幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~   作:ごぼう大臣

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孤独と孤高("サクラ"ルート) 後編

――

 

 ……サクラがメイドを手にかけ、成り代わってから、さらに数十分後。

 

(ええっくそ出られねー! 方向オンチか、私!?)

 

 館をあちこち駆けずり回るメイドたちに紛れ、メイド服すがたのサクラは地団駄を踏んだ。そばを通ったメイドの一人が小さく飛びあがり、あわてて逃げていく。

 その後ろ姿を見ながら、ため息をつくサクラ。メイドたちは意外と鈍感で、サクラだけ羽を生やしていないのを、気に留めなかった。

 それは好都合だった……が、それだけにいっこうに出られないいら立ちが募る。

 

(ええい、もうどこをどう行ったか、同じ場所を何回通ったか知れない!! 怪しまれたらどうすんのよ!?)

 

 サクラは早足で廊下を駆けつつ、内心で早口に愚痴をこぼす。窓が少ないせいで今が昼か夕方かさえ見当がつかない。

 そうこうしているうちに、サクラの視界にトイレの標識が入った。雰囲気で、あのメイドの少女を殺したのと同じトイレだと察する。

 また同じ場所にもどってきてしまったのか、とサクラは落胆しかけたが、ほぼ同時にある変化に気づく。

 トイレの入り口に五、六人のメイドたちが人だかりができていた。険しい声色で、何事か話している。雑談ではなさそうだ。

 遠巻きに観察しつつ近づいていたサクラだったが、次の瞬間に彼女はとんでもないものを見た。

 

「あのデコ出した子、私の服を奪って逃げたの! メイドに紛れていると思うわ。油断しないで!」

 

 人だかりの中心で、一人の少女がさけんでいる。その姿はキャミソールを着て、背中には虫のような羽。なんと、サクラが殺して消え失せたはずの、あのメイドの少女であった。

 サクラは反射的に物陰にかくれ、その少女をひたすらに凝視する。血は流していないが、間違いない。あの首を絞めながら眼前に見たのと同じ顔をしていた。

 

 どういう事だ? 実は死んでいなかった? しかし体が現になくなっていたはずなのに、なぜ?

 サクラは混乱、憔悴しながら、それでも人だかりから逃れるように駆け出した。もうこのメイド服のごまかしも効かない。一刻も早く逃げなければ。その一心で、今度はただメイドたちの目に触れないようにとあちこち走り回った。

 

 目立たぬようにと廊下を抜け、階段を降りるうちに、サクラは少しずつ人気(ひとけ)のない場所へと迷い込んでいった。ループさながらの館の迷走から抜けられるかと喜ぶ反面、出口から遠ざかってやしないかという不安もふくらんだ。

 しかし今さら足を止める事もできず、辺りの様子はますます寂しく、薄暗くなっていった。何階につながるか分からない不気味な階段を降りながら、サクラもうすうす引き返そうかと思いはじめた。

 だが、その決心がつくよりも早く、彼女の視界に巨大な物体があらわれる。

 

「……!?」

 

 サクラは立ち止まり、そのそびえ立つ物体を見上げる。

 それは巨大な扉だった。今までより二回りほどもある、サクラが飛んでも届かない高さ。大きいだけではあるが、心なしかものものしい迫力がある。まるで扉の向こうに何かがひそんでいるような……。

 

 周りを見てみれば、その部屋は廊下の突き当たりにあり、左右への道も見当たらない。入ったところで行き止まりと変わらないのが一見して分かる。

 やっぱり戻ろうか……とサクラが背を向けた直後。

 

 キイィ……と木のきしむ音がした。サクラが息を呑んで振り向くと、扉が三十センチほど開き、中から一人の少女がのぞいている。

 背丈は小学校低学年、レミリアと同じくらい。白い帽子をかぶって金髪で、ボンヤリと赤い目を向けている。扉のすき間からでは分かりにくいが、どことなくレミリアと顔が似ていた。

 

「……だれ?」

 

 その金髪の少女がボソッとたずねる。サクラは声をあげそうになるのをとっさにこらえ、無造作におじぎして言った。

 

「あ、新しく入ったメイドです! はじめまして!」

 

「……ふーん、新人の子ね」

 

 自身のメイド姿を思い出してサクラは別人のように挨拶するが、少女の反応はうすかった。にこりともせず、少女は問う。

 

「……なんか、上うるさいけど、何かあったの?」

 

「あー……なんだか侵入者がいたみたいで、みんなで探しているんですよー」

 

「またぁ……? 最近多いなぁ……」

 

 少女はうんざりしたように言った。サクラはとりあえず変装がバレていないらしい事に胸を撫で下ろす。

 

「では、私も探してきますね! 失礼します!!」

 

 顔に笑みを張りつけ、サクラはくるりと背を向け去ろうとする。しかし、そんな彼女の腕を、少女がはっしとつかむ。

 

「……へ?」

 

「ちょっとこっち来てくれない? ヒマだから」

 

 少女は扉の間から手をのばし、表情を見せずに言った。腕をつかんでいる少女の手から、鋭くとがった爪が生えているのに気づき、サクラは思わず離れようとする。

 しかし、青白い細腕にもかかわらず、引っ張ってもビクともしない。

 

(何……? この力……!)

 

 サクラが戸惑う間もなく、彼女は部屋の中へと引っ張り込まれる。驚いて辺りを見回すと、そこには廊下よりさらに薄暗い空間が広がっていた。

 15畳ほどのスペースに、天蓋つきのベッド、タンス、クローゼット、テーブル、その上にロウソクがともった燭台などが置かれている。少女は扉を閉めると、部屋の隅へ静かに歩いていく。

 

「ちょ、ちょっと待って。アンタ誰!?」

 

「お姉様から聞いてないの? 私はフラン。フランドール・スカーレット。レミリアお姉様の妹よ」

 

「お姉……様」

 

 つい地の口調が出たサクラを気にもせず、少女もといフランは答える。その時、サクラの脳裏にあの恐ろしい吸血鬼の姿がよみがえった。

 

(アイツの妹……確かに似てるかも)

 

 サクラはフランの姿をしげしげと眺める。金髪のサイドテールに白いブラウス。赤いベストとスカート。そして背中には、木の枝に宝石がいくつもぶら下がったような、奇妙な形の羽が生えていた。そこだけが、レミリアと大きく違っていた。

 サクラが観察していると、フランが両手に何かを抱えて戻ってくる。黒いケースと、二つ折りの盤面。

 

「何ソレ……じゃない。何ですかソレ」

 

「チェス。相手がほしかったの」

 

 フランは無愛想に答え、床に盤面とコマを広げていく。サクラはあわてて止めに入った。

 

「ま、待ってください。私はルールがあまり……」

 

「説明書ならあるから。読んでおいて」

 

 説明書らしき四つ折りの小さな紙を投げ渡し、フランは準備を再開する。その間、フランは「お姉様ったら最近は人間の事ばっかり……あんな連中の何がいいのよ」などと一人でぶつくさ言っていた。

 つとめて気にしないようにしながら、サクラは説明書に目を通す。しかし十分に読み込む前に、フランが顔を上げ、口を開いた。

 

「じゃ、始めましょう」

 

 ……それからの戦局は、当然ではあるがフランが優勢だった。サクラはコマごとの動かし方すら分からず、「ビショップはそこに行けない」「ナイト動かしなよ」「ポーン減らしすぎ」などとフランからダメ出しされる始末である。

 だが、サクラの不慣ればかりが原因ではない。フランの手腕が、素人目に見ても異質なのだ。

 ほとんど考えるそぶりを見せず、まるで勘で動かしているようなコマ運びで盤面を支配していく。気づけば、サクラの軍勢は残りわずか、端の方まで追い詰められていた。

 肌で伝わる実力差と才能。負けたらペナルティでも課されやしないだろうか。サクラはもはやゲームの戦略などより、目の前の人外への恐れでいっぱいになっていた。

 しかし。

 

「ダメ。弱すぎる」

 

 何の前触れもなくフランが言ったかと思うと、右手を盤の上にかざし、きゅっと握った。すると突然、床に置かれていた盤がまるで破裂するかのように粉々になった。

 

「キャッ!?」

 

 サクラはのけぞって悲鳴をあげる。しかし、まばたきしながら何度見ても、さっきまであった盤は触れもしないのにバラバラになっている。戦っていた盤上の兵士たちもあわれ、陣形もへったくれもなく死屍累々。

 サクラがあっけにとられているのを尻目に、フランはさっさと立ちあがり、部屋の隅からまた何かを持ってきた。

 

「それは……?」

 

「トランプよ。これなら知ってるでしょ」

 

 紙束をシャッフルしながら、フランはつまらなそうに答えた。

 ……それから、二人はトランプでしばらく色々なゲームをしていた。神経衰弱、ページワン、ハイ&ロー……。しかしいずれもフランの記憶力、判断力、思考と手さばきの速さにサクラが圧倒され、一方的な試合が続いた。

 

「つまんない、弱すぎる」

 

 やがて、フランはそう言ってまた右手を握りこんだ。すると、52枚あったトランプが残らず破れ、紙吹雪のごとく舞い上がる。フランはまた立ちあがり、部屋の隅へ行く。

 

「ちょっとはまともにゲームできないの?」

 

「…………」

 

 粉々の紙片を頭にあびながら、サクラはひょうひょうとしたフランの台詞を聞いていた。

 

(……二人きりでトランプやって、面白いわけねえだろ)

 

 声には出さず、そう吐き捨てた。するとそれをきっかけに、サクラの胸中にふつふつと正体の分からない怒りがわいてくる。ゲームに勝てない屈辱などの、単純なものではない。もっと、独りよがりの根深いもの。

 そんな彼女の内心を知るよしもなく、フランは今度はオセロを持ってきた。サクラは無言でしたがった。本音がどうあれ、あの右手の破壊能力とでもいうべきものが、自分に向けられるのを恐れたのである。

 白と黒の石を置く間、サクラは正直、まるでオセロに集中できなかった。フランへの恐怖と、逃げられない不安。顔をあげてフランを一瞥すると、素知らぬ風で盤面を見つめている。

 サクラはふと、その光景が幼少の頃の思い出と重なった。周りの子供たちを意のままに付き合わせていながら、楽しそうにしている子はほとんどいない。大抵がつまらなそうに、それでも衝突するのを恐れて遊んでいたのだ。

 そう、ちょうど今のサクラと同じように。

 

 そう思った瞬間、サクラの頭にかあっと熱い衝動がのぼってくる。同時に、フランが呆れたように言った。

 

「何やってんの。また角のがしたじゃない」

 

 刹那、サクラは勢いよく立ち上がるや、足元の盤面を思いっきり蹴飛ばしていた。怪訝そうに顔をあげるフランへ、サクラは割れがねのように叫んだ。

 

「アンタねぇっ!! そうやって他人に好き勝手ばかり言って、許されると思ってるの!!?」

 

「……?」

 

「思いつきで遊びに巻き込んで、つまらなくなったら放り出して、こっちはいい迷惑よ! 少しは怖がってる周りの事を考えたらどうなの!!?」

 

「…………」

 

 メイドになりすましていたのも忘れ、サクラは夢中でフランを叱りつけて、否、怒鳴りつけていた。彼女はただ、自分の鬱憤ゆえに怒っていたにすぎない。

 ……かつて、好き勝手に他人を従わせ、あるいは排除するのは心地よかった。しかし、いやいや言いなりになる連中に囲まれるのは、行き着くところ、空虚だ。

 

 フランとサクラの関係も、似たようなもののはずだった。サクラは、自分が言いなりになる立場に転落したのを、たしかに感じていた。

 だから、彼女は心の奥底でフランに念じていたのだ。お前はきっと、友達なんか得られない。私と同じように空しい思いをして、いつか後悔するんだ。ざまぁみろ、と。先ほど怒鳴ったのも、フランと自分とを勝手に重ねて言ったにすぎなかった。

 

 しかし、現にフランの姿はどうだろう。怖がっているサクラを、まるで平気な顔をして見つめている。そこには、従わせる愉悦も、本音で触れ合えない寂しさも、みじんも存在しない。それどころか、威圧するような気色もない。まるっきり気まぐれで選んだ、遊び相手のように見ている。

 そのフランの目を見下ろしながら、サクラは歯がみした。この子が何の引け目もなく、ただ遊んでいるのだとしたら――勝手におびえて、昔のしっぺ返しのような立場に甘んじている自分は、何なのだろう。あまりにみじめじゃないか。

 

 サクラが怒鳴るのをやめ、はたと気がつくと、フランはうつむき、黙りこんでいた。反省しているのか、それとも怒っているのか、サクラが判断しかねてうろたえていると。

 不意に、フランは右手をかかげ、手のひらを開いてみせた。そしてスッと顔をあげ、飽きたと言いたげな口調でつぶやいた。

 

「もういいや。妖精ってたしか復活するんでしょ?」

 

「は?……妖精……復活?」

 

「じゃ、()()()で遊ぼ」

 

 そう言うなり、フランは右手をまた握りこもうとする。その瞬間、サクラの脳裏にある記憶がよみがえった。

 あのメイド服をうばった少女が、消えたと思うと後に生き返っていた事。もしかしたら、あのメイドたちが"妖精"で、殺しても復活するのかもしれない。

 

「ま、待って!! やめ……」

 

 サクラはあわてて止めようとした。「自分は人間だ」と叫ぼうとした。

 しかし、それより早く、フランは右手をきゅっと握った。

 

 その瞬間、サクラの体がほんの一瞬ちぢんだかと思うと、みるみる膨れあがった。続いて皮膚が薄皮のように破れ、中から赤黒く染まったさまざまなものが飛び出した。

 その間、およそ一秒にも満たない。サクラは脳が破裂するまでの間、不思議なほどに長い走馬灯を見ていた。友達をつくれないまま過ごした幼稚園時代、ユリやアヤメと出会った小学校時代……。

 ……どこかで考えを改めていれば、今の状況も違っていたのだろうか。そう思いをはせながら、彼女の意識はとぎれてしまった。

 

 ビシャ、と音がして、床に直径三メートルほどの血だまりができる。それをボンヤリ見つめながら、フランは首をかしげた。

 

「……妖精って、こんなに汚かったっけ」

 

 感慨も何もなくそう言って、彼女はちょこんとその場に座り込んだ。気晴らしは終わった。また一人の時間が続いて、そのくり返し。

 「退屈だ」とつぶやいたフランだったが、どうして。その顔は悲しげでも、悔いているようでもない。人間離れした、本当にただただ退屈そうな顔だった。

 

サイトウ サクラ――死亡

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