市街地の戦闘を静かに見詰める者が居た。
乱雑に短く切られた黄金の髪。右眼に一筋の傷を付けた紺碧の瞳の大天使──アザゼルは重いため息を吐く。
真っ白な神殿の中、空中に映し出されるバラキエルの死骸を、アザゼルはイスに座り足を組み直し、
「まさかお前さんが早々に脱落するとはね」
戦友の死をアザゼルは笑った。戦闘狂のアイツは強者に討ち取られて戦死したのだから戦士として本望だ。
彼の表情は何をされたのか理解が及ばず、混乱した表情だ。それは果たして本望と言えるのだろうか。
アザゼルは思う。あの魔王レオは躊躇無く殺した、そこに甘さも無ければ慈悲も無い。バラキエルは戦いを愉しむ余裕は果たして有ったのか、と。
「恐い魔王さんだこと。……だが、そうじゃねえとこっちとら困るってもんよ」
アザゼルは巨大な結晶の中で静かに佇む天竜アルビオンに視線を移す。
十二枚の翼、聳え立つ角に白銀の竜燐に覆われた躰が、そこに鎮座している。
「八千年も眠りに付いてよ、そろそろ暴れたいんじゃあないのか?」
アザゼルは懐から掌の上に乗せた混沌結晶を、結晶に近付ける。
すると混沌結晶は結晶に吸い込まれ、アルビオンの額に宿った。その時だった、混沌結晶に亀裂が走り砕けたのは。
「ありゃま……お気に召さないようで」
人間界からわざわざルシファーが直接送った混沌結晶が無惨にも砕けた。これでは残る方法を試すしかない。
幸い封印の邪魔をする女神ウテナは、神殿の最奥で石化している。後はいつ女神派がここに到着するかだ。
バラキエルが戦死した以上、市街地はどの道解放される。それからミカエルは早急に動くだろう事が予測できる。
「あのボイン姉ちゃんも早く来ねえかなぁ。……俺の顔に傷を付けた愛くるしい天使も」
アザゼルは指先で傷を撫でながら、あの時の戦いを思い出していた。
小柄で気弱そうな天使セリナ。だが、いざ戦闘となると冷徹な一面を垣間見せ、右眼を傷付けられていた。
何をされたか理解は及ぶ。アレは一瞬の出来事だった、彼女から大天使級の魔力が放出され忽然と目の前から消えた。
その直後だ、右眼を旗の先端で切り裂かれたのは。
「大方おじさんという強大な敵の前に、生存本能が刺激されたんだだろうな」
今のところは全魔力を扱うには肉体が付いて行かない雛鳥。
その魔力を隠している様だが、隠し切れない程に膨大だ。
将来が楽しみな反面後々の脅威になりかねない敵にアザゼルは笑みを浮かべる。
「やれやれ、敵さんは高い魔力持ちが六人もいやがる。こりゃあおじさん死ぬかもなぁ」
ケラケラと笑うアザゼルに、若い女天使が慌てた様子で駆け付ける。
「し、市街地各地の駐屯地が次々に制圧され、アーク制圧に向かった部隊も、り、竜の群れと大洪水によって……捕縛されました……っ!」
竜の群れというのは邪竜族の竜化と推測できるが、大洪水とは一体。アザゼルは疑問に顎を撫で、映像に中央市街地を映し出す。
水を操る茶髪に神官服の少女に、アザゼルは眼を見開く。
「おおっ! 随分とかわい子ちゃんじゃねえか! しかも巨乳ときたっ! いいねえ、人間界の娘は発育が良くてさ! ……その点、女天使は……はぁ〜」
「や、やめてください! セクハラですよっ!」
貧乏な胸を隠す女天使にアザゼルはため息を吐き、
「捕縛された連中は殺されはしねぇから安心しな。しっかし、いよいよおじさん一人で連中を相手にすんのか、ダリなぁ」
気の抜けた声を発した。
「あ、アザゼル様ならあんな連中に負けませんよ……!」
「へぇ、なら一発やらね?」
「だからセクハラはやめてください! セリナにセクハラして油断したところ、顔に傷を付けられたのを忘れたんですか?」
確かに戦闘の最中、アザゼルはセリナの小さなお尻を揉んだ。だが、それは彼女が全魔力を解放した瞬間、決して油断などしてはいなかった。全力で尻を触りに行った名誉の負傷だ。
自業自得な結果のため、油断したと部下には言い訳をしたが、バラキエルには爆笑されたのは、今となっては彼との最後の思い出だ。
「……まあ、お前さんとこうして気の抜けた話をすんのも最期になるか」
アザゼルの言葉に狼狽えた女天使は取り繕う様に、
「そ、そんな! あの【終末戦争】を生き延びたアザゼル様がやられる──」
話すとアザゼルは目の前に移動しており──そして彼の手刀が女天使の心臓を貫いていた。
口から噴き出る血に女天使は疑問の声を投げ掛ける。
「な、なぜ……?」
女天使の視界に最後に映ったのは、申し訳無さそうな、それでいて哀しそうな表情を浮かべるアザゼルの姿だった。
真っ白な床を鮮血で汚す女天使に、アザゼルはポツリと答える。
「悪りぃな。……アルビオンの解放には必要な事なんだよ」
天使の命を生贄に災害を解き放つ。それが残された最後の方法だった。無論生贄には自分も含まれる。
だが、決して女神派には気取られてはならない。そのためにもアザゼルは遺体を処理し、床の血痕を綺麗に落とすのだった。
「ルシファーの奴はどうしようもねぇ馬鹿だが、まあ俺が居なくともあの二人が支えてやんだろ」
ポツリと呟かれた言葉が、虚しく反響する──