仰々しい【メトロ】内を、リアはセリナに連れられて歩いていた。
複雑な内部構造のおかげで迷い易い道順。女神派の天使ですら道に迷うという。
「あら? リアさんとセリナさん、もう終わったんですか……あのリアさん、少し顔が青いですけど」
大丈夫か、と心配そうに顔を覗き込むナナに、リアは苦笑を浮かべる。流石に今から不老化の話をするには気が重い。それでも話さなければ。
そんな自分の心情を察したのか、
「あ、あの……お、お話なら……自分の部屋で、ゆっくりと」
先程までのセリナとは違い、彼女の声は明らかに緊張していた。これはどう言う事なのか、思わずナナと顔を見合わせると、
「じ、自分は"ッス"を付けないと……人と上手く──」
ポツリと呟いた。
セリナの恥ずかしがる姿がかわいい。リアとナナの心情の割合が彼女に対するかわいいと理解を深めたいという切な思いが二人を動かす。
「セリナの話し易い口調で話せば良いと思うわ」
その言葉にナナも同意を示す様に頷く。
「はい、無理をする必要は無いんですよ。わたし達にはゆっくりと慣れてくれれば良いですから」
「ほ、本当ッスね! 今からかなり重い話になるのに大丈夫ッスよね!?」
底知れない明るい笑みを輝かせる彼女は魅力的だ。
「その方が私も多少は気が楽かな」
リアとナナはセリナに案内され、彼女に充てがわれた部屋に入ると。
そこは年相応の女の子らしく、花瓶に活けられた白い花に、可愛らしくデザインされた翼の生えたゴブリンや犬と猫のぬいぐるみが飾られている。
そして本棚は数々の書物が、その中でも眼を惹くのが教本だ。
「適当に座ってくれッス」
言われるままに二人は適当な椅子に座り、早速ナナがこちらに視線を向ける。
「それでリアさんに何が有ったんですか? 元気の塊で人前で悩みを余り見せない貴女が、その、真っ青に成るなんて余程の事ですよね」
「うん、流石に私もね。……ナナ、今から話す事は全部事実よ。もしかしたら人を嫌いにちゃうかもしれないけど、それでも良い?」
「わたしにも関係する事ですか……」
ナナは思いたる節を探ろうとしばし考え込む。すると眼を見開くとどうやら心当たりに行き着いた様だ。
「……魔核研究所が不穏な実験にご執心という事は、ザガーンからそれとなく聴いてましたが、その事と関係が?」
どうやらある程度の話はザガーンから聴いていた様だ。レオとは違い、彼は事前に話しておくことで精神的ショックを和らげようとしたのか。
どの道真相を聞けば精神に掛かる負担は大きい。レオの前では何とか持ち堪えたが。
「そう、ザガーンが。……あのね、私もフィオナにマキア、そしてナナは魔核研究所で定期的な検査を受けていたでしょう?」
「ええ、人並み外れた魔力を有するため魔核の影響を調べたいという名目でしたね。マキアさんはスラム街に寄付金を受け取るという条件で合意しましたが──」
「うん。……その検査は人を不死にするための実験だった──って言えば信じる?」
ナナは実感が湧かないのか、顎に指を添えて考え込む。
正直言って自分の体に起きた事について実感が湧かない。確かに去年よりも身長が伸びて漸く百五十二センチに届いたぐらいだ。
だから間違いなく成長はしているが、レオはハーヴェストを訪れた時には肉体の成長が止まっていたという。
すると何か思い当たる節が有ったのか、ナナは瞳を大きく揺らし、
「……まさか、ザガーンの言っていたのはこの事なんですか? わたしとリアさんもマキアさん、それにフィオナちゃんも既に……」
彼女の弱々しい問い掛けにリアは、ただ頷くばかり。
そんな二人にセリナが慌てながら、
「ぽ、ポジティブに考えるッス! 仮に好きな人が長寿だったら、自分達はずっと側に居られるって……!」
慰める様にそんな事を言った。
「フィオナちゃんは混血児でしたから……あの子が抱える悩みをやっと
真っ直ぐな言葉に涙が頬を伝う。一番寿命の差で悩んでいたフィオナが居る。
たまに彼女は、自分達に置いて行かれる夢を見る事が有ると教えてくれた事が有った。その時は置いて行かないと答えたが、改めて考えれば寿命が迎える死がフィオナに孤独を与えてしまう。
例えどんなに楽しい思い出が溢れようとも、長寿にとっては忘れられない記憶であり、思い出す度に寂しさを与える事になる。
「……そうだよね、フィオナとずっと一緒に居られるって考えると些細な悩みなのかも」
「それに自覚が持てない事が大きいですね。……ですが、改めて戦後はどうするか考えなければなりませんね」
「私はレオと決着を付けて魔族領に亡命かなぁ。混沌結晶を全て破壊する一仕事も有る訳だし」
レオを倒すした暁には、ギリガン王が自分の望みを叶える。
そのためには絶対にレオには負けられない、元々三年前から彼に負けるつもりは無かったが、寧ろ勝利して人の強さを見せ付けようと考えていた。
ただ、その考えは不老化した時点で無意味にも等しい。
「わたしは、その……偽りを本物にする努力を……」
ボソリと頬を赤くしながら答えるナナに、リアとセリナは興味深い気に視線を向ける。
目の前に恋する乙女が居る。それ即ち、
「セリナは恋話に興味ある?」
「無い女の子って珍しいッスよ。女学生も恋話で盛り上がるッス」
徐々ににじり寄る二人にナナは頬を引き攣らせ、
「あ、あのぉ〜、あまり話せる事は無いですよ? 一方的な片想いかもしれまんし、第一お二人の顔が怖いです」
身を引く彼女にとっておきの武器を向ける。
「えぇ〜? 夫婦仲が良好な海賊の話聴きたい?」
「興味有りますね!」
とっておきの武器が効いた事にリアは笑みを浮かべ、三人の恋話が展開されることとなった──
その後話に夢中になり過ぎたセリナが、ヴァルナ達が戻って来るまでに仕上げる筈だった書類を忘れ、こってりと絞られることに。