ミカエルと会合した翌日。
セリナは眠気覚ましにと浴室へと足を運んでいた。
「うぅ〜昨日も遅くまでヴァルナに怒られた」
自分は部隊長だが、同級生の彼には頭が上がらない所も有る。いきなり部隊長に任命されたセリナを変わらない態度で接してくれるのは、実に有難いことだ。
部隊としての規律は重視するべきだ。そう言う意見も少なからず耳にするが、
「ウチの部隊のやり方の一つ……よね」
部隊一つ一つに秩序は有るが、細かい運用方法は部隊長に委ねられる。それに、とセリナは息を吐く。
魔界の王であるレオと配下のザガーン達の気取らないやり取りを見ていると、彼らの在り方に憧れを感じるものがある。
セリナは湯船に足を入れ、辺りを見渡す。
「ミカエル様は……居ないよね?」
彼女の過激なスキンシップには身の危険を感じる。だが、今は一人だけの空間だ。
セリナは湯船にゆっくりと浸かりながら息を吐く。
腕をゆっくりと伸ばし翼も伸ばす。
「昨日は楽しかったなぁ。なんか、久し振りな気がする」
リアとナナとの語らい。恋話をはじめとした人間界の話はセリナにとっては充分刺激的で魅力的だった。
だからこそ戦争を終わらせて人間界旅行に行きたいという思いが強まる。
旅行には日頃の感謝を込めてヴァルナも連れて行きたい。彼ならなんだかんだ言って着いて来てくれる確信が有る。
「キュアリア村から港町シルケに行って、海鮮料理を食べてみたいなぁ」
天界の食事は赤ワインと果実ばかりで、人間界の暮らしを見守る天使にとっては、彼らの食事は非常に羨ましい。現に実の所ルシファー派に与する者の中には、人間界の食事を目的とした者が居る程に。
「……ルシファーに疑問を抱く天使をこちら側に引き込めないかなぁ」
天界の住人の大半は実のところは学生だ。年齢五歳から千二百歳まで通い、その中で人間界の暮らしについて理解を深めていく。
そこから魔物の脅威から護る天界兵に進路を選ぶ者、予言者を選ぶ者。商人や女神の付人になる者と別れる。
「学校が崩壊したあの光景は忘れられそうに無いなぁ」
ルシファーの放った魔法が聖院学校の校舎を粉砕し、一瞬で瓦礫の山に変えたあの恐ろしい光景を。
多分あの光景を目の当たりにした同級生達は、恐怖心からルシファーに降った。それを悪いと非難する気も無い、一万年以上の時を生きる大天使が敵になるからだ。恐れが上回っても仕方ないこと。
辛い思い出を冷静に見つめ直しながらセリナは、羽根を撫で羽毛の手入れに入っていく。
ふと自身の可哀想な胸に目が行く。そういえばリアは自分よりも大きかった、そしてナナは自分とリアが比べ物にならないほど実っている。
「う、羨ましいなぁ。背も低いし……はぁ、ミカエル様の様な綺麗な女性に成りたいなぁ」
セリナがため息を零したその時だった。
『セリナ部隊を始めとした天使兵は、協力者を連れて【メトロ】第八線へ至急集合してください』
室内に流れる無機質な声にセリナは湯船から立ち上がる。そしてバスタオルに身体を包んでその場を速やかに立ち去って行く。
(いよいよ反撃? それとも哨戒任務?)
何も聞かされていない事に、セリナは若干の戸惑いを覚えながらも素早く身支度を済ませ、部隊が集まる隊舎広場に駆け出した。