【メトロ】第八線に集ったレオ達は、そこに存在を主張し鎮座する物体に目を見開いた。
長い車体に、施された防護魔法陣に見た者には堅牢という印象を与える。
「これが天の柱を駆けるアークッス」
天界が誇る列車。それが目の前に鎮座している。特に人間であるナナは大きな衝撃を受けていた。
トロッコの様な小さな乗り物かと考えていたが、それは大きな間違いでトロッコは比較にもならない乗り物だ。もしも人間界で列車を再現できるなら、交易の幅が大いに広がるだろう。
同時に列車を走らせる線路開拓のために、少なからず争いが起こるだろうかとも予見できる。
そんな事をナナが考えていると、ミカエルが現れこの場に居る全員を見渡す。
「皆さん揃いましたわね。……これより市街地解放作戦を実行する事を宣言致しましょう!」
ミカエルの宣言に天使達が声高らかに勇敢な声を叫ぶ。どうやらかねてより予定されていた作戦のようだ。
何も知らされていない事に若干の不満を覚えるも、自分のするべき事は敵から仲間を守り、傷付いた者を癒すこと。
ただ、怖くないと言えば嘘になる。相手は魔族と同等の魔力を有する天使兵、そして市街地で見かけたバラキエルをはじめとした大天使。激戦は必須、もしかしたら自分は戦いの中で倒れてしまうかもしれない。
そんな不安と恐怖を押し殺すように、ナナは神官服の袖を握り締めると、
「安心しろ。お前を敵の脅威から守って見せよう」
ボソリとザガーンが自分にだけ聴こえる声で囁いた。
彼の言葉に先程まで抱いていた不安と恐怖が消えていく。我ながら現金だ、とナナは自嘲気味に笑った。
天使がアークに乗り込む中、レオとリアがセリナ部隊に付いて歩き、ナナとザガーン、そして邪竜隊もそれに倣う。
全員が乗り込んだ頃、アークはゆっくりと線路を走り出す。
中に入ると広く長い通路、大振りに剣を十分に振るえる程に広い。そして壁際に並ぶ長い座席に腰掛ける天使に倣う。
「わぁ、意外と座り心地が良いんですね」
一見硬い印象を受ける座席だったが、座ってみると案外柔らかく、これなら長時間の移動も苦にならないだろう。
「そういえば……【メトロ】の入口は転移でしか開かないと聴いたのだが……?」
邪竜隊の副官──ファグラがそんな事をポツリと呟く。そんな彼に向かいの座席に座った天使が仏頂面で答えた。
「このアークには空間移動魔法が備わっている」
乗り物一つに一体どれだけの魔法が備わっているのだろうか。語学のために聴いてみたいとナナは思うが、今は市街地解放作戦に付いて気にかけるべきだろう。
「あの、市街地解放作戦について何も知らないのですが?」
「ああ、敵兵力を蹴散らしながら市街地の中央広場を目指す。ただ、昨日の偵察で敵兵力が市街地に集結しつつあると、だからこのアークを囮に利用する」
「帰り? 皆さんで転移でしょうか?」
全員で拠点に帰るには、隊長と副隊長のみが知っている鍵を利用して転移する必要が有る。一度に運べるのは隊長一人に付き一部隊と五十五人が限度。
「そうなるけど、市街地を解放さえしてまえば帰り道に心配する必要は無いさ。それにアークは女神様の魔法に耐える程に頑丈なんだ……まあ、神々の乗り物だったって保証付きって事で納得してくれ」
超次元のような存在に耐える列車アーク。なるほど、とナナとザガーン達は納得がいく。それほどの強度ならば囮に利用しても問題が無い。寧ろ籠城戦を移動しながら展開できる。
これは兵力数で劣るこちら側の隙を補えるだろう。
「ええっと、ミカエル様から事前に受け取った指示を話すッス!」
セリナは咳払いを鳴らし全員の注目を集める。彼女はゆっくりと辺りを見渡し、
「先ず市街地外周をアークが運行。敵の注意を引きつつサドリナ隊とブリア隊を南市街地に降ろすッス!」
サドリナとブリアと呼ばれた女天使は、静かに頷き槍に指先を滑らせる。
「アークは次に西市街を周り、そのまま東市街地に直進するッス。東市街地にグース隊とファルキン隊を降ろし、アークはそのまま中央市街地に停まるッスよ」
敵の注意が最も集まる中央市街地にアークを停泊させ、敵戦力を中央市街地に誘導する。話を聴いてそう結論付けたナナは、昨晩リアから受け取った魔核に指で触れた。
竜種の魔核が懐に有る。継続能力が乏しい自分達にとって魔力を回復させる手段が有るのは実に心強い話だ。
「そして最後に自分達の部隊と協力者で敵陣営に一気に強襲を仕掛けるッス! ……いま名を呼ばれなかった部隊はアークの防衛戦になるッスけど……」
ミカエルの采配なら間違えは無い。そう信じている天使達と、やはり自分達が囮になる不安を拭いきれない天使が居るのも事実。
そんな彼らにレオは視線を向け、やがてこちらとザガーンに目を向けた。
「ふむ、アークの防衛戦力に犠牲を出す訳にはいかんな。ならば邪竜隊と神官ナナをそちらに廻そう……リアとナナもそれに異論は無いか?」
「私はナナを信じるけど、大丈夫?」
「わたしは大丈夫ですよリア。安心して戦って来てください」
心配そうな表情を浮かべるリアに笑みを返す。
そんな時だった、窓に光が差し込んだのは。