幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~   作:ごぼう大臣

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こいしと個の意思

「……雨、ふってきそうだなぁ」

 

 灰色の雲が空をただよい、湿った風がふく昼下がり。少年、カマダ タカシは空模様を気にしつつ言った。

 ▼▼中学と書かれたブレザーの制服姿で、大きいバッグを肩にかけている。ズボンのすそや靴は土がそこかしこに付き、長時間歩いていたのが分かる。

 

「ここまで来るのに建物が何もないって、やっぱりおかしいよ……」

 

 タカシは辺りを見回しながら、疲れきった顔でそうつぶやいた。横手にはなだらかな丘が広がり、その陰に隠れるようにして紫色の花畑が広がっている。何の花だか知らないが、この薄暗い曇天の下、人っ子ひとり見当たらない状況ではその花たちは寂しげで、不気味ですらあった。

 ぼさぼさの頭をかきあげ、彼はまた歩きだす。角メガネの奥にある小さな目はしょぼくれ、これからたどり着くあても見えてなさそうだった。低身長で胴長の彼がトボトボ歩いている姿は、なんというか捨てられたチワワから可愛いげを抜いたような、どうしようもなく冴えない雰囲気があった。

 

 タカシはボンヤリと前を見ながら、今までの事を思い出す。思い出すといっても、修学旅行のバスに乗り込んで、そこから先は分からない。

 彼は窓際でひじをつき、ずっと眠っていたのだから。起こす者もいない。クラスメイトが何を話していたかも、知るよしがない。本当に、気がつけばこの見知らぬ人里はなれたような場所に一人でいたのだった。

 最初は、知らないうちに観光地に置き去りにされたのかと疑った。観光の班分けからして余りもの扱いだったので、あながちあり得ると思ったのだ。

 しかしとっさにポケットの財布と、それから携帯を確認して、タカシはその予想が甘かったと気づく。

 携帯には、電波が入っていなかった。再起動などもしてみたが状態は変わらず、マップを調べる事もできない。

 さいわい、貴重品や荷物は無事だったわけだが、それなら一体、何が起きてこうなったのだろう? ただの片田舎のいち中学生を、物取りもせずに放置するような物好きが、どこにいるというのか。

 

 いくら考えても答えは出ないので、タカシは舗装もされていない道を歩き続ける。その歩き方はどこか妙で、重心が傾いていたり、足が地面に擦っていたりと不安定だった。靴をよく見ると靴底がななめに酷くすり減っており、その妙な歩き方が日常的であるのがうかがえた。

 そうこうしている内に、背後にあった紫の花畑が遠くなり、代わりに視界のすみに黄色い花畑が見えてきた頃。

 

 タカシのメガネにポッ、と大粒の水滴がつく。彼が顔をあげると、またたく間に空から音をたてて雨が降りだした。

 

「うわっ!?」

 

 タカシはあわてて道脇の木立の下へと走る。そして木陰に飛び込んだが、それでも防ぎきれない雨が彼の体に染み込んでくる。

 

「えーと、雨具、雨具……」

 

 小さくつふやきながら荷物を開ける。しかし中身は、着替えやらお土産やら飲み物やらが所せましと詰め込まれた、乱雑なものだった。

 

「あーもう!」

 

 タカシはいら立った声をあげて荷物を下からまぜっ返す。そしてようやく引きずり出した雨ガッパはよくたたんでいなかったのか、くしゃくしゃに丸まってシワがついていた。

 それをかぶって彼は木に背をあずける。まとわりつく雨粒が体を冷やすが、今はやり過ごすしかないと、彼はつとめて座ったままジッとしていた。

 

 しかし、である。雨ガッパを着た自身の姿を見たタカシの頭に、ふと考えがうかぶ。

 

(……そういえばこの雨ガッパの形……マンガとかで見るローブみたいだな)

 

 広い袖口や丈の長いすそ、そしてフードなどを見ればそっくりだ、などと彼はどうでもいい事を考える。そのうちに頭の中にはローブ姿の魔法使いの青年があらわれ、炎や水、風、雷を自由自在にあやつる姿が浮かびはじめた。

 その時のタカシの目はうつろで、先ほどまでの冷えも意識していないようだった。ふと視界のすみに、30センチほどの木の枝が落ちているのをとらえる。

 

 彼はその枝をつかむと立ちあがり、ほとんど発作的に振り回しはじめた。その動作は頭の中の魔法使いそのままである。

 

「ボワンッ! ずああぁーーっ、ひゅるるるるしゅおおぉぉ、ズバシャビビリビビィ、ジジッ……」

 

 ついには口からさまざまな擬音が飛び出していく。相変わらず彼の脳内にはさまざまな華々しい魔法が飛び交っているのだが、現実は少年が一人、自分のためだけの一人芝居をしているありさまである。

 実は、このような彼の行動は初めてではなかった。連想をはじめ、何かのきっかけで脳内に興奮する映像が流れ出すと、自分でも気づかないうちに体と口が動き出す。それはかれこれ、幼少から今まで十年以上も続いていた。

 厨二病などという言葉があるが、それとも違う。自分を特別だと思っていなくとも、ただ興奮に体がつられて動くのだ。

 

 とはいえ、誰にも見られていないならいいのだ。けげんな顔をされるわけでも、永遠に現実に帰らないわけでもない。

 しかし、その時は違っていた。

 

「氷雪魔法、フリーズベル・スノベンバー……!」

 

 テキトーに思いついた呪文をとなえながら、タカシは背後の木立へ振り返って木の枝を振りかざす。

 すると、いつの間にいたのか、一人の12歳ていどの少女と目が合った。

 

「あ」

 

「…………」

 

 タカシは小さく声をもらし、少女を見た姿勢で固まる。

 袖が広く黒いフリルつきの黄色い上着を着て、下は緑のスカートに黒いブーツ。つばの広いリボンつきの黒い帽子をかぶり、緑色のセミロング、そして巨大な閉じた目玉から奇妙なコードが伸びてからまっている。

 小柄な少女は、そんな変わった格好で傘もささず、緑色の大きな瞳をきょとんとタカシに向けている。

 

 その瞳に射られ、タカシの頭に「見られた」という意識がそぞろに湧きはじめる。彼はとっさに持っていた枝を放り出すと、顔をキョロキョロ動かしながら言った、

 

「ま、迷子? 君」

 

 声はうわずり、顔は真っ赤である。言葉の上では少女にたずねているのだか、その実タカシはうつむいて渋面をつくり、自己嫌悪にかられていた。

 

「…………」

 

 一方、少女の方は特に反応するでもなく、キョトンとタカシを見つめていた。やがてとことこと歩み寄ると、薄く笑って答える。

 

「ううん、散歩」

 

「そ、そう」

 

 タカシは生返事をし、地べたに素早く腰をおろす。少女もそれにならって、ちょこんと座り込んだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 並んで座った形になり、しばし無言の時間が過ぎる。タカシは横目に、隣の風変わりな少女をちらちらと見た。散歩と言っていたが、子供が一人でこんな遊び場もなさそうな場所を歩くものだろうか。それにこの少女、雨宿りに来たらしく全身ぬれていながら、楽しげに鼻歌など歌っている。

 いったい何者なのだろうか……とタカシが考えていると、ふとハッとなり、手元のバッグを開ける。そしてタオルを何枚か取り出すと、うち二枚ほどを少女に手渡した。

 

「これ、使いなよ」

 

「?」

 

「このままじゃ風邪ひいちゃうでしょ。これで拭きな」

 

 不思議そうな顔をしていた少女は、タオルを押しつけてやるとようやく受け取り、髪や顔を拭きはじめる。それを見届けると、タカシも同じようにした。

 

「ね、お兄さん。お名前は?」

 

 だしぬけに少女がたずねる。タカシが驚いて振り向くと、先ほどから一変、少女は興味深そうに上目遣いの視線をよこしてくる。しかし、それでも目の奥には、得体のしれないような光があった。

 

「あ、ああ……カマダ タカシだよ。君は?」

 

「こいし。古明地 こいし! よろしくね」

 

 歯を見せてニカッっと笑う少女。タカシは急に友好的になられたような気がして、少しまごついてしまう。それは素性の知れない警戒心のせいもあるが、笑顔で交流するのが久しぶりという理由もあった。

 

「あの……こいしちゃん」

 

「なに?」

 

「ここってさ……なんて場所なの?」

 

 タカシは遠慮がちにたずねる。相手の見た目は子供でどこの誰かもしれないが、この際しかたがない。

 一方で、こいしは二回ほどキョトンとまばたきをし、ポンと手を打つ。

 

「あ、お兄さんやっぱり外来人? 今気づいたわ」

 

「……? がいらいじん?」

 

「えーとね、外来人っていうのは……」

 

 眉をひそめるタカシをかまいもせず、こいしはペラペラと信じがたい事をしゃべりだす。

 いわく、ここは幻想郷という世界で、タカシの知っている現代とはまるで様変わりした場所だと言う。家は全て木造、携帯もテレビもなく、おまけに人智を越えた妖怪やら神様やらがひしめいているのだという。

 

「でね、私も妖怪なの」

 

 こいしはそう言って話を結んだ。対するタカシは絶句し、ポカンと口を開けている。

 少しして、タカシは苦笑いし、手のひらを振りながら言った。

 

「い、いやいや、ないわないわ。君どう見ても人間じゃん」

 

「むー、本当だもん! 私けっこう有名人なのよ?」

 

「妖怪っていったら僕の方がそれっぽいよ。妖怪ボッチ」

 

 タカシはてんで信じていない様子である。わざとらしく頬をふくらませるこいしに、彼は続けて言う。

 

「だいたい妖怪って言ったら、もっと恐ろしい格好で人を食べそうな……あれ?」

 

 笑いながら話していたタカシだったが、ふと目の前を見てまた言葉を失う。先ほどまで座って向き合っていたはずのこいしが、こつぜんと姿を消していたのだ。

 こいし自身も、着ていた物も、何もかもが痕跡すら見当たらない。音もなく、あの少女は霧のようにいなくなった。

 

「え、あれ? こいしちゃん!?」

 

 タカシはあわてて木陰を飛び出し、左右の道を見渡す。しかし雨の降りしきる向こうには人の姿は見当たらない。

 もしや、信用しないから怒ってしまったのだろうか……などと彼がソワソワしていると。

 つんつん、と背の低い誰かが背中をつつく感触がした。振り返るといつの間にいたのか、こいしがニヤニヤと笑っている。

 

「うおっ!?」

 

「へへ、驚いた?」

 

 子供らしくはしゃぐこいし。タカシは何が起きたのか分からず動くのも忘れ、雨を遠慮なく浴びている。

 そんな彼を木陰へ引っ張り、こいしはないしょ話をするように、口にひとさし指を当てて話す。

 

「私ね、人の無意識を操る力があるんだ。さっきみたいに、他人の意識の内外を行き来できるの」

 

「……だから気づかれないって事?」

 

「そうそう。だから一人で散歩してても安全なのよ。だーれも気づかないから」

 

 こいしは得意げに胸を張った。そのしぐさには自身の能力に戸惑いがない、確かに人間らしからぬ貫禄があった。

 本当に妖怪なんだ。そう思ったタカシは、とつじょ身を乗り出してこいしに言った。

 

「じゃ、じゃあさ!」

 

「わ、なに?」

 

「ここから帰る方法って知らない!? 僕、いつの間にか一人で来てて……クラスの皆はいないし、ああ携帯も通じないし! もう、本当に困ってるんだ!」

 

「うーん……」

 

 一転して切羽詰まりうったえるタカシ。焦りのためか、話しながら両手がせわしなく動く。こいしはしばし目をぱちくりさせていたが、やがてあっさりと首を横に振った。

 

「無理だよ。私は現代に行った事ないし」

 

「え……」

 

「行ける人もいるにはいるけど、とりあえず私は無理」

 

 こいしはそう言い、また雨へと視線を移してしまった。あまりタカシには同情していないらしい。

 タカシはなおも言い募ろうとしたが、こいしは見た目が子供なうえ、幻想郷で今のところただ一人の知り合い。へたに機嫌をそこねてはまずいと、タカシも口をつぐんだ。

 しばし、二人の間に無言の時間が流れる。いまだ降りやまない雨音が、しとしとと彼らの耳にこだまする。

 すると、その雨音にまじってふと、タンタンと小刻みな音が鳴り出した。こいしが振り向くと、タカシが無意識にかずっと貧乏ゆすりをしている。

 こいしは何も言わず、その貧乏ゆすりをうるさそうに眺めていたが、その時タカシがぼそりとつぶやいた。

 

「……でも、なんか良いなぁ。いても誰にも気づかれないって」

 

「え?」

 

「スケジュールとかクラスメイトとか、気にしないで行動できるじゃん。気楽でいいよ」

 

 タカシはそう言って、深くため息をついた。こいしは首をかしげ、意外そうに言う。

 

「そういうものなの? 人間は友達を欲しがるものだって、聞いた事あるけど」

 

「そんな人ばかりじゃないよ。いや……欲しいといえば欲しいけど、もう期待してないっていうか……」

 

 歯切れ悪く返事をし、うつむくタカシ。そんな彼が気になったのか、こいしはじーっと視線をそそぐ。

 遠慮のない視線に、タカシは落ち着きなく唇をかむ。そして観念したように、またため息をついて言った。

 

「……僕に関して言うとね。昔っから、友達づくりが苦手だったんだ」

 

 続けて自身の頭を指さし、自嘲した笑みをうかべて言う。

 

「……僕、生まれつき頭に障がいがあるらしくてさ……。なかなか上手く話したり、遊んだり出来なかったんだ」

 

「ふーん、たとえば?」

 

「たとえば……そうだなぁ」

 

 ためらいなく切り込むこいしに苦笑しつつ、彼は少し考え、口を開く。

 

「ドッジボール……って分かる? ボールを使ったスポーツ」

 

「ん、ちょっとだけ」

 

「あれね、保育園で初めてやったんだけど……まず2チームに分かれるでしょ? その時点でもう、『え?』って感じなのさ。何をするのか、まるで分かってないから」

 

「ルール説明とかしなかったの?」

 

「してた……と思うんだけどね。聞いてなかった。というか話してたのに気づいてない」

 

「えー」

 

 話しだしたタカシは、そこからやけに調子よく過去を打ち明けていった。

 

「まぁそのまま、ゲームが始まるわけですよ。ボーッとしてるから、だいたい僕が一番に当てられるの。そしたら外野に行けって言われるんだけど……」

 

「けど?」

 

「皆がやいのやいの言うのが意味不明で……。だって"ルールがある遊びをしてる"って分かってないから、いきなりボールぶつけられたって認識なのよ、こっちは」

 

 次第にこいしは冗談ではすまない話題だと思ったのか、口数が減っていった。それに反して、タカシはまだ話を続ける。

 

「で、あんまりグズグズしてたらみんな怒っちゃって。助けてほしくて先生の方を見たら……」

 

「…………」

 

「その先生に殴られた」

 

 彼はかわいた笑いをもらす。しかし目は笑っていなかった。

 

「むかーしはずっとそんな調子だったよ。演奏会もそう、学芸会もそう。何やってるか分からないで、気づいたら仲間はずれにされてて、その繰り返し」

 

「一人くらい、友達いなかったの?」

 

「保育園ではいないかな……。だってみんないつの間にか怒ってくるんだもん。関わりたくなかったわ」

 

 ほんの少しの強がりを混ぜて、すねたようにタカシは言った。そしていくぶんかトーンを落とし、それから数年後に話は飛ぶ。

 

「小学校以来はまぁ……さすがに他人にも話しかけるようにはなったけど……やっぱり上手くいかないねー」

 

「でもそれはマシになったんじゃない? よく分かんないけど」

 

「そう……かなぁ」

 

 タカシはあいまいな返事とともに目をそらした。口には出さなかったが、彼の頭の中には、今までのつらい思い出が次々と溢れ出てきていた。

 かくれんぼで置き去りにされ、椅子にガビョウを置かれ、好きな女子を言いふらされ、その女子を騙った偽のラブレターをしかけられ……。

 思えば、周囲をよく認識していなかった保育園時代の方がマシに思えた。社会をつくっている人間一人一人の中で、自分も生きていかなければいけないと分かった日から、他人という概念がわずらわしく、重苦しい。

 

「ねぇ、お兄さんみたいなの、現代にはいっぱいいるの?」

 

「いっぱい……はいないかな。わりと目につく程度」

 

「じゃあ同じような人で集まればいいんじゃない? そうすればWin―Winでしょ」

 

「うーん……」

 

 こいしはさも簡単そうに言った。実際、そのような取り組みも現代では行われている。しかし、タカシはぷいと顔をそらし、面白くなさそうに言った。

 

「やだよ、つまらんし。時間がもったいない」

 

「注文が多いね」

 

「そういうのやらせたがるの、だいたい親なんだよ。面倒くさいったらない」

 

 親に言及したとたん、タカシの口調がとげとげしくなる。そして彼はこいしに振り向き、いら立った様子で言った。

 

「親っていったらさー、昔からあれやこれやうるさくて、勝手に生んだくせに疲れた顔して、しかも遺伝か知らないけどしょっちゅう運転で事故りかけて……っ」

 

 早口でまくし立てるタカシだったが、ふとこいしと目が合い、その言葉が途切れる。こいしはいかにも飽きたような、つまらなそうな目をしていた。

 もう自分の話題には興味がないのかもしれない。そう思ったタカシは、せきばらいをして言った。

 

「……ごめん。悪いクセなんだ。一人でベラベラしゃべってた」

 

「ん、気にしてないよ」

 

 こいしはそう答え、再び雨の景色へと視線をうつす。いつしか雨は小降りになっていた。

 もしかしたら彼女は、こうしてボンヤリしているのが一番楽しいのかもしれない。それか、単に気まぐれなだけか……。

 タカシには判断がつかなかったが、それでも気まずくなったのか、彼は自分の荷物から土産のチョコレート菓子をいくつか取り出すと、こいしに手渡した。

 

「よかったら、食べる?」

 

「あ、ありがとう」

 

 こいしはコロリと笑顔を見せ、菓子を食べはじめる。その様子を可愛らしいと思いながら、タカシはふと、菓子など受け取ってもらえたのはいつぶりだろうと考えた。

 あげたい物をポンとあげる。それが出来るのは、自分か相手が子供の時だけだ。年を経るにつれ、人との距離感、場の雰囲気、金額など、さまざまな問題を考慮せねばならなくなる。

 タカシはそう考えると、また暗い思いにとらわれる。「入れてー」などと言って輪に入れてもらった経験もないまま、彼はそれが出来ない年齢になったのだ。

 

「いっそ、周りがみんなこいしちゃんだったらよかったのになぁ」

 

 菓子も食べずに、タカシはつぶやく。自分の名前を出されたせいか、こいしが振り向いた。

 

「周りの人がみんな気にならない……。存在しないのも同じな時間があるって、きっと楽しいよ」

 

「そんなの良いもんなの?」

 

「良いもんだよ。きっと」

 

 眉をひそめるこいしに、タカシは答える。しかしその顔色は、ちっとも楽しそうじゃなかった。

 

「……来世は石になりたい。生き物は、いやだ」

 

 地面に目を落とし、悲しげに言うタカシ。しかしこいしは何も言わず、彼は思わず顔をあげた。

 こいしは、木陰から向かいに横たわる道の先をジッと見つめていた。角度的に、タカシにはよく見えない。

 「どうかしたの?」とタカシがたずねようとした時。

 

「帰るね」

 

「え!?」

 

「雨、やんだから」

 

 タカシが見ると、確かに雨はあがっていた。それでも唐突な気がしてタカシが戸惑っていると、こいしが立ちあがり、振り向いて言った。

 

「お姉ちゃんが待ってるから、いいかげん帰らないと」

 

「あ、お姉ちゃんいるんだ」

 

「うん。3日も帰ってないから、きっと心配してる」

 

「そっか……。え、3日!?」

 

 さらりと言ってのけたこいしに、タカシはあんぐりと口を開ける。そんな彼を気にもせず、こいしは道へと駆け出した。

 

「じゃあね」

 

「あ……うん」

 

 振り返って、こいしは一度だけ手を振った。タカシはあっけにとられた風に、手を振り返した。

 知らない土地でまた一人きりになるのは、冷静に考えると大変だが、タカシはこいしの気まぐれさ加減についていけず、あえなく置き去りにされた。

 一人になると、また雰囲気が変わる。それほど親密でもなかったはずなのに、無言の時間の重みが、二倍になった気がする。

 

 今度こそしゃべらなくなり、タカシは思う。お姉ちゃんが待っているという言葉が、他人事には聞こえなかった。

 

 いざ現代での事を思い出してみると、彼なりにさまざまな人の顔がうかぶ。うざったい両親にはじまり、からかってくるクラスメイト、疎遠になった幼なじみに、三年かけてやっと名前をおぼえた同級生。

 誰も彼も、それほどありがたいと思っていなかったが、こいしと会ってから、心境が変わりつつあった。

 彼らはこいしのような妖怪ではない。普通の人間じゃないか、と。だいいち、こいしにだって何だかんだ言いつつ、話し相手になってくれる人間的な部分を求めていたではないか。

 

 こいしにとってのお姉ちゃんのように、自分にも待ってくれている存在が少しはいるだろう。そんな望みが、心の奥底にふつふつとわき出ていた。疎外感のあったクラスメイトたちにも、(少なくとも表面上は)明るく接してくれる人間が、いないわけではないのだ。

 どうにかして帰ろうか。その現実の問題に、彼が再び目を向けはじめた時。

 

 ふいに、一人の少女が木の陰から彼を覗きこんだ。こいしとは別の、紅白の巫女服めいたものを着た同い年くらいの少女。タカシと目が合うと、少女はぶっきらぼうに言った。

 

「……あんた、外来人ね」

 

「あ、はいっ! そうです!」

 

 外来人の意味するところを知っていたタカシは、きっぱりと肯定した。紅白の少女からは、どこか人間的な、安全な雰囲気が感じられたのだ。

 

「……ある程度事情は知ってそうね。まあいいわ。向こうの世界に帰すから、私についてきなさい」

 

「わ、分かりました。えっと……」

 

「博麗 霊夢よ。早く」

 

 霊夢と名乗る少女は、さっさと先を歩きだす。タカシは荷物をまとめ、急いで後を追った。

 雨上がりの道を進む最中、霊夢は一言もしゃべらなかった。タカシも、『こいしちゃんが助けを呼んでくれたのだろうか』などと思いつつ、黙々と歩いていた。

 と、その時。霊夢が急に立ち止まり、振り返る。つんのめるタカシに、彼女は言った。

 

「あのさ……アンタ」

 

「な、なんですか?」

 

「なんかずっと一人でブツブツしゃべってたけど、あれ何だったの?」

 

 霊夢は遠慮がちに、けげんな表情をして言った。タカシは一瞬意味を分かりかね、後に「あ」と合点する。

 先ほどまでずっと話していたこいしには、無意識を操る力があった。おそらくあの時も、霊夢にはこいしの姿が見えていなかったのだ。

 思えば、こいしが帰り際に遠くを見つめていたのは、様子をうかがかう霊夢を見ていたのだろう。

 

 タカシはそれを説明しようとしたが、つい言いよどんでしまう。霊夢は不気味がるような顔で彼を見つめている。

 その表情が、過去に疎外されたいくつもの思い出と重なる。唇をきつく結び、つい目をそらしてしまう。

 しかし、タカシは気を張って霊夢に向き直った。これから先、いつまでも孤独を選んではいられない。そう自身に言い聞かせながら、彼はつとめて明るい表情をつくって、言った。

 

「……気にしないでください。よくある事なんです」

 

 気弱くそう言ったタカシの顔を、晴れ間からさした日の光が照らしていた。

 

カマダ タカシ――生存

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