幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~   作:ごぼう大臣

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タヌキ女と、ドブネズミ小僧

 ……うっそうとした森の中。そこはよほど人里から離れているのか整備された道もなく、草に埋まった獣道がひとすじ、細々と続いている。

 その獣道をたどった先に、場違いな大きな屋敷が一軒、木々に囲まれて建っていた。

 母屋と離れ、中庭まで用意された和風家屋で、周りが森でさえなければ江戸時代の武家のようだった。

 

 その屋敷の内部にある、一つの大部屋。何畳もの広さの真ん中に、二人の少年が正座していた。

 二人ともブレザーの学生服で、▼▼中学という校章がきざまれている。少年らは片方は切迫して今にも逃げ出しそうな、もう片方は迷惑そうな顔で隣の少年を見つめていた。

 

 そんな彼らを、壁際に並んで囲むようにして見つめる一団があった。そろって若い女性で、ハッピと短いモンペという姿。そして頭には何やら一対の動物の耳のようなものが生え、尻のやや上あたりからはモサッとした太く茶色い尻尾らしきものが伸びている。

 その奇妙な女たちの中で、少年らの正面、ただ一人着物にスカートという姿の長身の女性が進み出た。茶色い縮れ毛に丸メガネをかけ、尻尾らしきものが他よりひときわ大きい。

 彼女はメガネの奥の鋭い目をキラリと光らせ、少年らに言った。

 

「さて……小僧ども。先ほど(わし)らタヌキの隠れ家から、何を盗もうとした?」

 

 "タヌキ"と称する女性はニヤリと口角をあげてたずねる。言われて見れば、女性たちの耳や尻尾らしきものは、ちょうどタヌキのそれにそっくりだった。

 一方、問われた少年らはそれぞれ異なる反応をする。

 

 片方は、黒髪をウナジまでむぞうさに伸ばした、浅黒い肌の少年。彼はポケットから、くしゃくしゃになった紙幣を十枚ほど出した。

 

「それだけではない。まだあるじゃろう」

 

 女性は低い声で指摘する。少年は一瞬だけ息を呑むと、別のポケットからまた紙幣を五枚ほど出した。

 一方で、隣にいるくせ毛で大柄の少年は、そんなセコいしぐさを横目に、迷惑そうな視線で見つめていた。

 

 女性は出された紙幣を奪い返し、メガネをくいと上げて言った。

 

「……さて、この二ッ岩 マミゾウ……小僧と言えど、盗人を見逃したとあっては、示しがつかぬな」

 

 マミゾウと称する女性の、ため息まじりの宣告。それを聞いた浅黒の少年は震え上がり、隣の少年を指さして叫んだ。

 

「ち、違うっ! コイツだ! ナオキがやれって言ったんだ!!」

 

 顔面をこっけいなほどに歪ませた、必死の告発。しかしナオキと呼ばれた少年は、上半身で振り向いて相手をどなりつける。

 

「あ? ふざけんなシゲル!! 俺はお前が盗んでいるところを、たまたま通りがかっただけだ! 俺は一文も持ってやしねえんだぞ!!」

 

 一方で濡れ衣を主張し、ナオキは隣の少年、シゲルをにらみつける。大勢の観衆をそっちのけにして、二人は噛みつくような勢いで攻撃的な視線をぶつけ合う。

 そんな少年らに、あきれたような声がかけられる。

 

「待て、まだ話は終わっとらんぞ」

 

 マミゾウだった。二人はぎくりと体を硬直させ、元のように正座する。マミゾウは一つ咳ばらいをし、シゲルの方を見て言う。

 

「で……ササキ シゲルといったな。初めて入る建物で盗みをはたらくとは、大したもんじゃのう」

 

「いや、違っ……盗むために入ったんじゃねえって。ただ、気がついたら森の中にいて、誰かいないかなって……」

 

「じゃが、結局は誰に言われなくとも盗ったじゃろう。一人で」

 

 じろりと視線をするどくするマミゾウ。それに気づくとシゲルは冷や汗まじりにうなだれた。

 続けて、マミゾウは隣の少年、ナオキに視線を移す。

 

「で、お主がクドウ ナオキじゃったな」

 

「……はい」

 

「お主の姿は他の子分が見ておる。潔白は証明ずみじゃ」

 

「……だったら、俺だけでも解放してもらえませんか」

 

 ナオキは不満げに、しかしおびえた様子で言った。しかし、マミゾウの口からは無情な言葉が吐かれる。

 

「残念じゃがそうはいかん……。この隠れ家はいちおう秘密になっていてな。めったにおらぬが、侵入者はただで帰せんのじゃ」

 

「……はっ、なるほど。普段は誰も来ないから、見える場所に金を置いてたわけだ」

 

「おい、シゲル!」

 

 盗みがバレた腹いせか、嫌みを言うシゲルを、ナオキは強い口調でとがめる。しかし、シゲルはしおらしくなるどころか、居直るようにして叫んだ。

 

「あんな棚の上にポンとおいとくのが悪いだろ! アンタの子分の自業自得だ!」

 

「こら、いい加減にしろ!」

 

「うるせえよ! なんだよあの金! いつの時代のヤツなんだか、使えやしねえ!!」

 

 またもや、部屋中に二人の怒鳴り声が響き合う。マミゾウはふところから、先ほど取り返した紙幣を取り出す。シゲルやナオキが見慣れているであろう物どころか、生まれる前よりも古いであろう、圜拾(じゅうえん)と左右が逆に書かれた紙切れ。

 マミゾウはそれを一瞥し、ため息をついて言った。

 

「お主ら……」

 

「えっ」

 

「ここがどんな場所か……もう一度説明が必要か?」

 

 その瞬間、部屋の中に異様な空気がうずまきだす。サウナの熱気に似ているが、刺すように冷たい、嫌悪感をもたらす空気。

 同時にマミゾウと、周りの女たちの姿が変わりだす。服がスッと透けるようにして消え、体中から尻尾と同じ色の毛が生えはじめる。そして四つ足になったかと思うと爪が獣のそれに変質し、突き出た鼻の下で白い牙がむかれる。

 気づいた時には、シゲルとナオキは部屋の真ん中で、大人ほどの大きさをしたタヌキの群れに囲まれていたのだった。

 

 二人が彼女らに見つかった時、説明された事だった。周りの森をふくめたこの一帯は幻想郷といい、近世が舞台の怪奇ものよろしく妖怪やら神やらがあふれているのだという。彼らは正直、半信半疑だったのだが、今この時それは本当だったと確信した。

 すっかり萎縮してしまった二人を前に、マミゾウたちはまた元の女性の姿へと戻る。

 「で……本題じゃが」と前置きし、二人を冷たく見下ろして言った。

 

「お主らには一つ、ゲームをしてもらおう。それをクリアすれば解放してやる」

 

「ゲーム……?」

 

 いぶかしむナオキ。その直後、突然女性たちの何人かが隣のシゲルを羽交い締めにして押さえ込んだ。

 

「う、うわっ、なんだお前ら!」

 

「シゲルとやら。実行犯のお主は部屋に残れ。ナオキはちょっと外に出てもらおう」

 

「…………」

 

 また他の二、三人の女性がナオキを外へ連れ出す。ナオキは特に抵抗するでもなく、あっさりと従った。彼らがふすまを開けて廊下に出ると、背後からシゲルのわめく声が聞こえる。

 

「くそっ、離せ! 殺す気か畜生!!」

 

「少しは大人しゅうしとれ。まだ死ぬと決まったわけではあるまい」

 

「俺が悪いんじゃない! この手が悪いんだ、この手が勝手に!!」

 

「やかましい。あまり手をわずらわせるな!」

 

 廊下にまで響く声を聞きなから、ナオキたちはその部屋を離れていく。無言でしかめっ面をしているナオキに、女性の一人が話しかけた。

 

「うるさい子だねー、君の友達」

 

 その気安い口調にナオキは少し驚いたが、すぐに元の表情にもどり、吐き捨てるように言った。

 

「友達なんかじゃありませんよ……。ただのくされ縁です」

 

「あれ?」

 

「小学校の時に転校してきて、興味本意で話しかけたら、めぐりめぐってこんな始末に……。くそっ、あんなヤツ死ねばよかったのに」

 

「……あ、あのーもしもーし」

 

 どんどん憎々しげな顔になっていくナオキを見て、周りの女性たちはしり込みしてしまう。その時、元きた和室からマミゾウの声がした。

 

「おーい、こっちは済んだ。入ってきていいぞ」

 

「あ、はーい!」

 

 女性たちはその合図がいい機会とばかりに、不機嫌なナオキを和室に引っ張っていった。ふすまを開き、ナオキが踏み込むと、彼はぎょっと息を呑む。

 

「……なんだ……?」

 

 そこには、部屋に残されていたシゲルが()()()()()()()()()()()。どれを見ても顔も背格好も同じで、並んでナオキを見つめている。

 

「なかなか壮観じゃろ?」

 

 そんな中、キセルをふかしたマミゾウが満足そうに言った。ナオキが振り向くと、彼女はシゲルの集団を一瞥して言う。

 

「コイツらは、儂らタヌキが変化(へんげ)の術で化けたものじゃ。本物は部屋に一人だけおる」

 

「……つまり本物を見つけろ、と?」

 

「察しがいいな。見つければ二人とも帰す。しかし見つけられないか、間違えるかした場合には……悪いが、落とし前をつけさせてもらう」

 

 マミゾウが意味ありげに目を細める。ナオキは舌打ちしてシゲルたちに近寄ろうとしたが、そんな彼にマミゾウは付け加えた。

 

「ああそうそう。こやつらには『最後の一人までしゃべるな』と命じてある。質問をしてもムダじゃからな」

 

「……わかった」

 

 ナオキはうなずき、目の前のシゲルたちを舐めるように頭から足先まで見つめまわす。そして手近の三人を指さした。

 

「……コイツと、コイツと、コイツは違う」

 

「ほう、なぜ分かる?」

 

「……アイツの肌はもっと汚い。とくに左の頬が黒ずんでる。あとワイシャツのボタンの上はいつも開けてるし、襟が汚い。そんで靴下は、たいてい片方に穴が開いてて汚い」

 

 すらすらと理由をのべるナオキ。その直後、指さされた三人がボンと煙にまかれたかと思うと、あのタヌキの尻尾を持つ女性へともどった。それを見たマミゾウは、感心したように息をつく。

 

(なるほど……なかなかの観察力じゃ。しかし、偽者を見つけるたびに変化(へんげ)の精度は上がってゆく……。果たしてどこまで見抜けるか……)

 

 楽しげにマミゾウが見つめるのをよそに、ナオキは次々とタヌキの術を見破っていった。

 「シゲルの口はもっと虫歯だらけ」「爪がキレイすぎる」「ベルトはもっとボロい」……そんな細かい違いを目ざとく見つけ、タヌキたちは一人、また一人と正体をあらわしていった。

 そしてついに、目の前にいるシゲルはただ一人となる。

 

「よくやったな。感服したぞよ」

 

 マミゾウはうんうんとうなずいてそう言った。シゲルは真っ先にナオキへかけより、笑みを見せる。

 

「……悪ぃ、ナオキ」

 

「はぁ……ったく」

 

 照れくさそうに謝るシゲルを見て、ナオキはやれやれとため息をつく。そして一つ、軽口をたたく。

 

「ほら、さっさと帰ろうぜ。お前の親父さん怖かったもんな」

 

「はは、そうなんだよ。よく怒るし、たまったもんじゃねえ」

 

 シゲルは苦笑し、部屋の外へむけて歩き出す。その時だった。

 

 ナオキが、横をすり抜けようとするシゲルの手を、がっしと掴む。そして言った。

 

「……お前、偽者だろ」

 

「……!? な、何言って……」

 

「俺、シゲルの親父さんが家にいるの、見た事ねえんだよ。一度もな」

 

 ナオキは一転、するどい目になってシゲルのような誰かを見すえる。相手はとたんに冷や汗をかき、ひきつった笑いをうかべる。

 そこで横からマミゾウが止めに入った。

 

「これはおかしな事を。『最後の一人までしゃべるな』と言い含めてあると、伝えたはずじゃがの」

 

「"タヌキの集団の"最後の一人まで、とも取れますよ。……大体、あのバカが黙ってろと言われて黙ってるわけがない」

 

 ナオキはそう言って、部屋の中を丹念に眺めまわす。そしてやがて一枚の畳に目をつけると、手をかけてがばりと持ち上げた。

 

「あった!」

 

 畳の下には、ちょうど一畳ぶんの広さと、座れるほどの高さを持つ隠し部屋があった。そしてそこには、シゲルが後ろ手にしばられ、猿ぐつわをかまされて寝ていた。

 

「シゲル!」

 

「……ふん、バレたか」

 

 少しだけくやしそうにマミゾウがつぶやく。それを尻目にナオキは隠し部屋に降り、シゲルの縄をほどいてやる。

 

「無事か。ほら、早く立て」

 

「……もがっ、ぷはぁ……」

 

 猿ぐつわを外すと、シゲルが苦しそうに息をつく。その時、彼らの上から声が降ってきた。

 

「儂らの負けじゃ。早く上がって来い。里への道を教えてやる」

 

 ナオキが顔をあげると、タヌキたちはそろってイタズラっぽい笑みをうかべている。まだ罠とかありはしないだろうかとナオキが警戒していると、ふと、背後でゴソゴソと音がするのに気づいた。

 

「……?」

 

 振り向くと、シゲルが壁際にうずくまって何かしている。よく見えないが、何かをポケットにしまっているようだ。

 

「シゲル? 早く出ろよ」

 

「え、ああ、おう。分かってる分かってる」

 

 シゲルは何故かうわずった返事をし、礼も言わずにさっさと隠し部屋から這い上がっていった。

 その姿を見て、ナオキはなんとなく嫌な予感がしていた。

 

――

 

 ……それから三十分ほど後、ナオキとシゲルの二人は人里とやらにむけて、細い獣道をひたすら歩いていた。

 

『ここから東にひたすら進めば、そのうち人間の居住地に出る。儂らはこれ以上手を貸さぬからな』

 

 そう言ってマミゾウは彼らを解放……もとい放り出した。二人は持っていた荷物を迷惑料という名目で没収され、しかも聞けば妖怪がうろついているらしい森の中を、護衛もなしに進むハメになる。

 

「へへっ、へへへ……」

 

「…………」

 

 ナオキは、先を歩くシゲルの背中を見つめる。これから先、どこに危険があっても分からないというのに、不気味な笑い声をもらし、軽い足取りで進んでいく。

 明らかに不自然だった。思えば隠し部屋で助けてからこっち、どこか態度がうわついている。

 

「シゲル」

 

「へっ!?」

 

「お前、何か隠してないか?」

 

 呼び止めると、シゲルは大げさに驚いて振り返る。その顔は目を見開いた、わざとらしい笑顔。

 ナオキが一歩つめよると、怖気づいたように後ずさる。シゲルは目をそらし、モゴモゴと答えた。

 

「いや……別に、何も」

 

「お前の嘘はあからさまなんだよ。さっきも盗みをなすりつけようとしやがって」

 

 ナオキは辛らつな口調でさらに追いつめる。そうしているうちに二人の前に、小さな谷とつり橋があらわれた。シゲルは脇へも逃げられずにひたすら後ろへ下がるハメになる。

 

「おい」

 

「なんだよ……来るなって!」

 

「もう一度言うぞ。何か隠して……」

 

「わ、分かった! 分かったよ、コレだ!!」

 

 ナオキの剣幕に、シゲルはとうとう観念し、ポケットの中から何かを取り出す。それは黄金色にかがやく、数枚の小判だった。

 見た瞬間、ナオキの顔がけわしくなる。

 

「お前……それは……」

 

「へへーっ、あの隠し部屋にあったんだよ。ちょろっと持ち出してもバレないだろ」

 

「……! まさかあの時ゴソゴソしてたのは……」

 

「そういう事! あの紙の金はともかく、こいつは大金になるぜ~」

 

 シゲルは小判を抱きしめ、つり橋の上をくるくると踊る。その顔はずいぶんと嬉しそうだったが、他人の財産を盗んだとあっては、とてもいやしく思えた。

 

「何やってんだお前!!」

 

「へ?」

 

 ナオキは青ざめた顔になって叫んだ。そしてキョトンとするシゲルにつめより、がなりたてるような勢いで言った。

 

「お前、その小判の盗みがバレたら、ヤツら追ってくるかもしれねえだろ! そうしたら今度こそ何されるか分からねえ。最悪殺されるぞ!!」

 

「……あっ」

 

 うるさそうにしていたシゲルの表情がふと、真顔になる。そしてみるみる冷や汗をかきはじめた。その様子には、後先を考えていなかったのがありありと見てとれた。

 しかし、シゲルは小判を手放さず、後ずさる。

 

「こっ、これはもう俺のだ! 俺が使うんだよ。文句あっか!?」

 

 盗っ人たけだけしく、シゲルは歯をむいて怒鳴った。小判をにぎる手が圧迫され、白くなる。あきれてナオキがいさめようとする。

 

「いや、お前のじゃないだろ……。金なんて生きて帰ってから稼げば……」

 

「黙れよ! 一人だけいい子ぶってんじゃねえ! 聞こえてたんだぞ、俺の事をさんざん汚いって言いやがって!!」

 

 どうにか追求をさけたいのか、シゲルはあのタヌキたちとのゲームの事まで持ち出した。そして眉をひそめるナオキへ、彼は突如ニヤリと顔をゆがめ、言った。

 

「それに……お前、わざわざコイツ(小判)をタヌキどもに返すのか? そうすりゃそれこそ、確実に盗みはバレちまうぞ?」

 

「…………っ!」

 

 シゲルの居直りに、ナオキはハッと息を呑む。それを見たシゲルはがぜん語気を強めた。

 

「分かるか、なあ!? 俺とお前はもう、一蓮托生だって事だよ! 一緒にここまで持ち出した時点で、もう共犯なんだ! ははははは!!!」

 

 舞い上がるようにして言い放ち、高笑いするシゲル。ナオキはそんな姿を見て、巻き込まれた怒りと、いやしさへの呆れと、その他ごちゃごちゃした感情が胸にうずまくのを感じて、絶句していた。

 しかし、それが極点に達したのだろうか。スッと頭が冷える感覚がする。そしてナオキは一言、冷めた口調で言った。

 

「……シゲル、お前さ」

 

「ん?」

 

「生まれてこない方が良かったんじゃねえの?」

 

 突然の侮蔑がこもった物言いに、シゲルもさすがに驚きの表情をうかべる。しかしすぐに険悪な顔になり、低い声で応じた。

 

「……あ? なんだ急に」

 

「……小学校で、お前が転校してきた時さ……。あれ、前の学校を追い出されたから来たんだろ?」

 

「はぁ?」

 

 唐突な言葉に、シゲルは眉をひそめる。しかし目の奥に、うろたえるような光のゆらぎがあった。

 

「小5の頃にお前、俺んちの金を盗んで騒ぎになったろ。……そん時、お前の母ちゃんが言ってたんだよ。『このクセが治らなきゃ、また転校するハメになる』って」

 

「なっ……あのババァ!」

 

「治らなかったみてーだな」

 

 目に見えて動揺しだしたシゲルに、冷たい言葉をよこすナオキ。そしてナオキはゆらりと近づくと、小判を持ったシゲルの腕を、素早くつかむ。

 

「……せめてよ、俺に迷惑料くらいよこせ。じゃねえと割に合わねえ」

 

 虫でも見るような目つきでナオキが迫る。しかしそれがカンにさわったのか、シゲルも躍起になって金切り声をあげた。

 

「離せえっ!! 俺は色々と使う用事があるんだよ!! いいだろお前は、毎日母ちゃんがタダで飯つくってくれんだから!!」

 

 急に家庭の話を持ち出され、ナオキは意外な顔をする。そんな彼に、シゲルは泣き出しそうな声で言った。

 

「俺は毎日メシ買わなきゃいけねえんだよ! 借金だってあるし、欲しいものだってあんだよ!! さんざん人の見た目にケチつけやがって、殺すぞ!!」

 

 支離滅裂な言い分をとばすシゲルの口から、何本もの黒い虫歯が見えかくれする。その雰囲気からは、コンプレックスを突かれた怒りがにじんでいた。

 しかしこの時、その身勝手な甘えを受け止めてやる余裕が、ナオキにあるはずがない。二人はたちまち組み合うと、狭いつり橋の上で小判をめぐって揉み合いをはじめた。

 

「離れろよ! つーか消えろ! いつも俺を見下してやがったんだろどうせ!」

 

「そりゃお前の自業自得だろうか! この性格破綻者のドブネズミが!!」

 

 醜いばかりの悪罵をぶつけ合うたびに、つり橋が左右に激しく揺れる。そしてふと、小判の一枚が二人の手からするりと滑り落ちた。

 

「あっ」

 

 それを目で追いながら、二人はつい落ちてゆく小判に手をのばす。その先の小判は、あえなくつり橋の横をかすめ、谷底へと落ちていき……。

 続けて、つり橋ががくんと斜めに傾いた。

 

「うわああああああぁぁっ!!」

 

 揉み合った姿勢のまま、二人も谷底へとまっ逆さまに落ちていった。悲鳴は岩壁に反響して、だんだんと小さくなり……。

 やがて、最後の小判のかすかなきらめきとともに、聞こえなくなった。

 

――

 

「えー!? 木の葉を小判に変えて?」

 

「ああ、実はそうなんじゃ」

 

 ちょうど同じ頃。タヌキたちの隠れ家では、マミゾウをはじめとした女性たちが酒を飲んでいた。マミゾウは自慢話でもしているのか、赤ら顔で胸を張っている。

 

「でも気づかなかった。そんなイタズラ仕込んでるなんて」

 

「あんたらはナオキって子と外にいたもんねぇ」

 

 驚いている女性へ、別の仲間が酒をついでやる。マミゾウは自分の盃にも酒をねだりつつ、上機嫌に語りだす。

 

「こう、シゲルという小僧が暴れているすきにな、木の葉に妖術をかけて、隠し部屋に置いておいたんじゃ。さっき見たら案の定、なくなっておった」

 

「人が悪いですねぇ、親分も」

 

「しかも殺す気なんてないのに脅かされて、かわいそうに」

 

 子分らはけらけらと笑っている。マミゾウは大きく鼻を鳴らし、酒を勢いよくあおる。

 

「なぁに、儂らにちょっかいかけた代償としちゃ安いもんじゃ。ヤツらめ、小判の変化(へんげ)がもどったらおったまげるぞ」

 

 そう話すマミゾウの赤ら顔は妙にイタズラっぽく、楽しそうだった。

 

 ……明くる日、隠れ家から人里への途中にあるつり橋の下で、二人の少年が落ちて死んでいるのが発掘された。少年らはともに幻想郷では見ないブレザー姿で、手には何故か小さな木の葉がにぎられていたという。

 

ササキ シゲル、クドウ ナオキ――ともに死亡

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