日本国防衛白書の一部を抜粋
ゲリラや特殊部隊による攻撃などへの対処法
(1)基本的考え方
侵入者の実態や生起している事案の状況が不明な段階においては、第一義的には警察機関が対処を実施し、防衛省・自衛隊は情報収集、自衛隊施設の警備強化を実施する。状況が明確化し、一般の警察力で対処が可能な場合、必要に応じ警察官の輸送、各種機材の警察への提供などの支援を行い、一般の警察力で対処が不可能な場合は、治安出動により対処する。さらに、わが国に対する武力攻撃と認められる場合には防衛出動により対処する。
わが国領土の防衛のための作戦(着上陸侵攻対処)
(3)内陸部における対処
万一、敵地上部隊などを上陸又は着陸前後に撃破できなかった場合、内陸部において、あらかじめ配置した部隊などにより、支援戦闘機による支援の下、敵の進出を阻止する(持久作戦)。この間に、他の地域から可能な限りの部隊を集めて反撃に転じ、進出した敵地上部隊などを撃破する。
突如、九十九里浜に出現し、猟友会に所属する男性を殺害した害獣『ガノトトス』。その後の猟友会と警察機関の連携による害獣への対処は、数十名の死亡という惨憺たる結果となり、一般の警察力での対処が不可能と判断した日本政府は急遽自衛隊の出動を決定した。
麻酔銃はおろか、猟銃や警察官の装備する拳銃弾では全く効果がないとの情報や、テレビで放送されてしまった超高圧の水流ブレスの威力を分析し、防衛省は害獣の戦闘能力を「戦車」並と仮定する。
しかし、一害獣としてあまりにも強すぎる故、自衛隊の治安維持での出動では更なる被害の拡大を防ぎ切れない可能性も考慮し、日本政府は超法規的措置により害獣を何らかの敵生物兵器(NBC兵器の一種)と認定、国会の承認を得て、防衛出動を宣言した。
こうして、自衛隊はその総力を上げて害獣を殺処分する事となった。
「こちらは千葉県 木更津市にある自衛隊駐屯地付近です! 上空をご覧ください! 対戦車装備を積んだ戦闘ヘリが次々に出動しています!」
陸上自衛隊の戦闘ヘリ『AH-1Sコブラ』が空気を叩くような音を発しながら上空へと飛び立つ。報道局のカメラマンはその勇姿を追うように彼らを画面中央に捉え続ける事に努め、ニュースキャスターは空を見上げつつマイクを手に、予想される自衛隊の行動をおおまかに説明していた。
他にも船橋市の習志野駐屯地に所属する第一空挺団や特殊選抜群も付近住民の保護を名目に続々と出動しており、付近の道路は平時では見られないような数の自衛隊の車両で埋め尽くされていた。
「今回の件に関して、どう思いますか?」
付近に見物人は多く、インタビューをする人間には困らない。ニュースキャスターはミリオタだと自称する男性に話を聞いた。
「そりゃあ自衛隊初の防衛出動ですからね! この歴史的な瞬間をカメラに納めない訳にはいかないなと思って飛んで来ました」
自衛隊創設以来、そして日本国が異世界に転移して以来の初の防衛出動。しかも相手は戦車並の戦闘力を持つ〝怪獣〟と来た。
これに国民の関心度合いが低いはずがなく、報道局は各地の自衛隊駐屯地にスタッフを送る。SNSでの議論は火にガソリンを注いだかのように沸騰し、ツイッターのトレンドは自衛隊と異世界関連のワードに占拠されていた。
「こちらは静岡県、
映像が変わり、テレビ画面は陸上自衛隊の『一六式機動戦闘車』を映した。通常の戦車と違い、キャタピラではなく8つのタイヤを採用するこの戦闘車は、インフラが隅々まで整備された日本国内に限って戦車よりも素早く現地へと向かうことが可能であり、主に味方戦車が到着するまでの時間稼ぎや、敵部隊の撃破を狙う。
彼らは本来は陸上自衛隊の職種学校における教育支援を任務とする駒門駐屯地の部隊だが、緊急事態である事と、現場から最も距離の近い機甲師団であるため、お呼びがかかったのだ。
「異世界に転移と言う日本誕生以来…初の…未曾有の大事件の動揺が皆さん、まだ消え去ってはいないと思いますが、どうか自衛隊の皆さんには頑張って欲しいですね…」
日本国民が固唾を呑んで見守ったこの事件も、まだまだ序章に過ぎない──
千葉県
猟友会と警察官と言うハンターを一掃した怪獣は千葉県の山武市にある、海からほど近い住宅街にて悠々と破壊活動を行っていた。ガノトトスは怒りで我を忘れると可能な限り陸上に留まり続け、怒りの対象となった者に対して怒涛の猛攻に出る習性がある。
だが、怒りの対象がいなくなった今となっては家屋や自動車に八つ当たりをする他なかったのだ。住民の避難が完了していたから良かったものの、もし一般人が取り残されていた場合、彼らの生存は絶望的だっただろう。
先の放送事故が、良くも悪くも強いインパクトを与えたのだった。
『怪獣の姿を確認! これより攻撃を行う!』
特殊作戦群と第一空挺団の軽装甲機動車、略称「LAV」が住宅地に到着し、隊員が車体上部から怪獣へと照準を向ける。次の瞬間、横並びになったLAV部隊による
生物が自衛隊の射撃目標になるのは1950年代に行われた大量発生したトドの駆除以来、初の事例であろう。しかし人間の殺傷を目的とした銃火器がヒグマやアフリカゾウよりも大きい怪物に効くはずがなく、それはただ対象の怒りを倍加させるだけの結果に留まった。
「効力を認めず! ブローニング射撃開始!!」
すぐさま
〈ギュアアアアッ!!!! 〉
傷は小さくとも、組織に突き刺さった鉛玉はその痛みを正確に脳へと伝える。怪獣は我を忘れたような咆哮を上げ、攻撃してきた虫を踏み潰そうと大地を蹴った。
「こっち来るぞ!! 散開! 散開ッ!!」
ハンターたちの間では、それこそ飛ぶような勢いで泳ぎ回る事で有名なガノトトス。中には河に沿って疾走する馬を悠々と追い抜いたという報告もあるらしく、その遊泳力は今も、これからの日本にとって大きな脅威となるだろう。
だが、地上であろうとガノトトスの狩猟は困難を極める。その巨体ゆえに、地上でも人間の足では追いつけない程の速度で疾走できるからだ。
「退避! 退避ぃいいい!!」
生物と違い、小回りの効かない自動車では突如走り出したガノトトスの攻撃を回避するのは難しかった。退避が遅れた1台のLAVは怪獣の体当たりをもろに食らってしまい、4.5トンもある車体が音を立てて派手に転がる。
ある程度の銃弾なら防ぐ装甲車も、その巨体が生み出す巨大なエネルギーを防ぐことは出来ず、中の人間もろとも大きく破壊されてしまう。
「──作戦続行! 奴を指定ポイントまで誘導するぞ!」
精強無比である彼らは仲間の死に動揺しなかった。否、そうする余裕がなかったのだ。
彼らは怪獣の注意を引くように、LAV車体上部からの射撃を続ける。装甲機動車を1台破壊しただけでは物足りないらしく、ガノトトスはこの世のものとは思えない叫び声で自衛隊員の乗るLAVを走って追いかけた。
対戦車兵器を積んだ『AH-1Sコブラ』が、上空で今か今かと発射する機会が来るのを待っているとも知らずに──
『怪獣の田園地帯への誘引を確認! 射撃開始!』
直後に20mm機関砲が火を噴き、上空から放たれた鉛の嵐は重力によってその威力を増し、ガノトトスを背面から襲う。土に混じって血が飛び散り、自らの足では追い付けない速度で逃亡するLAVへの追撃を諦めたのか、怪獣は海岸方面へと頭を向けて逃げるように駆け出した。
『こいつ、なかなか速いぞ!』
大きい目標とは言え、かなりの速度で逃げ回られると当然命中率は下がってしまう。このままでは数多の同胞の仇を逃がしてしまうと考えたパイロット達は、切り札である対戦車ミサイルの使用を躊躇わなかった。
『逃がすな!
破壊の槍が放たれ、推進器の発生させる妖艶な紅色がガノトトスの目に映る。
──次の瞬間であった。
偶然か、それとも意図的かは不明だが、ガノトトスは地面を這うように身体をくねらせ、タイミング良く全身を覆うように土煙を発生させたのだ。
『TOWミサイル』の誘導方式では発射から着弾まで射手が照準中心に目標を定める必要がある。煙幕で目標の姿が遮られたために、第一射で放たれた切り札がガノトトスの命を削る事はなかった
『全弾外れた模様!』
『焦るな! 次弾、撃てッ!』
再び発射された空からの襲撃者がガノトトスを屠らんと飛翔する。今度は視界が遮られる事もなく、複数のTOWが照準通りに目標へと命中、大爆発を起こし、千葉の大地に爆炎と土煙を舞い上がらせた。
『命中確認! 目標目視出来ず!』
嬉しそうな無線の声。まるでパイロット達の歓声が聞こえてくるようであった。目標の撃破を確信した彼らは操縦席で小さくガッツポーズを決め、空中でお互いに目を合わせる。
しかし油断大敵という言葉があるように、直後に彼らは生き物のしぶとさを、モンスターの異常な耐久力を思い知ることとなった。
土煙が晴れると同時に、白いビームのような物が彼らの機体のうち一機の操縦席付近を直撃し、水飛沫をぶちまける。被弾した場所が上空である事と、目標が弱っていた事が幸いし、水圧が大きく減衰していたブレスが防弾ガラスを貫く事は無かった。それでも怪獣の最後っ屁は機体前方のカメラを容易く破壊し、被弾した機は急遽基地へと帰還する事を強いられた。
『目標、多大な損害を被るもビームを放つ余裕有り。これ以上の被害拡大を防ぐため、即座に殺処分を行う』
背中と尾のヒレが破壊され、翼もボロボロの弱々しい姿であったが、ガノトトスは生を求めて海を目指した。しかしそれは叶わず、水竜は爆炎と共に無念の断末魔を空に響かせ、その巨躯は千葉県の地に倒れ伏した。