羞恥心が収まらない中、リアはレオと共にミカエルの執務室の前に来ていた。
「はぅぅぅ〜」
「まだ気にしてるのか」
無防備な寝顔をレオに見られた事が何よりも恥ずかしい。加えてずっと彼の右手を握ったまま。
「だ、だってぇ!! だいたい起きたなら起こしなさいよ!」
そう叫ぶとレオは詫びれる様子も無く、にやりと笑みを浮かべる。
「看病に疲れていたのだろう? 流石の俺も看病に尽くしてくれた者を無碍にはできんよ」
無防備な寝顔を晒したのは自身の過ちだ。それは認めよう。だからと言って起きるまで眺めているのは如何いうつもりなのか。そう喉から出掛けた言葉を飲み込み、漸く扉に手を掛ける。
そのまま扉を開けると満面の笑みを浮かべながら、温かい視線を向けるセリナ達の姿が映り込んだ。
扉をそのまま閉めて全力で人間界に帰りたい。そして毛布に包まり絶叫したい衝動を抑えながら、
「い、いま……来たわよ」
「ええ、扉越しから存じてましたわ」
微笑むミカエルの言葉がリアに突き刺さる。
「羞恥心に悶えるリアに言葉の矢を突き刺すとは……いやはやミカエルは案外──」
「満更でも無い魔王が言えた言葉でしょうかね?」
レオはミカエルの指摘にギリっと歯を食いしばった。
「……さては覗き見していたな?」
「あらあら何の事でしょ? セリナ、彼は一体何を言ってるのでしょうね」
とぼけるミカエルにセリナはジト目を向け、深いため息を吐く。
「覗き見なんて趣味が悪いから辞めましょうってあれ程言ったのに」
「セリナ、あとでその話を詳しく聴かせて」
「いいよ」
特にこれと言って確認することは無いが、人様の寝顔を観察していたレオがザガーンとどんな話をしていたのかが、非常に気掛かりだ。まさかとは思うが、間抜けな寝顔を笑われていたのかもしれない。
微笑むセリナにレオは鋭い眼光を向け、
「セリナよ……他言は無用だ」
「あっ、はい」
彼女に威圧を放ち黙らせてしまった。
リアは改めて女神ウテナに視線を向ける。そこには、巨大な姿から人並みの身長の姿の彼女が居る。
「それで話って何かしら? フランおばあちゃんのこととか聞きたい事もあるけど」
「先ずはフランのことから話そうかのう」
改めて聴くとウテナの口調は老人のようだ。それが何処となくフランを思わせる。
「フランは妾の
そんな事を言うウテナに、リアとレオはあまり驚かなかった。
そもそもフランという老人の素性は怪しい点ばかりだった。ハーヴェストに長年住むアンナは占い師フランに付いて何も知らなかった。特に往来の多い街の門の側で占い師をやって居ながら、誰も存在を知らないという方が余りにも不自然だった。
極め付けはセリナの反応だ。フランと少ない言葉を交わした彼女は、『そういうことなのね』と確かに呟いた。そして女神解放には自身が必要だと。
「何じゃ驚かぬようじゃな」
つまらなそうに呟くウテナにリアは苦笑を浮かべる。
「フランの正体が女神だったなんて答えには辿り着かなかったけど、言われてみると腑に落ちる点が多いのよね。それにレオは薄々察してたみたいだし」
「うむ、疑いの段階だったが………俺も正体には気付かなかったぞ」
レオの言葉にウテナはわざとらしく肩を竦めながら、
「そうかのう。……時に二人はアルビオンが最期に放った一撃を覚えておるかのう?」
「うん、覚えているわ」
忘れられそうに無い光景だ。空間が歪む程のあの攻撃を。それだけで無く、レオの左腕を失う結果も決して忘れられない。
「……最後の悪足掻きがどうかしたのか」
ウテナは深妙な表情を浮かべ、静かに頷いた。
「うむ、彼奴の最期の一撃は三界世界が存在する次元空間に大穴を空けおってな。……そこから別の世界に三界世界の魔力が流れ込んでいるようじゃ。もっとも妾はこの次元からは出られん以上、如何することもできぬが」
「穴を閉じる事は?」
「無理じゃ。そもそも次元空間とは世界の始まり以前から存在する空間。妾達は転移魔法で異空間を開き、転移できるが……次元空間ともなれば修復は時の流れに任せる他に無い」
次元空間に穿たれた大穴は修復できない。魔力が異世界に流れるとして、それは何かしらの影響を及ぼす。
例えば魔力の概念が存在しない世界だった場合だ。存在してない概念が存在する。世界はそれを受け入れようと在り方を変えていく。
ウテナはゆっくりと語り、リアは大きく頭を抱えた。
これはもう自身がどうにかできる許容範囲を超えている。
「……現状大穴に付いては放置しかあるまいな。……しかし俺がかつて訪れたあの世界には何も影響が無いのは安心だな」
そんな事をいうレオにリアは疑問を浮かべる。
「どんな世界だったの?」
「……人間、魔族、天使、魔物そして神が存在するが、そうだなこの世界には存在しない堕天使と悪魔が存在するそうだ。まあ、悪魔は時の流れによって魔族と種を改めたそうだが」
レオの語る異世界にリアは興味深々に耳を傾けると、ウテナが一つ咳払いを鳴らす。
「異世界の話も良いが、人間界についても話をせねばな。ルシファーを打倒するためにのう」
リアとレオは頷き、漸く戦乱の終わりが見え始めた事に笑みを浮かべたのだった──