ザガーン達を遺して駆け出すセリナは、チラリと背後に眼を向ける。
あの場所に置いて来た事に、後ろめたさと罪悪感が後髪を引く。
「彼らなら大丈夫だ」
自身の心情を察したのか、ヴァルナがフランを背負いながら静かな口調で語った。
いつも彼の気遣いに助けられている。
「ヴァルナ、ありがとう」
緊張せずに言えた。すると彼は顔を逸らして、
「ふ、ふん、連中を気にかける前に自分の身を気に掛けろ。お前はいつもボサッとするからな」
やっぱりヴァルナは厳しいと思う。
そんな事を思っていると、
「なにあれ? ベタよベタベタのツンデレよ」
「男なら男らしく告白の一つでもしちゃえば良いのにね」
ザドリナとブリアのそんな声が聴こえる。誰が誰に告白するのか、と興味深くも疑問から首を傾げる。
すると、二人は何故か呆れ気味にため息を吐いた。
(自分、何か余計な事をしちゃった??)
不安からヴァルナに顔を向けると、彼は物凄い表情でこちらを睨んでいる。正直言って恐い表情だ、同級生とは思えない程に恐い。
「て、敵に警戒するッス!」
顔を逸らし、駆け抜ける通路の先に眼を向ける。
先頭を飛ぶミカエルと天使、その先には驚くほどに誰も居ない。
罠なのか、と警戒心が浮かぶ。それとも単純に女神の封印が解けない絶対的な自信の顕なのか。
天使と周囲辺の空間を警戒してた矢先、突然神殿が揺れ足を取られてしまう。
セリナ達は転ばない様に浮遊し、揺れから難を流れる。
「何の揺れッスかね? まさか天竜が……?」
「いえ、違うわね。これは強大な魔力の衝突による余波ですわ」
冷静に先程の揺れを分析したミカエルが、衝突によるものだと語った。
考えられるとすれば、アザゼルとレオ達が衝突した。或いはザガーン達の一方的な戦闘によるものかもしれない。
しばらく通路を駆け抜け、やがて十字路に到着すると。
「急げ! アザゼル様に増援を……!」
「そっちも大丈夫だけど、広間にも増援を……っ!」
天使兵の慌てた叫び声が聴こえる。ミカエルの合図に従い走る速度を緩め、慎重に十字路を覗き込むと、左右の通路に集う天使兵が今にも転移しそうだ。
この状況下でレオ達に増援を向かわせるのは得策では無い。何より天使の問題を外部戦力に全て任せてしまうのも気が引ける。
そんな個人の感情を抱いていると、ミカエルがゆっくり十字路の真ん中に歩み寄る。
「不意打ちの好機ですわ!」
両掌を左右に向け、彼女は無詠唱から閃光を解き放った。
「み、ミカエル……様!?」
「て、転移をいそ……っ!?」
転移魔法が発動する暇も無く、天使兵は閃光に呑み込まれ、全員床に倒れ伏していた。
「み、ミカエル様……容赦無いッスね」
「敵に組みした以上はそれはもう敵ですわ」
ルシファー派に同情心が宿る中、確かに彼らがやってきたことは自業自得。
そう考えるとある意味同情の余地は無い。
「ううっ……ひ、ひかり……が」
どうやら彼らはまだ生きている様子。それならばと、セリナは左右の敵部隊に掌を向け、
「《虚しき鳥籠よ》」
詠唱を唱え天使兵を鳥籠に閉じ籠める。
「これで解除しない限りは出られないッス」
「ホッホッホッ、翼を持つ者にとってはこれ以上に無い屈辱じゃのう」
「セリナってかわいい容姿しててやることは結構エグいよね」
「……っ!? そ、そんなこと……無いもん」
天使を封じ込めるにはこれ以上に無い魔法だ。そもそもこの魔法は元々犯罪を犯した天使を閉じ籠めるための魔法。
「あまりウチのセリナ隊長を揶揄ってくれるな。揶揄うなら全てが終わってからにしてくれよ」
そこは止めて欲しい。
「……ヴァルナ……なんか嫌い」
悲しみからそんな事を呟くと、ヴァルナの表情は虚無を浮かべていた。一体どうしたと言うのか、ここに来てからヴァルナは変だ。
「わたくしのセリナに手を出すよりも、さっさと進軍しますわよ」
ミカエルの言葉にセリナ達は再び駆け出し、しばらく進むと漸く大扉の前に辿り着く。
ミカエルは大扉に手を掛け、魔力を流し込む。
この大扉は大天使の魔力か女神ウテナ、それか女神ウテナの世話役にしか開かけない扉だ。
ミカエルによって大扉が解錠され、扉が一人でにゆっくりと開く。
その先の光景に誰しもが息を呑んだ。
「……ああ、ウテナ様……っ」
石像と成り果てた女神ウテナの巨像が玉座の前で、静かに鎮座している。
はじめて観る者は眼を疑い、セリナとヴァルナは息を呑む。
ミカエルから厳命された事、『決して女神ウテナの魂が不在で有る事を誰にも話しては成りません』その指示には釈然としなかったが、いまとある人物の出会いで理解が及んだ。
あの巨像から女神ウテナの魂が感じられない。だが、女神という存在が死ねば世界に莫大な影響を齎し、全ての時が停止した灰色の世界へと成り果てる。
そんな兆候は見られない。故に女神ウテナは抜け殻を遺して、まだ生存している。
もっとも魂だけの状態を生きていると言って良いのかは疑問に残るが。魂はすぐ側までやって来ている。
そんな事を考えているとフランが、ゆったりとした足取りで女神の巨像に歩み寄る。
「良いんッスか? リア達に話さなくても」
思わず彼女に声を掛けると、彼女は微笑んだ。
「……皆の者、今までご苦労じゃったのう」
フランの口から発せられた彼女では無い声。
その声はこの場に居る天使の誰しもが耳にした声だった。
頭の理解が追い付かない。女神ウテナの声がフランから発せられている事に、天使達は理解が追い付かず、ただ事の成り行きを見詰める他に無かった。
「セリナ、レオ達には妾自ら説明するわ」
その言葉を合図にフランの身体が眩い光に包まれていく──