卯ノ花さんの光源氏計画   作:木野兎刃(元:万屋よっちゃん)

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卯ノ花家、団欒

卯ノ花双護と四楓院夜一の婚約発表は瀞霊廷を大いに賑わした。護廷十三隊の中で三大独身貴族の一角として人気を博していた双護の婚約発表で一部の女性隊士は喪失感に苛まれ、瀞霊廷通信の一面に卯ノ花ロスと大きな見出しが掲載された。

 

そんな珍事もあったが、男女問わず慕われている双護の婚約に瀞霊廷に住む大半の者は肯定的な意見を持っていた。しかし、皆が皆祝った訳では無い。

 

血の花嫁事件に関わった貴族は勿論、四大貴族のうち朽木だけでなく四楓院までも完全に護廷側に回られる事を厄介に思う四十六室、時灘の件を根に持つ綱彌代家からはどうにかして婚約を解消させられないかと策を弄する者まで現れた。

 

四十六室や綱彌代、その他の上級貴族を敵に回すことを恐れた四楓院家の意見役達は当初婚約を認めないとしていたが、現当主である夕四郎や先々代の当主、即ち夜一の父の後押しがあり婚約は無事に成立した。

 

四大貴族の結婚というのは煩瑣な手続きが連続する。途中限界を迎えた夜一が逃走し、希乃進に捕獲されたり、孫のように接してきた双護の結婚に感極まった元柳斎や雀部の暴走があったりとトラブルはあったが、なんとか結婚式の前日を迎えることが出来た。

 

 

「前に話しましたが、私は元罪人です。殺した人数だけで言えば藍染惣右介の比にならない程です」

 

 

四番隊隊舎にある道場に双護と烈は向かい合っていた。烈は結婚式を前日に控えた双護を道場まで呼び出した。

 

双護が道場についてみれば斬魄刀こそ帯刀していないが、戦闘時と同程度の霊圧を解放している烈がいた。

 

 

「うん、知ってる」

 

 

「双護、貴方はあの時私に言った事を覚えていますか?」

 

 

烈の問いに無言で頷く双護。烈が言っているのは双護が霊術院生時代に烈の過去を聞いた後の事だ。烈の過去を知ってもなお剣八を目指すこと、烈を超え強い剣八となる事を宣言した日のことを言っている。

 

年数で言えば二百年以上も前の事だが双護は一言一句余さず覚えていた。自分が剣を取る理由を忘れた事など一度もない双護。

 

 

「忘れるわけが無い、僕は剣八になるよ。母さんも、刳屋敷さんも越えて護りたいものを護れる剣八になる」

 

 

「それを聞いて安心しました。鬼道衆に頼んで準備した甲斐があるというものです」

 

 

烈はそう言うと木刀を2本取り出し、一本を双護へと投げ渡す。それと同時に道場を覆うように結界が展開される。

 

いきなりの事で面食らった双護だが、烈の雰囲気で理解した。道場に呼び出された以上試合でもするのだろうと思っていた双護だが、烈は死合うつもりである事を。

 

 

「今だけは親子というものを忘れ本気できなさい。木刀だからと舐めているのならその頭蓋砕いてあげます。もし、双護が勝ったら今日の晩御飯のおかずを一品増やしてあげましょう」

 

 

「じゃあ僕が勝ったら母さんはコンビニスイーツ一週間禁止で」

 

 

冗談口調で話しながら構える双護。口調こそ軽いが構えは戦闘時のそれだった。烈から感じる殺気や霊圧はこれまでの訓練の時とは全く別であり、少しでも気を抜けば殺されると本能的に察知したのだ。

 

真剣ではなく木刀での勝負になるが、真剣同様危険である事には変わり無くあたり所によっては死ぬ事も十分ありえる。

 

ましてや烈と双護からすれば相手を殺すだけならば使う得物は斬魄刀でなくとも問題は無い。最終的に相手を動けなくすれば良く、過程が変わるだけで斬るのも砕くのも変わらない。

 

 

「先手は貰うよ‼︎」

 

 

「踏み込みは悪くありませんが、無駄口は叩いてはいけません」

 

 

双護の踏み込みからの一撃も烈はなんでもないように受け止める。そこから連続で仕掛けるが烈は全てを捌き切る。

 

そして次は自分の番とばかりに突きを喉元目掛け放つ烈。なんとか受け流す双護だが普段訓練で見る烈の太刀筋との違いに戸惑っていた。

 

 

「どうかしましたか?動きに迷いが見えますよ」

 

 

烈の太刀筋は幼少の頃から数え切れないほど見てきた双護。本気を出そうが手を抜いていようが太刀筋というものが変わるという事はあまりない。

 

藍染ですら隊長を名乗っていた時と離反した後の太刀筋に多少の差異はあれど別物と感じるような事は無かった。

 

普段の烈の太刀筋はまさに教科書のようなもので攻防のバランスが取れており、常に最善手を狙うような太刀筋をしている。しかし、今の烈は一振り、一振りが相手の首を刎ねる事だけが考えられた太刀筋だった。

 

 

「様子見ってやつだよ」

 

 

普段の烈や雀部、元柳斎の影響を受けた双護は基本に忠実で、防御やフェイントこそいれるが太刀筋としては素直なものである。

 

話として烈の剣鬼っぷりを知ってはいたが目の当たりにして多少の戸惑いはあった。しかし、似た雰囲気をした者との戦闘経験が頭をよぎる。

 

 

(荒々しさこそあまり感じないけど感じは刳屋敷さんに似てるな)

 

 

刳屋敷とはこれまで5回戦っている双護。回数だけでいえば少ないのだが、過ごした時間の濃密さは烈との訓練に引けを取らない。

 

一度目はたまたま入り込んだ十一番隊隊舎にて。烈の事を知る刳屋敷が双護に喧嘩を売り、道場を大破させ辺り一帯が大変な事になるほど激しい戦闘となった。

 

それ以降被害の出ない瀞霊廷外でしか戦わなくなったがそれでも余りの戦闘の激しさと被害規模から二人が試合をする際は日取りを決めて元柳斎に提出しなければいけなくなった。

 

そんな2人に対する周囲の評価は同格の化け物と言ったようにご確認見られている、双護は刳屋敷にはまだ一歩劣っていると思っている。

 

そんな刳屋敷との戦闘を思い返せば烈の今の雰囲気に懐かしさすら感じ戸惑いが消えた双護。

 

 

「我が息子ながらスイッチが入るまで時間がかかりますね」

 

 

「控えめな性格なもんでね、育ちの良さが出ちゃったかな」

 

 

ぶつかり合う木刀の甲高い音が道場に響く。最初こそ普段の烈との違いに戸惑った双護だが、同じ剣八である刳屋敷の事を思い出し戸惑いが消えた後は烈の剣技に着いていけるようになった。

 

しかし、それでも剣士としては烈の方が上である為少しずつ烈の攻撃を受ける双護。

 

 

(大分良くなりましたが……………やはり甘いですね。この子らしいといえばらしいですが、剣八としては少し物足りない)

 

 

技術だけでいえば双護の剣技は現在の剣八である刳屋敷よりも勝っており、鬼道の実力も含めるのなら戦闘力は双護の方が上だと考える烈。

 

しかし、本気の殺し合い、実際の戦闘でいえば刳屋敷の方が驚異に感じるし双護も中々勝てないだろうとも感じており、その原因は二つあると考えている烈。

 

一つは双護の性根の優しさにあった。双護は敵には容赦なく剣を振れるが、一度でも交友関係を持った者に対して剣を振れなくなってしまう。斬らなければいけなくなれば斬る事は出来るが、殺す決断は出来ない。

 

 

(甘さに関しては昔に比べれば…………という感じですね。藍染惣右介との戦闘経験が活きている。もう一つの方もかなり良い感じですね……………)

 

 

もう一つの原因は強敵との戦闘経験だ。他の者に比べれば経験している方であるといえる双護だが、烈からすれば足りていない。双護と対等以上に争える好敵手が居なかった事が大きい。

 

京楽や浮竹は双護と肩を並べてはいるが、競い合うような仲ではない。いざ戦えば良い戦いをするであろうが双護が負ける事は無い。

 

時灘の悪辣さは隊長として良い経験にはなったかもしれないが格という面では数段落ちる。

 

こいつだけには負けたくない、格好悪い所を見せられないといった気持ちでぶつかれる相手が居なかった事が双護の成長に歯止めをかけているのではと考える事もあった烈。

 

 

「随分と良い目をするようになりましたね」

 

 

「そうかな?」

 

 

「断言しましょう、貴方は着実に近づいています」

 

 

「!?」

 

 

「ですが、まだ認めてあげられませんけどね」

 

 

双護は肉体的な強さや技術的な強さに関して剣八を名乗るのに十分な素質を持っている。双護に足りていないのは競争心やいざという時の決断力だった。様々な経験を経て、双護は着実に近づいていた。烈が待ち焦がれた存在に、双護自身が目指す理想に。

 

烈はいつのまにか自分が笑顔になっている事に気が付いた。目の前の双護も釣られたのか楽しげな顔をしている。

 

側から見れば真剣こそ使っていないが木刀で殺し合っているようにしか見えない光景だが、2人はとても楽しそうに笑っていた。

 

 

「ここまで楽しいと思ったのは初めてかもしれない」

 

 

「やはり、貴方は私の息子ですね」

 

 

より強い者との闘争を望む事こそ剣八らしさなのかもしれないと木刀を振りながら考える烈。

 

双護が自分から剣八になりたいと言うまで剣八であった事にそれ程誇りに思えなかった烈。剣八は最強の証であるのと同時に自身の罪の証でもあるからだ。

 

かつての副官であった虎徹天音がその座を引き継いだ事で十一番隊隊長=剣八という流れが出来た。後進の剣八達に関して自分の罪を背負わせてしまっている事に後ろめたさすらあった。

 

だが、双護のお陰で剣八であった事に誇りが持てた烈。そして、それと同時に烈は再び剣を握るようになった。息子の成長の為にも、何時迄も目標であり続ける為、そして何より成長した双護と満足した戦いが出来る様に。

 

多少実戦から離れているからといって腕が落ちるような鍛え方をしていない烈だが、剣八としての感覚を少しでも維持する為に隊士の目を盗んでは剣を振り続けた。

 

今の双護が烈より強いかと問われれば答えは否である。烈にとって今の双護は満足いく相手になり得ない。しかし、それでも剣を振り続けた事に後悔は無かった。

 

 

(双護はまだ私が望むような相手にはなっていない…………だというのに、こんなにも楽しい‼︎)

 

 

「そんな笑顔の母さん初めて見たよ」

 

 

「そうですか?まぁ確かにこんなに楽しい戦いは久しぶりですね」

 

 

「怒った時よりも笑顔だからね。正直怖い」

 

 

「その整った面凹ましてあげましょうか?」

 

 

「僕の結婚式明日なの忘れてる?」

 

 

「そういえばそうでしたね……………あら、随分と時間が経ってしまいましたね。次の打ち込みで最後にしましょうか」

 

 

「そうだね、腹も減ってきたし次で決めるよ」

 

 

双護が道場に入ってから既に数時間が経過していた。烈も双護も外を確認すると日が落ち始めていた。

 

双護は腰を低く落とし、木刀の持ち手が烈に見えないように少し腰を捻る。

 

 

(剣八と呼べる領域に片足を踏み入れている………それにあの気迫に霊圧の雰囲気、やはり双盾さんと私の子です。この戦い今までで一番楽しい‼︎)

 

 

その構えを見た烈は顔がニヤけるのを感じた。普段の烈からは想像も出来ないような笑みだ。まるで獣ような笑みで知らない者が見れば別人を疑うような笑みである。

 

普段の烈は水平に構えるのだが、双護の狙いが分かった烈はその狙いごと切って落とす為上段に構える。

 

 

「いくよ」

 

 

「来なさい」

 

烈の一言がトリガーとなったのか、双護は強く踏み込み、烈との間合いを詰める。踏み込みが強過ぎたのか、双護が構えていた場所の床は壊れている。

 

そして烈に近づいた勢いのまま木刀を振り抜く双護。烈も上段に構えた木刀をそのまま振り下ろす。

 

 

「「え」」

 

 

両者の木刀はぶつかる事は無かった。気が付けば双護と烈は縛道の六十三である鎖条鎖縛を打ち込まれ身動きが取れなくなっていた。

 

 

「烈さんも双護もやりたがってるみたいだからある程度は見逃してたけどそれは流石にやり過ぎだよ」

 

 

いつのまにか開かれていた道場の扉の先にいたのは青筋を浮かべた双盾だった。

 

 

「あ、あの双盾さん?これは、ですね……」

 

 

「少し体を動かすだけって言ったよね?なんでこんな結界なんて張ったのかな?霊圧知覚を誤魔化す結界なんて要らないよね?」

 

 

普段は温和な双盾の態度に冷や汗を流す烈。自身が怒られている訳でもないのに双護も双盾の覇気に冷や汗が止まらなかった。

 

 

「双護もさ、明日があるのにここまでやる?良い大人なんだから自制しようね」

 

 

自分の首はこれ程速く動けるのかというほどのスピードで頷く双護。

 

 

「分かったならよろしい。もう着替えて明日の準備でもしてなさい」

 

 

鎖条鎖縛を解かれ足早に道場を出て行く双護。そんな双護の背中を見送った後烈にかけていた鎖条鎖縛を解く。

 

 

「それで、どうだった?」

 

 

「思ってた以上でした。あれなら近いうちに私や刳屋敷隊長よりも強くなるでしょう」

 

 

「そっか、それは良かった」

 

 

「なので、おかずを一品増やしてあげても良いかもしれませんね」

 

 

「それは楽しみだなぁ」

 

 

烈の望みは知っていた双盾。しかし、病弱な自分ではそれを叶えてやれないという事を歯痒く思っていた。

 

双護にその可能性を見出し、満足したわけではないが自分では引き出せなかった烈の笑顔を引き出した双護に対して少し複雑な思いがある双盾。

 

しかし、自分の息子と妻の望みが叶えられそうな事への喜びが大きいのか双盾はどこか嬉しそうだった。

 

双盾の嬉しそうな顔を見て烈も笑みを浮かべる。先程までの獣のような獰猛な笑みではなく優しく柔らかい、花のような笑みだ。

 

その日の卯ノ花家の食卓にはおかずが二品増えていた。




これにて卯ノ花さんの光源氏計画は一旦完結とさせていただきます。
今後は1〜3話程度の番外編を書きつつリメイクや新作を書いて行く感じになります。

この作品は最初はとある方………まぁ読んでくださった方ならご存知でしょうけどはちみつ梅さんへのファンアート的なものでした。一作目が完結した後に次回作のアイディアになればと簡単なあらすじとかを書いて送ったら「面白そうですね、楽しみにしてます」的な返信が来て「あ、俺が書く流れなのね」てな感じで書き始めました。

そんな始まりでしたがここまで書けたのは読んでくれた皆様のお陰です。暖かいコメントや誤字の指摘などをしてくれたお陰でここまで辿り着けました。
これからも作品の掲載は続けるのでよろしくお願いします。

双護くんヒロインダービー!!!!※双護くんと絡ませるのが明らかに難しいキャラはヒロインとしての採用が難しくなりますのでそこはご了承ください。

  • 涅ネム (マユリ印ヒロイン)
  • 虎徹勇音  (長身系真面目臆病風妹)
  • 砕蜂    (一途な真面目ちゃん)
  • 雛森桃  (正統派美少女)
  • 四楓院夜一  (褐色お姉さん)
  • その為 (活動報告にお願いします)

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