域一帯を農地に変える必要が有ったが。天界は何かが不足しているという事は無かったな。寧ろ恵まれ過ぎて争う必要も無い程にだ」
「ワシも聴いた話だけどね、生産力は三界一を誇るそうじゃよ? 土地は人間界の方が広いけどねえ」
「魔界は生産力も土地もどの世界よりも劣るが、まあその分民は武力重視というわけだ」
小さくポツリとあまり嬉しく無いが、とレオの呟きにリアは苦笑を浮かべた。
(土地に恵まても人は争うのよね)
レオ達からすれば実に人間とは贅沢な種族だと、嫌でも改めさせれる。そのうえ向上心や上昇志向が高いときた。
「……レオが人間に愛想を尽かしたら滅びちゃうわね」
「その時はお前が阻止するのでは無いのか? 黙って滅ばされる達でもないだろ」
「うん、最初は抵抗を考えてたけど……優しい魔王が愛想を尽かすって時ってさ、私達人間側の問題でしょ? だったら失望させない様に頑張らなきゃなって、でもそれでもダメだったら私は魔王に殺されても良いわ」
その時は、レオと戦い死ぬなら勇者としても悔いは無い。誰かが聞けば身勝手だと糾弾するだろう。
「でもその時は、私の命一つで思い止まって欲しいなぁ」
「……良いだろう。もっともお前が命を賭けるほど価値が有るかは知らんがな」
仮面越しから放たれたぐぐもった声に威圧感を感じる。彼は本気だ、そうこれは勇者と魔王の約束。
「約束よ」
翼竜車が揺れ動く中、リアはレオに向けて微笑んだ。
この場に居る者しか知らない二人の約束にレオは諾く。
彼は魔王だが、それ以上に信頼信用できる相手だ。レオならきっと約束を破らない絶対的な自信がリアには有る。だから約束を結んだ、これで人類が最悪な選択をしようとも自分の命一つで無関係な人々は延命できる。
決まって誰かが選択した影響を知らずに受けるのが、何も知らない一般人だ。人は無知は罪と言うが、例えば国がひた隠しに内密に悪事を進めていれば一般人が気がつく機会というのは限られている。
そんな理不尽な流れから護るには勇者の命をレオに差し出した方が確実な方法だ。
だが、今も続く戦争だけは自分の命一つでは終わらない。自分が死ねば次の勇者が選出されるだろう。
行商人の馬車とすれ違う中、リアはそんな事を考えては大樹を見上げた。