魔王と女勇者の共闘戦線   作:藤咲晃

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 天界の内戦は終わり誰しもが疲労を癒す中、レオは眼を覚ました。

 右手が温かい温もりに包まれている。何かと視線を向けると、右手を握り締めて眠っているリアの姿がそこにはあった。

 

「……全く無防備な」

 

 彼女の甘い息遣いが右手にかかる。ソレがむず痒く、得体の知れない感情が胸の奥から沸々と湧き上がる。

 闇属性で作り出した手をリアの頬にそっと近付け、レオは思い止まった。

 

「……闇で触れる訳にはいかんか」

 

 ただ腕を形成しているに過ぎないが、何故かこの腕では彼女に触れたくないという想いが押し留めていた。

 理性が戻ると、今度は何故自分は眠っていたのか。そんな疑問が過ぎる。

 改めて辺りを見渡すと、治療器具が置かれている事に漸く気が付く。

 

「ここは医務室か」

 

 そんな呟きを漏らすと、ドアが開き片手に果物の山を抱えたザガーンが入室した。彼は起き上がったこちらを見るや肩を竦め、

 

「お目覚めでしたか。何故倒れかは覚えて?」

「……戦闘を終え、市街地を歩いてたところまでは覚えているが……その先は記憶に無いな」

 

 彼はそうだろうな、と呟き、リンゴを一つ投げて寄越す。レオはソレを左手で受け取り口に運んだ。

 水分と甘味がたっぷりのリンゴに喉の渇きと空腹が紛れる。

 

「あなたは移動中に倒れた」

 

 ザガーンの言葉に耳を傾け、倒れた事に息が漏れる。

 

「む、魔王としては恥じるべきか」

「絶対に倒れない魔王など実在しない。……それに倒れたレオ様を背負い運んだのは、そこで眠っているリアなのですよ」

 

 いよいよ魔王として如何なのかと自身の在り方に疑問が湧き起こる。勇者に看病される魔王など聴いたことが無い。

 呆れた眼差しを向けるザガーンに、

 

「むぅ……リアにか」

「ええ、倒れたのも左腕を失ったのも自分の責任と言って聞かなくてな。……それに彼女ならレオ様を任せられると判断したまで」

 

 彼の言葉を聴いて胸の中を罪悪感が占める。

 

「なるほど。……なあ、ザガーン」

「何でしょうか? 食事ならば生憎と果実しか有りませんが」

 

 それはそれで死活問題だ。いや、それよりもとレオは口を開いた。

 

「俺は随分と彼女を悲しませたようだな……それは理解できる。だが、何故罪悪感が──」

「罪悪感を感じるのか、理解できない」

 

 長年の付き合いからこちらの聞きたいことを答えるザガーンに、レオは苦笑を浮かべる。

 

「ああ、そうだ。心は感じるが頭の理解が追い付かん」

「それはそうでしょう。感情の揺らぎなど頭で理解しようとしたところで、完全には理解できないのですから。それに……アルティミアもきっと悲しむでしょう」

 

 ザガーンの言葉に、涙ぐむアルティミアの顔が浮かぶ。彼女の泣き顔が頭に浮かんだだけで、心臓が激しく締め付けられる。

 

「……リアとアルティミアか」

 

 同時に心に宿る温かさに、レオは漸く答えを見い出した。ただ、その感情を言葉にすることは無い。

 まだ人間界の戦いは終わっていない。それに勇者リアと魔王レオとして決着を付けなければ、魔族と人間の争いも終わらない。

 見い出した答えを、二人に告げるのはその後でも充分間に合うだろう。もしかしたら自身の勘違いという事も有る、事は慎重に運ばなければならない。

 

「ああ、それと女神から勇者も目覚めたらミカエルの執務室に来るようにと。何でもフランの事や話すべき事が有るとか」

「ふむ、要件は分かった。時に投降したルシファー派はどうなった?」

「……生が続く限り殺めた者達への償い。それと戦後は監察付きで人間界での無期限の奉仕活動という処罰に落ち着いたそうだ」

 

 ルシファー派の決して少なくな無い天使兵を労働力に充てる。ルシファーという神に成り得た者を崇拝した結果、彼らは敗北を受け罪を背負いながら生きることとなる。

 それは生き地獄か、それとも──レオはそこまで考え、

 

「……それにしてもリアはいつ起きるんだ?」

 

 右手を握ったまま眠っているリアに視線を向けては、ため息が漏れる。

 どんな夢を見ているのか、人の手を握り安らぎの寝顔を浮かべている辺り、楽しい夢なのだろうか。

 

「しばらくはこのままで良いか」

 

 優しい笑みを浮かべるレオに、ザガーンは笑みを浮かべ彼と彼女を温かく見守った──


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