先日、誰も出航したことのない海の向こうから見慣れぬ服装をした人間の集団が現れた。
その者らは、どんな大型モンスターよりも巨大な〝鉄の船〟に乗って沖合に突如として出現し、生まれてこの方、見たことも聞いたこともないような形状の〝飛行船〟を操っていた。彼らの船に乗せられた〝回転式の大砲〟は、威力や速射性こそは都市部にある物と大差なかったが、狩猟用の無骨な大砲とは一線を画す先進的なフォルムにデザインされており、火竜のブレスも鎧竜の熱線も、どんな古龍の牙すらも届きそうにない距離から海辺の森を耕した。
草木の1本に至るまで吹き飛ばされ、更地になったその場所にはその者らの集落が建てられ、彼らが使役していると思われる真ん中に丸い穴のある円柱状の角を顔面から1本だけ生やした奇妙なモンスターもそこで眠ったように動かなくなってしまった。その者らのほとんど全員は、森に溶け込むような模様の〝防具〟を着ており、従来の物よりも一回り小さい鋼色の〝ライトボウガン〟を装備している。
ボクは
自衛隊の前線基地から西南西の方向にずっと広がる大森林。数多のモンスターが潜むこの危険地帯では所々に点在する猫獣人の集落が数少ないオアシスである。そこをいくつも経由してようやく辿り着ける
辺境どころか、もはや未開の地と言っても差し支えないド田舎から出てきた彼にとって、そこはまさしくパラダイス。大通りは人間とアイルーで溢れ、その賑やかな音がここまで聞こえてくるようだった。店先で売られる料理の香ばしい匂いが風に乗って吹き流され、足を自然と活気のある市場へと誘う。モンスターの素材の数々が並ぶ露店、そこで買い物をする町人、交渉する商人、そして人混みの中に点々と混じる、頑強な防具と武具に身を包んだハンターと呼ばれるベテランの狩人達。
その姿を見て、彼はようやく自分の使命を思い出した。
「そうニャ、大変ニャア! ハンターさん助けてニャ!」
「…ん?」
足元から藪から棒に話しかけてきたアイルーは、この付近では見ない毛色をしていた。よほど遠くから来たのだろうか、半ば足を引きずるようなその歩き方からは疲労度合が容易く見て取れた。
「どうしたんだいネコちゃん? 俺みたいなハンターに何か用かい?」
無骨なフォルムの大男は、膝を地面に付けて丁寧に対応した。まずは目の前で慌てふためくアイルーに水筒の水を渡して落ち着かせ、それからゆっくりと話を聞こうという算段だった。
水筒の水を一息で飲み干し、いくらか冷静さを取り戻したアイルーは、ポツリポツリと何が起こったのかを話し出した。
「あれはボクが森を散策していた時だったニャ──」
人の口に戸は立てられぬと言われるように、山をいくつも越えた場所から来たというアイルーを起点に始まった噂の波は、瞬く間に伝播し、1日も経たないうちに街はその話で持ち切りとなった。その話は1つの街だけに留まらず、ハンターや行商人を介して都市から都市へとも広まり、当然ながらハンターズギルドの狩人達の耳にも入っていた。
曰く、海の向こうから来た〝
曰く、空に目を向けると翼の部分に真っ赤な丸が描かれた、どんな飛竜種よりも速く飛ぶ鋭い形の飛行船と、耳障りな羽音を発生させる飛行船が人を運んで飛んでおり、翼の赤丸に似た印は上陸してきた人達の防具にも見られたと。
「なあ、おい聞いたか! 海の向こうから来たって奴らの話!」
場面は変わって、これは例のアイルーがやっとの思いで到着した街に存在する小さな酒場での話である。とある客が、隣の席の男に話しかけた所から場面は始まった。
「聞いたさ。そのアイルーによると奴らは新しいタイプの装備をしているんだってな?」
鍛冶屋らしき服装の男は、金色に光る麦芽酒のジョッキを片手に軽く返答した。話しかけたタイミングが悪かったのか、両腕の無数の傷がトレードマークの男の胸中は、何やら穏やかでないようだった。
(自然の背景に溶け込むような防具…。そんな物を着たところで五感が発達したモンスター相手には焼け石に水だ。効果が期待できるとしたら、人間が相手の時くらいかもな…)
奴らのライトボウガンだってそうだ。ハンターズギルドでよく見かける4人組のハンター達だって、全員が遠距離武器を手にしているパーティーは少ない。中型以下のモンスターならそのようなパーティーでも容易く狩れるだろうが、皮膚や鱗が硬く分厚い大型モンスターを狩るなら最低でも1人は高威力の近接武器持ちが欲しい。もちろん、いずれのパーティーもモンスターの動きを止める罠を持っている前提の話だ。拘束具がないのならば遠距離武器以外の選択肢は余りにも危険だ。
だが、対人制圧なら話は別だ。モンスターと対峙する時は近接武器と比較して威力不足が目立つライトボウガンでも、人間が相手ならこれほど適した武器はないだろう…。
武器や防具に詳しい彼だからこそ、〝未知の勢力〟が現れたというのは何とも胸騒ぎがするような話だったのだ。
「俺はそれよりも奴らの目的が気になるな! そいつらが上陸したってのはなんと、辺境の更に奥の方にある海岸らしいぜ! 奴らはそんな場所に上陸して何をするつもりなんだろうな?」
「さぁな…」
今度はあしらうように返答をした彼は、ジョッキの中身を一気に飲み干した。
武器や防具というのは、目的があって初めて創られるのである。どう考えても対人戦を前提に置いた装備をしている〝未知の勢力〟の目的なんて考えたくもなかった。
(ギルドも奴らの装備は知っているはずだ。もし〝未知の勢力〟と最悪の事態になったら………ギルドナイツが動く事になるかもな。そうなったら嫌な仕事が増えちまう。「風が吹けば桶屋が儲かる」というのはユクモ地方の格言だったか?)
そんな事を考える間にも、酒場の外はますます暗くなっていく。
街中の至る所で〝未知の勢力〟に関しての話がなされたのはもはや当然であった。何せ、この街が建てられたのはそう最近の話ではないのだが、それでも周辺には未調査の地域も多い。しかし、例のアイルーがその勢力を見た場所というのは未調査区域の更に向こう側──アイルーやメラルーの集落が点在していることのみ知られているが、極少数の腕利きハンターしか立ち入った事がない場所──に存在する〝名も無き大森林〟の終点とも言える海岸である。
その海辺に辿り着けたと言う人間は歴史を俯瞰して見ても片手で数えられる程度しかおらず、当然ながら調査が進んでいないため、海の向こうに何があるかは完全に不明だった。そんな最中、水平線の向こうから来た人間がそこに上陸したと言うのだ。話題にならない訳がないのである。
「あ、おい! あれを見ろよ!」
誰かが叫び、露店の灯りで照らされた夜道の真ん中に指をさす。町人達が話をしていると、突如その場に10名の近衛兵と5人のハンターからなる集団が現れたのだった。
全員が異様に物々しい雰囲気を纏っており、重そうな装備をしているのにも関わらず、その足音は恐ろしく静かであった。
「筆頭ハンター! 初めて見た…」
筆頭ハンターとは通常のハンターには公開されないギルドの特殊な任務を請け負うハンターである。全員がハンターとしての能力はもちろん、何らかの専門知識や技術に秀でており、その実力はあらゆるハンターの見本となるような強者達である。
「そんな超腕利ハンター達がギルドの衛兵を連れて何でこんな辺境に…」
「もしかして未知の勢力が現れたってのと何か関係があるんじゃないか?」
「そうだとしてもタイミングが良すぎじゃないか?」
「確かにそれはそうだが…。あ、例のアイルーも一緒にいるぞ。その
見物人の指さす先には、案内役としてグループの先頭にいる件のアイルーの姿があった。件のアイルーは今にも走り出したいと言ったふうな顔をしており、やや足早に隊列の前を進んでいた。
「奴らの調査と言った感じか。調査対象がモンスターなら筆頭ハンターの十八番だが、今回は場所が場所だ。〝名も無き大森林〟から何人が帰ってこられるか…」
「調査対象がすでに全滅しているかもよ?」
「全滅してなさそうだから調査に行くんだろ?」
この街から東側へずっと行ったところに広がる〝名も無き大森林〟。少数では危険すぎる、大人数では補給が厳しいという大きな矛盾を抱えたこの森は、あるハンターの報告によれば多種多様なモンスターの巣窟であり、プロのハンターですら油断すれば即死と言う危険地域でもある。
そこに上陸して来る〝未知の勢力〟とはどのような連中なのか。何故、そのような危険地域に上陸したのか。そして彼らの目的は何なのか。それを調べるのが、筆頭ハンターが率いる今回の調査隊であった。
「〝未知の勢力〟の正体がわかるのはもう少し先になりそうだな。ついでに〝名も無き大森林〟の調査も進めば一石二鳥だ!」
歴史を辿れば、異物が出現する時期はあらゆる時代の転機と被っている。それらは全く偶然ではない。むしろ新勢力の出現による混乱と変革は必然である。
この世の者ではない、異界の住人の出現。自然と共存していたこの世界の人類にとって、日本人は益となり得るか害となるか。
新勢力の出現に危機感を抱いていたのは極小数の人間しかいなかった。
・ギルドナイト
表向きはギルド専属のハンター。しかしその実態は対ハンター用ハンター。モンスターではなくハンターを狩ると噂される存在だが、その全貌は謎に包まれており、一種の都市伝説と化している。
・筆頭ハンター
通常のハンターには公開されないギルドの特殊な任務を請け負っているハンターたちのこと。全員がハンターとしての能力はもちろん、何らかの専門知識や技術に秀でていることが多い。
こちらはギルドナイトとは違って表舞台で活躍しているため、その存在は公にも広く認知されている。