幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~   作:ごぼう大臣

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さようなら("アヤメ"ルート)

「……二人とも、ちゃんと逃げてるかな……」

 

 薄暗い洋館の廊下を駆け回りながら、少女、キシダ アヤメはつぶやいた。

 

 彼女は、修学旅行の移動用バスに乗っている最中、同級生らともども白い霧に巻き込まれて意識を失った。

 そして目覚めた時、周りにあったのは見知った現代の景色ではなく、紅く塗られた古めかしい館。そう、今いる"紅魔館"だった。

 その紅魔館の住人によってアヤメは友人のサクラ、ユリとともに捕まり、あるゲームを課せられた。

 それは鬼ごっこ。しかも、彼女らが迷い込んだ異界、"幻想郷"のルールに乗っ取った、逃げるか食われるかという命がけのゲームであった。

 

 アヤメは逃げ回るさなかでサクラともユリともはぐれ、今げんざい館につとめるメイドたちの目をかいくぐり、出口を探しているのだった。

 

(どうしてこんな事になっちゃったんだろう……)

 

 さんざん走って乱れたショートボブの髪をすき、メガネのズレを直す。一呼吸おくと自然に、共にいた二人の事を思い出した。

 リーダー的な存在だったサイトウ サクラは、鬼ごっこの開始を告げられると真っ先に逃げ出した。ドアを体当たりで開け、後ろを振り返りもせず、残りの二人を置き去りにしていった。

 そしてサクラの腰ぎんちゃくのような存在だったコモリ ユリは、途中で置いてきてしまった。メイドたちに捕まりそうになった時、ユリを空き部屋に隠した上で、アヤメがメイドを一人で引き受けて引き離したのだ。彼女は最後に「一人にしないで」と叫んでいた。

 

 極限状態になると本性があらわれる、という事なのだろうか。ある者は我が身かわいさしか考えず、ある者は他人にすがり、頼ろうとする。考えにふけりながら、アヤメは苦々しい顔で首を横に振った。

 

(……いつか、()()()仲良くなりたかったけど……無理かな……)

 

 暗い面持ちのまま、アヤメはあてもなく目の前に続く廊下を走り続けた。

 

 ――キシダ アヤメは、幼少より"仲良く"を重んじる子だった。ケンカがあれば仲裁に入り、仲間外れの子がいれば遊びにさそってあげる。幼稚園時代はまさしく"いい子"で、よく親や周りからほめられていた。

 小学校に上がって、サクラとユリに出会った。サクラはその頃から自己中心的で、ユリは振り回されつつもくっついて離れない、そんな子だった。

 それから、アヤメの行動は少しずつ変わっていった。それまでのように分け隔てなく接するのではなく、常にサクラとユリについていき、控えめに忠言をするようになったのだ。対等とは言いがたい、陰ながらストレスを溜めていそうなサクラとユリの間で。

 何度も何度も口出しした。ほとんどはにべもなくはねのけられた。それでもアヤメは見限らなかった。だって友達なら見放してはいけないから。自分は"いい子"なのだから。

 ……そんな使命感じみたものを持ちながら、とうとう関係はほぼ改善しなかった。アヤメは今までを思い返し、不満げに口をとがらせた。

 

(だいたい、ユリちゃんがいけないんだ。いつもサクラちゃんに従って、文句の一つも言わないんだから)

 

 いつもサクラのそばにつき、作り笑いをして盲従しつつ、時にはアヤメの苦言を二人でこき下ろそうとしてくる。

 あの鬼ごっこが始まる直前、レミリアと話した時もそうだった。明らかに得体の知れない存在がいるにも関わらず、相変わらずサクラのご機嫌をそこねないように努める。あれだけでずいぶん空気が悪くなった。

 

(……私とサクラちゃんの二人だけなら、もっと上手くまとまったんじゃ……)

 

 ふと、そんな栓もない想像をする。中途半端に機嫌をとって、甘やかすからいけないのだ。いっそ自分がサクラとじっくり話し合えていれば、関係も違ったのではなかろうか。

 そんな風に考えていた時。

 

「……あれ?」

 

 館を逃げ回るうちに、無意識に誰もいない場所を目指していたのだろうか。ふと気づくとアヤメの目の前に、下へと伸びる階段があった。全面が灰色のわびしい外観で、手すりや装飾は見当たない。壁の向こう側をななめ下に掘り進んだようなそれは、地下を連想させた。

 アヤメは、暗闇に続いていくその階段を見て、一瞬ためらった。館内の薄暗さには慣れてきたが、それでも先の見えない場所に踏み込むには不安が大きすぎる。何者がいるか、分かったものではない。

 しかし、隠れ場所にはちょうどいいのでは……とも思えた。見た限り、あのメイドたちは数えきれないほどいる。この期を逃せば、逃げ込めるようなポイントはもう、ないかもしれない。

 

 アヤメが階段の前で悩んでいると、廊下の角から少女の話し声が聞こえてきた。サクラやユリの声ではない。メイドだ。

 このままでは見つかる。そう思ったアヤメは、けっきょく階段の方へ飛び込んだ。闇の中で息をひそめ、地上をメイドたちが通りすぎるのを音で確認し、安堵の息をつく。

 ……それから、彼女はまた奥へ行くか戻るかで悩んだが、三十秒ほどして、とうとう階段を降りていった。

 もしかしたら、外へ通じる秘密の通路などがあるかもしれない。実のところアヤメも、そんなとっぴな希望を持つ程度には、疲れきっていたのである。

 壁に手をつき、目をこらし、黒地に浮き上がるような階段を一歩一歩、慎重に下りていく。

 そのうち、上階から差していた光が遠くなる。アヤメの緊張が高まった。火の気がないせいか、一階ぶんも下りていないのにひどく寒い。スカートの下の素足が冷えるのをこらえつつさらに進むと、眼下にぽつんと、壁にかけられた灯りと、両開きのドアが見えた。

 

(……部屋が……)

 

 やはりどこかしらに繋がっていたのだ。アヤメははやる気持ちをおさえ、そっとドアに近づき、取っ手を引いた。その瞬間、今までとは打って変わったまばゆい光と、穏やかな暖気が、彼女の全身を包んだ。

 

「え……」

 

 アヤメは驚いて目をしばたかせる。目の前に広がるのは、広々とした一室。学校の体育館ほどはあるだろうかという広さに、高級そうな赤いじゅうたんが敷かれ、上にはいくつも照明がこうこうと光っている。

 そして、何より目を引くのは、部屋中に整然と置いてある――いや、そびえ立つという方が感覚としては適切だろうか。高さ10メートルほどもある本棚だった。どれもすき間なく分厚い本が詰められ、いっぱいになったものが10、20……それ以上にある。

 アヤメはしばらく呆気にとられてその部屋の威容を見つめていたが、我にかえって扉を閉める。そして音を立てないようにそろそろと部屋を進んだ。

 

(……誰か、いるのかな……)

 

 少しも物音がしない中で、そわそわと辺りを見渡す。本来ならば、広い部屋の隅にでも隠れていればいいのかもしれないが、他人の部屋に入るとつい部屋主を探してしまうのだ。

 その部屋は本の量からして、図書館かなにかだろうか。棚に入りきらなかったらしい本が、あちこちで1メートルほどの高さの山になっている。

 それを避けつつ奥へ歩いていると、かすかにアヤメの耳に音が届いた。

 

「けほっ……けほっ……」

 

 小さいが、確かにせきの音だ。やはり誰かいるのだ。そう思ったアヤメは音をたよりに歩を進める。

 すると、本棚と本にさえぎられていた視界が少し開け、小さなテーブルと、それを囲む二つの椅子が置かれているのが見えた。テーブルには白いティーポットとカップ。そして椅子の片方に、一人の女性が座っている。

 紫色を主とした、ネグリジェのようなドレスと帽子を身につけた小柄な女性。足は白いタイツにリボンつきのソックスブーツ。ウエストの見えにくい服の胴体を、腰までのびる濃い紫色の髪がおおっている。

 

「けほっ、げほっ!」

 

 女性が、顔の前で広げていた本を落としかけ、膝に置く。あらわれた顔は病弱そうな色白で、苦しげにゆがめられている。

 アヤメは本棚の陰を移動しつつ、10メートルほどの距離まで近づいた。が、女性のせきは止まらない。それどころかますます激しくなる。

 

(……大丈夫かな、あの人……)

 

 アヤメは見つかるのを恐れつつも、心配から制服のすそなどを無意識にまさぐったりなどしていた。

 すると、ポケットのあたりにふと、小石のような感触を感じる。彼女がとっさに中身を取り出すと、そこにはキャンディーが一粒入っていた。バス酔い対策に持ってきていたのだ。

 アヤメはそれを見たとたん、せきこんでいる女性に駆け寄り、声をかけた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「……ぜぇー、ぜぇー……ええ、平気……」

 

「これ、食べてください。少しはマシになるかも……」

 

 アヤメは包みをはがしたキャンディーを女性の口へとふくませ、背中をさすってやる。そのうちに、女性のせきは少しずつおさまっていった。

 

「落ち着きました?」

 

「……ふぅー、ありがとう……」

 

 女性はうなずいて礼をいい、椅子に背をあずけて深呼吸する。そしてアヤメへと振り向いて、今さら気づいたように目をしばたかせる。

 

「……ところで、あなた誰?」

 

「あ、私はキシダ アヤメと言いまして。なんというかその」

 

「見慣れない格好ね」

 

「こ、これには事情が……」

 

 案の定、懐疑の目を向けてくる女性。アヤメがしどろもどろになるのを、無遠慮に眺めまわしてくる。

 すると、図書館の扉が再び誰かによって開けられ、続けてパタパタという足音が聞こえた。

 

「パチュリー様~、命じられていたお茶のおかわり……あら?」

 

 片手にお盆と魔法瓶を乗せた少女が、笑顔で小気味よく歩いてくる。白ブラウスに黒のベストと、黒のロングスカート。赤いロングヘアーが歩くたびにサラサラとなびく。

 背中と、それから両耳の上あたりから、レミリアよりずっと小さいがコウモリの翼が生えており、見た目で人外である事が分かった。

 その少女は女性(どうやらパチュリーというらしい)より少し背が高いが、目つきや表情は子供ぽかった。そのくりくりと丸い瞳は、アヤメを見つけると不思議そうに一点に留まる。

 そして、こくんと首をかしげてパチュリーの方を見る。

 

「パチュリー様、お客様ですか?」

 

「いえ知らないわ。アヤメとか名乗ったけど……小悪魔は?」

 

「私も、さっぱり……」

 

 パチュリーと少女もとい小悪魔が、そろってアヤメの方を見る。雰囲気じたいはまるで学校で知らない転校生でも見ている風だったが、ここにいる理由を知られればアヤメはただでは済まない。彼女は危機感を取り戻し、言葉を失ってしまう。

 すると、お盆をテーブルに置いた拍子に、小悪魔が思い出したように言った。

 

「あ、そういえば上の方で、メイドさんたちが侵入者を追ってるって言ってたような……」

 

「という事は……」

 

 先ほどより疑念の濃くなった視線を向けられ、アヤメの背中に冷や汗がにじむ。パチュリーは膝に乗せていた本を顔の前でばさりと広げると、なにやらブツブツと言い出した。

 

「えーと、図書館に潜り込んだ外来人をつかまえる方法は……」

 

「やあぁっ! やめてくださいお願いですまだ死にたくないっ!!」

 

「冗談よ」

 

 取り乱すアヤメに、パチュリーはけろりと言った。小悪魔が「いいんですか?」とたずねると、事もなげにうなずく。

 

「一応、借りがあるからね。それに外来人狩りなんて興味ないし」

 

「…………」

 

 借りというのは、あの時のキャンディーの事だろうか。アヤメはこの時、臆せずに出ておいてよかったと、心底思った。

 そして、すかさずパチュリーの目をジッと見る。"興味ない"というのが本当なら、仲間の二人――サクラとユリの事も、助命してもらえないかと思ったのだ。

 

「パチュリー……さん」

 

「ん?」

 

「あの……レミリアさんとは、お知り合いなんですか?」

 

 慎重に、当たり障りのない部分から質問する。まずはあのボスらしき少女とどんな関係なのか。

 

「ええ、長い付き合いだけど。どうかした?」

 

 肩をすくめるパチュリー。アヤメはしめたと思い、一気に踏み込んだ。

 

「お願いです。レミリアさんの鬼ごっこ……人間狩りを、中止させられませんか?」

 

 言った瞬間、無意識に体がテーブルに乗り出した。小悪魔がひゃっと声をあげたが、アヤメは目もくれずに、パチュリーと顔を突き合わせる。

 もし、パチュリーが本心はどうであれ「やめましょう」と言ってさえくれたら、レミリアももしかしたらやめる気になるかもしれない。

 相手は人間ではなく吸血鬼のレミリア。たとえ道徳心や博愛精神など無くても、いいのだ。たとえ気まぐれにでも中止してくれれば、それで自分たちは助かる。

 うなずいて、どうか了承して。そう願いながら、アヤメはまばたきも忘れてパチュリーの瞳を凝視していた。

 しかし、パチュリーはすげなく首を横に振る。

 

「嫌よ。なんで私がわざわざそんな事」

 

「へ…………」

 

 無情な返事に、アヤメはしばし魂でも抜けたかのように固まった。それを尻目に、パチュリーは独り言のように言った。

 

「それに、言っちゃ悪いけど便利なのよねぇ。私も魔法の実験に使えるし」

 

 魔法という言葉はアヤメにとって現実離れしていたが、それ以上に、パチュリーの軽々とした口ぶりが引っかかった。アヤメはテーブルをばんと叩き、図書館に響く大声を張りあげた。

 

「ヘラヘラしてる場合ですかっ!! 友達なら、人殺しなんてやめさせてくださいよ!!」

 

「ちょっと、アヤメちゃん……」

 

 荒い息を吐くアヤメを、「まぁまぁ……」などと言ってなだめる小悪魔。一方パチュリーはうるさそうに眉をしかめ、こう返した。

 

「私やレミィは、人間とは価値観が違うのよ。それに私は魔法遣いとしてのメリットも受けてる」

 

「っ……そんなの! おかしいですよ。友達って危ない事はやめさせるものでしょう!? 注意とか、しないんですか?」

 

 アヤメは納得いかない表情で唇をかみ、口ごもりながらも言い返す。パチュリーはやれやれとため息をついたが、アヤメはそれを見てさらに言いつのる。

 

「そんな事してて……そんな子といて、楽しいんですか!?」

 

「楽しいわ」

 

 パチュリーは短く、しかしハッキリと言った。愕然とするアヤメに、彼女は問い返す。

 

「追われてるのって、あなたの友達? どんな子なのよ」

 

「それはっ……サクラちゃんと、ユリちゃんって言って……私の幼なじみで……その……」

 

 パチュリーからすれば、うるさい人間からの糾弾をそらしたかったのだろう。が、アヤメは「親友」と言おうとして、なぜか口ごもってしまった。「友達」と言い直そうとしても、言葉が出ない。

 

「……どうしたのよ」

 

 パチュリーが不思議そうに尋ねる。しかし、アヤメはその言葉は耳に入らず、なぜかサクラたちと出会ってからの事を思い出していた。

 

  ユリのオレンジ色のランドセルをバカにしたサクラを(とが)め、

 ユリの両親の共働きを小バカにしたサクラを咎め、

 二人の夏休みの宿題を借りパクするサクラを急かしては、手ぶらで帰り、

 夏祭りでユリの着物をいじり、奢りを要求するサクラを咎め、

 秋の運動会ではユリに走るのが遅い、髪を切れとヤジを飛ばすサクラを咎め、

 冬にははなはだ値段の釣り合わないプレゼント交換をし、バレンタインには好きな男子を無理やり聞き出そうとするサクラを咎め。

 

 ……横から、安全圏から控えめに咎め続けて結局、サクラの性格は変わらなかった。

 それを思い返して、冷めた感情がわくのが分かった。同時に、友達と言えなかった理由が分かった。

 本心からぶつかった経験が、一度もなかったのだ。先ほどのパチュリーに向けた、『本心はどうあれ人間狩りをやめさせてほしい』という願いのように、自分や相手の心を脇に置いて、悪事をとりあえずやめさせようとする。それでナアナアで関係を続ける。そんな付き合いばかりしてきた。

 

「……はは」

 

 ひとりでに、かわいた笑いが漏れた。なにが本当に友達になりたい、いい子だ。見限らなかった、見放さなかったなど思い上がりもはなはだしい。

 自分はクラスメイトに振り回され、それでもケンカをしない自分に酔っていただけだ。一緒にいて"楽しくない"という感情からすら、ずっと目をそむけていたというのに。

 

「――アヤメ?」

 

「はっ」

 

 パチュリーに名前を呼ばれ、アヤメははたと我にかえる。そして次の瞬間、立ちくらみのようにフラフラと床に崩れ落ちそうになる。

 

「あっ、大丈夫?」

 

「……かなり疲れているわね。小悪魔、悪いけどベッドに運んでおいてくれないかしら」

 

「分かりました……よいしょっと」

 

 小悪魔に抱えられ、アヤメはされるがままにトボトボと歩いた。思考にもやがかかり、ボンヤリとかすむ。サクラやユリの事を考える余力が、消えていく。

 図書館の隅の天蓋つきベッドに寝かされ、アヤメの全身に安堵が広がっていく。これでどうやら助かりそうだ。それでいいじゃないか、と。

 睡魔に支配されていく頭の中で、最後にサクラたちの顔が浮かんだが、『これはきっと、夢だ』と根拠もなく考え、アヤメは目を閉じた。

 そして、意識は闇に沈んでいった。

 

――

 

 ……それから、どれくらいの時間が経っただろう。アヤメは複数人の話し声で目を覚ました。

 寝返りをうつと、ベッドの横手で三人の人物が話している。パチュリーと小悪魔、そして背の低い……レミリアだ。

 

「全く、勝手に人間をかくまうなんて……」

 

「すみませんお嬢様……」

 

「別にいいじゃない。減るもんじゃなし」

 

 自分について言っているらしい声を聞きながら、アヤメは(ああ、夢じゃなかったんだな……)とうっすら考えた。すると、レミリアがアヤメの視線に気づき、振り向いて言う。

 

「あら、起きてるじゃない。ちょうど良かった」

 

「…………?」

 

「アヤメ、だっけ? あなたを解放してあげようって話していたのよ。さっき」

 

「…………えっ!?」

 

 寝ぼけまなこでいたアヤメは、レミリアの言葉に音をたてて跳ね起きた。そして恐怖も忘れてレミリアに詰め寄り、何度も確認する。

 

「ほ、本当!? 本当に!? 本当に帰っていいんですか!!?」

 

「だからそう言ってるじゃない。親友が言うから特別よ?」

 

 パチュリーをちらと見てレミリアが答えると、アヤメはホッと胸をなでおろす。帰れる。生きて帰れる。そう思うだけで涙がにじんだ。

 しかし、レミリアが続けて、こう言った。

 

「もう一人ぶんは捕まえてるし。そいつの解体だけ頼むとしましょう」

 

 それを聞いた瞬間、アヤメが笑みを凍らせる。数秒して言葉の意味を理解し、すがるようにパチュリーを見る。

 しかし、パチュリーは無言で首を横に振っただけだった。『考えるな』と、言外にそう言っていた。

 

 アヤメは身じろぎもせず、しばらく脳内で焦りにもがいていた。捕まったのはサクラか、ユリか。解体がまだだという事はまだ生きているのかもしれない。今ならまだ助けられるかもしれない。必死に頭を下げて、レミリアに命じてもらえれば。なんなら、自分が身代わりになれば――。

 

 そこまで考えて、アヤメの脳裏にある別の考えが浮かぶ。

 自分はこれから、何年も人生がある。高校、大学、そして社会……。さまざまな場所で人に出会い、また新しい人間関係ができるだろう。

 もしかしたら、今までより、サクラやユリといた頃より楽しい関係が、つくれるかもしれない。今まで知らなかった友達付き合いの楽しさが、分かるかもしれない。

 今、レミリアたちから不興を買えば、それらが全ておじゃんになる……。

 

「……どうしたのよ」

 

 黙っていると、レミリアがいぶかしげに問う。アヤメは、フッと顔をあげ、ニッコリと笑う。そして言った。

 

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 その平坦な声は、アヤメ自身も驚くほど、アッサリと出てきた。

 

キシダ アヤメ――生存

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