魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 ミカエルの執務室に到着すると、セリナは緊張した表情でドアを三度叩く。

 

「どうぞ」

 

 短くそれでいて凛とした声が返ってくる。

 セリナがドアを開けると、長い金髪に六枚羽の大天使ミカエルが微笑み歓迎の意を示す。

 

「よく来てくれましたね。人間界の勇者リア、神官ナナ、そして魔王レオと四魔将軍ザガーンにその配下の方々……あなたも元気そうで何よりです」

 

 ミカエルはフランを見つめながらそんな事を言った。

 リアはミカエルがフランを知っている事に、不思議に思い小首を傾げた。

 そんな自分にミカエルは察したのか、

 

「人間界の女神を信仰する者は記憶してますとも。特に彼女とは"永い"ですから」

 

 疑問を解消するように答える。ただ、それでもリアは一つだけ違和感を覚えるが、それが何なのか理解が及ばないながらも、

 

「レオと言い、誰かの上に立つ者って覚えが良いのね」

「……ミカエル様は意外とねちっこいだけッス」

 

 感心するリアを他所にそんな事を言うセリナに、ミカエルは微笑む。

 

「あらあらねちっこいとは言ってくれますね。……それにわたくしの前ではいつも通りの口調で話すようにと言ったでしょう? それとも貴女がうっかり割った女神様の水瓶の──」

「わぁぁぁ!! やめてぇぇ!! それは言わないでよぉ〜!!」

 

 泣きつく彼女にいい笑顔を浮かべるミカエルに、レオ達が呆然とする中、フランだけは笑っていた。

 何故かその眼は笑っていないのは、女神を信仰する信者からしたらなのだろうか。

 

「ええっと、本題に入りたいんだけど良いかな?」

「ええ、構いませんよ。こちらも動かなければならない状況ですから。ですが、その前に色々と話す必要がありそうですね」

 

 静かに紅い眼光で見つめるレオ。どうやらレオは何か聞きたいことが多いらしい。それは自分も同じ事、疑問を解消しなければ戦えないということは無いが、何故こんな事態に陥ったのか、後の教訓として知っておく必要が有る。

 

「ミカエルよ。ルシファーが【昇華】に入ったそうだが、それは何を意味する?」

 

 レオの問い掛けにミカエルが眼を見開く。

 

「ルシファーが【昇華】を……そんな、いえ、そもそも儀式を実行するには魔力が足りないはず」

「奴には俺と勇者から奪った魔力が有る。……俺と勇者の魔核に楔を打ち込み、魔力を吸い上げる形でな」

 

 通常なら有り得ない現象をルシファーは可能とした。

 本来魔力は本人の魔核にしか宿らない性質を持つが、直接魔力を吸い取り続けるなら全ての疑問も解消される。

 

「……破格の魔力を有したお二人の魔力を取り込んだ……なるほど、それならばルシファーが【昇華】を実行しても不思議ではありませんね」

 

 ミカエルは一呼吸置いて話を続けた。

 

「我々天使は魔核が内包する魔力量が上がるに連れ、儀式を行い羽根を増やす必要があるのです。それが【昇華】と呼ばれる儀式なのですが、私もルシファーも一万年以上の時を過ごしてますが、魔力の上昇はとうに限界点に到達してます。ですから本来ならば不可能な儀式だった」

「つまり、私とレオの魔力が原因で不可能が可能になったってことね。それで羽根が増える以外に何が有るの?」

「天使は【昇華】を重ねる度に、その身が神に近付くのです。今では六枚羽が現状の最高位でしたが……かつては、そう【終末戦争】以前は十二枚羽の天使長が存在していました」

 

 聴き覚えの無い言葉にリアとナナは小首を傾げる中、レオをはじめとした魔族は苦虫を噛み潰した表情に歪めた。

 

「……神族と巨人族が魔界で起こした【終末戦争】か。あの戦争で女神ウテナ以外の神は死に、魔界から太陽が失われ、世界は永久凍土に閉ざされた。……全く忌々しい」

「その件は……私の口からは言及できませんが、魔王レオはあの件の恨みを、魔族を代表して晴らしに来たのですか?」

「見くびるな、一万年も前に終わった話だ。いまさら蒸し返す気にもならんよ。恨みを晴らすなんざよりも魔界に太陽を取り戻す事に意義が有る」

 

 そもそもレオはその当時を知る魔族では無い。だから歴史で知り得た知識でしかないのだという。

 

「……さっき天使は神に近付くって言っていたけど、ルシファーの目的は神になること?」

「ええ、目的の一つでは有りますがね」

 

 神に至ることすら目的の一つでしかない。なら最終目的はなんだ。またルシファーに対する疑問が湧く。なぜそうまでして力を求めるのか。

 

「ルシファーはどうして人間を襲うの?」

「……彼は過去に人間に知恵を授けたのです」

 

 彼女の言葉に、リアとナナに肝が冷えるような感覚が襲う。

 

「知恵を? ルシファーが人間に知恵を与えたとは本当なのですか……っ」

 

 狼狽えるナナの様子にミカエルは静かに声を発する。

 

「紛れもない事実です。当時のルシファーは謙虚で散っていく生命に嘆く男でした。……ですが、ある日人間の祖が魔物に一方的に蹂躙され、絶滅に追い込まれた時です、彼が女神様の静止の声を振り切り知恵を、考え戦う知恵を授けたのは」

 

 今日まで人間が魔物によって絶滅せずに生きていたのは、遠い昔にルシファーが祖に知恵を与えたお陰だった。それならばどうして滅ぼそうなどと考えるのか。

 違う。ルシファーは自然の流れに逆らい知恵を与えた事を後悔している。彼に後悔させたのは、人間が繰り広げる戦争も原因の一つだろう。

 リアとナナはその結論に至り息を呑む。

 

「私達がルシファーを失望させてしまったのね」

「……それは結果論に過ぎませんよ。生物は生存競争の過程で争う。彼は人々の生活の営みを見守る過程で傲慢になっていただけのことです。ですからあの愚か者が人間を粛清しようなどと大きな間違いなのですよ」

 

 はっきりとルシファーを否定する彼女の言葉。

 それでも息が苦しくなる。確かにルシファーは知恵を授けたが、人が傲慢になり自らの欲のために他者を蹴落とす。それでも自分達にとっては全て過去のこと、しかしルシファーにとっては当時の事。

 例えどんな理由があろうとも人間の絶滅は阻止しなければならない。それが勇者としての務めでも有るからだ。

 

「そう。天界はルシファーをどうするつもり?」

「……女神様に刃を向け、天界に戦乱を呼び人間界に多大な犠牲者を出したルシファーは裁かれるべきでしょうが、それも女神様の御心次第」

「それは……つまり自分達でルシファーの処遇を決めないということですか?」

 

 ナナの質問にミカエルは瞳を閉じて静かに首を横に振った。

 

「天界の秩序は女神ウテナ様、我々には同族も他種族を裁く権利も決定権もありませんよ」

 

 女神の僕たる天使が彼女を差し置いて、判決を下す真似はできない。つまり天使の立場を一国に置き換えるなら、女神は王であり天使は民だ。

 こちらの常識で当て嵌めるなら理解できる部分もある。ただ、戦乱によって家族を失った者達はそう簡単には、ルシファー派の天使を許すことはできない。

 そんな時だった。静かに静観していたレオが、ようやく口を開いたのは。

 

「……異世界では欲に取り憑かれ、誤った道を辿った天使は堕天するそうだ。……堕天はその者の罪の証、永劫付き纏う罪なのだと」

 

 この三界とは違う異なる世界について、話を持ち出したレオにミカエルとフランが興味深そうに耳を傾ける。

 

「ルシファーは傲慢であり、神を目指すのなら真逆の存在に堕としてしまえば良いのではないか?」

「……それは興味深い話ですね。女神様復活の暁には、進言してみましょう」

 

 穏やかな笑みを浮かべるミカエル。しかし、彼女の笑みは穏やかだが、体が震える悪寒を感じるのは、きっと彼女が静かにルシファーに怒りを宿してるからだだろう。

 

「……ルシファーの件は一旦置いておいてさ、天竜アルビオンの封印は何処に在るの? 私達はそれも阻止しなきゃならないんだけど」

「天竜アルビオンは女神様の神殿に封印されていますが……すみません、具体的な解除方法をわたくし達は知らないのです」

 

 封印解除方法をミカエル達が知らないのは無理もないことだ。万が一封印解除を試みる者が現れる事を予想すれば、解除方法を残さないのも一つの方法だ。

 ただ、それでもルシファー派が封印解除に動いている点に引っ掛かりを覚える。

 

「誰も知らないのに……? でもフランの占いでは、ルシファーの企みを阻止しなければ天竜アルビオンが解き放たれるって」

 

 じゃあどうやってルシファーは封印を? とリアは出かけた言葉を呑み込んだ。封印を解除する方法が無ければ物理的に、強引に封印を破ってしまえば良いのではないか。そんな考えが頭に過ったからだ。

 

「……強引に封印を破壊する気なのかな?」

「まさか、そんな魔族並みの力付くに出るとは……」

「実に手っ取り早い方法だが、幾ら脳筋思考の魔族でもそんな無謀なことはせんぞ。だいたい、お前達は魔族をなんだと思っているんだ」

 

 レオの虚しい声が執務室に響く中、改めてミカエルはレオに向き直る。

 

「魔王レオ……あなた方は我々に手を貸してくださると認識して間違いありませんね?」

「邪魔者を排除するためには必要だからな。それに、此処に来たのは俺と彼女の楔を外すためでもある。……そうだな、共闘の条件を付けるならば楔解除。これがまず一つ目だ」

 

 レオが一本の指を立てるとミカエルが何かを察したのか体を抱き締め、

 

「二つ目はわたくしの身体ですか!?」

「貴様の体に興味は無い」

 

 即答だった。冗談を冗談で返す暇も無い程なく真面目に返すレオに、ミカエルは苦笑を浮かべた。

 

「じょ、冗談ですわ。……それで他の条件は? 太陽の生成でしょうか?」

「見くびるな、太陽は俺達の手で創り出す。例えそれが神の業だとしてもだ。……二つ目はリアの魔核に施された魔法陣の解除だ」

 

 確かにレオの言う通り、自分の魔核にはルシファーが施した時限爆弾が在る。だが、それはレオも同じこと。

 

「待ってよ! レオはどうするの!? あなたの魔核にだって同じ魔法陣が仕掛けれてるじゃない……っ!」

「そんなもの魔力が全結すればどうにでもなる。だが、お前は自力で魔核を護る術を持たないだろう?」

 

 レオのように転移魔法も魔力結界を展開できる訳でもない。

 ナナのように治療魔法も支援魔法を扱える訳でもない。彼の言う通り、自分にはルシファーの魔法陣をどうにかする方法が無い。

 

「レオは本当に自力でどうにかできるのね? ……失敗して死ぬなんて許さないわよ」

 

 そう言い放つと、彼は不敵な笑みを浮かべた。レオのその自信に満ち溢れた笑みを見るだけでも安心だ。

 彼は失敗しない。そんな確信が満ち溢れる。

 

「……どうやら話は纏まったようですね。他に条件は無いのでしょうか?」

「もう一つ。人間界のメルディア島に住むゼストという男。ソイツはサタナキアから島を護るために腕を失った、彼に天界の技術を使用した義手を与えてやって欲しい」

 

 利き腕を失ったゼスト。彼の腕を作って欲しいとレオは条件に加えた。そんな彼は紛れもなく優しい魔王だ。

 旅の道中で出会い、僅かだが共闘した彼を気に掛けるのは、紛れもないレオの優しさだ。

 

「それぐらい造作もありませんが、よろしいんですか?」

「ああ、条件はこの三つだけだ。俺達はルシファー打倒まで天界と同盟を結ぼう」

 

 レオが差し出す右手を、ミカエルは微笑みながら掴んだ。

 

「これで我々との正式な同盟締結となりましたね」

 

 彼女の言葉によって、リア達は女神派と正式な共闘関係を結ぶに至る──

 

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