傷を負うアルビオン。一見こちらが優勢に見えるが、それは大きな間違えだ。
リアはアルビオンを見据える。衰えない魔力、確実にダメージを与えた筈がまるで手応えが無い。
確かに鱗と肉を斬り裂いた感触が手に残ってはいるが、
「……血は流してるけど、大した痛手にはなって無いわね」
リアがそう呟くとナナが魔法の詠唱に入る。
「《穏やかな水よ暴水となりてかの者を押し流せ》」
ナナの周辺に漂う水の魔力が次第に大きな唸りとなっていく。
大きな唸りはアルビオンの頭上から激流となり降り注ぐ。
水流魔法──【アクアストリーム】がアルビオンの動きを封じる。
「みなさん! わたしの魔力が尽きる前に……!」
魔法を途切らせまいと過疎に魔力を送るナナに、リアは聖剣を握り締める。
既にレオは次の攻勢に出ている。彼は一人でにアルビオンの上空に浮かび、魔剣に闇と炎を集めている。
なら自分の出来ることは、斬撃を絶えず飛ばすこと。
「《光よ刃となり走れ》」
リアは聖剣を大きく振り、魔法技──【洸斬】を放った。激流を斬り裂き、アルビオンの肉体に、確実に傷を負わせていく。
「《大いなる裁きの雷よ》」
ミカエルの詠唱が聴こえる。
【アクアストリーム】に対して追撃の如く放たれる【天雷】が合わさり、アルビオンの鱗を焦がしていく。
「水により雷は威力を増しますわ……ずっと耐えられるかしら?」
「……ミカエル様が凶悪な笑みを浮かべてるッス……!」
「ば、バカ! 今はそんな事を言っている暇じゃあない!」
戦闘の最中というのに賑やかな声だ。
リアは【洸斬】を絶え間なく放つ中、レオに僅かに視線を向ける。すると彼が所持していた魔剣が、闇と灼熱の刃へと変貌している様が視界に映り込む。
前にサタナキアも似たような事をした。ただ、あの時とは威力も範囲も異なる。繰り出すのは魔王だ、今では魔力が全快状態の彼が放つのは正に一撃必殺。
「全員衝撃に構えろよ……」
大きく右腕を振り絞ったレオは、弓を射る要領で魔剣をアルビオンに投擲した。
魔剣が空間を歪ませながらアルビオンへと迫る。迫り来る脅威を前にアルビオンは、激流と雷に身動きが取れない。
しかしそこに焦りの色、生物としての恐怖心が一切見えないことにリアは、聖剣に魔力を急速に集める。
何か嫌な予感がする。そんな直感からリアは動いていた。
魔力を集める中、魔剣がアルビオンの肉体を闇で侵蝕しながら溶解させ、凄まじい衝撃波が周囲一帯に振り撒かれる。
アルビオンの肉体を貫いた魔剣は、レオの魔力一つで彼の手元に還る。
肉体を貫かれ、白銀の鱗が醜く溶解し、十二枚の翼が欠け見るに絶えない姿へと変わり果てたアルビオンは──不敵に笑った。
確かにアレは致命的な一撃だった。それだと言うのに、アルビオンの傷が急速に癒えていく。それは正に一瞬のことで、
「……嘘、生物としての致命傷を一瞬で回復させた……?」
自分の声が震えている。それでもリアは聖剣に集わせた魔力を刃に変え、
限界までに集められた魔力の刃に、アルビオンの頭部は斬り裂かれ、リアはそのままの勢いで刃を振り切る。
真っ二つに斬り裂かれたアルビオンの姿に、天使の歓声が轟く。
頭部を、脳と心臓ごと斬り裂いた。なのに終わらない戦いの予感が強く肌に感じる。
「みんな! まだ、まだ油断しちゃダメ!」
斬り裂かれたアルビオンは、
「我をこの様な姿にするとは……!」
斬り裂かれた喉から確かに声を発し、周辺に魔力を解き放った。
魔力が鋭い刃となり、無数に拡がる斬撃をリアは聖剣で弾く。
一度弾いて理解する。重く鋭い完全な暴力だ。腕が痺れ二度目は防げない。
「勇者とナナよ! 振り落とされるなよ!」
ザガーンは高速で旋回しながら無数の斬撃を避ける。
ただ、運悪くリアの視界に一発の斬撃が映り込む。目の前に迫る斬撃に腕が動かない。
(……あっ)
声を出す暇も無い。死が目前と迫る刹那の中、突如白髪の長い髪が割り込む。
頬に舞う鮮血、遠へ落ちていく左腕が映り込む。震える視線を向けると──左腕を失ったレオがリアを庇っていた。
「れ、レオ……っ!!」
夥しい量の出血に悲痛な声が漏れる。それでも彼の横顔は笑っていた。
「たかが腕の一本だ。腕など魔力でどうにでもなる……!」
彼の闇が左腕を形造り形成されていく。レオは左腕の維持に常に魔力を使用している状態に陥っている。
紛れもない自分の責任だ。自分を庇わなければレオが腕を失うことなど無かった。
自身の不甲斐無さと力不足に涙が頬を伝う。
「リアよ。腕よりも人命だ。生きてさえいればどうにでもなるものだ。それに俺は代わりの腕を手に入れたぞ? 前よりも随分とカッコいいと自負しているのだが……?」
不敵に笑みを浮かべながら、『如何だ?』と問い掛ける彼に、
「……レオ、レオのセンスなんか分かんないわよ」
涙声で訴えた。すると彼は困った表情を浮かべ、
「む、むぅ……そんなに悲しむとは……なんだ、思ってもみなくてな」
「レオ様は……少々無茶が過ぎる。いや、咎は我が受けるべきだと言うのに」
「ザガーンよ、あの嵐の如く斬撃を全て避けろというのは無謀な話だ。防ぐにも腕が痺れて敵わん」
絶え間なく続く斬撃の嵐をミカエルは、自身を含めた天使の周囲に転移魔法を施すことで、その凶刃から難を流れていた。
よく周りを見渡すと邪竜隊の周囲にも転移魔法が張られている。
「レオも……みんなを守っていたのね」
「俺は魔王だ。配下を守らずしてなんとする?」
さも当然のように言ってのける彼に、次第に涙が引いていく。同時に彼に対して心の内側から熱く燃えるような感覚が頬に熱を灯す。
「リアさん、今はアルビオンの対策を練らないと……。それに魔王、治療魔法は必要ですか?」
「いや、魔力は温存しておけ。俺にはアンナから受け取った治療ポーションが有る」
そう言って闇で形成した左腕を器用に操り、瓶の蓋を開け口に運んでいく。
一気に飲み干した空の瓶をアルビオンに向けて投げ付けた。
瓶が割れアルビオンの瞳に突き刺さる。
「……レオは……いつも左手で魔法を使っていたけど」
「まあ、右手でも放てるが剣が邪魔だな」
魔法を放つためには剣を地面に突き刺すなり、鞘に収まるか口に咥える必要がある。
これは明らかな弱体化だ。
「だが、魔法とは空間把握能力さえ備わっていれば方向を定める必要は無い。……それにアルビオンは不死身だ、見ろ既に斬り裂かれた肉体が元に戻りつつ有る」
言われてアルビオンに視線を向けると、真っ二つになった肉体が徐々に接合されている。
はっきり言って不気味な姿だが、如何やら今のアルビオンは動けない様子。
レオはアルビオンを見据えながら詠唱を唱える。
「《無限の闇よ全てを闇へと誘う虚無の渦となり敵を呑み込め》」
珍しく長い詠唱を聴き入っていると、アルビオンの周辺が闇に照らされていく。
闇が渦を巻き次第に大きな孔を創り出し、闇が雷雲とアルビオンの羽を引き寄せ呑み込む光景が映り込む。
「な、なに? あの魔法は」
リアの疑問の声にザガーンは静かに答えた。
「闇魔法──【ブラックホール】……無限に拡がる虚空の海へ引き摺り込む凶悪魔法」
膨大な魔力が急速にレオから失われいる。恐らく発動は一日に一度だけの魔法。幾ら魔族が魔力回復量が多くともあれだけの魔法を放つには、レオの全ての魔力を使わなければならない。
恐らくレオは左腕が健在ならば【ブラックホール】を放った後も余力が残るはずだった。
「身体が……! 我の身体が引き寄せれる……っ! 虚空への孔を開く者が存在しようとは……! だが、我には無意味!」
闇の孔に呑み込まれまいと抵抗を続けるアルビオン。天使の一人が援護として【セイントアロー】を放つが、それさえも闇に呑み込まれていく。
つまりあの魔法が発動中は、全ての魔法を吸い込んでしまう。現にアルビオンが放った魔力の斬撃は孔に吸い込まられている。
レオの魔力が枯渇が先か、アルビオンが吸い込まれるのが先か。
誰しもが見守ることしかできない。そんな時だった。
空間が割れ、中からアークが飛び出しのは。
「あ、アーク!? 誰が運転を……っ」
天使の疑問の声に、
「遠隔操作じゃよ」
自分達の頭上に現れたウテナがやんわりと答えた。
アルビオンはウテナの姿を認識すると、
「女神、貴様ぁぁ!! 漸く出て来たか! こっちは来い! その肉を引き裂き血肉を喰らってやるっ!」
激昂し吠えた。
「嫌じゃよ。しかしのう、流石の天竜といえども【ブラックホール】の吸引力には抗えぬようじゃな」
ウテナが手を払うと、アークがアルビオンは向けて急速発進し、そのまま速度で巨大に車体を衝突させた。
だが、アルビオンは両腕でアークを抑え込んだ。
アークの速度が緩まった一瞬、アルビオンは前腕を大きく振りかざし、アークの先頭に叩き付けた。
天竜の一撃は防護魔法もアークの装甲をも容易く砕き散らし、破壊されたアークが堕ちていく。
「あぁ、アークが!」
アークの破壊に悲鳴をあげる天使の声が響く。
だが、アークはタダでは犠牲にならなかった。アルビオンがアークに気を取られ攻勢に出た一瞬、竜は闇の孔に対する抵抗を緩めてしまった。
大きく引き寄せられるアルビオンは翼を羽ばたかせるが、
「《神聖の鎖よ大いなる厄災を鎮め閉じ込めためえ》」
ウテナの詠唱によってアルビオンの周囲に魔法陣が展開される。
そこから放たれた鎖がアルビオンを貫き巻き付く。鎖に雁字搦めにされたアルビオンは身動きが取れない。
それどころか鎖を起点に結晶化が始まり、
「ま、また我を閉じ込めるのか! だが我は何度でも復活するぞ……っ!」
「殺せぬ以上はそうじゃろうな。ただ、
ウテナの冷え切った声にアルビオンは息を呑んだ。
それでもアルビオンは足掻き、口に魔力を圧縮させ集わせた。その速度は余りにも早く、莫大な魔力が一点に収縮され、アルビオンはソレを女神に向けてブレスを解き放つ。
しかし、闇の孔に引き寄せられる身体がアルビオンのブレスが大きく逸れる。空へと続くブレスは、空を燃やし空間が震撼する。
最期の足掻きを終えたアルビオンは、とうとう全身が結晶に包まれると、闇の孔が結晶を呑み込み、孔は消滅した。
魔力を使い果たしたレオの身体が大きく揺れる。リアは咄嗟に彼の肩を支えた。
「終わったんだよね?」
「……流石に魔力が空っぽだ。……戦闘で魔力をここまで使ったのはいつ以来か」
「うん、お疲れ様……ゆっくり休もう」
ゆっくりと頷くレオをリアは支えながら、周囲に視線を向ける。
戦いが終わった事に涙を流す天使達。隣で疲労から座り込むナナ。
晴れ渡った天界の空を悠々と飛ぶ周る邪竜隊。
戦死者が出なかったのは正に奇跡だ。
その後リア達は地上に降り、疲労困憊のまま拠点【メトロ】に帰還するのだった──