魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

95 / 125
8-15

 地に倒れ伏す天使兵をレオとリアは素通りし、大扉の前に足を止めた。

 神殿地下は広大な迷路のような構造になっており、レオとリアは道に迷いに迷った挙句の果てに最終手段を取った結果が彼らだ。

 そもそも事前に仕入れた地下構造とは大幅に異なる造りから、これも敵の防衛策だったのだろう。

 

「随分と親切な天使兵達だったな」

 

 道が分からないなら知っている者に聞けば良い。

 

「……そりゃあさ、魔王にあんな形相で迫られたら誰だって答えちゃうわよ。それにアレは尋ねたとは言わない脅しよ、脅し」

 

 気絶した天使兵に視線を向け、こちらに呆れた眼差しを向ける彼女にレオは笑う。

 

「魔界流だ、時間も惜しいからな。その方が手っ取り早いだろ」

「うん、それに戦死者も出て無いから私としても文句は無いわ。寧ろ次からレオに倣おうかしら?」

 

 聖剣の柄に指を滑らせながら笑うリアの、彼女の表情に心臓が高鳴る。

 何かの病気か。レオは疑問を払うように大扉を蹴り開け、魔剣を引き抜く。

 その先には、真っ白な空間の中に鎮座する天竜が封じ込められた結晶とその前に鎮座する大天使が待ち構えて居た。

 

「お前が……大天使アザゼルか」

 

 魔剣の剣先を向けながら問うと、彼は口元を吊り上げた。

 

「ああ、おじさんがそのアザゼルだ。……御前さんらは敵として此処に来たんだろ? なのに、何故敵を殺さねえ? 先日はバラキエルの野郎を殺したろ」

 

 確かにバラキエルをこの手で殺した。そこに罪悪感は一切無い、討つべき敵を討っただけのこと。

 アザゼルの問いにリアがゆっくりと口を開く。

 

「ルシファーってさ、用意周到というか用事深いわよね? 天竜の解放方法も知っていて何か策を巡らせている。そう警戒すると神殿内の天使兵は殺せないのよ」

 

 リアの言葉にアザゼルは間の抜けた表情を浮かべる。どうにも彼の覇気の無さと掴みどころの無い佇まいに、闘争心が萎える。

 

「……ルシファーのことよく理解してんじゃねえか。だけどよ、アイツは俺達を信用して天界を任せたんだ。天竜を利用して人間界の人間を滅ぼすためにな」

「随分とお喋りじゃないか。てっきり情報を喋らないと思っていたが……?」

 

 こちらの指摘にアザゼルは肩を竦めながら笑った。

 

「どうせそっちも有る程度はルシファーの目論見を掴んでんだろ? なら隠す必要はねぇだろ。だいたいおじさんは隠し事が苦手なんよ」

「ルシファーが選んだ配下と警戒していたが……徒労だったか」

 

 アザゼルは嘘を吐いていない。彼の瞳は敵ながら晴々とした真っ直ぐな瞳を向けている。

 

「おじさんとしては、アンタらにはガッカリだけどなぁ。敵を殺さねえ甘さにはガッカリだ……まあ、大事な部下を殺さないでくれて感謝はしているんだけどよ」

 

 そう言いながら大剣を構え、魔力を放出するアザゼルにレオとリアは構える。

 バラキエルの比ではない魔力量。紛れもない一万年以上の時を生き抜いた大天使が牙を抜いた。

 相手は全力でこちらを殺しに来るだろう。だが、こちらは天竜の解放を阻止するために不殺で無力化しなければならない。

 "一人でならば苦戦は必須"。だが、今は魔力が全結し、頼もしい好敵手が隣に居る。どんな敵にもどんな条件でも勝てる自信がレオには有った。

 

「さあ、リアよ。不殺でいくぞ」

「ええ、天竜は絶対に解放させないわ!」

 

 リアの言葉を合図に彼女と同時に駆け出す。

 両側からアザゼルを挟み込み、魔剣と聖剣の刃が両側から迫る中、アザゼルは大剣を大振りに薙ぎ払う。

 重く魔力の乗った斬撃に二人の刃が受け止められる。

 火花が散る中、レオは左掌をアザゼルに向ける。

 

「闇の炎でも喰らえ、『ダークネス・フレイム』っ!」

 

 左掌に集う闇の炎にアザゼルは、足を踏み込み大剣で二人の刃を押し退けた。

 レオは僅かに重心が逸れ、闇の炎が天井へと放たれる。天井を闇が侵蝕しながら炎が焼き尽く様子にアザゼルは息を吐く。

 

「危ねぇな」

 

 そんな彼にリアは右薙を繰り出し、アザゼルはわざと自らの首を無防備に晒した。その直後リアは斬撃の軌道を無理矢理に逸らした。それが隙となり、アザゼルの蹴りがリアへと迫る。

 だが、レオはアザゼルの蹴りに蹴りで抑え込み、その隙にリアの拳がアザゼルの腹部に重く入る。

 

「ぐぉ!? へへっ、お嬢ちゃんのようなかわい子に殴られるのも悪くはないねえ」

「そんなに殴られたいなら、遠慮なく……!!」

 

 拳に魔力を集めたリアはアザゼルの腹部に、

 

「『洸波掌』っ!!」

 

 魔法技──【洸波掌】による衝撃がアザゼルを襲う。

 だが、確かに腹部に入った攻撃にアザゼルは怯まず、大剣を上段に構える。

 

「どうよ? 硬質魔法ってのは」

 

 腹部の筋肉を硬質化させリアの魔法技を防いだ。そしてアザゼルは大剣に光を集め、

 

「仕返しだ!」

 

 大剣の刃を縦に叩き付ける。レオとリアは同時に大剣の刃を避けた。

 しかし、地面から溢れ出た光の柱にレオは、素早く魔力結界を展開し光の柱に呑み込まれながらも魔法技を防ぐ。

 

「強固な魔力結界を一瞬で展開するなんざ、とんでもねえ化け物だ」

「バカ言え、貴様こそ化け物だ。無言詠唱からの魔法技を放つなど十分化け物に値する」

 

 レオの指摘にリアが二人にため息を吐く。

 

「私から見たら二人は十分化け物よ」

「光が効かねえお嬢ちゃんも化け物だよ」

 

 結局この場に三人の化け物が居る。無論誰も自分が化け物などと決して認めようとはしないが。

 認めてはならない一線だ。世界には理不尽な塊が今も存在している。その様な存在と比べてしまえば、自分達の戦いなどまだまだちっぽけに過ぎないのだから。

 

「ふん、それ以上の化け物が貴様の背後に居ると考えると……全く頭の痛い話だ」

 

 レオは天竜アルビオンを見据えて呟いた。

 

「おじさんに苦戦してるようじゃあ、天竜アルビオンはどうにもできねぇだろう? それにルシファーもだ」

「それは道理だな」

「けど、人は壁が大きいほど高く飛び越えるものよ!」

 

 縮地からアザゼルの背後に周り混んだリアが、聖剣の刃を斬り上げ、アザゼルは大剣を背後に向け彼女の刃を防ぐ。

 レオはアザゼルに左掌を向け魔法を放った。

 アザゼルの足元に魔法陣が現れる。そこにリアはアザゼルを逃しまいと聖剣を振るう。

 

「おいおい、巻き込まれるぞ」

「レオはそんな下手を打たないわ」

 

 彼女の言葉を合図に魔法陣から闇の鎖を放つ。レオは魔力で鎖を操り、リアに決して当てぬように気を配りながらアザゼルの両腕両脚を拘束していく。

 しかしそれだけでは、彼は楽々と拘束から逃れるだろう。魔力さえ健在ならば。

 

「……!? ま、魔力が抜ける、だと……っ」

「どんな生物であろうとも魔力に依存する以上、魔力が無ければ無力だ。例えば魔王や勇者がゴブリンに負けるようにな」

 

 ルシファーの不意打ちによる魔力消失、その後の優しいゴブリンと戦い負けた経験。

 魔核を砕かなければ戦えない状況下が続き、蓄積された経験によりレオは敵を無力化する術を編み出した。

 吸収魔法──【ドレイン】ではアザゼルに抵抗されるだろう、魔法技──【吸魔一刀】はアザゼル相手には一度限りだ。

 ならばルシファーが使用した方法を模倣すれば良い。無論そこは、ルシファーのようには他者の魔核に杭を打ち込む様な事は出来ないが。

 

「闇は全てを呑み込む。そこに吸収魔法の性質を掛け合わせれば……どんな魔力をも吸い尽くす鎖となり得る、貴様ら天使にとっては皮肉な魔法だろう?」

「……ああ、これ以上に無いぐらい皮肉な魔法はねぇな」

 

 力が抜け大剣を地面に落とすアザゼルに、リアは息を吐く。

 

「もう抵抗する力も無いわよね?」

「ねぇよ。けどよ、お嬢ちゃんはスカートを履いてなぜぱんつが見えねぇんだよ!!」

 

 不満を顕にした、それでいて気の抜ける言葉にレオは頭を抑えると、リアは不敵な笑みをアザゼルに向ける。

 

「身嗜みは女として当然だけど、剣を扱う者が戦闘の最中にぱんつを曝すのは三流。常にスカートが受ける風圧を計算に入れて立ち回るものよ」

 

 そういえば彼女は戦闘の最中に今まで一度も、ぱんつを一眼に晒したことは無かった。有ったとすれば、それは戦闘と関係の無い木登りの際にだ。

 

「……はぁ、ボイン姉ちゃんのミカエルとか、愛くるしいセリナはセクハラのやり甲斐が有ったってのによ」

「……最低ね」

 

 冷え切ったリアの声に、アザゼルは苦笑を浮かべる。

 戦闘が終わり気が緩む時が流れ、アザゼルは両手を挙げ、降参の意を示す。これで天界の内戦は終戦へと向かう。

 そう喜んだ束の間。

 突如としてアザゼルの周囲に魔法陣が現れたのは。

 レオとリアは咄嗟にアザゼルを護ろうと剣を振るうが、光の槍は二人の刃をすり抜けアザゼルの身体を串刺しに貫く。

 

「……っ! そういう……事かよ。……あ、い、つは、はなっから俺達を……」

 

 レオは鎖を解除し、魔力をアザゼルに分け与えるが、

 

「……いい、もう良いんだよ。俺は、部下を犠牲にした、その咎を受けたっだけだ……天竜は解き放たれちまうが……女神さえ解放すれば……」

 

 そう言ってアザゼルは静かに息を引き取った。

 悔いが残る戦いだ。レオは握り拳を作り、展開された魔法陣を鋭く睨む。

 

「ルシファー、貴様か? 貴様は配下さえも切り捨てるのか」

「そんな、それじゃあ内戦の意味は……これじゃあ犠牲者は……っ」

 

 最初からとは思えないが、ルシファーはアザゼル達の敗北の可能性に保険を掛けていた。

 天竜アルビオンの解放を成し遂げるための保険を。

 そう理解した時、結晶に亀裂が走る。

 結晶から溢れ出る膨大な魔力に空間が揺れ、レオとリアを光が呑み込んだ──

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。