市街地各地で行われた駐屯地襲撃戦は、各部隊の奮闘とアークの囮作戦によって無事女神派の勝利に終わった。
加えてルシファー派の天使兵が次々に降伏。女神派にとってはこれ以上に無い戦果だろう。
そしてレオ達はそのままアークで一晩。もっとも天界には昼夜の区別が無いため、レオ達にとっては今は昼かさえ分からない。
「ふぅ。後は神殿の解放だけ……で、終わらないよね」
座席に座り一息吐いたリアは、神殿の方に顔を向ける。
真っ白な石造りの神殿。あそこに女神ウテナが封印され、大天使アザゼルが居る。
「他に大天使は居ないの?」
「残りはアザゼルだっけッスね。元々大天使はそんなに数が多く無いッス」
天界の大天使は六人だけ。そういえば、まだアガリアレプトには遭遇したことが無い。
ザガーンにも聴いてみたが、彼も一度も戦場で姿を見る事は無かったと。
唯一判明しているのは女性、軍師の立場に有ることのみ。
「アガリアレプトってどんな天使」
「うーん、一言で言えば一途ッス」
セリナの言葉にアルティミアの顔が浮かぶ。一途と言えば彼女もレオに対して一途だ。
「それは……とても苦戦しそうね」
恋する乙女は油断ならない。愛する者のためにどんな無茶もやってのける。リアがアルティミアに懐いた印象が正にそれだ。
だからと言ってアルティミアと同類とは限らない。
リアはそんなことを考えながら、レオに視線を向ける。ザガーン達と楽しげに話す彼の姿が映り込む。
どんな話をしているのかは、少し離れた座席のため聴こえないが、
「なんで気になるんだろう」
どんな話をしているのか気になる。それは何故かは理解できない。
(違う、違うよ。……理解する事を拒んでる)
この内から湧き上がる感情を理解しようとすればするほど、胸が締め付けられる。その度にリアは深く理解する事を拒んできた。
これ以上湧き上がる感情に踏み込めば全てが変わる。それは最悪の変化か、それとも良い変化なのか。
ただ、言える事は現状維持が好ましい。彼とは決着を付ける。それは共闘の終わりを意味する、つまり彼との旅の終わりを意味している。
「旅はいずれ終わるのね」
ポツリと呟いた声が、隣に座っていたナナが小さく微笑む。
「終わりは来ますが、同時に始まりでも有るんですよ? 旅に一区切り付けて新たな一歩を踏み出すために」
「そう……だよね。旅が終わったら全部終わりじゃないもんね」
まだ実感は無いが不老化した身、時間は飽きるほど有る。その永遠の時を何に使うか。
「永い人生を有意義に過ごさなきゃね。……でも、私は魔界の件にも協力したいなぁ」
永い人生を得たのだから、リア個人として魔界の為に何かできることが有る。そう考えて紡いだ言葉に、ナナは顔を顰めた。
「……魔界は魔界に住む生物以外の侵入を拒むそうです。昔、メンデル国の使者が魔界の門を取り抜け、魔界に入ったそうなんですが……結果は使者の凍死だったそうです」
詳しく語るナナに耳を傾ける。
先代の王セオドラに派遣された使者は、魔界の門の直ぐそばで氷像となり凍死していたそうだ。
無論そこにレオは関与して無ければ、魔族の誰も知らなかったこと。
正確には魔界が人間には生きられない環境だった事を、レオ達は初めて認識することとなった事件なのだと。
「それじゃあ……私も即死しちゃうわね」
「多分、魔力量関係無くですね。事実天使の氷像も発見されることがあったらしいですから」
改めて聴くと過酷な環境だ。市街地を移動している最中レオは、『魔界に太陽を取り戻す』そう言っていた。
つまり彼の望みは魔界の氷を溶かす事に他ならない。その為に彼は人間界の土地に降り立った。
全部、彼の望みは全部が"魔界のため"に集約している。
「その話はザガーンから聴いたの?」
「ええ、魔界に付いて理解を深めたいと尋ねたら、彼は丁寧に歴史を教えてくれましたよ」
自分は三年前にある程度はレオから聴いているが、細かい事は何も知らない。特に歴史の方面には疎い。
そんな事を思っていると、通路に転移魔法陣が現れ、ミカエルとフランが現れたのは。
「皆様お疲れ様ですわ。……明日はいよいよ神殿に攻め入る事になりますが、何も聴かず彼女の言葉に耳を傾けてください」
フランは水晶玉を片手にゆっくりと言葉を紡ぐ。
「天竜の封印、輝く結晶の前に、天使の魂を与えてはならぬ。災害は魂の生贄によって復活を果たすであろう」
具体的な内容に息を呑み込んだ。
フランの占いの通りなら、それは紛れもない天竜アルビオンの解放手順に他ならない。
「誰も知らない封印解除の方法を……占いで知れるものなのかしら」
改めてフランの正体に大きな疑問が湧く。
目に映るものが真実とは限らない。そうで有るようにフランという老人は本当に何者なのか。
「リアよ、今は疑うよりも封印を解かないように努めることが先決じゃろうって。……じゃがな、封印は時の運によって如何なるかは分かりやせんぞ?」
「うん。……でも、フランおばちゃんは大人しく待っててよ?」
お年寄りを戦場に連れて行くつもりは無い。そう訴えると、フランは朗らかに笑った。
「生憎とワシはあそこに行かなばならぬ。女神の封印解除にはワシが必要じゃからな」
フランの言葉に時が止まった様な錯覚に陥る。
如何してフランが女神の封印に必要なのか、理解が及ばない。おまけに胸が激しく騒つく、動揺しているのか。チラリとレオに視線を向けると、彼は静かに何かを探るようにフランをじっと見つめている。
思えば彼は初めてフランと出会った時も、何かを疑っていた。
「リアさん、それに魔王レオも……疑念は百も承知ですが、話してしまえば事が上手く運ばないでしょう。動揺は最大の隙となり得ますからね」
「ああ、お前の言う通りだな。……なら俺は詮索しないとしよう。まあ、疑念を向けているのは多いようだがな」
レオの言葉に、周囲を見渡すとセリナとヴァルナを除いた天使、ザガーン率いる邪竜族の彼らも同様にフランという老人に疑念の眼を向けていた。
「終わったら全部説明してくれる?」
一瞬だけフランは呆けた表情を浮かべると、
「……もちろんじゃとも」
間を空けた返事を返した。
「はい! フランさんに付いては以上ですわ! 明日に付いて話し合いますわよ」
ミカエルのその言葉に、リア達は中央に集まり神殿の見取り図に眼を向ける。
そして細かい話し合いの末、天竜の間に自分とレオが向かうことに──