幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~ 作:ごぼう大臣
「やった……やったわ! バレずに済んだ!
シオンは次第に指先までわなわなと震えだす。その両手の指先はよく見ると、爪の間にところどころ赤黒いシミがついていた。
次に彼女は血のついた財布をポケットから取り出し、中身をくわしく吟味しだす。紙幣がぎっしり、小銭も重いほどある。カード類を調べると、保険証やクレジットカードが目に入った。そこにはシオンの名ではなく、あの死んでいたシバタ ユウスケの名があった。
続いて荷物に手をかけ、素早くチャックを開けると、中からは▼▼中学ときざまれたブレザー、スカート、ベスト、ワイシャツ、ソックスなどの制服一式――返り血がついたもの――がぐちゃぐちゃに丸まって飛び出した。
――実は、シバタを殺したのは妖怪ではない。他でもないシオンだったのだ。
クラスでも金持ちだと評判だったシバタに、シオンは何度もすり寄り、取り入ろうとしていた。しかしその下心が見えすいていたのか、そこそこ美人だったにもかかわらず彼女のもくろみは叶わず、いつしか三年になっていた。
ただ、転機は思いがけないところで現れる。修学旅行中に幻想郷へ迷い込んだシオンは、偶然にもシバタと二人きりになったのだ。
見知らぬ場所、周りに誰もいない状況……今まで相手にされなかった鬱憤もあってか、シオンはシバタの頭を石で殴りつけて殺し、発作的に現金を奪った。
そこから死体を茂みに隠し、奇怪な動物たちもとい妖怪の目をかいくぐって逃げ、返り血を浴びた制服からジャージに着替え、川で手や顔を洗った……までは良かったのだが。
ふと、シバタがちゃんと死んでいるか気になった。万が一息があり、自分を探してなどいたら……。
自分が犯した罪というのは、時に妖怪よりも恐ろしい。自分のした事がどんな影響をおよぼしたか……。犯罪者が往々にして犯行現場を再び訪れるのも、そんな心理からだろう。
徐々に日没が近づく中、シオンはわざわざシバタを隠した場所へもどり、妖怪がむさぼった死体を確認した……。そこで、燐と出会ったのだ。
(あの燐を見た時には腰を抜かしたけど……結果的には助かったわ。帰る手助けまでしてくれて)
殺人の証拠となる制服や、現金を抜き取った財布などを茂みに投げ捨て、シオンはほくそ笑んだ。とんだ珍事件ではあったが、大手を振って現代に帰れる。そう思うと自然に気持ちが軽くなった。
そして荷物を持ち直し、神社への階段を登る。しかしその途中でふと、ある考えが浮かんだ。
(……けど、こんな場所に来て見返りが財布だけって、なんか割りに合わないわね)
緊張が解けると、とたんに呑気な思考が涌きだす。せっかく幻想郷とやらに来たのだから、何かもっと得になるようなものはないか……。
しばし頭をひねり、シオンは顔を上げると、表情を輝かせた。
「そうだ、これよ!」
そう叫んで彼女は携帯を取り出し、辺りの動画を撮りはじめた。
見知らぬ場所であるなら、そこの風景は二度と見れない、貴重なものとなるだろう。異世界まがいの場所にいた証拠にもなる。その映像を、行方不明(おそらく)になっていた自分たちが持ち帰り、公開すればどうなるか?
当然、生徒たちが消えた事件と合わせてメディアを賑わすはずだ。新聞などの取材はもちろん、テレビ出演や書籍の執筆もできるかもしれない。
世間の関心が続く限り、かなりの金額が動くだろう。他の生き残りがいれば、一緒に証言してもらえばいい。ヤラセを疑うような有象無象のヘイトを分散させる事もできる。
シオンの頭はもはや、幻想郷の風景を撮る事でいっぱいだった。自分が殺人犯という事実も忘れたかのように顔を上気させている。
金しだいで法をまぬがれる者がいくらでもいるというのに、法の通じない場所でビッグチャンスをつかんで何が悪いのか。ある意味社会の常を敏感に感じ取っていた彼女は、無意識下でそう考えていた。
そうして、あらかた目に見える周りを撮り終えた後。これといった映像もなく、止めるかどうかシオンが動画を切らずに悩んでいると。
「ばあっ!!」
「ぎゃっ!?」
突然、画面の隅からピースサインをした燐が割り込んできた。驚いたシオンは腰を抜かし、携帯を高く放り出す。
「あはは、すっごいビビりようだね~」
「な、何よ! 何の用よアンタ!!」
手を叩いてはしゃぐ燐を、シオンは面食らった表情で非難する。そんな彼女に燐は手を差し出し、こう切り出した。
「やぁゴメンゴメン。帰る前にさ、確かめたい事がいくつかあって」
「確かめたい事?」
「そ、ちょっくら時間をいただけないかな」
けげんな顔をするシオンに、燐は気安い笑みを浮かべる。シオンはできれば早く帰りたかったが、送ってもらった恩の手前、頼みをむげに出来なかった。
「いいけど……内容は?」
平静をよそおってうなずいたシオンだったが、その表情は次の瞬間、凍りついた。
「この子の事なんだけどさぁ」
「!!」
燐はかたわらの猫車に乗せられた荷物の、被さっていたムシロに手をかけ、一気に取り払った。そこには、頭と腹から血を流した、あのシバタの死体があった。
固まっていたシオンだったが、むっと漂う血の臭いで我にかえり、燐に言い募る。
「今さらどうしたのよ、そんなモン持ち出して!」
「悪い悪い、これなんだけどさ」
燐は全く平気な風で笑っていたが、ふと見透かすような目をシオンに向け、こう問いかけた。
「おねーさん確か、
「ええ……見つけた時には、死んでたわよ」
シオンは目つきを鋭くして答える。しかし、声はかすかに震えていた。
燐は、「ふーん」とわざとらしくつぶやき、こう指摘する。
「けど変じゃない? この死体、茂みの裏に隠れてたよ?
「っそれは……」
シオンはやや言葉につまったが、すぐにこう言い繕う。
「ほら、危ない動物とか、何より妖怪がいるじゃない。色んな場所を用心深く見てたのよ」
「ふんふん、ただねぇ」
燐はうなずいたが、再び問う。
「おねーさん、死体を見ながら言ってたよね。『私は悪くない。こんな
「……それが?」
「見ての通り、この子は頭にも傷がある。それに言及しないのは、不自然かなぁって」
シオンは何事か言い返そうと口を開いたが、それより早く燐が言った。
「おねーさん、頭のキズの原因は知ってたんじゃないかい? だから無意識に、妖怪がやったであろう腹のキズだけ言及したんだ」
「違う! 何の証拠があってそんな事を!」
「証拠はないけど確証ならあるね。次に……」
語気を強くするシオンを横目に、燐は続けた。
「あたい、おねーさんを送る途中で言ったよね。『あんな場所にずっといたら、たまらず餌食になる』って」
「知らないわよ!!」
「……なんで、シバタ君があの場所にずっといたなんて知ってるんだい?」
「うるさい、うるさいっ!! このメス猫!!」
「アンタが動けなくしたからさ。石で殴りつけて、あの場所に隠した。そして一部だけが妖怪の餌食になった」
歯をむいて叫ぶシオンに、燐がゆっくりとにじり寄る。乗っていた石段から足を踏み外しそうになり、シオンはさらに高く、金切り声をあげた。
「だから、証拠を出しなさいよ! それとも見た人がいるっての? バカにしてんじゃないわ、名誉毀損よ!?」
「……はぁ」
一向に態度を軟化させないシオンに、燐は呆れたように首を横に振る。そして周りを飛んでいた人魂の一つに目をやると、初めてシオン以外に口を開いた。
「見ての通りだよ、
「えっ、シバタ……?」
その言葉に、シオンが息を呑む。次の瞬間、話しかけられた人魂は空中で大きさと形を変え、人の姿になった。その外見は、青白くはあったが、目の前で死んでいるシバタの面影があった。
「ひぃっ!?」
シオンの口から、金属が擦れるような声が飛び出す。そんな彼女を平然と見つめながら、燐は言った。
「おねーさんには言ってなかったけどね。あたいにはちょっとした特技があるんだ。"死体"や"怨霊"の話が聞けるんだよ」
「……死体……!」
シオンがごくりと生唾を呑む。今度は人魂……もといシバタの怨霊がにじり寄った。
「そ、おねーさんと会った時から、頑張って伝えてくれてたんだよ。『その女は殺人犯だ~』『早くつかまえてくれ~』ってね」
「じゃ、じゃあなんで今頃!」
「最初はおとなしく帰してあげようと思ったんだよ。殺しが好きな訳じゃないし。でも……」
燐は、隣の怨霊を指さした。
「この子が、おねーさんを生かして帰すならあたいを呪い殺すって聞かなくてさぁ。言ったろ? 妖怪って恨まれるのキライなんだよ」
「……っ!!」
燐が言った瞬間、怨霊が覆い被さるようにしてシオンに襲いかかった。シオンは顔面蒼白になり、一目散に逃げ出した。
「いやあああぁっ!!」
悲痛な叫び声が夜空に響く。石段を外れ、丘を駆け降り、視界がきかない中をデタラメに走り回る。
「いや、いや、嫌っ!!」
どこまでも背後について回る妖怪から逃げ惑い、シオンはけっきょく燐のいた場所にもどってきた。彼女は飛ぶようにして燐にすがりつき、涙ながらに訴えた。
「ね、あなた説得できるんでしょう? 助けてよ、ねぇ何でもするから、早く!」
「だから無理だって。さっさと帰っちゃえば良かったのに」
「あああぁぁ!」
シオンが燐の肩をゆさぶる間にも、怨霊は徐々に徐々にと迫り来る。シオンは必死の形相で燐の肩をいっそう強くつかんだが、その感覚が直後、ふっと消える。
「きゃあっ!?」
シオンは支えを失い、前のめりに倒れた。見ると燐が煙のように消えている。石段に強打した膝の痛みに耐えつつ姿を探すと、ふと、視界の先に一匹の猫がいるのを見つけた。
黒いしなやかな体躯をした成猫で、ところどころ赤毛が混じり、黄色い目が暗闇にギラギラと光っている。その尾は奇妙に二股に別れ、先端がロウソクのように燃えていた。
(あの猫……もしかして……)
倒れていたシオンが疑問をいだく一瞬の間に、怨霊はすぐそばまで近づいていた。それが触れた瞬間、猫は目を細め、にゃあぁと鳴いた。
――
それから数時間後、空が白みだす時分。
燐は自分の住みかである洋館、"地霊殿"
の廊下を、猫車を押して歩いていた。まだ住人が眠っている館内で、
その猫車には、二つの死体が折り重なるようにして乗せられていた。一つは頭と腹にキズを負った少年。もう一つは、ジャージ姿で頭をあちこちかきむしった痕がある少女。
誰もいない館内を、燐は携帯を見ながら歩いていた。画面がひび割れた携帯。シオンが幻想郷の動画を撮っていた途中で、落としたものだ。
録画のスイッチが入りっぱなしだったのか、そこには別の映像が収められていた。狂ったように頭をかきむしり、ジタバタともがくシオンが、画面に出たり入ったりしている。
燐はその映像から目を離し、猫車の中を見た。怨霊にとりつかれて狂い死にした少女と、怨霊の主の少年が、青白くなって共にいる。
その二人を見下ろしながら、燐はため息まじりに言った。
「こうなりゃ金なんて意味ないさね。憐れなもんだ」
何も言わない死体から目を離し、燐はまた楽しげにステップを踏んで、猫車を押していった。
イズミ シオン――死亡
シバタ ユウスケ――死亡して怨霊化ののち、成仏