8-1
ユグドラシルの天界の門から天界に入り込んだリアとナナは、天界の光景に息を呑んだ。
人間界よりも明らかに近い空、爛々と輝く太陽と昼間でも見える星々の輝き。そして虹の橋が至るところに雲を繋いでいる。
更に空から辺りに視線を移すと倒壊した白い構造物が建ち並ぶ街並み。至るところに上がる硝煙と魔法、激しくぶつかり合う金属音。
「……予想通り内戦中か」
「こんな綺麗で神秘的な世界でも争い。世界を巻き込んでルシファーは一体何がしたいの」
美しさを誇る天界までもが戦火に呑まれている。避ける事ができたはずの戦乱に。
疑問を口にする中、武器を構え周囲に警戒を向ける邪竜族の面々に、ナナが念の為にと防護魔法を施す。
「ユグナ女王様の話ではルシファーは、天界の門を通らず自力で人間界に転移した。かつてレオ様がしたように」
「ああ、百年前には人間界には魔界の門が無かったからな。……まあ、ルシファーが何をしたのかは奥へ進めばいずれ分かるだろう」
魔界と人間界を繋ぐ門。そして自分の背後には天界と人間界を繋ぐ純白の門が存在感を主張している。
そんな中フランがじっと最奥に在る神殿を見つめている様子にリアは首を傾げる。
「どうしたの? あの神殿に何か在るのかしら」
「ワシが行くべき場所じゃよ。……如何やらお出ましの様じゃ」
金属音が伴う複数の足音に、リア達は武器を構える。いまの自分達は内戦の折に現れた第三勢力だ。誰が敵なので味方なのか、それとも味方など居ないのか。今は警戒すべき時だ。
天使の軍勢が様々な武器を携え行進する中、リアとナナは先頭を率いる人物に眼を向ける。
白銀髪に小柄な天使の少女が神々しい旗を構えながら、軍勢を率いる様子に彼女はきっと部隊を任された指揮官なのだ、そう直感的に判断。
「全軍警戒を維持したまま止まるッス! ……あなた方はルシファー派ッスか……?」
旗を地面に突き立て問い掛ける彼女の様子に、リアが一歩前に出る。
「違うわ。私達はルシファーに付いて調べに来たのよ。そのついでにルシファーの企みを阻止するためでも有るけど」
「……! じゃあ味方ッスね!」
あっさりと信じて喜びを顕に飛び跳ねる彼女の様子に、近くの天使が小言を漏らす。
「セリナ隊長、もう少し疑う事を信じろ。……減点ニ、給金の削減決定」
「あ、あんまりッス! これ以上給料を減らされると人間界旅行が出来なくなりますよ!?」
「知らんよ。……失礼だが、ウチのポンコツ隊長に代わり、ヴァルナが貴殿らに問う。人の娘らと魔族……それも魔王と邪竜族が何故共に行動を? それにそっちらのご老人は……」
部隊にしては奇妙な関係だ。隊長が部下に苦言を申され、それに悲鳴を上げる辺り人間界の軍隊形式とは異なる様だ。
そんな事を考えながらリアはレオとザガーン達に眼を向ける。
彼らは堂々とした面構えで、
「勇者リアと魔王が共闘……長年沈黙し、戦乱の行方を見守っていた天使からすれば異な光景だろう。だが、争いの中で共通の敵が現れ、あまつさえ俺と彼女の魔力を奪い、人間界に更なる混乱を齎した共通の敵を討つために共闘している。……疑うのならばその眼で心を見通せば良い」
「同じく我々は魔王レオ様の忠順なる部下。主君がかつて敵であった勇者と共闘を選ぶなら我々も従うまで。そのためならどんな障害も排除しよう」
レオとザガーンの言葉に、セリナはヴァルナを見上げた。
「ほら! みんな本心から語ってるッスよ!」
レオ達をじっと見つめたヴァルナは息を吐く。
「……その様だな。しかしそちらのご老人は? 何故死地に連れて来たのだ!! 人間は老人を敬うのでは無いのか……!」
怒鳴るヴァルナにセリナは肩を強張らせる中、リアとナナは正論の怒りに何も言えず頬を掻く。ヴァルナの怒りは正しい、フランが望んだとは言え危険な場所に老人を連れて来ること自体が間違いだった。
「ワシが望んだこと。主らの為でも有るのじゃぞ? 天竜アルビオンに備えるためにもな」
「……如何してそれを? ……ッ! そういうことね」
さっきまでの口調とは異なる話し方をするセリナに、リアとレオは訝しむ。彼女には何か在る、一瞬感じた膨大な魔力。だが、それは余りにも一瞬の事で彼女が何を隠しているのかは分からない。
そんな時だった。空から続々と天使兵が現れたのは。
「女神派が動いたと聴き駆け付けて見れば……セリナ隊と遭遇するとは! よくも大天使アザゼル様の顔に泥を塗り傷を付けてくれたなぁ!! 泣いて命乞いしようが、貴様の羽根をむしり取り浮遊魚のエサにしてくれるわぁぁぁ!!」
怒り心頭の敵勢力に思わずレオ達はセリナに視線を向ける。
「ぐ、偶然ッスよ!」
「セリナ隊長。ここは好奇だ……敵兵力を減らす好奇!」
ヴァルナの言葉にセリナは頷く。そして旗を掲げルシファー軍に向けて、
「連中を一網打尽にしてやれッス! 女神解放のため……!」
セリナの怒声に天使達の指揮は高まり、一斉に駆け出す。そして交差する矛にレオは頬を吊り上げていた。
それと同時にリアは聖剣に光を宿し、ナナが魔法の詠唱に入る。
「ルシファー派を蹴散らし女神派に加勢する」
「「「御意!!!」」」
レオのその言葉にザガーン率いる邪竜族が動き出す。それに合わせてリアとナナも動く。
激しくぶつかり合う両軍にレオ達もまた戦火に身を投じて行く。