魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 崩壊した大通りを歩く中、レオは過去に訪れた天界の街並みとは程遠い光景に息を呑む。

 瓦礫の山を壁に巡回中の天使兵を避けながら進む中、レオはポツリと疑問を呟く。

 

「いつからだ? 一体いつから天界はこんな事になったのだ」

 

 女神が治る世界、それが天界だ。彼女の秩序の下で統治されていた天界は争いも無い理想郷とさえ思わせる程の平和な世界だった。

 レオの疑問にセリナが哀しそうな表情を浮かべ、空を見上げながら答えた。

 

「一年前に大天使ルシファーがウテナ様に反旗を翻したんッス。それで内戦が起こり、街は破壊され色んな天使が死んで逝ったんだ」

 

 ルシファーの反乱が起こったまでは理解できる。だが、何故女神ウテナはルシファーを野放しにしているのかが理解できない。彼女は神だ、簡単に敗北するとは思えない、そもそも神を殺せるのは巨人族や同じ神族。

 尽きない疑問を他所に、響く足跡と天使兵の会話にレオ達は足を止めた。

 

「連中の拠点は一体何処に在るって言うんだ? こんな瓦礫だけの都市を見るのはいい加減うんざりなんだけどな」

「そう言うなって。ルシファー様の計画が次に移行する前に天界の敵勢力を討伐しなきゃなんねえだからさ」

「本気で……ルシファー様は本気で人間の絶滅を? 俺たちは人間の小さな、本当に些細な悩みの声を聴いてきたが、何故だ? 何故ルシファー様は一年前にあんな事を……」

 

 天使兵の疑念を孕んだ声が聞こえる。如何やらまだルシファーの行動に疑問を示す者も居るようだ。

 

「いまさらそんな事を言ってもなぁ。俺たちはあの言葉が、『神に至り女神に代わり、お前達をかつての栄光と繁栄に導こう』って、あの言葉に惹かれたんだろ? それをいまさら……いまさら言ったって隣人や同級生を手に掛けてしまったんだぞ」

 

 ルシファーを崇拝しながらも殺しに対する罪悪感を孕んだ言葉に、レオ達は静かに聴き耳を立てた。

 

「けどさ! 俺たち下には何も情報が伝わらない! 何もだ! 次の目的も、何故天竜を目覚めさせるのかもだ! 全部人間の絶滅の為ってんならそんな方法を取らずとも……!」

 

 叫ぶ天界兵の背後に乾いた足跡が響く。レオ達は最大限魔力を抑え息を呑み込んだ。

 

「人間界を禁断魔法で消滅させれば良いってか? ソイツは勿体ねぇ。あの豊かな広大な土地、その地に棲まう人間以外の生物には罪なんざ無いねぇからな」

 

 威圧感を宿した声にセリナをはじめとした天使達が身体を震わせる。

 

(あの声の主って誰なの?)

(大天使バラキエル……戦う事が大好きなイカレタ男)

 

 辛うじて聴き取れる小さな声で話すセリナ。現状で彼と遭遇するのは好ましく無い。戦闘に入れば負ける事は無いが、不明瞭な敵兵力を相手にするほど無謀な行動は取れない。

 特にここに占い師フランが居る。彼女は不思議な老人だが、戦う力は無い。そんな彼女を魔力結界で守りながら連戦となれば、こっちの魔力が保たない。

 

「バラキエル様は……本当は人間界の戦列に加わりたかったのでは?」

「そっちも魅力的だったがな……サタナキアのアホとアガリアレプトとは反りが合わねえ。それにミカエルだ、あの女が健在な以上、いつ状況がひっくり返るか分からんからなぁ」

 

 愉しそうな声が反響して響く。

 

「……バラキエル様はルシファー様の計画の全容をご存知何ですか?」

「いや、知らねえなぁ。アイツは誰も信用しねぇ臆病者だが、アザゼルなら知ってんじゃねか?」

 

 バラキエルですらルシファーの計画を知らない。確かに計画は全員が知る必要性は薄いが、配下の士気に拘ること。情報漏洩を恐れるなら本の一握りだけに伝える事も得策。

 逆に部下には指導者の意志と欲を示さなければ、疑問を抱きやがて反乱の火種に繋がる。また敵の聴き心地いい言葉で寝返る事も有り得る。

 そもそもルシファーは自らの下に集った天使を仲間とは見做していないのかもしれない。人間界の天使兵は計画も何も知らされて無い状況で戦い死んで逝く。

 盲目的な思考とルシファーに従えば間違いないという単純な思考。捕らえた天使兵の記憶を見てきたハーゲンはそう語っていた。

 

「何にせよテメェらは学生だった。だが、望んで同胞を殺したんだよ。テメェの感じる疑問は殺しの罪悪感と理解が及ばない存在に対する畏れからだ……良いか? 殺戮という名の快楽に全部委ねろ。殺し殺される刹那の時、そこに疑問なんざ介在の余地もねえんだからな」

 

 闘争に身を委ねるのもまた道理。バラキエルという男の思考は魔族と似ている。いや、産まれてくる種族と世界を間違えたと言っても良いだろう。

 

「分かったんならとっとと移動すっぞ。……しかしまぁ、逃げ足の速い連中だな」

 

 部隊が移動する足跡が響く中、バラキエルのボヤき声が反響する。如何やら市街地で戦闘していた天使は撤退した様だ。いまこの市街地に居るのは敵兵力だけと予測できる。

 

 

 レオ達は敵兵力と遭遇を避けながら、セリナ達の先導に従い崩れた建造物の中に入って行く。

 

「此処なら大丈夫だ。……セリナ隊長」

 

 ヴァルナの声に彼女は頷き、

 

「《我らを安息の地へ》」

 

 呪文を唱えた。

 

『セリナ部隊長の固有魔力を認識。……来訪者数十名の魔力を認識。同胞の帰還と来訪者の訪れを歓迎しよう』

 

 この場に居る全員の頭の中に無機質な声が響く。

 そういえば天界はどの世界よりも魔法技術が発展していた。その事をすっかりと忘れていたレオはため息を零す。

 それと同時に光が目の前に溢れ、眼を開くと見知らぬ光景が広がっていた──

 

 


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