幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~ 作:ごぼう大臣
「……最近は外来人が多いわねぇ」
「お嬢様、今のところこの三人で全部です」
外壁も内壁も全面が真っ赤に塗られ、窓もなく薄暗い館。その中でも一切の日光が入らないその部屋は、ろうそくが点々と灯され、壁際には天蓋つきのベッド、そして最奥に玉座が置かれている。
その玉座の上には、見た目8歳ていどの小柄な少女が座っていた。
お嬢様と呼ばれたその少女。白く古めかしい、フリルつきのワンピースドレスに、赤いリボンがあちこちにあしらってある。細い足には赤いストラップシューズをはき、頭にはフリルつきの丸く柔らかい帽子をかぶっている。その下には水色のセミロングヘアーが、ゆるくウェーブがかって伸びていた。
そして透き通るような白い肌、絶妙なあどけなさを残すフェイスライン、ぱっちりとした目に、毛先のばらつかないまつ毛。
幼いながらも、将来の美を予感させる麗しい少女。とりわけ西洋人を見慣れていない者なら、つい振り向いてしまいそうな子供だ。
しかし、少女の全身をよくよく見ると、彼女がただの美人ではない、異様な存在だと分かるだろう。
瞳の色はワインを思わせる赤色で、相手を射ぬくような鋭さがある。口からは白い牙がのぞき、指先からは赤く長い爪がのびている。それはただの獣とも違う、いわゆる怪人のようだった。
そして何より、背中から広がる一対の黒いものがひときわ目立っている。少女の体を包めるほどの大きさで、左右にばさりと広がっている。内側には黒い骨組みのような部分から、赤みがかった膜が張っている。
巨大な、コウモリの翼だ。
玉座にいる少女は、自らを人外の"吸血鬼"だと称した。名はレミリア・スカーレット。
彼女は手すりに頬杖をつき、部屋の中央を見て目を細めた。
そこには、レミリアよりも一回り年上の、中学生らしき少女が三人いた。そろって▼▼中学と書かれたブレザーの制服を身につけ、地べたに膝をつき、うつむいている。その表情は蒼白となり、がたがた震えていた。
「ご苦労さま、
三人をひとしきり眺めると、レミリアはその傍らに立っていたメイドに声をかける。銀髪のメイドはうやうやしく一礼すると、音もなくその場から消えてしまった。
部屋には、レミリアと三人の中学生たちだけが残る。
「ねえ、一番右のあなた」
「!」
レミリアが三人の中の一人に声をかける。三人の肩がいっせいに跳ね、呼ばれた少女はふるえながら顔をあげた。
外にはねたショートヘアに、カチューシャで額を出した髪型の、切れ長の目をした少女。レミリアは目をジッと合わせながら、尊大な態度で話しかける。
「我らが
「……別に、来たくて来たわけじゃないんだけど」
「質問に答えなさい。名は?」
「……サイトウ サクラ」
少女ことサクラはおびえつつも、反抗的な目をして言った。一方、レミリアは意にも介さず、隣の少女に視線を移す。
「じゃ、真ん中のあなた。名前は?」
「ひぃっ!?」
今度の少女は悲鳴をあげ、のけぞるようにして顔をあげる。センター分けにしたロングヘアーが、憔悴をあらわすかのように乱れている。彼女はかすれそうな声で答えた。
「コ、コモリ ユリです!」
「そう」
レミリアはうなずき、笑みをつくる。それが満足しての笑みなのか、それともどうでもいいと思っての笑みなのか、おびえた少女たちには分かりかねた。
「あ、あの……」
「なに?」
「私ら、よく分からないまま連れてこられたんですけど……ちゃんと帰れるのかな~……なんて」
「その話は後よ。少し待ってて」
「は、はいっ! すいません」
媚びるようにして尋ねたユリは、レミリアのそっけない対応にたちまち頭を下げた。その態度の変わりように呆れてかサクラが横目ににらむと、それにすらユリは縮こまった。
最後にレミリアは左端の、ショートボブの大人しい雰囲気の少女に話しかける。
「残るはあなたね。名前は?」
「…………キシダ アヤメ、です」
アヤメはか細い声で答え、唇をきつく結ぶ。一言発するだけでも精いっぱいという様子だ。レミリアはそれを愉快そうな目で眺めていたが、そんな彼女にふと、アヤメは口を開く。
「あの……」
「ん?」
「私たち……何か失礼をしちゃったんでしょうか……?」
アヤメの問いに、レミリアはふと笑みを消す。サクラとユリも盗み見るようにしてアヤメに注目している。
アヤメは横からの視線には気づかず、ただレミリアから目を離すのさえ怖いという風な顔色だったが、フラフラと立ちあがる。そしてまるで、裁判で証言台に立つかのような緊張した佇まいで話しはじめた。
「私たち、修学旅行のバスに乗ってたら、急に白い霧に襲われて……気がついたらあなた方の館のそばにいただけなんです」
アヤメは、横にいる同級生らに一度振り向き、少しだけ口調をはっきりさせてレミリアに言う。
「サクラちゃんもユリちゃんも……私も、何も分からないまま捕まったんです。本当に……知らずに失礼をしてしまったのなら謝ります。だから、どうか解放してくれませんか?」
そう聞いて、レミリアは驚いたように目を丸くした。大人しげな雰囲気からして意外な、はっきりした主張。サクラとユリも、あっけにとられたような顔をしている。
レミリアはしばし目を天井に向け、黙りこむ。あたかも感心し、処遇を考え直すという具合に。
しかし、和らぎはじめた空気の中、一人がとげとげしい声をあげる。
「待ちなさいよ! そんなに下手に出る事ないでしょう!!」
部屋中に高い音が反響する。アヤメが驚いて振り向き、ユリもぎょっとした顔を向ける。
声の主はサクラだった。キョトンとしているレミリアに向けて彼女は立ちあがり、人さし指を突きつけて叫んだ。
「さっきアンタが指図してたメイドに、私ら一方的に捕まったのよ!? 本当なら一言、謝るのが筋でしょ! それをエラソーにふんぞり返って!!」
「ちょ、ちょっとサクラ、せっかく話が……」
「うっさい! だいたい、こっちが失礼やっててもお互い様じゃない。とっとと帰すか、それが無理なのか。ハッキリさせないと」
ユリがうろたえるのを一蹴し、サクラはアヤメの方を見る。私に言いたい事を言わせろ、と言わんばかりの目つきに、毅然としかけていたアヤメも
頭越しに緊迫した空気が流れるのを、ユリはソワソワと不安げに視線をおよがせる。すると彼女はついにアヤメを見据えたかと思うと、急に非難するような口ぶりで言った。
「そ、そうよ! アヤメあんた、いっつもそんな風にしてるからみんなにナメられてんじゃない! 私らを巻き込まないでくんない!?」
「え、えぇ……」
先ほど、一応はサクラをいさめようとした態度はどこへやら。ユリはサクラと一緒になって、アヤメに糾弾の矛先を向ける。
たちまち二対一の構図ができあがり、アヤメはうろたえる。そこで不意に、ぱんぱん、と手をたたく音が部屋に響き渡った。
「はいはい。言い争いは後にして、私の話を聞いてもらえる?」
面倒そうに言ったのはレミリアだった。真っ先にユリが向き直り、その次にアヤメ。そして最後にしぶしぶと言った様子でサクラが顔を向ける。
「まずは……アヤメだっけ。あなたが言った、知らないうちに来た事について、わけを教えましょう」
「本当ですか!?」
「ええ、吸血鬼は嘘をつかない。順を追って話すと……」
それからレミリアは、幼い容姿に似合わない理路整然とした口ぶりで三人にある異界の存在を伝えた。
いわく、三人が迷いこんだ場所は幻想郷。レミリアをふくめ、人間ではない存在が住民の多数を占める不思議な場所である。そして、少数派の人間たちは事実上、限られた場所に保護されているという。
「人間も……生きてるんですか?」
「だからそう言ったじゃない。老若男女がそろってるわ」
「そう……ですか」
人間がいないわけではない。そう分かってアヤメは少しだけホッとする。自分たちは異常な存在ではないのだ。そう思うだけで緊張がほぐれてくる。
しかし、そこでまたもやサクラが怒声を発する。
「はぁ? 人間ではない存在? バッカじゃないの」
「サクラちゃん!」
挑発的な物言いに、レミリアの眉がピクリと動く。アヤメが止めようとするのもかまわず、サクラはそのまま大声をぶつけた。
「いきなり捕まってそんな話されて、信じるわけないじゃない。アンタらどっかおかしいんじゃないの」
「……やれやれ、疑り深いわね」
「そりゃ私はマトモな頭してるもん。本当なら証拠の一つでも見せて――」
鼻で笑って、サクラはクラスメイトの二人にも目で同意を求める。その一瞬、彼女が目を離したすきに、レミリアが呆れたように椅子から立ち上がった。
そして、一陣の風とともにその場から消えたかと思うと、刹那に三人へ肉薄する。その体はまるで空気を泳ぐように浮かんでいた。
「きゃあああぁっ?!!」
「っうわあ!?」
「やあっ!!」
突然目の前にあらわれたレミリアに、三人はそれぞれ高い悲鳴をあげる。中でもユリは、ひときわ長く叫んだかと思うと腰をぬかし、這って我先にと逃げ出そうとする。
無様に尻を向けてへたり込んだユリを尻目に、レミリアは満足げに目を細めて言った。
「ね、これで分かったでしょう? 私が人間以上の存在だって」
レミリアはにんまりと牙を見せ、サクラへ顔を近づける。先ほどまで強気でいたサクラもさすがに恐怖を感じたのか、頬に一筋の冷や汗をたらす。
「ついでに言うとね。幻想郷の人間って、私たちがその気になればどうにでも出来るのよ。契約があるから殺らないだけ」
「あ、あわわ……」
レミリアは笑みをくずさずに、それでいて威圧するようにユリとアヤメを見下ろす。目が合ったとたん、ユリは口を開けたまま固まってしまった。
一人だけ、アヤメが震える声でたずねる。
「じゃ、じゃあ私たちは……」
「多分、悪い予想が当たりね。あなたたちのように迷いこんだイレギュラーは、殺しても問題にならないの。もっぱら、食料にされるわ」
「……っ!!」
食料、そう聞かされた瞬間に三人は瞳孔が縮まったかと思うほどに目を見開く。そして言葉を失っていたユリが一転、すがるようにしてレミリアに言いつのった。
「ま、待って! せっかく三人もいるんだし、私だけでも見逃してくれませんか!? ほら、働いたりできますから。どうせ向こうでは行方不明あつかいで、いつまででも……」
「黙れ」
レミリアが一瞬だけ蔑むような視線を向けると、ユリはまた大人しくなる。そしてユリに驚いた目をしている二人に向き直り、レミリアはつけ加えた。
「……まあ、食べてばかりいるのも飽きてきたし、チャンスをあげてもいいかな」
「チャンス?」
「……ど、どんな?」
サクラとアヤメの目に、かすかに光が宿る。レミリアは人さし指をピンと立てて言った。
「鬼ごっこ」
「鬼……ごっこ?」
「ええ。つまり逃げるあなたたちを、私たちが追いかけるって事。この屋敷を逃げ切れたら、その人は見逃してあげましょう。……もし、捕まったら……」
レミリアは意味ありげに言葉を切る。三人の体に、無言ながら明らかな緊張が走った。その先は言われなくとも想像がつく。
レミリアがゆっくり、高々と片手を上げる。気のせいだろうか、サクラ、ユリ、アヤメには不思議と長い時間に感じられた。
……やがて、レミリアがパチィッと勢いよく指を鳴らす。その音にはじかれるように、三人は部屋のドアへ猛然と走りだした。
最初にサクラが体当たりで扉を開け、次にアヤメが扉の間をすり抜けようとする。するとアヤメは立ち上がれずにいるユリに気づくと、助け起こし、一緒に部屋を出ていった。
開けっぱなしの扉から三人が遠ざかっていくのを、レミリアは腕組みして止めもせず、愉快そうに眺めていた。自分だけに聞こえる大きさの声で、ぽつりとつぶやく。
「……さぁて、わが館の配下からどこまで逃げられるかしら。私は手を出さないから、楽しませてちょうだいよ」
その台詞を言い終わる頃には、三人の姿は見えなくなっていた。代わりに、周囲に控えていたらしい子供くらいの背丈のメイドたちが群れをなし、後を追うように音をたてて駆けだしていた。