幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~ 作:ごぼう大臣
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◯◯月××日、△△県□□市立▼▼中学校の修学旅行生150名あまりを乗せた4台のバスが、■■山温泉、及び■■山ホテルへの移動中に、行方不明となった。
バスは前日の宿泊場所を出発するまで、何も変わった様子はなかったという。また、移動するバス四台は全て予定通りの道路やサービスエリアにて何度も目撃されている。
しかし、複数のドライバーの証言によれば、一瞬バスが白い霧に包まれたかと思うと、4台全てがこつぜんと姿を消してしまったのだという。
その証言にあった場所は全て一致したが、気象庁のデータによれば、そこは一日を通して霧など無かったことが分かっている。
いまだ、バスと乗客たちの所在は分かっていない。警察は事故の可能性が高いとみて捜査している。
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「これって……」
畳に敷かれた布団の上で、一人の少年が新聞の内容を読みながらつぶやいた。制服の紺色のズボンと、白のワイシャツ姿。脇にはネクタイと紺色のブレザーが無造作に置かれている。
ブレザーの胸元には、新聞に書かれていた▼▼中学校の校章がついていた。
「あんた、『一体何があったの?』って聞いたでしょ。その新聞が答えよ」
「やっぱり大事になっているみたいね」
少年の向かいの二人の少女が、事も無げに言う。
一人は紅白の妙な巫女服を着た、黒髪の少女。もう一人は空中で、紫色の裂け目のようなものから身を乗り出している奇妙な少女。導師服に金髪、そしてドアノブカバーのような白い帽子をかぶっている。
少年は布団に下半身を入れたまま、初対面の二人の少女をいぶかしげに見つめた。そして、陽の降り注ぐ横手の縁側と、その向こうへ視線を移す。
彼がいる場所は、小さな神社だった。和室と縁側を抜ければ小ぢんまりとした
「そういえばあんた、名前は?」
巫女服の少女がだしぬけに聞いた。隣の金髪の少女が、あきれたように口を挟む。
「
「うっさいわね。ついさっき起きたんだから聞きようがないでしょ。
霊夢、紫と呼ばれた二人は少年を置いてきぼりにして言い争いをはじめる。少年は戸惑いながらも、ワックスで整えた黒髪をなで、言った。
「イガミ ケンジ……です。あの、この新聞に書かれている事、本当なんですか?」
少年もといケンジの言葉に、霊夢と紫がそろって振り向く。そして、霊夢が面倒そうに言った。
「ケンジね。ええ、本当よ」
「でも……確かに、俺だってバスに乗った覚えはありますが、それならなぜ神社になんているんですか?」
短く答えた霊夢に、ケンジは早口に質問をあびせる。かけ布団のすそを心細そうに握り、困惑しながら言う。
「他の同級生のみんなもいなくて、俺だけ目覚めたら一人きりなんて……信じられなくて」
ケンジはしゃべる内にうつむき、言葉につまる。そんな彼を見て紫がため息をついた。
「心配しなくても説明するわ。長くなるけど」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、この"幻想郷"についてね」
…………それからの話は、ケンジにとって……いや、大抵の現代人にとって、不可解に聞こえただろう。
彼の今いる場所は幻想郷という世界で、彼の暮らす現代社会とは結界で隔絶されているというのだ。
しかも、その内部では名前の通りの幻想……妖精、妖怪、魔法遣い、鬼など、現代人にはフィクションでしかない存在が跋扈しており、時おり流れてくるケンジたちのような人間――外来人と呼んでいるらしい――を食らうこともあるという。
聞いていたケンジは不審そうだったが、霊夢と紫はいたって真剣であった。
聞き終えたケンジは布団をはぎ、手をついて霊夢たちに這い寄った。
「じゃあ何ですか、俺の同級生はみんな、そんな危なっかしい場所に散らばってるってんですか?」
「まあね。なんせ人数が多いから、時間や場所はバラつくでしょうけど……」
「んな悠長なこと言ってる場合ですか! 早く探しに行かないと……」
「ダメよ」
縁側から飛び出そうとするケンジを、紫が低い声で呼び止める。じれったそうに振り返るケンジに、紫は続けた。
「あなたはすぐに帰ってもらう」
「どうして!?」
「幻想郷での面倒は誰が見るのよ。それに、ただの一般人がいても仕方ないわ」
紫が淡々と話すと、ケンジは言葉をつまらせる。霊夢もいさめるように口を開いた。
「正直言って、普通の人に幻想郷はいるだけで危険だわ。あんたが死んで友達が助かったら、友達は喜ぶの?」
「それは……じゃあ僕はどうすれば……」
もどかしそうに歯がみするケンジに、今度は紫が言った。
「まあ、あなたは運が良いわ。霊夢か私の力があれば、すぐに元の世界に戻れる」
「……戻ることは出来るんですね? 他のみんなも?」
「そういうことよ。だから早いとこ帰りなさい。私たちはこっちで地道に頑張るから」
その後、霊夢と紫はケンジを境内に連れ出した。紫が何もない空中をつぅっと指でなぞると、紫が先ほどまで半身を入れていたような紫色の裂け目が、新たにもう一つ大きく開いた。
裂け目は紫と黒が混じったまがまがしい見た目だった。奥からギョロギョロとのぞく無数の目玉にケンジが尻込みしていると、後ろから霊夢が声をかける。
「言っとくけど、幻想郷の話は秘密にしといてよ。大騒ぎになるから」
「……分かりました」
「じゃ、ここでお別れね」
ヒラヒラとおざなりに手を振る霊夢。ケンジは彼女に振り返ると、絞り出すような声で言った。
「みんなのこと……よろしくお願いします」
「分かってるって」
「嫌なやつもいますけど……どうか、大目に見てあげてください」
「なるべくね」
彼は最後に深く頭を下げ、裂け目の奥へ消えていった。紫はそれを見届けると裂け目を閉じ、霊夢に振り向く。
「不憫なものね」
その哀れみの混じった口ぶりに、霊夢も参ったように頭をかく。そしてぼやくように言った。
「でも、ああ言った以上、何人かは助けないと。あんたも地道に頑張るって言ったでしょ」
「あんなの、気休めに決まってるじゃない」
紫は突き放すように言った。そして呆れた目をする霊夢を無視してつぶやく。
「本来なら助ける義理もないわ。幻想郷に迷い込んだ人間は成りゆきに任せるもの……今までだってそうだったでしょ」
紫はそこまで言って、ちらりと霊夢に視線を送る。霊夢はため息をつき、すねたように空をあおいだ。
「……分かってるわよ」
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……その頃。
「……あれ?」
広い道路の真ん中で、ケンジはふと我にかえった。学校の制服姿のままで、一人だけポツンとアスファルトの上に座り込んでいる。
辺りを見回すと、周りに建物はなく、うっそうと茂る樹木と、それを道路と別に仕切るガードレールが目に入る。交通量は少なく、彼の傍らには『■■山温泉、この先……㎞』と書かれた標識があった。
それは、ケンジには見覚えがあった。修学旅行の途中で、バスに乗って通りがかった場所だ。
結局あれからバスがどこに向かって行ったのか、記憶にない。なぜ自分だけが道路にいるのか。
あの神社からもどって来たのか? バスは消えたのか? ……それとも、まさか夢だったのか?
「おい、誰かいるぞ!」
混乱する頭で考えていると、遠くからあわてた男性の声が聞こえた。振り向くと、制服を着た捜索隊らしき人々が何人も駆けてきた。
「君、ケガはないか? 名前は?」
「あ……その……」
「▼▼中学の生徒だよね? 私が分かるか?」
あたかも行方不明者に呼びかけるかのような制服姿の大人たち。ケンジは幻想郷の話が本当だったのではと感づき、青ざめた。
そんな彼に、大人たちは追い討ちをかけるかのように、顔を見合わせて言った。
「しかしどういう事だ? 生徒一人だけが急に見つかるなんて……」
「バスだってどこ行ったか分からないんだよな……」
「あれから何日も経つのに……」
「…………!」
その言葉を聞いた彼は、思わず捜索隊の一人にしがみつき、必死に懇願しだした。
「お、お願いです! これから先も探してください!」
「わ、な、なんだ!?」
「みんな、今は別な場所に行ってるだけなんです! いつか、いつか必ず帰ってきますから! どうか……」
急に取り乱したケンジに、捜索隊は戸惑った表情を浮かべた。その内にうつむき、すすり泣く様子を見ながら、彼らは苦笑いを浮かべる。
「……何かよほどショックを受けたんだろうな」
「まずは病院だ。君、立てるか?」
「おーい、一名救助だ! 早く!」
救助隊に肩を貸してもらい、ケンジはヨロヨロと歩き出す。途中で一度だけ振り返り、彼は心の中で祈った。
(戻ってくるよね……? きっと。きっと……!)
……だが、彼の希望とは裏腹に、ケンジはこの先何年間も、"数少ない生還者"として世間を騒がせることになるのであった……。
イガミ ケンジ――生存