「あーーー。あっちぃ…」
すぐ後ろを歩く分隊員が蚊の鳴くような声で呟いた。俺も同感だ。
サウナを思い出させる高温多湿の森。天然の堆肥で覆われた獣道。何十キロもの装備を背負っての山中移動に慣れているとは言え、モンスター達がシノギを削る戦場での移動は酷く消耗する。
常に死と隣り合わせな上に、背中には日本の存亡をかけた重大な任務。今すぐにでも家に帰って寝込みたい気分だ。おまけに──
チラッと全体を見回す。異世界人と日本人の混成部隊の雰囲気は最高に悪い。特に何かトラブルがあった訳ではないが、旅のゴールまでの運命を共にするメンバー同士だ。先程から相手と目が合ったりするのだが、お互い引きつった笑顔を浮かべるだけで、全く話せないのは最高に気まずい。
問題はそれだけじゃない。我が日本と異世界人の記念すべき初会合で、怒号をあげた強面のマッチョ。ガイアとか言う大男だが…、こいつの存在は厄介だ。こいつが近くにいるってだけで、屈強な大和男児達がしり込みしてやがる…。もちろん、俺も怖い。
だが、そんな彼に対して尊敬の念も湧いて出てきてしまうのも事実だ。彼の背負っている金属製の大剣。周りの警戒もしなくちゃなのに、いったい大人何人分の重量があるのだろう…と、つい考えてしまう。ゲームの世界から飛び出して来たような超大剣を背負い、こんな山道を休憩地点から休憩地点まで軽々と踏破する体力は化け物(褒め言葉)と呼ばれて然るべし…
「あっ…」
「お?」
目が合ってしまった。彼をジロジロ見すぎたのだろう。会合の時みたいに罵声が飛んでくるかと思い、俺はつい身構える。
しかし、俺達はガイアという人間を誤解していたのだと思い知った。
「どうした異世界人? 俺の筋肉と愛武器に惚れたか?」
「えっ? あ、ああ! もちろん!」
俺はつい、素っ頓狂な声を出してしまった。直後に全員の視線が集まったのを感じたが、嫌な気はしなかった。
「お! そうかそうか! 異世界人でも漢は筋肉だよなぁ!」
振り返ると、分隊のメンバー達は目を丸くしていた。同様に、俺も鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていただろう。だって、朝田さんは
「あぁん!? 俺が会合でいきなり怒鳴った要注意人物だと?」
「てっきり、イャンクックを撃ち落とした日本人に対してブチギレてるのかと…」
「そういうことか…」
ガイアはバツが悪そうに、毛のない頭を掻きむしった。
「いや、あれは俺の思い違いだったんだ。あのメガネのヒョロガリ…。アサダだっけか? その、あいつには本当に悪いと思ってる。キレちまって怒鳴っちまったのは事実だけどよ…?」
ガイアは申し訳なさそうに語った。激怒した理由を語る上で欠かせない思想背景も交えて。
「動物が動物を殺すのは悪いことじゃねえ。それは自然の摂理だ。そして人間も動物であるから、いくらモンスターを狩ろうと、それも悪いことじゃねえ。同族を殺しても、例え種を絶滅させても、その行為は弱肉強食の世界では普通のことだ。だから〝悪いこと〟ではない。」
「ほう…?」
さっそく何か大きな価値観の違いが垣間見えたような気がしたが、俺はそれを一旦スルーした。技術の進歩で外国との距離が縮まった現代ですら価値観の相違がある。異世界間の価値観が違わない訳がないと考えるのが当然であるべきだ。
「だからと言って、殺しすぎるのは〝やってはいけないこと〟だ。殺しすぎた分は必ず返ってくるからな。もし人間がある種を絶滅に追いやったら、生態系のバランスが崩れる。
そうすると俺達ハンターの稼ぎは減るし、社会は立ち行かなくなる。恨みを持ったモンスターが人里に復讐しに来るやもしれんし、モンスターとの全面戦争が起きる可能性もある」
モンスターとの全面戦争とは、例の〝竜大戦〟のことだろう。
「理解が早くて助かる。ちなみに〝やってはいけないこと〟を〝悪〟だとか〝善の反対〟と思ってるやつは多いが、人間も所詮はケモノでよ。動物の世界に善悪はない。だから人間の世界にある善悪ってのは、ただの幻だ。
ちなみに、ムカつく野郎をぶった斬るのは〝悪いこと〟ではないが、一般的には悪いことだ。それは人の社会の中では〝やってはいけないこと〟で、当然牢にぶち込まれて首が切り落とされるだろうな」
ガイアは自らの首を手刀でトントンと叩いてみせた。
なるほど。要は動物達に善悪がないように、同じく動物である人間にも善悪という言葉と概念はあれど、それはまやかしであると彼は言いたいらしい。だから人間に限らず、あらゆる生き物は何をするのも自由だが、過度な自由には、大きな代償が伴う…と。
人間によるモンスター乱獲の代償こそが、モンスターとの全面戦争なのだ。
──しかし、モンスターとの全面戦争…。それはもはや〝自然による「人間」への制裁〟のようにも感じられる。
住む世界は違えど、人間は人間…。日本人がもし…、もし技術の暴威で自然を破壊し尽くし、自然の怒りを招いた場合…。被害を被るのは日本人だけではない可能性がある…?
「つまり、俺達が古代文明の二の舞に
俺がそう聞くと、ガイアは小さく頷いた。
「半分その通りだ。過度な狩猟は古龍種を含むモンスターの怒りを招く。自然の破壊者には、自然そのものが牙を向く。それを忘れるな」
「じゃあ、残り半分は?」
ガイアは一度呼吸を整えてから、現代人がすべきことを話し始めた。
「自然への感謝を忘れるな。ハンターたる者、そうでない者も、狩られたモンスターへの感謝と敬意を忘れるのはダメだ。だから、モンスターを必要以上に痛めつけるのもマナー違反だ。今思い返すと、あのイャンクックは即死していたのかもしれんが…」
俺は基地に運ばれてきたイャンクックの死骸を思い出した。
「ああ、ズタズタだったな…」
「そうだ。それに、狩ったモンスターの死体は最低限の素材だけを剥ぎ取って、自然に返すのがマナーだ。肉は生き物の糧に、骨は住処になるからな。だけどお前ら、全部持って帰っただろ?」
「面目ない…」
「いや、異世界人がこちらのマナーを知る訳がないしな。事実確認をしないまま怒鳴った俺に落ち度がある。改めて言おう、本当に申し訳なかった」
俺は快く謝罪を受け入れた。まあ、謝るべきは朝田さんに対してなのだろうが、それは後ででもいいだろう。多分、きっと。
しかしまあ、当然と言えば当然なのだろうが、価値観があまりにも違いすぎる。人間が動物なのは言われてみればという感じではあるが、この世界の価値観はそれを地で行くのだろう。
それだけではない。この世界ではモンスターと呼ばれる怪獣達の存在が大きすぎる。新世界における生態系の頂点は人間ではない。モンスター達だ。特に古龍種と呼ばれる大怪獣達はこの世の頂点にも等しいと言うべきか、ガイアの話によると「古龍種は自然の体現者」だそうだ。
なら、日本はこれからどうやって生きていくべきなんだ?
俺達の任務は、今まで通りの生活を存続すること。今まで通りの生活とは、生態系の頂点に君臨し続けるという事だ。それはもはや、自然に対する挑戦だ。
人類は誕生してから僅か200万年で生態系の頂点に立ち、地球を飛び出し宇宙に進出した。この世界でも、それは可能なのだろうか。数多の他生物の住処を奪い、餌を奪い、生命をも奪い尽くす猿の末裔は、世界が変わっただけで生き方を変えられるのだろうか?
そんな考えがグルグルと頭を回る。
「──そういえば、ちゃんとした自己紹介が遅れてたな。筆頭ハンター隊のガイアだ。よろしくな。あんた、こっちの言葉が上手だぜ」
スっと出された屈強な右腕によって、俺は壮大な空想の世界から現実へと戻ってきた。反射的にその手を握り返し、先程の考えは一旦隅に置いておく。異世界で初めて人間同士の友情が成立した記念すべき瞬間ではないだろうか。誰かカメラを持ってきてくれ、はいチーズ。
「自衛隊の半田だ。よろしく。まあ、ジャギィノスに噛まれて療養してたからな。暇な時間を使ってアイルーと交流してたんだ」
それは災難だったな、とガイアは笑った。心なしか、隊の雰囲気も良くなった気がする。否、間違いなく改善している。会話が増えているのが何よりもの証拠だ。
ちなみにだが、こんな危険地帯で会話をしていても、よほど大声でない限り特に咎められはしないらしい。ここで遭遇する脅威というのは、大半が人間の何十倍もある大型モンスターで、それらは遠くにいてもすぐに気付くことができるからだとガイアは言った。
木の葉が大きく揺れる音、歩く時の地響き、強い獣臭など、大型モンスターは制止していても、とにかく目立つ。例え新人ハンターであろうとも、寝込みを襲われるようなことはまずない。
「それでも油断はするなよ。ここは〝名も無き大森林〟だ」
ガイアのその一言で、ハッとここがどこかを思い出した。危うく忘れそうになっていたが、ここは新世界でも有数の危険地帯だそうだ。ただでさえ人間が簡単に命を落としうる環境に加え、都市を容易く壊滅に追いやる事も可能なモンスターの数々。
「軽MATとハチヨンがどれだけ効くか…。それが問題だな」
地球の常識に照らし合わせて、HEAT弾やHE弾が効かない生物がいるとは考えにくい。しかしここは異世界だ。ドスジャギィ程度ならまだしも、個人が携帯できる火器でガノトトスやイャンクック等に有効打を与えられるかは未知数。ガイアによると、この世界の狩人達は樽いっぱいに火薬を詰め込んだ、いわゆる『タル爆弾』なるものでモンスターを狩るらしい。炸薬量はいったい何百キロあるのだろう。航空爆弾並にあるのではなかろうか。
そんな思案も、すぐ近くで鳴ったバキバキ音によって掻き消された。