――――――届かぬ
『ハ! 気にするな、致命傷だ!』
『っ…ウルクはここに健在です!』
魔術王を名乗る、小癪な獣の謀略。それにより目覚める母たる女神。
己が知恵、己が財の全て、ウルクの全てを擲ってなお三女神同盟を打破し、ティアマト神によりウルクが蹂躙されるに留まる。
英雄の中の王であり、ウルクのため賢王として君臨する我としては業腹な結末である。
全ての未来を見通す千里眼を以てなお越えられぬ。逃れられない破局に対して、突如現れたのがカルデアの――――人類最後のマスターであった。
ひと目見て、新たな“未来”が拓けるのが理解できた。
実質仲間になった三女神同盟と、冥界に落ちるウルク。なんということはない、必死に足掻き生き続ける人間――――そんななんでもないものこそが、人類の代表には相応しいというだけのこと。
―――――だが。だからこそ。
『――――――――カルデアの司令官として指示を出すよ。私のことは気にせず、完膚なきまでに完璧な勝利を』
『おめでとう、君たちは第四の獣に勝利した――――』
『―――先輩のお役に、立ちたかった』
旅路の果てに、待ち受けていた別れも。
『いいや、君たちなら出来るとも! だって、私はそういう人間だから力を貸したんだ!』
『こんな、強いだけの世界に負けるな』
『そうはいかない! 彼らの旅をここで終わらせるわけには――――』
そうまでして手に入れた未来が、奪い去られたことも。
そうした悲しみ、苦難が積み重なって、それを乗り越えるために合わせた力が、紡いできた絆が、あのマスターを支えている。
彼は勝利するだろう。
“ああいう手合い”のいざという時の手強さは、裁定者として常に手を焼かされ、時に敗れ、時に見守ってきた。
常であれば、その旅路を裁定し、場合によっては手を貸してやるのが王の中の王、英雄の王たる我の務め。
ウルクの賢王としてであれば、ウルクを救って世界をも救おうとするその背中に土産の一つでも持たせて見送ったことだろう。
南米の神格、太陽の女神に対しては人間としての決意を見せるべく高さを見せた。
「―――――その高さ、受け手がルチャ・マスターでも死ぬしかないわよ!? それでも、それでもこの私にプランチャを見舞わせるというの!?」
「うおおお高さがいつもの100倍ならパワーも100倍! 更にツイストをかけて倍! 両足なら更に倍で400倍パワーになるんだぁあああ!」
「意味がわかりまセンし素人の空中技は人死にがでるのデース!?」
「それでもこれが今の俺の全力だぁあああああ!」
冥府を司る地の女神には、称賛を以て応え。
「答えよ――――答えよ――――冥府に落ちた生者よ――――その魂の在り方を答えよ――――」
「二択の質問が来るわよ、藤丸。冥界の門は魂の善悪を問う、公正にして理性の門。でもどっちを選んでも嫌がらせの試練があるから、楽そうな方を選んでおきなさい」
「では罪深きもの、藤丸に問う――――エレシュキガルとイシュタル、美しいのはどちらなりや?」
「Extra派なのでエレシュキガル」
「なんかよく分からない理由でいきなり裏切られたー!? って、そっか頭脳戦よねコレ。そうよね!?」
「ふーん。いい度胸ね。後で刺すわ」
「まるでSGでも見せられてる気分ですねー」
※SG:シークレット・ガーデンの略。月の裏側の戦いにおいて鍵となった乙女の恥ずかしい秘密のこと
「称賛するべきは貴様のこなした職務であり、それを卑下することは貴様自身への侮蔑に他ならぬ」
「つまり人間大好き故の犯行…!」
「べ、別に生者なんて好きじゃなーい! 私が好きなのは冥府に落ちた魂だけ!」
「つまり心の在り方が好きと、語るに落ちてますよね」
そうした細かな部分は変わりはない。
『未来を知る』ということは、決して万能ではない。人の本質というのは、少し知っていることが増えたところで変化などせぬ。助けられたはずの命を見捨てることが出来るか? 相手のことを少し知った程度で、戦いに勝てるか?
ティアマト神のことを、あの反則的なまでのスペックを知っているだけで勝つことが出来るか? 本来であれば不可能だ。実際、“未来を視た”我はそれを回避できなかった。
同じように、未来を“知った”カルデアのマスターにはあやつとの別れを避ける手段はない。……それこそ、外部からの介入でもなければ。
無論、視るまでもなくカルデアのマスターもそれは考えているだろう。
だが――――それが、我が剣を取るに相応しいものであるのならば。信条を曲げ、全力を振るうこともあるやもしれぬ。
―――――――――――――――――――――――――
―――――――それは、あり得ざる暴虐だった。
人間を蹂躙するのが魔獣であるはず。
それをあっさりと覆し、大地を埋めるほどいた魔獣を一掃してみせた
英雄が嫌いだった。
人間は嫌いだが、英雄という奴はそれを軽々と飛び越える。形のない島の平穏を打ち破り、
私から人間になにかしたわけではない。
奴らは勝手にやってきては私を貶め、怪物だと囃し立て、悪意を振り撒く。
そんな醜いものに、復讐することの何が悪い。
魔術王が全て滅ぼすと決めた資源を、どう扱ってやろうと私の勝手ではないか。
だが、一人の馬鹿げた男が全てをおかしくした。
増やした魔獣は全て殺し尽くされ、平地で戦えば私も為す術もなく殺されるだろう。
だから神殿に籠もった。本来の宝具と、複合神性ティアマトとしての力。神殿としてこれ以上無く完成されたこれを壊せるのは、地母神として自分以上の格を持つ女神くらいのものだろう。
そして神代においてティアマト神である私を打ち破れるのは、それこそティアマト神を切り分けたというマルドゥークの斧くらいのものだが―――それが消費されれば、後は神殿の中で苦しませて殺してやろう。
「―――――む。何だ、この揺れは」
『聖杯、並列起動―――――
瞬間、ゴルゴーンは己の神殿が大地から切り離されたことを感じ取る。
それは大地母神の神殿としては機能不全に陥ったことを意味しており――――。
「馬鹿な! このティアマト神の神殿を切り離すだと!? そのような事、私以外に出来るはずが―――――!」
―――――ミシリ。神殿が不吉な音を立てて軋む。
山一つ丸ごと使用した神殿が、震える。
瞬間、気づいた。自分はティアマト神であるはずなのに――――『百獣母体』以外はほぼティアマト神の神格など持ち合わせていない。大地母神である自分と、海の女神であるティアマト神は相容れぬ存在でこそないが、決して相性が良いわけではない。強いていうなら三女神同盟の中では一番という程度。
そして、“外”に感じるのは紛れもないティアマト神の神格。
「私は……私こそがティアマト神ではなかったのか――――何故――――キングゥ」
『命の海に沈みなさい。――――――
瞬間、崩落した神殿と巨大な掌によって、再生能力を活かすことすらできずゴルゴーンは不可逆的に圧縮された。
――――――――――――――――――――――
ゴルゴーンに同調していたティアマト神が、『死』によって深い眠りから目覚め。
ペルシア湾から現れるのは雲霞の如き黒い影。
「―――――なんだ、あれは。魔獣じゃない。シュメルの怪物でもない。そもそもオレたちの世界にあんな生き物がいるはずがない―――――」
およそ生物にはあり得ない、生理的な嫌悪を呼び起こすフォルム。
その数、観測できる限りで1億――――。
満を持して、この時代を乱しているティアマト神の子、ラフムが姿を見せたのだ。
『こんなもの、カルデアに――――人類にどうこうできるものじゃない…!』
ドクター・ロマンの言葉は、本来であれば全く嘘も誤解もなかっただろう。
速度およそ30kmから100km/h、三時間弱でウルクまで到達するラフムの群れは本来であれば既にエリドゥを襲撃している頃合いであり――――。
「でも、此処には俺達が、
………
……
…
―――――ペルシア湾、湧き出るラフムはおよそ二十万――――彼らはただでさえ人間をラフムに変える能力を持つが様々なことを“学習”し、それらは瞬時に“共有”される。
それは本来であれば生まれたばかりの存在であるラフムにとっては必要な急速学習であり、これによって世代を重ねて得ていくべき進化を一足とびに重ねることで人間を排除することができる。
「………はぁ。こんなのが“ヒト”とか世も末ですね。人間なんてまっったく好きじゃないですけど、なんていうかコレは生理的に無理です。というか私、ゴキブリには殺虫剤がいいと思うんですけど直にヤるんですか? ほんとに?」
『ごめん後でアイス奢るから。ダッツの好きなやつ』
「マスターの中での私の価値安すぎません!? 今は子どもじゃないんですけど!? ……まあいいです―――――煩悩無量誓願断」
生まれたてでありながら、邪悪。
人類を殺すもの、新たな人類としてデザインされたが故のその矛盾に対して、愛の女神の対応は変わらない。
「まあ、ゴキブリ以下の汚物相手でもヒトに愛を与えるのはお仕事……お仕事………はぁ。やっぱりやる気出ないんですけど、マスター何か他にないんですかぁ?」
『ここで!? じゃあ後で令呪一回!』
「――――っ!? ふ、ふーん。別にそんなプレイで釣ろうとしても私には関係ないですけどそれはそれとしてマスターが必死に頼み込む姿が面白かったのでやってあげちゃいますね!」
「さあ、情欲の矢を放ちましょう。もはや私に身体はなく、全ては繋がり虚空と果てる! 永遠に揺蕩え、愛の星海――――
そう、ラフムは学習するしそれを共有している。
本来であれば人間を遊んで殺すような、そんな邪悪な進化を遂げるはずだったのだが――――。一本の情欲の矢が、ラフムの全てを変えた。
カーマの宝具、宇宙そのものとなったカーマに取り込まれたラフムがあまりの快楽に昇天し、連鎖的に全てのラフムがさながら殺虫剤を浴びた羽虫のように墜落していく。無性生殖するラフムには本来存在しないはずの快楽を浴びて、というか三大欲求が存在しないラフムにとってその快楽はまさに劇薬だった。
思考が全て愛で埋め尽くされ、快楽によって使命を見失う。
生まれたてであるが故に堕落もすぐ。全く歯ごたえのないラフムに興醒めしたカーマはこの後の令呪プレイを思って鼻歌を唄った。
――――――――――――――――――――――
『………えーと、全てのラフムは沈黙。というか、えーと、カーマ風に言うと堕落していて全く脅威ではない』
なんとも言い難そうなドクターだけれど。本来のラフムの脅威と、それによって失われたものを思えばこれで良かったのだろうと思う。多分、キングゥも死んだ目をしていると思うが。
まあ快楽を学習して堕落するのは、ある意味アダムとイブを踏襲している気がするので新人類を名乗るラフムにはちょうどいい試練だと思ってもらう。
残るはキングゥと、海で眠っているティアマト神くらいのもの。キングゥの相手をケツァル・コアトルにお願いすれば後は実質ティアマト神を倒すのみ。
そしてなんというか、ティアマト神を普通に倒せる武器が何故かこの特異点には置いてあるわけで。まあティアマト神が出てくるときには本来の力を失っているはずだったのだが。
……………
……
…
「―――――何だ、このザマは」
本当なら、既にこの大地を恐怖と混乱に陥れていただろうラフムたちは、痙攣していたりよく分からない動きをしていたり、自分の身体を作り変えていたりと一心不乱に使命以外のことをしている。
母、ティアマト神は海で沈黙を守っておりそれを容認しているように見えないこともないのだが、普通に考えれば絶句しているとか困惑していると取るべきだろう。
キングゥは目を背けた。
アレらを見ていたら気分が悪くなる、というかアレが仲間だと思いたくなかった。端的に、人間より性質が悪い。何が起こったのか知らないが、原因はおそらく――――。
「またしても……カルデアめ!」
『BB、チャンネルー!』
瞬間、ふざけた音楽とともに太陽の光が途切れる。
反射的に声が聞こえた方に攻撃を放つキングゥだが、当然のようにそこには誰もおらず。瞬時に切り替わった景色にキングゥは歯噛みする。
「固有結界か――――!」
「はーい、正解です! 月の裏側へようこそ! 歓迎しますよ、母たる女神とその子ども。………そんな余裕があれば、ですけど」
無機質な地面、どこまでも続く暗黒――――虚数空間に極めて近いそこは、元々は虚数空間に封じられていたティアマト神を倒すのにこれ以上ないフィールドといえる。だが。
「この程度の空間、母に奪えぬとでも――――!」
「ああ、あの泥ですね。まあまあ面倒な性質みたいですけど―――――ざんね~ん! 色々あって、ティアマト神には詳しいんです」
「BBが用意した空間っていうのは気に食わないけれど―――――いいわ、この私に相応しい舞台だもの。ドロドロに溶かしてあげる」
海から切り離されてなお、生命の海を溢れさせて固有結界を書き換えようとするティアマト神。あらゆる生命を乗っ取るその生命の海に、“月の裏側”――――電脳世界に極めて近い固有結界内であるが故に、メルトリリスの本来の宝具が牙を剥く。
「之なるは五弦琵琶、全ての楽を呑み込む柱――――
現実世界では性能を絞り、対人宝具として使用しているが本来の用途は『対衆、対界宝具』。
その力は肉体・精神を溶かすティアマト神の生命の海に酷似しており。生命の海と生命の海、ほぼ同一の効果を持つそれが、互いを書き換えようとせめぎ合う。
「ふん、無駄なことだ。例え一時、母の海と拮抗したところで母を殺すことはできない。生命がいない場所を実現しただけで勝てるつもりか? 今に母が目を覚ます。そうすれば――――――」
「うんしょ」
「――――――ハ」
暗い固有結界だと、そう思っていた。
それが、見上げるほどの影―――――巨大な
「――――キングプロテア、マルドゥークの斧でティアマト神の喉を切り裂け!」
「は~~~いっ! まっかせて下さい! え~~~~い!」
「待て。止めろ――――母はまだ目覚めていない―――――! 僕は、まだ――――!」
ズドン。
大きな、しかし思ったよりも軽い音を立ててティアマト神の首が傾ぐ。
「―――――令呪を三画重ねて、命ずる! BB、宝具の開放を!」
「さあ、悦びなさい―――――声は遠くに。私の影は、世界を覆う――――
マルドゥークの斧で切り裂かれたティアマト神の身体が、メルトリリスの蜜で溶かされつつBBの影に――――虚数空間に呑み込まれていく。
『Aaaaa――――――』
その中で、ファム・ファタール――――“本来”ならば撃破し、ティアマト暴走の切っ掛けになった頭脳体が小さく微笑み、首を振った。
それは、目覚めるはずではなかったと知っているからか。
あるいは何らかの思いがあったのか。ただ嘆くでもなく、何かを悟ったように沈んでいくティアマト神にキングゥは何も言えず。
「本来であれば眠っていた者が起こされ、何を思うか――――それは貴様がよく分かっていよう、キングゥ」
「………ギル…ガメッシュ」
呆然と立ち尽くすキングゥに、歩み寄るギルガメッシュ。
初めて/久しぶりに 目を合わせた二人は、旧交を温めるでもなくただ沈みゆく母たる神を見た。
「アレは、魔術王の聖杯により叩き起こされ――――この時代において役目を持たぬが故、暴走し獣となった。神は、役目が無くては生きていけず消え去るものだ」
「………フッ、それなら僕も変わりはない。母のため、そのために再起動したはずが、こうもあっさりと無様を晒すことになるとはね」
「では、一つ問おう。貴様自身の望みはないというのか?」
「――――何? 僕は……母さんに」
「たわけ。度々子どもを逃していたこと、この我が知らぬとでも? 大体、あのティアマト神が目覚めたいとでも言ったのか? 貴様と同じで、役割がなかったから求められるままに動いたとは思わぬのか」
「…………それは」
「貴様の望みが復讐であれば、この我が受けて立とう。それがウルクの王たる我の務めであり、異邦の大使への礼である。――――だが、貴様がそれを選ぶとしても―――――」
固有結界が解け、レイシフトの光がカルデア一行を包む。
ギルガメッシュ王はウルクの大杯を取り出すと、藤丸を。そしてキングゥを見た。
「――――――黒幕に一言文句を言ってからでも遅くはあるまい?」
突貫作業で仕上げたので何か間違いがあったらごめんなさい。