基地の防衛兵力を減らし、歩哨の増加による探索範囲の拡大。その甲斐があってか、しばらくしないうちにも、アイルー村を脅かしていたジャギィの群れは頭領であるドスジャギィを除いて、完全に殲滅された事が確認された。
怪我によって両足の一部が壊死したことにより、完全に移動能力を喪失したドスジャギィの処遇はひとまず保留するとして…。害獣の群れに脅かされることがなくなり、アイルー村は無事に窮地を脱したのだった。もちろこれは全てにおいて自衛隊の戦果であるため、クエストの依頼文にあった通り、その報酬はキッチリと支払われた。
当初から提示されていた「自衛隊(日本国)に全面的に協力する」という約束は、アイルーらが自衛隊員やその他の人員のオトモになるということで双方が同意し、それと同時に、彼らが知る新世界の情報は全て日本国に供与された。村近辺の地形はもちろん、一般的に知られている各モンスターの名前と特徴、そしてこの世界の人類社会のおおまかな概要等々。
だが、このアイルー村が位置する場所はド田舎…というよりも、地球の感覚で言うと、〝アマゾン奥地の先住民族が住む地〟と説明されるべき場所にあるらしく、距離のせいか、彼らは人類社会についてそこまで多くは知らなかった。せいぜい、1年に数回程度だけこの付近を訪れる〝ハンター〟と呼ばれる狩人に聞いたという話が最大限であった。
それでも、収穫物は決して少なくない。彼らの協力により、千葉県の九十九里浜に上陸した巨大害獣は正式に『ガノトトス』と名付けられ、その他の日本本土に現れている新世界生物にも、全て固有の名前があることが判明した。
ほぼ全国的に確認されている『ガブラス』『ロアルドロス』『ランゴスタ』『ブナハブラ』『メルノス』『エギュラス』などを始め、一部の山間部や森林でのみ確認されている『アルセルタス』…などなど。特に『アルセルタス』とその亜種は、日本国内に存在する生物の中では飛び抜けて危険度が高く、通報がされ次第、どこであろうと戦闘機と戦闘ヘリがフル装備で駆け付け、過剰な火力で駆除がなされている始末であった。
話を戻すが、アイルーによる情報提供の中で、とりわけ日本政府を喜ばせたのは、やはり新世界に人類が存在する事であった。話を聞く限り、その技術レベルは日本と比較してかなり低い事が判明したが、それでも新世界に日本人以外の住人が居ることは大変喜ばしい事であったのだ。
おまけに、向こう側から接触してきてくれるというのも好都合であった。二度目になるが、新世界の技術レベルは日本と比較して低いのである。こちら側から赴き、むやみに現地勢力を刺激するような事がないのは幸いであった。
そろそろ話を変えよう。ずっと隅に置いていたドスジャギィの処遇についてだが、現地の猛獣…もとい大型モンスターを生け捕りにできる機会などそうそう限られているので、動けなくなったドスジャギィはありったけの麻酔銃で眠らされた後、『チヌーク』に宙吊りにされて自衛隊の基地まで連行される運びとなった。空輸中『
そのおかげもあって、ドスジャギィは宙吊りにされたまま永眠するような事もなく、急遽日本から渡航してきた獣医師団により両足の治療(切断)処置が行われ、何とか一命を取り留めた。もちろん、動けないとは言え、目を覚ましたドスジャギィは厳重な管理下に置かれることとなった。鉄柵、電気柵、対戦車地雷、鉄柵…と、周囲を4重の障壁に囲まれ、更にその外側から常に無数の砲門、銃口を向けられる警戒のされようだ。
だが、そのようなちょっとした動物園の開設は隊員の士気向上にも役立てられ、アイルーたちも基地に遊びに来るついでに、ドスジャギィの様子をちょくちょく見に来るようになった。
「あの尻尾の部分、美味しそうニャァ…」
「食べるなよ? ついでに近づくなよ? 普通に死ぬぞ」
「はいニャ…」
アイルー達との交流をますます盛んにしたのは、クエストの達成だけではなく、アイルー村と自衛隊基地間の道が整備されたことも一つの要因であった。すでに一部ではアスファルトの舗装路が敷設されており、自衛隊(日本国)の勢力圏──モンスターの脅威が排除された比較的安全な区域──は着々と拡大しつつある。
また、話がどこから広まったのか、自衛隊にクエストを依頼したアイルー村以外にも、日本と関係を持ちたいという集落は少なからず増えており、自衛隊に積極的にアプローチをしにくるアイルーも現れたのだった。
付近のモンスターがほぼ完全に排除された事による高い安全性だけでなく、オトモになれば1日3食の豪華な(原始的な生活では到底味わえない)食事も付いてくるといった好待遇っぷりは瞬く間に猫達の話題となり、続々と集まったアイルーの総数は、1週間もしないうちに3桁に届きそうな数にまで増え、自衛隊は基地内にアイルー用の住居を設置する作業に追われた。
そうして出来上がったのが、使われなくなったコンテナを改造したアイルー専用の猫マンションだ。余談だが、この猫マンションの写真を広報課の隊員がSNS上に投稿し、それが万バズしたのは言うまでもない。
だが、その猫マンションを見ていたのは画面越しの日本人だけではなかった。
基地から約400m離れた樹上。落ちれば命の保証はないが、『未知の勢力』が建てたと思われる基地の大部分を見下ろせる絶好の偵察スポットから、二人のハンターが望遠鏡を覗いていた。
「今日も気付かれたか…。〝最果ての海岸〟に上陸して来るのも伊達ではないってことだ」
スコープ越しに目が合ったのを確認すると、木の上の男は呟いた。
「それはどうだかな、俺達に見られてるのに気付いてない奴の方が多いぞ。それよりも…沖に浮かぶのは例の鉄鋼船か? 本当に『ダレン・モーラン』よりも大きいじゃないか」
同じく樹上に居座るもう片方の男は驚嘆の声を漏らした。あれ程の大きさを誇り、しかも鉄鋼製の非常に頑強な造りの船なら、水棲系の大型モンスターに襲われようと、ちょっとやそっとじゃビクともしないだろう。
おまけに超遠方から精確に砲弾を撃ち込めると聞いたが、どんなカラクリを使えばそんな芸当が出来るのか、不思議で堪らなかった。
「もう何日も観察しているが、彼らがアイルーに非道な行為をしているような場面は確認できなかった。むしろ仲が良さそうだし、悪い目的は持っていないと私は思う」
「ふんッ、俺たちに見られるのを予想して急に態度を変えた可能性も考えられなくはないぞ?」
「そうだとしたら、とっくに全てのアイルーが逃げているだろうね。彼らの逃げ足の速さは君も知っているだろ?」
「まあ、そうだな…」
数日間の入念な事前調査を経て、ようやく調査対象と接触しても問題ないとの判断が下される。二人は木の上からスルスルと滑り降り、下で待機をしていた調査隊のメンバーと合流する。
何十キロもありそうな全身鎧を着用しているにも関わらず、その身のこなしは猿の如し。おまけに片方は重厚な大剣を背中に担いでおり、むき出しの上腕二頭筋が、それを振り回す人間離れした膂力を物語る。
「みんな、人里を出発してから何日もよく我慢してくれた。だがそんな我慢の生活も今日で終わりだ。我々、調査隊はこれより〝未知の勢力〟と接触を図る」
木の上から降りてきたリーダー格の男がそう発言すると、調査隊の面々の空気が一変した。頭部から爪先まで覆う金属甲冑、その上から更に、一目で所属がわかるようにデザインされた統一的な制服を着た近衛兵10名。リーダー格の男と、その仲間のハンター3人。
そしてギルドナイツに所属するという情報しか明かさないギルドナイト1名により構成された計15人のグループ。単独で大型モンスターと渡り合える強者である彼らでも、〝名も無き大森林〟で何日も生活するのは、流石に骨が折れるようであった。
余談だが、途中まで案内役として隊の先頭を歩いていたアイルーは、つい先日に起きた
「リーダー、先日のイャンクックの亡骸ですが…跡形もなく回収されていました。奴ら、ハンターとしての心得を知らないようです」
しばらくすると、憤るような顔で帰ってきた仲間のハンターが調査結果を口にした。それを聞いた隊員の大多数は先日の恐ろしい出来事を思い出し、顔を青ざめさせる。
それは調査隊がこの近辺に潜伏を開始してからすぐの出来事であった──