幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~ 作:ごぼう大臣
古めかしく、小ぢんまりとした木造の屋敷が、ほの暗い空間の中にいくつも連なっている。今どき珍しい行灯や提灯の光が、電気の明かりとは違ったくすんだ色を発して連なっている。
その風景は、現代人が一見するとまるで京都あたりの観光地のように見えるだろう。
しかし、少しでも中に踏み入って街道を眺めてみれば、ここがそんな優雅な場所ではないと分かる。歩いている人影は皆が和服、それもハレの日に着るでもない地味な着物姿の者ばかりで、それだけならまだしも、道端にはうずくまり、あるいは倒れている浮浪者らしき姿が、五十メートルもない感覚でゴロゴロ並んでいる。
それを現代の人間が目にすれば、別な世界に来たかのように思うだろう。
……今ここに、まさにそうして戸惑っている人間がいた。ブレザーに▼▼中学と刻まれた制服を着た、男女の二人組。背が高く精悍な顔をした短髪の少年と、背の低いショートヘアの少女。少年の方は自分の荷物らしき大きなバッグを持ち、丸く大きな瞳で神経質そうに辺りを見回している。対して、女子は不審げに眉根を寄せながらも、リュックサックを背にずかずかと前を歩いていく。
すると、少女は不意に足を止め、少年へとしかめっ面で振り返った。
「タツヤ、もっと早く歩いてよ! そんなにいつまでも怪しんでても仕方ないしゃない」
前髪を二つに分けているために、額からアゴまで不機嫌そうな少女の表情がはっきりと見て取れる。タツヤと呼ばれた少年はやや不満そうに言い返した。
「ハルカこそ、よくそんなにどんどん先に行けるよな。危ないと思わないのか?」
「危ないっつーか、変よ。変。だから何か見つからないかなって、早く先に行くの」
「……分かったよ。でも頼むから気をつけてくれな」
押しきられるようにタツヤはうなずく。申し訳ていどに念を押したが、それが聞こえているのかいないのか、ハルカは前へ向き直るとまた元のように先を歩き出した。
彼らの名は、少年がモトキ タツヤ。少女がフジワラ ハルカ。ともに中学の同じクラスで、昨日からの修学旅行でも同じバスに乗っていた。
しかし、バスが突如白い霧に包まれたかと思うと、いつの間にか車体とクラスメイト、担任や運転手まで消失。この見知らぬ街に、二人きりで倒れていたのである。
たがいに何が起こったが分からずうろたえたが、同じ状況にいる者どうし協力しようと二人は一緒に街を探検していたのである。
だが、二人が行動を共にする理由は、実はそれだけではない。
「行けば行くほどよく分からない街ね……。なんかこう、ガラが悪いというか……」
「エセ日本って感じだよな。まさか韓国とかでもないだろうし、他の奴らは大丈夫なのか……」
「はぁ?」
周りを眺めながら何気なく発したタツヤの言葉に、ハルカが勢い込んで振り返った。戸惑うタツヤに向けて、詰め寄って背伸びをしながら彼女は言い放つ。
「ちょっと! こういう時は目の前のカノジョをまず心配するもんでしょ!? 信じらんないっ!!」
「そ、そんなに怒るなよ……。誰だろうと、行方が分からなかったら心配だろ。他人ならどうでもいいって訳じゃなし」
「……ふん」
当たり障りのない返答をするタツヤに、ハルカはすねたように鼻を鳴らした。
「まったく。はたから見たら模範生でも、いざ付き合ってみるとピンとこないわね、アンタ」
「悪かったよ。なんせ特別あつかいとか慣れてないからさ……。昔っからの性分だし」
「それでも! 意識してでも恋人らしく接してよ。どこでもそんなお堅い態度とってないでさ」
「人の性格がそんなホイホイ変わるかよ」
「……はぁ。男には分かんない感覚なのかなぁ」
少しだけムッとするタツヤをよそに、ハルカは悩ましげにため息をついた。
そう、二人は付き合っているのである。顔も体つきも良いタツヤに、ハルカの方から迫ったのだ。結果はこの通りで付き合っているのだが、誰にでも平等に気を配るタツヤの性格が、ハルカにはどうも不満だった。
今のように二人きりでいる時など、「他人の話題を出さないでほしい」と何度もきつく言ってしまうのだが、タツヤも何かしら信条でもあるのか、性分だと言ってゆずらない。
そうして互いにモヤモヤを抱えながらも、二人は話を切り上げてまた歩き出そうとする。
その時、二人の耳にかすかな声が聞こえた。
「妬ましい……」
「っ!?」
まるで金属がきしむ時のような、不気味な声色。二人は先ほどまでの険しい表情も消え失せ、思わず顔を見合わせる。
「聞こえたか? 今の」
「聞こえたわ。女の人っぽかったわね」
タツヤもハルカも顔をしかめ、辺りにおそるおそる視線を巡らせる。すると、離れた街道沿いの長屋の陰に一人の女性が立っているのを、ハルカが見つけた。
茶褐色の異国風の着物に白ブラウス、黒いスカート、ルーズソックスという格好で、黄色いショートヘアーを後ろで束ねている。肌は遠目に見てもかなりの色白で、首に巻いた白いスカーフが溶け込むほど。逆に緑色の双眸が浮き出すように鋭く光っている。その視線は、何故かタツヤたちの方をギロリとにらんでいた。
「……なにか、見られているな」
「……何あれ、感じ悪っ。文句言ってやろうかしら」
「あ、おい!」
ハルカは遠目に女性をにらみ返すと、躊躇なく走って近づいていく。その背中をタツヤがあわてて追いかけた。
「こら、人をまたぐんじゃない!」
うずくまっている浮浪者をひょいと乗り越え、制止も聞かずにハルカは女性の目の前までくる。そして眉間のシワを深め、強気な声で詰め寄った。
「あの、何か用? さっきからジッと見てさ」
「…………」
女性は答えず、ハルカの背後にいるタツヤを一瞥すると、ぼそりと険のある声で言った。
「長続きしなさそうね。独占欲の強い女に口うるさい男。見るからに相性が悪いわ」
「……はぁ?」
「そんなんでもお付き合い自体はできるのねぇ……。ああ妬ましい妬ましい」
ぶしつけ極まりない物言いにハルカは眉をはね上げるが、女性は構いもせずにそっぽを向き、陰気な調子で独り言をぶつぶつ言っている。
ハルカは不気味がりながらも、肩をいからせて怒りをにじませている。その雰囲気に耐えられなくなったタツヤが、彼女の肩をつかんだ。
「おい、よせって! もう行こう!」
しかしハルカはその手を払いのけると、女性の目前まで詰め寄ると、スカーフをわしづかみにしてとげとげしい声で問い詰める。
「っざけないでよ! 私らをおちょくってんの? アンタ誰よ名前を言いなさいよ名前っ!!」
「ハルカ、やめろ!」
タツヤが再度ハルカの肩をゆすったが、彼女は意にも介さず女性をにらみつける。女性も陰湿そうな緑の瞳でにらみ返し、少しの間ピリピリした空気が辺りにただよう。
タツヤは二人の間に割って入ると、ハルカを引き離して頭を下げた。
「すいません、コイツちょっと気性が荒くて! 俺らもう行きますから!」
タツヤはそう言ったが、ハルカは押さえられながらも尚女性をにらみ続ける。女性は、それを無視するかのようにタツヤに視線を移すと、ポツリとこう言った。
「……
「へ?」
「名前よ。さっき聞いてきたでしょ。私は水橋 パルスィ」
唐突な自己紹介に、タツヤはポカンとした表情をする。しかしパルスィはそんな彼に向けて、おざなりに言い放つ。
「アンタの方が話が分かりそうね。言っとくけど、ここにあまり長居しない方がいいわよ。死んだって知らないから」
「……し、死ぬ?」
不穏な言葉に、タツヤは動揺をかくせない。確かに周りを見ればいかにも荒廃した街の風景なのだが、まさか平然とそんな言葉を言われるとは思わなかったのだ。しかも、パルスィの表情にはうっすらと笑みさえ浮かび、真実味を感じさせるすごみがあった。
続けて、パルスィは愉快そうに目を細めてこんな事を言った。
「アンタらは知らないでしょうけど、ここは地獄跡地の旧都って場所でね。人外の荒くれ者どもがたっくさん住み着いてるの。さっさと帰った方が身のためよ」
「……!?」
突拍子もないその忠告に、タツヤとハルカはそろって身構える。人外? 外国人の間違いじゃないのか? そう思ってパルスィを見返すが、彼女はまるで冗談だという気配はなく、相変わらず目を細めて二人を見つめている。
いや、違う。よく見れば、パルスィの視線は二人の片方、タツヤにのみ向けられていた。目の前にハルカもいるにも関わらず、いっさい無視するかのごとくタツヤばかり視線を注ぐ。
その、彼からまっすぐ動かずにいる緑色の瞳を見て、ハルカの胸に突如、かぁっと熱い感情がのぼってきた。
「……狂ってんじゃないの、アンタ。地獄だの人外だの、ある訳ないじゃない。アホなこと言ってないで、ここが日本のどこだか教えなさいよ。知ってるんでしょ?」
タツヤとパルスィの間に割り込み、ハルカは早口にまくし立てる。口調はとげとげしく、怒りに震えていたが、同時にどこか恐れているようにも聞こえた。
パルスィはそこで思い出したようにハルカの方を見ると、面倒くさそうに口を開いた。
「……まあ、すぐには信じられないでしょうね」
「当たり前でしょ! いいから早く本当の事を……」
「じゃ、手っ取り早く証拠を見せましょう。私が人外の……"妖怪"だという証拠を」
ハルカの言葉をさえぎり、パルスィは不敵な声色で言う。そして一瞬まぶたを閉じたかと思うと、ハルカに向けてカッと目を見開いた。
緑色の瞳の中心で、黒い穴のような瞳孔がハルカを射ぬく。ハルカはビクリと体を硬直させ、パルスィと見つめ合った姿勢のまま、口をポカンと開ける。両腕が指先まで一気に張りつめ、固まった。
「ハルカ……? おい、何をした!?」
彼女の妙な様子に気づき、タツヤはパルスィを突き放した。しかし、パルスィは何も言わず、傍観するように二人へ交互に視線を送る。
焦りを感じたタツヤが、今度はハルカの方を見る。相変わらず固まって立ち尽くしているハルカの肩を、強くゆさぶった。
「ハルカ、ハルカ! しっかりしろ!!」
何度も目前で呼びかけると、ようやく彼女は焦点の合っていなかった目をタツヤに向ける。
しかし、いざ視線のぶつかったその目を見て、タツヤは息を呑む。
ハルカの目が、いつの間にかパルスィとそっくりな緑色に変わっていたのだ。いつも見ている色が変わると、心なしか表情まで変わって見える。
タツヤが何も言えずに戸惑っていると、不意にハルカのその緑色の目が鋭くなったかと思うと、直後に刺すような声が飛び出した。
「ちょっとタツヤ!!」
「な、なんだ?」
「さっき、このパルスィって奴を美人とか思わなかったでしょうね?」
タツヤは、なぜ彼女が急にこんな事を言い出したか、訳が分からなかった。しかし眼前の表情を見れば一瞬たりとも視線を外さず、噛みつきそうなほどに真剣である。それに驚きながらも、タツヤは真面目な口調で答えた。
「いや……全然」
「本当に?」
「本当だ! お前に嘘をついたりするか!」
「……っ」
堂々と言い切る姿にハルカは一瞬口をつぐみかけたが、すぐに元のように質問をぶつける。
「じゃあ……じゃあ今まではどうなの!? クラスのサオリとか、エリカとかに目移りした事がないって言える!?」
「ねぇよ! お前急にどうしたんだ?」
「気になったのよ!」
いぶかしむタツヤに向かって、ハルカはひときわ大きな金切り声をあげる。その拍子に短い髪がばさりと揺れ、その様相は怒りというよりもパニックの感情が表れていた。
タツヤはかける言葉に迷っているのか、険しい表情で唇をかむ。パルスィは後ろで楽しげに口角を上げている。そんな二人にはさまれたハルカは、地面に目を落としてうつむいたかと思うと、打って変わって沈んだ口調で喋りだした。
「私……あの子たちみたいに髪がきれいでも、明るくもないし……。もし、アンタに目移りされたらって、心配で……」
しまいには両手で顔をおおい、かすかにすすり泣きを始めた。タツヤはあわてて駆け寄り、出来るだけおだやかに呼びかけた。
「……落ち着けって。よく分かんねぇけど、そんな酷いマネする訳ないだろ」
「……く、ぅ……頭いたい……!」
タツヤがなだめると、ハルカは頭を抱え、苦しげにうめき出す。そんな彼女を安心させるためか、タツヤは強い口調で言った。
「彼女がいたら、そいつと付き合うのが常識だろ?」
「……!」
彼にとっては非のないセリフのつもりだった。しかしハルカはうっと言葉をつまらせると、下を向いたまま絞り出すような声で言った。
「常識なんて……そんなの聞きたいんじゃない……! ただ、気持ちを聞きたかったのに……!」
「へ……?」
嗚咽が混じったその声に、タツヤは眉をひそめる。その瞬間に、ハルカは背負っていたリュックを地面に叩きつけたかと思うと、いきなり街道を走り出していってしまった。
「ハルカ!? どこ行くんだ!?」
タツヤが背中に向けて叫んだが、彼女は脇目もふらずに一直線に道を走り去り、遠くへ消えてしまった。
事態について行けないタツヤはしばしその場に呆然としていたが、やがて意を決してハルカのリュックをつかみ、後を追おうとする。
すると、今度はパルスィが横でやれやれと肩をすくめ、言った。
「あーあ、行っちゃった。カップルを見るとつい地が出ちゃうのよねぇ」
その、先ほどの邪険な態度とは打って変わった、悪く言えば他人事のような口ぶりに、タツヤはつい振り向く。すると、心なしか浮き立つような顔をしたパルスィと目が合った。
パルスィは、背後に両手を回してタツヤに軽やかに歩み寄ると、こんな事を言い出した。
「ねぇ、タツヤ……とか言ったかしら? あなただけここから脱出する気って、ない?」
「……なに?」
「あの女の厄介さは分かったでしょう? "妖怪"の私の能力で、嫉妬の感情を吐き出させたの。あれは間違いなく本音よ」
タツヤは目をしばたかせる。ハルカの態度の変わりようは確かにおかしかったが、パルスィの言うように人外の力が働いたというのは、にわかに信じられなかった。
しかし、彼にも確かな事がある。目の前の女性……パルスィが、自分に肩入れするようなそぶりを見せている。いや、もっと言えば"色目"を使っているのだ。理由は分からないが、口元に笑みを浮かべ、先ほどとは違って愛でるような形に目を細めている。
警戒するタツヤに、パルスィは続ける。
「さっきも言ったけど、あなたはあの女よりもマトモそうだし……それに顔も正直好みなのよね。ねぇ、私なら助けられるけど、どうする?」
パルスィはとうとうタツヤに密着しそうなほどに近づき、目で誘いをかけてくる。間近で見るとよりよく分かる、色白の肌と整った顔立ち。
しかし、タツヤはたじろぎこそしたものの、パルスィの肩をぐいと押しのけた。
「……悪いけど、どいてくれ」
それだけ言って、タツヤはハルカの走っていった後を追いかけていった。一人残されたパルスィは、ほぅと小さくため息をつく。
「……ダメ、か。それにしてもあの二人、上手くいくのかしらね。それ以前に生きて出会えるか……」
そんな事をつぶやいている間に、タツヤもどこかへ消えてしまった。
――
一方その頃、先に街の中へ飛び込んでいったハルカは、どこを目指すでもなく一心不乱に走り続けていた。
もしかしたら、物事を考えられない状態だったのかもしれない。彼女の目は、パルスィが能力を使った影響か緑色に光り、走っているにも関わらず
「え、え? どこよここ。タツヤ?」
かろうじて言葉をつむぐが、肝心のタツヤの姿はない。何人かの通行人が珍しげに彼女を見たが、気にもせず通りすぎていく。
「……タツヤ、タツヤ……」
辺りに視線をめぐらせて何度も彼氏の名を呼んだが、いつまでも姿が見える事はなかった。憔悴した彼女の頭の中に、どこにいるか分からない同級生や知り合いらの顔が次々と浮かぶ。
その時、ふっと両親の顔が浮かび、ハルカは即座に首を横に振ると、するどく舌打ちした。
――ハルカは、両親との……特に父との思い出がほとんど無かった。幼い頃、家族で過ごしていたかすかな記憶が、最大の思い出だ。
その数年後、両親は離婚した。原因は母の浮気だった。父は大人しく、誰にでも親切だったが、母はそれが不満だったらしい。
母は対照的に自分本位な性格で、そのせいかハルカや当時まだ小さかった妹を、図々しくもまとめて引き取ると言い出した。最終的に、娘たちの希望を聞きもせずに、それは承諾された。
その後に母が再婚してからは、ハルカにとってますますストレスが溜まる日々だった。新しい夫にしょっちゅう、帰りが遅いだの、仕事先の女と話すなだのと、拘束する母の姿を見せられるのだ。
新しい夫がどうなろうと、それ自体には興味がなかった。どうせ血もつながっていない他人だ。妹も、心は痛むが関わりたくなかった。大きくなれば母のような女になるかもしれないと思うと、どうしても気が引けた。
ハルカの願いはただ一つ、早いところ家を離れる事だった。周りに気を配りっぱなしだった実父とも違う、自分を一番に愛してくれる男を見つけて。
ハルカはきっと前を見据えると、あてもなくがむしゃらに走り続けた。息を切らし、ローファーで何度も石を蹴る。
ただ、それでも無意識に安心感のある場所を目指していたのだろうか。
ハルカの走る先には、周囲のさびれた和風の景色にまるで似つかわしくない、大きな洋館が建っていた。