幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~   作:ごぼう大臣

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氷解し、消えていく

 ……夢でも見ているのだろうか。霧に包まれた湖のほとりで、少女は顔をしかめた。

 日光をさえぎるほどの濃霧は、景色を真っ白に染め上げている。目をこらしても手近な木々をのぞけば、何もかもおぼろげにしか見えない。 吹雪に呑まれたら似たような感じだろう。

 そう、今あたりをとりまいているのは、あくまで霧である。地面には雪のカケラもなく、丈のみじかい草原が水滴をつけている。

 

 しかし、どういう訳だろうか。周囲の木々を見上げると、枝が凍りつき、剣のような太い()()()が何本もぶら下がっているのだ。しかも、心なしか寒い。

 連なった場違いなつららを少女がいぶかしげに見つめていると、彼女の背後から子供の女の子の声がした。

 

「ミユキーっ! すごいでしょ!? これ全部あたいがやったんだよ!!」

 

 少女が振り返ると、10歳ほどの見た目の、水色のワンピースを着た少女が手を振っていた。ショートにした髪も水色で、白いルーズソックスに黒のストラップシューズという格好。

 高くかかげた手のひらを見ると、まるで空中の水分を固めるかのごとく、きらめく氷が出現する。一見すると手品のようだが、足元に目をやると、地面からそばでたゆたう湖に向けて、薄い氷が張っていた。ほんのりと感じていた寒気が、いっそう強くなる。

 

「……ええ。すごいわね、チルノちゃん」

 

 周囲に冷気をはりめぐらせている相手へ、少女――サクラバ ミユキはあきれたように答える。

 

「……くしゅんっ」

 

 ……そして、小さくくしゃみをした。

 

――

 

「あたいは何でもできるんだよ。ほら、こうやったら……」

 

「あ、すごい。氷の結晶だ」

 

 太陽が真上にのぼる少し前。見知らぬ湖のほとりで、ミユキは"最強の氷の妖精"を名乗るチルノとたわむれていた。

 チルノが自身の手のひらへ意識を集中すると、少しずつ透き通った結晶が形づくられる。それは図鑑で見た姿そのままで、チルノは得意満面であった。

 ところが、対するミユキは顔色も声色も、さほど興味はなさそうだ。うわべだけ誉めてはいるがその笑みは小さく、口調は何の感動もない。

 

 ミユキは、チルノと違い現代的な服装をしていた。▼▼中学と書かれたブレザーとワイシャツ、ベスト、スカートにローファー……早い話が中学校の女子の制服である。

 そんな格好で、この建物も見当たらない巨大な湖になぜいるのか。

 そう尋ねれば、ミユキの顔はますます不機嫌になってしまうだろう。チルノからふっと目をそらすと湖に視線がぶつかる。

 クセの残るくしゃくしゃのショートヘアで、うっすら頬にソバカスができたミユキの顔が、湖面上でこっそりため息をついた。

 

 ……意識の上では一時間ほど前まで、ミユキは修学旅行のバスに乗っていたはずだった。それが突如、謎の霧に包まれたかと思うと意識がとぎれ、次に気がついた時にはこの濃霧のただよう湖畔に倒れていたのだ。他のクラスメイトはおらず、そばには自分の荷物だけがあった。

 

「ちょっとミユキ、ちゃんと見てる?」

 

「……ん、ああゴメン。なんだっけ」

 

「もー、だから! "あばんぎゃるど"な方面の結晶にも挑戦したいって言ってるのよ」

 

「……へぇ」

 

 不可解だったのは、場所の件だけではない。まるで人間ではないかのような奇妙な存在が何人もいたのだ。

 目の前で氷を作り出し、思うような形にしている"妖精"、チルノなどはまさにその例である。冬でもないのに何本もつららを木々にまとわりつかせ、精巧な結晶を感覚ひとつで出現させ、しかも心なしか周りに冷気まで放っている。しかも本人はまるで子供が折り紙でもするかのように無邪気で、恐ろしいという気持ちさえないようだ。 

 偶然あったチルノから断片的に聞いたところによると、この見知らぬ場所は"幻想郷"といい、チルノのような妖精をはじめもっと強大な連中がうようよいるのだという。ミユキは表向きチルノに付き合いながら、内心ではあっけに取られるばかりだった。

 

「ね、ねぇ。チルノちゃん……」

 

「んー?」

 

 ミユキは作り笑いを浮かべ、おそるおそる口を開く。

 

「できれば私、そろそろ帰りたいなー……なんて」

 

「えー? もうちょっと遊ぼうよー。今日、人魚のお姉さんが出かけてヒマなのよ」

 

「人魚、ねぇ……」

 

 にべもなく断られ、ミユキは肩を落とす。チルノは相手が全くのよそ者であるというのもかまわず、ただ一緒に遊んでいたいらしい。

 別にワガママを聞いてやる義理もないのだが、その気になれば周りを凍りつかせかねない妖精の機嫌をそこねる勇気は、彼女にはなかった。

 それに少なくとも見た目は幼い子供ゆえ、冷たく当たるのもはばかられたのだ。

 ミユキはからまっている髪の毛をじれたように弄ると、気を取り直してまたチルノの手元を見た。

 

「よーし、今度こそ"かくしんてき"な形の氷をつくってやるわ!」

 

「難しい言葉を知ってるわねー」

 

 先ほどと変わらぬ姿で集中するチルノを眺めながら、ミユキは相づちを打つ。次第にチルノの手のひらに、今度はウニのように全体から針の伸びた丸い氷塊があらわれる。

 

「できた……いた、いたたっ!」

 

「おお、攻撃形態」

 

 つくってみたはいいものの、触ったそばから突き刺さるその作品にチルノは苦戦する。しばしギャーギャーわめいた後に氷塊を湖に投げ捨て、チルノはふんと鼻息を吐く。

 

「今のは失敗だわ。"どくそうてき"な形は触ってこそよ」

 

「こだわるわねー」

 

「さあ、再チャレンジよ!!」

 

 チルノは元気よく宣言し、再び氷塊をつくりはじめる。はたから見ればただの遊びだが、彼女は一生懸命になっていた。

 ミユキはそれを黙って眺めながら、どこか懐かしい気持ちになった。小さい頃はミユキも雪だるまを可愛らしくつくろうと熱中したり、凍った水たまりを見つけては割ったりなど、いっときの遊びを日々楽しんでいたものだ。

 

(……思えば、ああいうのも楽しかったわね)

 

 いつからだろう。小学校も一年、二年と過ごし、だんだんとそういう事もなくなっていった。親はしだいに学校での成績や、それにつながる将来を強く気にしはじめたのだ。それは同級生たちとて同じだった。授業、宿題、塾……そういったものに少しずつ取り囲まれ、ミユキも他の子供らも、沈んだ表情を見せる事が増えていった。

 どこにいても毎日のようにプレッシャーに苦しめられ、逃げ出したい気持ちが浮かんでは消える。友達とたまに遊んでも、たがいに根にある悩みは消えなかった。

 

「……うらやましい……」

 

 ミユキがつい、ポツリとそう口にした時だった。

 

「だあーっ! また失敗!!」

 

「わっ」

 

 不意にチルノが叫んだかと思うと、手に持っていた氷をまた湖に投げ捨てる。どうにも出来が気に入らないらしい。

 不機嫌そうに肩をいからせるチルノに、ミユキはあわてて言う。

 

「まあまあ、そんなに怒らなくても……」

 

「だって! 何度やってもピンとこないんだもん! イヤんなるわ!」

 

「……うーん」

 

 よほど悔しいのか、チルノはいっぺんに顔を真っ赤にする。それを見て、ミユキは小さくうなり、一つたずねる。

 

「ねぇ、一体どんな感覚で結晶をつくってるの?」

 

「うーん、よく分かんない。頭の中にモヤモヤしたイメージはあるんだけど……いざつくってみると思ったのと違ってて……」

 

「……そっか」

 

 ミユキは何やら心得顔でつぶやき、かたわらの自分の荷物へ駆け寄る。そして中を開いてあさり、両手に何かを持ってチルノの元へ戻った。

 その手には、筆記用具と一冊のノートがあった。来る高校受験へ少しでも足しになればと、彼女が持ち込んでいたのだ。

 それらを差し出し、ミユキは言う。

 

「一度、どんなのつくりたいか紙に書いてみなよ。そうしたらイメージしやすいでしょ?」

 

 チルノはそんな発想が意外だったのか、目を丸くした。ミユキも、何故わざわざこんな事をしているのか分からない。ただ、目の前で当人なりに悩んでいるのを見せられ、つい手を貸してしまったのだ。

 チルノは上目遣いに持ち主を見ながら道具を受けとる。そしてノートをぱらぱらとめくった。

 

「なぁにコレ……何書いてあるの?」

 

 チルノにはまだ難しかったのだろう。難解な漢字や公式、図解が書き込まれたノートを見て首をひねる。ミユキは苦笑いして「とりあえず白いページ使っていいよ」とうながしたのだが、チルノは顔を上げ、感心したように言った。

 

「へー……大人ってこういうの使うんだ……。あたい知らなかった」

 

 大人、そう言われてミユキはつい吹き出しそうになるが、チルノから見れば無理はないかと思い、こらえる。そしてしゃがんで目線を合わせ、照れたように言った。

 

「そんな大したものじゃないわよ。私くらいになれば皆使うし」

 

「えー本当? 想像つかない……」

 

「小さい頃は誰だってそうよ。大きくなるにつれて、ちょっとずつ物知りになっていくの」

 

 少しだけお姉さんぶった口ぶりで話すミユキ。それに興味をそそられたのか、チルノはミユキをジッと見つめてたずねる。

 

「ね、なんか他にないの? ミユキの知ってる大人の知識!」

 

「え、急に言われても……」

 

「大きくなったら胸にサラシ巻くって本当?」

 

「サラシ……? いや、ブラならするけど」

 

「ブラ……早苗がしてるやつね! 本当にあるんだ」

 

(早苗……?)

 

 胸の下着という存在が新鮮なのか、チルノは興味しんしんにミユキの胸元を見はじめる。Bそこそこのそれを凝視され、ミユキは思わず両腕で隠した。

 そして気を取り直すようにせきばらいをする。

 

「ブラはともかく……お化粧とかなら、わりと早めにやるかも。チルノちゃんも」

 

「お化粧って、口紅とか?」

 

「他にも色々あるわよ。化粧水に乳液、マスカラ……とか言っても分からないかな? 私は肌よわくて、あまり出来ないんだけどね」

 

 頬のソバカスをなでて、ミユキは苦笑する。チルノは相変わらず好奇心がつきないようで、目を輝かせてミユキを見つめている。そして背伸びをしてさらに質問しようとする、が。

 

「じゃあさ、じゃあさ……あれ?」

 

 はしゃいでいたはずのチルノがふと、電池が切れたかのようにふらついた。ノートを取り落とした彼女を、ミユキがあわてて支える。

 

「ちょっと、どうしたのよ……冷たっ!」

 

「えへへ、頑張って氷つくったせいかな。眠い……」

 

 ミユキにもたれかかって笑うチルノの体は、ドライアイスのように冷たかった。反面、顔色は知恵熱でも出したかのようにほてり、ボンヤリとしている。

 ひやりとする体温と、遊び疲れた子供の顔。人外ながら人間に似ている部分も目にして、ミユキは不思議な気持ちになる。もしかしたら、もう少し親身に付き合ってあげてもよかったかな、とふと思った。

 

「あー、そういえば今日、お昼寝もしてなかったわ……忘れてた」

 

「お昼寝……?」

 

「ごめん、あたいちょっと寝るわ……おやすみー」

 

「あれ、ちょっと。チルノちゃん?」

 

 ミユキが呼びかける声もかまわず、チルノはさっさと地面に横になってしまった。そして間もなく目を閉じすやすやと寝息を立てはじめる。

 ミユキはその顔をしばし見つめ、次に空を見上げた。霧が少し晴れ、午後のやわらかな日差しが降り注いでいる。昼寝日和といえばそうなのかもしれない。

 思えば、空がきれいだなどと感じたのは久しぶりだった。平日の昼間はおろか、休日も夜も、勉強やつかの間の付き合い、そして息抜きにまで追われていたのだから。

 チルノの隣に腰を下ろし、寝顔をほほえましげに見守る。すると、チルノはむにゃむにゃとつぶやき、寝たまま言った。

 

「大人に……なりたいな……」

 

 その寝言には、どこか憧憬のようなものが感じられた。自分もその憧れの対象なのだろうか。そう思うと、ミユキは照れくさいような、一種の恥じらいを覚えた。

 彼女はそんな得意分野もない、どこにでもいる女子中学生である。今までも、目の前の成績や評価に一喜一憂してきた。そんな日々に埋もれ、似たような人々に埋もれ、しだいに機械のように生きるのに慣れはじめる。

 自身の人生に疑問を持つ事すらあった。「自分は何のために生きているのか」という、思春期にありがちな悩みである。

 

 だが今は、そんな悩みがバカらしく思えた。損得も時間も考えず、自分の成し遂げたい事に熱中するチルノの姿を見ていると、一人でいじけていても仕方ないと思えてくるのだ。

 『人生は死ぬまでの暇つぶし』、どこかで聞いた言葉を思い出すと、ミユキは自分の内心が澄みわたっていくような感覚がした。もう少し、悩むよりも前向きに頑張ってみよう。それこそ死ぬまで……。

 彼女が、そう考えていた時だった。

 

 不意に、チルノの額にぽつり、と水滴が落ちた。

 

「んぅ……」

 

 チルノは小さくうなり、寝返りを打つ。雨かな、とミユキは空を見上げたが、相変わらず晴れている。

 次にチルノの真上を見て、彼女は水滴の原因を見つけた。

 つららだ。チルノが最初にはしゃいで木にまとわりつかせたつららが、午後の日差しで溶けだしている。

 溶けるつらら。その存在に、ミユキは危機感をおぼえた。幼い頃につららを折って遊び、怒られた記憶がある。

 手を伸ばし、チルノを起こそうとする。しかしそれより早く、太いつららが枝から離れ、チルノに向けてまっすぐ落ちた。

 

「危ないっ!!」

 

 ミユキが叫び、チルノをかばって覆い被さる。

 ごしゃ、という重たい音と衝撃が脳を揺らし、ミユキは意識を失ってしまった。

 

――

 

「……チルノちゃん。もう泣き止んで」

 

「だって……だって……」

 

 その日の夕方。チルノはミユキとは別の背の高い少女に肩を抱かれ、すすり泣いていた。

 チルノの隣にいるのは、下半身が魚の姿でフリルつきの着物を着た、青い髪の少女……もとい、人魚である。名はわかさぎ姫。

 彼女とチルノの足元には、何かを埋めたような跡と、石でつくった小さな墓標がある。そこには子供のような字で"さくらば みゆき"と書かれていた。

 

 湖、もといチルノの近所に住むわかさぎ姫は、用事から帰るととんでもないものを目にした。頭から血を流して倒れている少女のそばで、チルノが混乱して泣いていたのだ。

 辺りを見ると、木の枝につららが何本も生え、地面には氷のかけらが散らばっている。落下したつららがぶつかったのだろうと彼女は思った。急いで介抱しようとしたが、少女――ミユキはすでに事切れていた。

 

 パニックにおちいるチルノをなだめ、わかさぎ姫は一緒にお墓をつくってあげた。穴を掘るのは簡単ではなかったが、文句は言わなかった。チルノはそれ以前にある事を悔やみ、苦しんでいたのだから。

 

「あたいが……ちゃんと伝えてたら……」

 

「いいのよ。これは事故だもの。あなたは悪くない」

 

 嗚咽をもらすチルノを、わかさぎ姫も涙を浮かべてなぐさめる。その悲壮な雰囲気を察してか、周りには他の妖精たちが集まってきていた。

 その集団を、わかさぎ姫はちららと見る。どれも一様に子供の姿で、大人は一人もいない。そして中にはチリが集まるかのように少しずつ体をつくると、生き生きと動き出す者までいた。

 それを見れば、妖精という存在の性質が分かる。彼らは人間と違い、大人になるという事がない。そしてさらに、体を大きく損傷しても、すぐに元通りになるのだ。

 不老不死にきわめて近い、チルノをはじめとする妖精たち。ミユキがそれを知っていたら、チルノを助けはしなかったかもしれない。死ななかったかもしれない。そう思って、チルノは湧いてくる後悔を止められなかった。

 そんな彼女に、わかさぎ姫が背中をゆっくりとなでてやりながら話す。

 

「……そのミユキちゃんも、あなたを恨んでなんかいないわ。きっと、とっさに体が動いたんでしょう」

 

「ぐすっ……」

 

「あなたが泣いていたら、ミユキちゃんも悲しむわよ。だから、元気を出して」

 

 わかさぎ姫が言い聞かせると、ようやくチルノも涙を抑えはじめる。それを見て、墓標へ目を移し、わかさぎ姫が続ける。

 

「人間、いつかは皆死ぬわ。だからその時その時、必死で生きているのよ。後悔しないように、死ぬまで」

 

「…………」

 

 それを聞いて、チルノはぐっと目元をぬぐい、墓標を見る。その墓標の前には、チルノがつくった小さな氷の花が一つ、そなえられていた。

 

サクラバ ミユキ――死亡




子供の頃、庭で遊んでいたら長さ30センチくらいのつららが目の前に降ってきた事がありました。あれは怖かった……
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