かつて大いに繁栄したという古代文明。その遺産は世界各地に点在しており、未だ人の手が及んでいないはずの地域にも、それらの遺産は多く見られる。人の手が及んでいない地というのは、ほとんどが古龍を始めとする危険なモンスターの住処や縄張りとなっており、一般人はもちろん、腕利きのハンターであれど、そのような場所にわざわざ足を踏み込む者は多くない。
世界に無数に存在する未開の地、もとい危険地帯。そのうち、特に有名なものの一つが、〝南の大陸〟の東側を占める〝名も無き大森林〟と呼ばれる巨大な原生林である。
古代文明が存続していた時代から存在するとさえ言われるこの樹海は、多種多様なモンスターが闊歩する絶好の狩場でもある。それと同時に、上位かG級ハンターしか立ち入りを推奨されない程度に危険度が高い場所でもあり、過去の調査報告書によると、複数の古龍種の痕跡と、それに準ずる強さのモンスターも多数頭が確認されている。
「──そんな危険地帯に進入してから早くも2週間…」
やたらと綺麗な地図を片手に、隊の先頭を進む男は額の汗を拭う。案内役のアイルーは「早く! 早く行くニャ!」と袖を引っ張っているが、今だけは何に変えても休憩を優先すべきだった。ハンター達は多少は体力に余裕がある様子であったが、この隊の中で比較的森を歩き慣れていない近衛兵らにとって、これ以上の行動はリスクが大きすぎたのだ。
「全員無事に到着できたね。ひとまずは荷を置いて休憩としよう」
目の前には、高度な偽装がなされた洞窟拠点が、分厚い石扉の入口を閉じたまま彼らを待っていた。大昔のハンターが作ったと言われる〝名も無き大森林〟中の数少ない比較的安全な地下拠点。このフィールドを舞台に
「よかった。以前ここに来た時に置いていったフィールドの地図も無事だ。他の誰かさんが使った痕跡もあるけど、どうやら邪険に扱っていた輩はいないみたいだ」
「最低でもここに来るくらいだ。そんな事するバカはいないだろ」
「それもそうだね」
実際には、地図なんてのはそう珍しいものではない。大量印刷の技術が確立されて以来、ほとんどの狩場の地図は駆け出しハンターでも気軽に買えるくらい安くなっているし、別大陸のハンターズギルドでは、無償でフィールドの地図を貸し出しているくらいである。
だが、ハンターや軍隊を含めた人がほとんど来ないような場所の地図は恐ろしく貴重だ。それもそのはず、ろくに測量が出来ずに完成した地図がほとんどであるため、正確性に難がある物ばかりだからだ。それでも中にはかなり正解に近い物もあるのだろうが、どれが正解なのかは、測量をしない限り誰にもわからないのである。場所によっては神話級のモンスターによって頻繁に地形が変わるような場所もあり、そのような場所付近では地図なんか見てないで決死の覚悟で逃亡を図ることが推奨されている。
「まあ、地形が頻繁に変わる訳じゃないけど、
リーダー格のハンターは防具を着たまま椅子に座り、誰にも聞こえないようにボソリと呟いた。アイルーの通報があってから調査隊がすぐさま出発できたのも、通報が入る前から別の目的で準備をしていたからであったのだ。
筆頭ハンターという本物の実力者にしか許されない極秘の依頼。この地の調査や〝未知の勢力〟の調査とはちょっと訳が違う、
曰く、奴に近付いた人間は一人残らず消失するか、綺麗なまま青白くなって死ぬ。曰く、奴によって全滅した村や町は千を超える。曰く、その俊敏な巨躯から繰り出される重い一撃は、『要塞都市ドンドルマ』を幾度も壊滅の危機に追いやった。
曰く、奴は数年以内に再びその姿を現す────。
色あせた絵でもありありと伝わった、あの恐ろしい姿。火刑に課せられた囚人のような、皮膚が垂れ下がった地獄の亡者のような見た目とは裏腹に、その防御力は、背中に深々と突き刺さったドンドルマの最終防衛兵器『撃龍槍』を根元のカラクリ部分からへし折るという異様さ。攻撃力も「凶悪」の一言に尽き、その口から吐かれる極太の熱線は全てを焼き溶かし、それに巻き込まれたハンターや衛兵は、骨すら見つからなかったと言う。
「ガイア、君の自慢の大剣を疑う訳じゃないが、〝古龍〟相手にはその重く鋭い一撃も無力なのだろうな」
「…は? いきなり何だってんだよマルコ。調査隊のリーダーの重圧に耐えきれなくなって遂にぶっ壊れちまったか?」
「いや…何でもない。ただ、もし例のモンスターが現れたら〝未知の勢力〟はどう対応するのかなって」
人類社会が成立する場所のほとんどは、モンスターが多く生息する危険地帯から遠方に存在する。それ故に、よほどの田舎に住む人間でなければ、もしくはハンターでもなければ、その生涯においてモンスター(家畜は除く)と遭遇するということはない。
だが、古龍種のような非常に強力なモンスターとなると、話は変わってくる。人間を含むあらゆる生物群の頂点に立つ彼らの名は『天災』と同義であり、「古龍」とはモンスターではなく「大自然の脅威」なのである。人間が自然の力に勝てないように、彼らが現れた場所は全てが平らに均され、文字通り環境がリセットされるのである。中には、ドンドルマのように幾度も古龍種の進行を防ぎ切っている地域もあるが…。
「願わくは…。彼らには古龍に勝たないで欲しいね」
「……そうだな」
だが、そんな願いも虚しく、彼らは見てしまった。
『赤い彗星』すら敵わないような速度の紺色の戦闘機を。
その下腹部から放たれる恐ろしい威力の誘導弾が、衝撃波を纏った爆炎と、無数の棘を以て『イャンクック』に襲い掛かる光景を。
目の前に墜ちた怪鳥を見ると、彼らは更に驚愕した。額に付けられていた古い十字傷は、この骸が歴戦の巨大怪鳥であったことを示しており、幾人もの凄腕ハンターを
深々と突き刺さった大きな破片は、もはやその肉体が何の役にも立たないことを明示的に表しており、悪い意味で一切の容赦もなく、淡々と、機械的にさえ見えてしまう一方的な暴力によって処理をされたイャンクックは弱々しく呻き声を上げ、永遠に動かなくなった。
「………。」
粗暴だが、人一倍モンスターに対しての敬意を表するガイアは、その額に青筋に立てて黙ってしまった。