俺たちのカルデアは最強なんだ! 作:逆しま茶
『――――まずい。非常に不味いぞ。聞いてくれ、藤丸君! 門が破壊されたからか強力なサーヴァントがそちらに向かっている気配がある!』
「いや、大丈夫だよドクター。どちらにせよ挟み撃ちは避けないといけないし」
そう呟いて、吹き飛びながらも空中で体勢を整えるガウェインを見る。
恐らく、正門の前で固まっていれば裁きの光――――ロンゴミニアドは避けられない。
誰かにガウェインを抑えてもらって突破する“正規ルート”が無難だろう。
と、実は最初の難関である正門の突破を成し遂げたリップが遠慮がちに声をかけてくる。
「藤丸さん。あの……わたし、次はどうしたらいいでしょうか……?」
悪意ある攻撃を通さない、という正門と悪意のない(悪気なくやらかすともいう)パッションリップの相性は良い。
「――――よし、ガウェインは任せる!」
「はい、お任せ下さい!」
最早、リップの気配遮断は完全に意味はない。
もともとA+の気配遮断を持つリップは、爪の音さえなんとかしておけばその姿に気づくことは困難だ。もちろん攻撃体勢に入ればその効果は大きく落ちるが―――――わざわざ目立つ聖剣を晒してもらい、アーサー王の姿を見せたのだ。気を引く狙いは十二分に果たしてくれた。
そして、何よりも。
「ぐっ―――この、力は…!? 私が押されるとは!」
「潰れて、下さいっ!」
凄まじい異音を立てて、巨大な爪が剣を大きく押し込む。
日中にて3倍の力を持つガウェインが、全霊の力を込めて押し留めようとし、なお及ばない。
そんなありえないはずの光景に、ロマニが叫ぶ。
『ちょ、ちょっと待ってくれ! “明らかにおかしい”! 筋力のランクで言えば、パッションリップとガウェインはA+とB+、その差は確かに大きい。けど―――それは日中三倍を除いた数値のはずだ! ここまで一方的になるはずがない!』
「いや、それは違うんだよロマニ。彼は――――藤丸君は常に徹底して相手の英霊の弱点を突いてきたけれど、いくつか例外がある」
颯爽と、ランスロット卿を引き連れて現れるのはダ・ヴィンチちゃん。
彼女は油断なく聖都の方を警戒しつつも、いつでも礼装を起動できるよう身構える藤丸と、彼を護るように立つエミヤを見て言った。
「例えばそれは、第一特異点の時。まああの謎のヒロインXはともかくとして、残りの二人は別に竜殺しでもなんでもなかった。第二特異点に至っては英雄王は何の関係もない。第三特異点も、別にキングプロテアである必要は特になかった。第四、第五はそうも言ってられなかったみたいだけれど――――」
『つまり?』
「―――――まあ、“アレ”も敵さんの専売特許じゃないってことさ」
………
……
…
「――――アグラヴェイン様! 正門が突破されました! 至急、獅子王にご報告を! 敵が城下町まで侵攻するのは時間の問題……一刻も早く、陛下に裁きの光を!」
「その必要はない。正門を破られたところで、こちらには円卓の騎士どもが残っている。城下町にはトリスタンが、外にはモードレッドの遊撃部隊が。敵軍の勢いは一時的なものだ」
「し、しかし既に遊撃部隊はランスロット卿の離反により……そしてその、未確認ではあるのですが―――――敵の中にアーサー王の姿があった、と」
「―――――馬鹿な」
「これが、聖都……聖槍によって作られたキャメロット」
「とはいえキャメロットであるのならば、私が案内します。――――っ」
粛清騎士――――最早人間ではなく、獅子王の分身ともいえる人外の騎士たちが襲いかかろうとし、セイバーの剣により一撃で斬り伏せられる。
そして、弓を持った粛清騎士は優先的にアーチャーの狙撃により排除されていく。
「やれやれ、よくもこう数を集めたものだ――――なっ!」
普段は割と皮肉げなところのある彼だが、その弓の冴えはまさしく弓兵と呼ぶにふさわしい。あまり弓を握らないことはさておいて。
不意に、聖都を黄金の光が覆う。
最果ての塔の起動――――急速に特異点が“世界の果て”に近づいているのだ。このままでは狭まってくる世界の果てと、最果ての塔を覆う黄金の光の間で焼け死ぬことになるだろう。そしてそれは、外で戦う騎士も同じはずだった。
獅子王の槍は、限られたものだけしか――――共に戦った騎士すらも除外した、一部の者たちしか“保存”しない。
獅子王の、自らの騎士たちを切り捨てる所業に、セイバーが剣を強く握りしめ。
「―――マシュ!」
「っ、はい!」
不意に、セイバーに襲いかかるのは赤雷。
それを防いだマシュが、そのまま突進。その陰から飛び出したセイバーと同時にモードレッドに襲いかかり――――モードレッドは直感任せに回避する。
「――――ハッ、まさかここで父上にお会いできるとはな…! まさか、裏切る必要すらなく“父上を超える”機会をくれるとは、お前たちには感謝してやるぜ!」
次いで、ベディヴィエールが斬りかかるが、モードレッドはギフトの力で再び宝具を発動し――――辛うじて回避したベディヴィエールが叫ぶ。
「くっ、貴方は―――――そのようなことを言っている場合ですか!? 何故騎士たちの指揮も取らず、獅子王の所業を看過するのです!? それでも円卓の騎士ですか!」
「テメェに――――父上の最期を看取ったテメェに何が分かる! 騎士なんてものは恒久平和に、獅子王にとって最も不要なものだ! 聖都の礎となって俺達は消える! それが獅子王の円卓だ!」
モードレッドの赤雷がベディヴィエールを焼き、苦痛に顔を歪めながらもベディヴィエールは剣を離さない。むしろ淡く黄金に輝く腕を奮ってモードレッドの剣を弾くと、自ら剣を押し込む。
「―――――モードレッド、それは、違うのです」
「……んだと」
痛いはずだ。恐怖だってあるだろう。
ベディヴィエールの事情を知るマシュが強く盾を握りしめるが、この言葉は止めてはならないと、自分の中で“彼”が叫んでいるような気がした。
「それは、円卓ではない。我が王、我らが王の望みは平等なる円卓。それを崩したのは、我々だ。平等であるのだから、意見を出しあわねばならない。私達はいつしか王に仕えることに慣れ、常勝の王と褒め称え、意見を出すことを忘れ――――王としての最適解を、王としての立場から述べた我が王を、『人の心が分からない』と罵った」
「……それは、トリスタンの野郎が」
そう、憧れだった。
騎士王が――――いつしか己の届かない、尊いものだと思ってしまっていた。平等を謳う円卓にありながら。自分の手助けなど必要としていないと。
「私達が、何をできた。あの場で、何の意見を言った? 反対すらできなかった。意見も出せず、形骸化した円卓の前で、どうして円卓の騎士にふさわしいと名乗れる? 誤りを知りながら意見も述べられない
「――――だから、何だ。あの人は、俺を認めてはくれなかった! だから―――!」
激昂するモードレッドに、どこか疲れたような声が届く。
「私は、王になるべきではなかった」
「……は」
常勝の王、騎士の王。
あの時代の誰もが夢見た輝ける星――――黄金の剣を地面に突き立て、獅子王の槍、最果ての塔を見遣るアルトリアは言った。
「そのように、考えていました。それでも私は、王になるべきと育てられながらも、穏やかな生活を知っていた。人々の笑顔を知っていた。故に、王であったことに後悔はなかった。しかし――――それが最適だったとも思えなかった」
「何、を――――」
「『この剣を引き抜けば、君は人でなくなる』―――あの日、選定の剣を引き抜いた時にマーリンに言われた言葉です。王とは、人ではない。国に尽くす機構と言うべきものだ。憧れでなるべきものなどではない。ましてや、魔女の差し金でなど。……認められなかった、というのが何を指すのかは知りませんが―――――貴方も、無論ベディヴィエールも、私にとって無二の円卓の騎士ですとも」
円卓の騎士に任命したのは――――最も信頼する部下として遇したのは、間違いのない事実だと。
それで不満であれば、忌憚なく申すように――――そんなことをのたまったアルトリアは、ちらりと赤い弓兵の方を見て言った。
「頑固な
――――笑顔でそう呟いて、地面に突き立てた聖剣を引き抜き、掲げる。
陽光がそれを祝福するように煌めき――――聖槍とはまた異なる黄金の光が、その剣に集う。
「構えなさい、サー・モードレッド」
「父、上―――――」
「獅子王の円卓であるというのなら、その使命を果たすが良い。
「ちち、うぇええええッ!」
「多くの人が、笑っていました。それだけで私が王であった価値はあったのだと、このキャメロットに。
「
『こ、この数値は――――まさか!』
アーサー王を殺す、殺すだけの力を持つはずの伝承を持つ赤雷を黄金の輝きが飲み干し。
黄金の斬撃が、最果ての塔の外装を打ち破る。
本来であれば、オジマンディアスが己の霊基を半壊させてようやく破壊を成し遂げる、対粛清と言っていい効果を持つ最果ての塔を。
『―――――その出力、それが本当に通常霊基のサーヴァントの宝具なのか!?』
残心。
振り切った姿勢のまま、最果ての塔を見据えるセイバーが不意に剣を構え直す。
「マスター!」
「させるか!」
「―――――私は悲しい」
アーチャーが目にも留まらぬ速さで放った矢が、目に見えぬ攻撃に当たって互いに弾かれる。が、それに構うことなく塔の上に立つその男――――円卓の騎士トリスタンは、手にしたフェイルノートを掻き鳴らす。
「このような場所で我が王と相まみえ。そして、かつての我が言葉を聞こうとは」
「魔力を回す――――エミヤ、頼む!」
「I am the bone of my sword…―――――喰らいつけ、
エミヤの放った矢がトリスタンに弾かれ。
しかし、失速しかけたはずの矢は急速に向きを変えて再びトリスタンに向けて飛来する。まさしく、獰猛な猟犬そのものの動き。十分な魔力チャージができなかったためにトリスタンでも防げる威力ではあるが、防ぐ必要があるのは間違いない。
「マシュ、マスターは頼みます!」
「はい!」
セイバーがエミヤに飛来する“矢”を斬り捨て。
トリスタンが赤原猟犬を集中攻撃で破壊する間にエミヤが膨大な魔力とともに詠唱を進める。
「
「くっ、――――ならば!」
トリスタンもその危険性を察知したのか、エミヤに攻撃を集中させるが――――セイバーに加えて、ベディヴィエールもカバーに入ったことで通常の“矢”では全く通らず。ならばと力を溜めた矢を放とうとするトリスタンだが。狙いすましたように藤丸が礼装を起動する。
「―――――ガンド!」
「ぐっ――――!? 邪魔を―――――」
聖都の景色が切り替わる。
太陽の騎士のギフトである晴天から、赤い空へ。
キャメロットを再現した聖都から、無数の剣が突き立つ丘へ。
固有結界――――そこに在るのは。
「――――私は悲しい。よもや、貴方のような無名の英霊が、ただ一人で私を相手取れるとでも? ……いえ、そもそも時間を稼ぐことすらさせはしません」
―――――ポロロン。
たった二人。
トリスタンと、赤い外套の弓兵のみ。
先程までいた王も、盾の少女も、ベディヴィエールも、マスターさえいない。
英霊たちの中でも大英雄に追随する実力を持つ円卓の騎士。それを、わざわざ援護もなくたった一人で迎え撃つ。捨て駒の、時間稼ぎの役割だ。
しかしそうでもしなければ獅子王を倒す前に世界の果てが到達する。
必要な役割である。実際、トリスタンは先程の状態でも時間稼ぎに徹すれば負けはないと判断していた。セイバー二人に、シールダー一人。近接戦闘しかできない相手であれば、警戒すべきは弓兵一人。そして、弓兵との一対一の勝負で負けることなど円卓の騎士の矜持が許さない。
だから、あのマスターはこの弓兵を時間稼ぎの捨て駒にしたのだろうとトリスタンは推測した。
「さて、どうだろうな。我がマスターがご所望とあらば、幾らでも時を稼いで見せるが――――あいにくと、此度のマスターもそれほど甘くはなくてね」
『―――――エミヤ。あいつは、頼む』
襲われた村、殺された無辜の民。
世界を救うと、善なるものを救うという題目で理不尽に奪われた命。
どうしても許せず、己自身を抹殺してでも止めたかったそれを―――――“反転”などという事情があれど、喜んで行う外道がいるのなら。
『時間稼ぎなんかじゃない。全力で、ブチのめしてくれ』
「―――――倒してしまっても、構わんのだそうだ!」
一人でに、剣の丘に突き立った無数の武具――――英雄王の宝物庫にすらありそうな宝具から、名も知れぬ魔剣まで。それらが一斉にトリスタンに殺到する。
全方位に“矢”を放ってそれらを相殺しようとしたトリスタンだが、<王の財宝>にも劣らぬ一斉掃射は通常の矢で防ぎきれるものではない。
それらを防ぐことができるとすれば、究極の“一”のみ。
アーサー王やクー・フーリン、あるいはランスロットのような、武勇で名を馳せた英雄たちの中でも更に一部。言うなればトップ・サーヴァントと呼べるような者たちか、あるいは相性が良い者たちだろう。
そして、見えぬ“矢”という少々特殊なトリスタンの性質はむしろ、この剣という質量の豪雨に対してあまりにも脆弱であり、“狭い”攻撃であった。
「我が錬鉄は崩れ、歪む―――! 偽・
「くッ――――痛みを唄い、嘆きを奏でる――――!
壊れた幻想――――ランクにしてAの偽・
そのすさまじい爆発の中―――――トリスタンが見たのは、黄金の輝きだった。
「―――――馬鹿な。その剣は――――」
「此れは、永久に届かぬ王の剣―――――
およそ、通常の霊基で投影することなど不可能なはずの星の聖剣――――再度の宝具開放で相殺しようとして果たせず、黄金の輝きに呑まれたトリスタンが感じたのは、ただひたすらに憧れを追い求めた男の想い。
そして、それを支えているのは――――。
「ああ、そうか―――――憧れ、仰ぎ見るばかりであった我々では―――――我が王を救えぬのは、道理でしたね―――――」
「……私も、救うなどという大層なことはできていないがね」
「しかし、まさか――――――世界を救おうというものがソレを持つとは、皮肉なものです。いえ、だからこそ……でしょう…か」
「……ふん。それだけ“見えて”いながらそのザマとはな。さらばだ、誤った理想を抱いて溺死しろ」
消滅するトリスタンを見やり、赤い外套を翻してエミヤは背を向けた。言葉とは裏腹にどこか悲しげなその姿に、トリスタンはギフトが失われ悲しみに落ちる心のまま願った。
(どうやら、またも私は誤ったようですが―――――)
悪くはない。
あの、どこにも希望が見出だせなかったブリテンとは違う。どこまでも正しく、押しつぶされそうになっても王たらんとした主を追いかけ、理想に手を届かせた者がいる。
たとえソレが運や、悪運によるものであれ。
彼が、我が王とともに世界を救うのであれば。
(―――――いえ、私もその光景を……知っている?)