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日本国が新世界に転移してから初めて発見した新大陸、その名も『南方大陸』。日本から見て南方に位置する大陸というだけで付けられたこの安直な名前は、実はマスコミが作り出した造語ではあるが、今となっては大部分の日本人に広く使用されている名前であり、政府関係者も新世界の情勢がわかるまでは、公の場でも、この名前を使用することに決めている。
そんな南方大陸に上陸した調査隊の調査状況はと言うと、ある一点では順調だが、ある一点では全く進行していないと糾弾されていた。基地周辺地域の調査はアイルーらの助けもあり、大部分の地図が完成。その他の調査も概ね完了しつつあるのだが、調査隊の当初の目的である〝新世界の住人と接触し、食糧やその他資源の貿易ルートを開く〟方の任務は、様々な問題があり、依然として進んでいなかったのである。
その問題と言うのは、調査隊の上陸した地点から、文明が築かれている場所が遠すぎること。そもそも日本国が人里があるのかどうかすら把握できていないこと。後者はアイルーとの会話が成立できたことにより解決したが、上陸地点付近のアイルーの大多数は人里に行ったことがなく、大まかな方角はわかるものの、場所がわからず、沖縄の那覇空港から偵察機を発進させるのでは、現場に到着してから探索をする上での航続距離の問題があった。
そして、もう一つの問題は、モンスターの脅威であった。九十九里浜に出現したガノトトスや、現在進行形で富士山を閉山に追い込んでいるアルセルタス等を見ればわかる通り、新世界の猛獣は、もはや猛獣ではない。『怪獣』だ。銃を持っていてもクマと戦うのは怖いと言われるように、人間相手には強烈な効果を発揮する自動小銃でさえも、新世界の怪獣相手には豆鉄砲に等しい。
そんな怪獣共に対抗しうる兵器と言えば、戦車が筆頭に上がるであろう。『10式戦車』を調査班に随伴させる事が可能となれば、更に遠方の調査も達成できると言われている。だが、ここは広大な密林地帯。戦車を始めとした車両が活躍するために必要な最低限以上のインフラすらないのである。
脅威がどこに潜んでいるのかもわからない密林に、イタズラに歩兵のみの部隊を送ることも出来ず、アイルーとの会話が成立して、人里が遠い場所にある事が判明すると、人里探しは一旦断念された。人里探しが断念されたとなると、調査隊の仕事は、しばらくは仮説基地の増強へと主眼が置かれるようになる。
各大陸に派遣された各調査隊(もとい自衛隊)は、仮説基地の防備をあらゆる兵器を総動員して固め、何があっても「敵」の先手を取れるように、陸では過剰な数のセンサー類が、海では最新鋭の潜水艦を含めた護衛艦隊が、空では早期警戒機が常時その目を光らせていた。
特に基地周辺の陸上はこれでもかと仕掛けられた『92式対戦車地雷』と『対人障害システム』の群生地と化している。近付く物体はセンサーによって、即座に感知される仕組みとなっており、それが「敵」だった場合は、すぐさま手動で起爆命令が発せられ、途端に指向性散弾の嵐が横殴りに襲いかかってくる。例え調査隊の数倍の敵がここへの襲撃を画策しようと、この地雷原を無事に突破するのは不可能に近いだろう。もちろん、敵が化け物でなければの話である。
だが、そんな即死トラップの数々も、今回ばかりはその役目を果たさずに済んだ。
「対人障害システムのセンサーに感あり! 2個分隊規模です!」
「新世界初のお客様だ。門を開いて丁重にお迎えしろ」
基地の正面、森の奥へと続くアスファルトの舗装路。そこを堂々を歩いて姿を現したのは、計14名の重装歩兵。現代の日本人から見るとコスプレ集団にしか見えない新世界の住人たちは、誰もが警戒感を前面に押し出しており、その足取りはまるで戦地へと向かう兵士のようであった。普段は閉じられている門がガラガラと軽くも重くも感じられる音を立てて開かれると、彼らはゆっくりと基地内へと進入した。彼らと相対するは、日本国の外交官数名と調査隊の指揮を一任された自衛隊の司令官。
まず、口を開いたのは新世界人からであった。
「私の名はマルコ。ハンターズギルドに所属する筆頭ハンターであり、此度の調査隊の隊長を任された者だ。我々、調査隊がここ〝名も無き大森林〟に来たのは他でもない、貴殿らの調査を上から任されたからである。貴殿らの目的と、どこから来たのかを知らせてほしい」
やや威圧的だが、それでも礼儀正しい挨拶に臆すことなく、日本の外交官は応える。
「はじめましてマルコさん。私は日本国の外交官、朝田と申します。我々の目的と、我々がどこから来たのか…ですね? それを言う前に、日本国の目的を単刀直入にお答えします」
やや身構える調査隊の面々に何を思うこともなく、朝田は切り出した。
「我々はこの世界の事が知りたいのです。それも詳細に」
何か含みのある言葉だな、と思いつつも、マルコは「我々が知りえる限りで良ければ、お教えしましょう」と返し、ひとまず双方の初の会話は、特に何事もなく一区切りがつけられた。音楽隊による歓迎の音楽は、なおも強い警戒感を抱いていた新世界人の心を安らげ、朝田の巧みな誘導尋問により、調査隊の各員が空腹だと言うことが判明すると、彼らは豪勢な料理で
「まさか世界有数の危険地帯で、こんな美味しい食事が出来るとは思ってもいませんでした」
食事を終えると、マルコはそう言って笑ってみせた。見た目は前世界の外国人と変わらないのに、明らかに何十kg…ひょっとしたら100kg以上もあるのではないかと思われる全身甲冑のような鎧を着たまま、平然と動いて歩いて食事をし、誰の助けも借りずにギシギシと悲鳴をあげる椅子からスクッと立ち上がる様は、何とも不思議な感覚の湧く光景であった。おまけに、全員が鎧だけでなく背中の武器も背負ったままであるため、その荷重はますます重いものとなっているだろう。
また、未だ警戒感を抱いている…というよりは、怒りに近い感情を抱いているのだろう男──ファンタジー作品でしか見れないような巨大な剣を背負っている──に至っては、通常の椅子ではその総重量に耐えきれず、急遽別の椅子が用意された。だが、今はあくまで親睦を深めるための食事である。誰も彼らの「武器と防具」という軍事機密を安易に聞くような、水を差すような真似はしなかった。
(さて、これからが本命だ。まずは日本の現状をどう説明したものか…)
会話を続けながらも、朝田は必死に脳を動かす。場合によっては、この邂逅がキッカケで新世界の国と国交が開かれるかもしれないし、そうなった場合、すぐにでも輸入しなければならない物資は非常に多い。日本がこの世界に転移してから、かれこれ数ヶ月も経つが、もうそろそろ限界が近いのだ。
(本土にいる日本人は芋と米と野菜ばかりの食生活を送っていると聞く…。国民の我慢のおかげで食糧備蓄はまだまだ保てるが、いつ不満が爆発してもおかしくない)
※実際に食糧の輸入が全てストップしたとしても、国民が生きるために最低限必要とされる食事は国内生産のみでも供給可能だと言われている。それでも食生活は大きく様変わりし、朝昼晩芋芋芋芋ばかりの、それまで華やかな食生活を送っていた大多数の日本人にとっては、地獄のメニューが続くことになる。卵や牛乳は1週間に1回程度しか食べられなくなるし、肉類に至っては硬いスジ肉でも高級品と化すだろう。各地のコンビニとかも閉店待ったナシ。いきなり太平洋戦争中に近い食事内容になるとか嫌すぎるが、それでも飢えないだけマシ。
今ある贅沢を存分に噛み締めて生きよう☆
それに、問題は食糧だけではない。
(何より重要なのは化石燃料だ…!)
地下資源と同様に、食糧も重大な問題である事には違いない。当初はアルセルタスを始めとする非常に危険な新世界外来種の登場により、田舎に住む多くの人々(農業を営む者が大多数)が、都心へと避難する逆疎開現象も起き、一時的に食糧自給率が致命的な数値にまで下落するような事もあったのだ。だが、今や新世界の危険な外来種は空自や陸自、警察と猟友会が総力をあげて駆除に当たっており、新世界生物に日本人が襲われて、死傷するというような事故はめっきりと減った。
それにより、農家の里帰りが促進され、生産量は元の水準へと元通り。それに加え、国民生活安定緊急措置法に基づく熱量効率の高い作物(主に芋類)などへの生産転換、自衛隊だけでなく、転移による様々な影響で失業した者を総動員しての既存農地以外の土地の利用、食料法に基づく分配や配給などの政策が功を奏し、ひとまずは国民が早々に餓えるような事は避けられたのである。
だが、芋ばかりとは言え、生存に必要な食糧がいつまでも十分にあると思わないことである。前世界でもそうであったが、特に今の日本は、人の手では遠く及ばない「内燃機関で稼働する機械類による高効率な食糧生産と輸送」に、頼りきっているのである。
内燃機関で稼働とはつまり、大量のガソリンが必要なのである。
(どれだけ背伸びをしようと、日本で十分な量の化石燃料は獲得しようがない…。これだけはどうしても海外に頼らざるを得ないのだ…!)
石油、石炭、天然ガスが無くなれば、燃料を必要とする全ての物は動かなくなる。耕作用・収穫用のトラクター、作物を運搬するためのトラック、自国を守るためのあらゆる兵器類。当然、日本の大部分の発電を担う火力発電もマトモに稼働することすら厳しくなり、日本国は一瞬で荒廃するだろう。資源の致命的な不足とは文字通り、国民が国家ごと破滅する危機に直結するのである。
もし彼らが貿易を拒否したら…。考えたくもないが…日本国を、故郷を、そこに住まう全ての家族、親族、友人知人、同胞を真に思うのならば…。最悪、侵略戦争という手段も────
「──アサダさん? どうなされました?」
マルコの問いかけに、突然頭が冴え渡る。新世界人との初の会合という場であるにも関わらず、彼は思わず「え?」と間の抜けた声を出してしまった。
「あ…。いえ、すみません。ちょっと考え事をしてました」
外交(?)の場は初めてのようで、会合用の建物内で座るマルコとその他の新世界のお客様は、どこか初々しいような緊張の仕方をしている。朝田はマルコの澄み切った彼の目を見て、一瞬だけ思い浮かんだ、恐ろしい考えを改め直した。
「ではこれより、マルコ様を代表とする調査隊各員様と、朝田様を代表とする日本国との会談を始めます」
司会者の発声と共に、日本国の運命を左右する会談が始まった。