幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~ 作:ごぼう大臣
「えぐっ、ひぐっ……」
日も差さない深い森の中、一人の少女が、茂みの陰にうずくまって泣いていた。
ブレザーの制服を着た小柄なその少女は、全身を泥だらけにして、服のあちこちに擦り傷をつくっている。
内はね気味のマッシュルームヘアは無惨に乱れ、血色も青黒い。その姿は、今の汚れた格好が昨日今日に始まった事ではないのを示していた。
少女は息すらもおぼつかない様子で、すぐそこにある4、5メートルほどの崖を見つめた。はたから見るとちょっとした高さの岩にしか見えないが、その岩肌はゴツゴツと尖り、苔むしている。上から滑り落ちればただではすまないだろう。
その時、崖のむこうで低い吠え声が響いた。狂暴さをむき出しにした、狼とも熊ともつかぬ地の底から響くような声。今まで聞いた事のないようなそれを耳にした少女は、反射的に耳をふさいだ。視線を、ちらと自分の足元へ向ける。逃げるさいに折れた片足が、かすかに曲がっていた。
なぜ、こんな事になってしまったのだろう。彼女は唇をかんだ。なにも、好きこのんでこんな人里はなれたような場所に来たわけではない。ただ、思い返すと、理屈に合わない理不尽が原因だとしか思えないのだ。
彼女は両手のひらを合わせ、静かに目を閉じ、思わず祈った。
(神様、仏様。助けてください――!)
……少女、カタセ ナオミは、自分の中学の修学旅行に参加していたはずだった。一日目の予定を終え、二日目の移動バスに乗っていたところまでは、何事も変わったところはなかった。
しかし、走行中に突如バスが真っ白な霧に包まれた。何の前触れもなく、ナオミなどは火事の煙かなにかかと疑ったくらいだ。
だが、それはただの霧や煙よりずっとタチの悪いものだったと思われる。なにせ、ナオミはそこから意識がとぎれ、気づけば誰もいない野原に倒れていたのだから。
携帯も通じない。道路もない。地平線を見渡しても建物の影すらなく、あてになるのは舗装もされていない頼りない細道だけ。彼女はしかたなくその道をたどっていった。
結局、色々あって放浪は二、三日つづいた。その間に日が沈み、昇り、かわりばんこに暗闇と寒さにおびえて、一度は雨が降った。修学旅行の荷物に入っていた飲み物や菓子は食べつくし、ついには邪魔になって捨ててしまった。そしてついにはその身ひとつまで危なくなってきている。
ナオミがうずくまって過去を思い返していると、崖のむこうでまたあの不気味な鳴き声がした。今度は短く八つ当たり気味で、その後は小さくうなりながら、少しずつ遠ざかっていった。
1分ほどしてその気配が完全に消えると、ナオミは大きく安堵の息をついた。この見知らぬ世界に来てから、さっきのような狂暴な鳴き声を何度も聞いた。時には猿のようであったり、鳥のようであったり、とにかくどこにいても、どこからか狙う動物たちがたくさんいる。
何度か姿を見た時もあったが、それは鳴き声よりもさらに衝撃だった。翼を生やしたシカ、一抱えもありそうなリス、角を生やしたイノシシなど、およそどこの国にもいないような奇怪な動物がいたのだ。
ナオミは混乱しつつも、とにかく逃げ回った。茂みをかきわけ、息をひそめ、追いかけられる度にそれを繰り返した。そうしてまっすぐに進む事はかなわず、結果、彼女は今、森のただ中で動けずにいる。
折れ曲がった足は、やはり無理やり動かすのは危険そうだった。肌の上まで赤黒いアザができ、無数の擦り傷と相まって痛々しい様相を呈している。なぜ女子は一律スカートなんだろう、などと口をへの字に曲げて、しかしすぐに悲壮な表情を浮かべ、またうつむいた。
これからどうすれば良いのだろう。事態も分からず、危険な動物に囲まれ、食料は尽き、動く事すらままならない。
こんな状況から助かるのは、それこそ奇跡でも起きないと無理だろう。そして真の奇跡とは、得てして人の手だけで成せない事柄を言うのだ。
「せめて――」そうつぶやいてナオミはちらと崖の下を一瞥し、そうしてしゅんと肩を落とし、今度は両手を組んで祈ろうとした。
その時。
「ナオ!」
「きゃあっ!?」
急に自身のあだ名を呼ばれ、ナオミは大きくのけぞった。声のした方角、崖のほうを見ると、同じ学校の制服を着た男子生徒が一人、バタバタとあわてて駆けてくる。
「よかった……ちゃんと、生きてたか……」
その男子は安堵した様子で膝を折り、下向きにぜえぜえと息をする。服はナオミと同じように薄汚れ、一部は大きく裂けてもいた。
一方、ナオミはといえば目を丸くし、なにやら信じられないという表情で相手を見つめている。
ナオミが無言なのに気づくと、男子は顔を上げ、笑いながら言った。
「おいどうしたんだよ。俺の名前忘れたんか?」
「ヒロ……ヤ? ヒグチ ヒロヤ……だよね?」
「今さらなに首かしげてんだよ。さっきまで一緒にいたじゃねえか」
男子、もといヒロヤは苦笑して言った。その表情はかすかに困惑してもいた。ナオミは名前を答えた後も、あんぐり口をあけて絶句している。
ヒロヤは頭をガリガリとかいて、しみじみとした様子でこう漏らす。
「いやぁ、さっきまで気絶してたからさぁ。目が覚めたらお前がどうしてるかと気が気じゃなくて」
「き、気絶? でも確かに……」
「あん時さぁ、変な動物から逃げて崖を下りたろ? たぶん落ちて頭かどっか打ったんだな。お前は後から来てたっけ」
「う、うん……そうだったと思う」
「ああ、よかった。ホント食われるかと思ったもんなぁ」
ヒロヤはそう言って、また笑った。ナオミはそれを見ながら、相変わらず無言で彼を見つめている。助かったと気弱く笑っている表情とは対照的な、緊張した目つきだった。
ふと、ヒロヤが真面目な顔になってナオミを見る。
「そこ……怪我したのか」
「え?」
「足だよ。折れてないかソレ?」
ヒロヤは、変に曲がった片足に目を留め、屈んでまじまじと見つめる。ナオミも我に返ったように沈んだ表情になった。
試しに動かそうとしてみるが、すぐに芯まで響く痛みに目をつむる。立ち上がる事さえ辛そうだった。
ヒロヤはそれを見て神妙に考え込み、やがて膝をぱんと叩いて立ち上がった。
「仕方ない。ちょっと俺、イチかバチか助けを呼んでくるよ」
「え!? でも、だって……」
「背に腹は変えられねえよ。ちょいと一人にしちまうが、待っててくれ」
「大丈夫なの!?」
「分からん! もし夜までに戻らなかったら……悪いけど、とにかく移動してみてくれ!」
驚くナオミをよそに、ヒロヤはまっすぐ――先ほど下りたらしい崖に背を向ける形で――飛び出した。その後ろすがたに、「待って!」と切迫した声がかかる。
「ん?」
ヒロヤが振り返る。眉をひそめてじれったそうな、加えて間違いなく真剣な表情。それを見たナオミは、一瞬だけ息を呑み、心配そうにヒロヤを見つめて、やがてうなずいてこう告げた。
「……気をつけてね」
「おう、分かってる!」
ヒロヤは頼もしげに笑うと、地面を高く蹴って一直線に森の奥へとつっこみ、そして見えなくなった。
一人になったナオミは、またうつむいて無言になった。時刻が夕方に近づいたのか、森の陰と湿気が濃くなった気がする。
よく見ると、黒アリの群れが列をなし、ミミズの死体にたかっている。ミミズは身じろぎ一つしない。すでに死んでいるのだろう。
それをうつろな目でながめていたナオミは、ふとあの崖の方へと視線を移す。そして崖の下にある、地面に横たわるものへ目をこらした。
一人の、
ナオミは眉間にシワをつくり、いぶかしむような、しかし何かにすがるような悲観した表情で、天をあおいで両手を組んだ。
(神様……ヒロヤを、あの子を助けてください。お願い……!)
――
一方、ヒロヤは森の道なき道をひたすらに進んだ。険しい段差や、相変わらず見慣れない小動物などにかまってはいられない。ただ、あの動けずにいるナオミを助けたい。その一心で動いていたせいか、体をむしばんでいたはずの空腹や疲労がさほど気にならなくなっていた。
ナオミとヒロヤは、幼稚園の頃から一緒の同級生だった。恋愛感情はないが、なんだかんだ話す機会が多かった。生きるか死ぬかの(何が起きたかは依然として分からないが)この状況で、助けなければと思うくらいには、親密だったのだ。
木々のすき間を抜け、日光が差して明るく見える方角を目指し、かれこれ数時間も足を動かす。その間、今まで目を光らせてきたはずの森の獣たちは、不思議とヒロヤに近寄ってこなかった。
そうして、いつしか森を抜け、土がむき出しになった一筋の道を歩き続け、かれこれ5、6キロは歩いたかと思えた頃。
彼はついに、地平線の先に建物が立ち並ぶ集落らしきものを見つけた。希望をもって駆け出し、息を切らし、その集落にぐんぐん近づいて門らしき場所までたどり着いたところで、ヒロヤはあぜんとした。
そこにあったのは、まるで時代劇にでも出てきそうな、馴染みのない古めかしい街だった。建物はほぼ全てが木造で、屋根は瓦、窓にはガラスもなく、お店らしきものの玄関先にはのれんがかかり、のぼりがはためいている。
京都を観光したらこんな感じだろうか。立ち尽くしていたヒロヤは、ふらふらと門をくぐる。視線をさまよわせ、かすむ意識の中でとにかく人に相談しようと頼れそうな人物を探す。
人間自体は、すぐに何人も見つかった。着物を着てかんざしをつけた女の子や、袴に草履をはいた中年男性、そして着物、袴、白いフランネルのシャツにブーツといったチグハグな格好の者までいる。
彼らはヒロヤを見て、一様に驚いた顔をすると、口々にこうささやいた。
「あの子、見慣れない格好ね」
「服ボロボロだぜ」
「いったい誰だろ? 何があったんだ?」
「話しかけていいもんかねぇ……?」
まるでよそ者、不審者のような扱い。ヒロヤはますます訳が分からなくなった。この場では、自分が浮いた存在らしい。
この世界は、この街はどうなっているのだろうか。助けを求めてここまで来たが、果たしてうかつに接触して良いのだろうか……?
溜まった疲労とストレス、そして湧いてくる困惑によって、ヒロヤはその場に呆然としていた。周囲の奇異の目もかまってはいられない。考えるだけのエネルギーが足りなかった。
と、その時。薄笑いを浮かべて頬をつねろうとしていたヒロヤへ、遠慮がちに話しかけてくる者がいた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
その声にハッとなり、ヒロヤはあわてて目の焦点を合わせる。そこにいたのは、ヒロヤと同じくらいの背丈の、可愛らしい少女だった。
銀色の髪をおかっぱにし、頭頂部に黒いリボンを巻いている。服装は半袖の白ブラウスに、胸元にリボン、その上に緑色のベストと、緑色のスカート。細身の足に白い靴下と、黒のストラップシューズを履いている。
その娘は驚くべき事に、腰に長刀と脇差しをたずさえていた。顔があどけない印象なために、その物々しさがかなり浮いている。
物騒な代物に目移りしていたヒロヤは、不審な顔をするのをこらえつつ、やっとの事でたずねた。
「あなた、は?」
少女は、にこりともせず答える。
「私は、魂魄 妖夢。……半人半霊の剣士です」
半人半霊……ヒロヤの姿を一通りながめた少女は、付け加えるように言った。そのフレーズに首をかしげているヒロヤの目の前に、ふわりと浮かぶ白い人魂のようなものが現れた。
――
「……しかし、あなたも災難ですね。とにかく急がないと」
「正直なところ、いまだに信じられねえよ。俺は」
それから30分ほど後、ヒロヤは声をかけてくれた少女、妖夢と一緒に集落から森へと来た道をもどっていた。二人とも紐でしばった行李箱を背負っている。中には、妖夢が里で用意してくれた飲食物や包帯が入っているのだ。
集落を出てからこっち、妖夢はこの世界の正体をヒロヤに話してくれた。
いわく、ここは幻想郷といって、現代で居場所がなくなった存在が流れ着く場所なのだという。そこでは人間はむしろ少数派で、かわりに妖怪や神様や妖精が我が物顔をしているらしい。
ヒロヤは最初は嘘だと思ったが、思い返してみると納得できる部分もあった。奇妙なほど人や人工物が見当たらないのもそうだし、なにより、幻想郷をさまよった時に視線を向け、時に襲ってきた奇妙な動物たちが妖怪だったのだと考えれば、つじつまが合う。
「とにかく、この先にその女の子がいるんですね?」
「ああ、足を怪我してるんだ。早く行かねえと死んじまう」
ヒロヤは振り返らずに答えた。無言で記憶を頼りに先を歩き、足音がひっきりなしに続いて、行李を背負いなおす音が時おり鳴る。
そうしてしばらく道なりに行き、日が半ば傾いてきた頃、さすがに疲れたのかヒロヤは立ち止まり、痛ましげに膝をさすった。
「大丈夫ですか?」
「ああ悪い……。今までぶっ通しに歩いてたからさ……」
「ちょっと休憩しましょう。いざという時に動けなかったら危険です」
妖夢がそう促すと、ヒロヤはしぶしぶ行李を置き、腰を下ろす。妖夢も座り、ふぅとため息をついた。
午後のそよ風が吹き、妖夢が気持ちよさそうに目を細める。しかし、その間にもヒロヤは落ち着かない様子で、顔を険しくしてそわそわと視線を動かしている。
それを気にかけてか、妖夢がふとたずねた。
「……心配ですか? その女の子が」
「そりゃまあ、付き合い長いからな」
ヒロヤはぶっきらぼうに言った。当たり前だが、一人で置き去りにしている以上、安心できないのだろう。それでも、気まずくなるのを防ぐためか、思い出したようにこう口にする。
「……さっさと助け出さないと、またお祈りしはじめるぜ。昔っからそうなんだ」
「お祈り?」
妖夢が首をかしげると、笑って答えた。
「ああ。クセになってんのか、よく神様仏様~ってやってんだよ。中学生にもなって『いただきます』も欠かさないんだぜ」
「…………」
呆れたように話すヒロヤを、妖夢はジッと見つめていた。その目は友人を茶化す不謹慎さをとがめるものではなく、まさか、と何かを疑っているように見えた。
妖夢はヒロヤに駆け寄り、勢いこんでたずねる。
「あ、あのヒロヤ君!」
「ん? 何?」
「その子……たとえば、死んだ人とかには、どう接していました?」
「死んだ人ぉ? そりゃ、もれなく手を合わせて弔うに決まってんじゃん。まあ葬式とかじゃ当たり前だけど、アイツはーそうだなー」
妖夢の切羽つまった顔とは対照的に、しめっぽい思い出話でもする風に彼は答える。
「小さい頃は、車にひかれたネコとか、虫の死体とかまで気にしてたし……ま、人が死んだらまず祈るだろうさ。どこでも」
「…………」
「性分ってのは抜けないもんだよなぁ。死んだらただの肉じゃん? 言ったら悪いけどさ」
「それがどうかした?」とあっけらかんとしているヒロヤ。対する妖夢は顔をますますこわばらせ、蒼白になって冷や汗まで流しはじめた。
「まさか……気づいてない……?」
「へ?」
「
――
……その頃、森にいるナオミは、痛む足を四つん這いになって引きずりながら、ズルズル崖のふもとに近寄っていった。そしてあるもののそばまで来た時、彼女は眼下のそれを切なげに見つめる。
そこには、"ヒロヤが倒れていた"。頭から血を流し、首が妙な方向に曲がって、目を閉じた表情に生気はなかった。
死体、である。
妖怪から逃げていた二人が崖から降りるさい、ヒロヤはあやまって足をすべらせ、その時に死んでいた。ナオミはそれをクッションにして骨折だけで済み、逃げ切れたのだ。
なぜヒロヤが二人になって動きだし、自分を助けようとしているのか、彼女には分からなかった。緊張と疲労と空腹でまいった頭では、とうてい先の不可思議な現象を理解できなかった。
ただ、死んだはずのヒロヤが、何かの間違いでしかるべき場所に行けていないのだけは理解できた。
安息の場所に行けないのは、不幸な事だ。それを正すすべを、ナオミは知っていた。現代日本ではもっぱら形式的に行われていた作法。
ナオミは、死体にむかって静かに手を合わせた。そして迷いにとらわれないようにと祈った。その姿は真摯な、現代にいた時から変わらない素朴なものだった。
仏教式にしろ、キリスト教式にしろ、祈る時の彼女は、雑念や打算や欲心というものが胸中からすっぽり抜けていた。まるで心が洗われたようにひたむきな気持ちになる。世界各国のさまざまな宗教の人々が、古来より祈ってきた気持ちを、ナオミは幼い頃から分かるような気がしていた。いや、あえて俗な言い方をするなら、小さい時に仏壇などに手を合わせてから、クセになっていたのだ。
だが、祈りというものがどのように作用するか、完全に把握できる者は一人もいない。祈る以外にない、あるいは祈るべきだと「あくまで思った」瞬間に、人は祈るのだ。
ことにこの幻想郷において、祈る行為がどのような意味を持つか、ナオミは知るよしもなかった。
――
「は、早く行きましょう! 急がないとダメですよ!」
「は、え? なんだ急に」
一方、一休みしていたヒロヤらであったが、やにわに妖夢が騒ぎだした。眉をくねらせるヒロヤの手を、彼女は強引に引っ張る。
「痛いって! ちょっと落ち着け!」
「緊急事態なんですよ! 早くその女の子を止めないと……」
妖夢は焦った声でまくし立て、ヒロヤを急かした。ワケが分からずに戸惑っていたヒロヤは手を振り払い、おそるおそる言う。
「どうしたんだよ。てゆうか……」
「…………」
「さっきの"怨霊"って、何の話だよ」
少し険のある言い方になるヒロヤ。怨霊とは、彼にとっておよそ真面目な話にはそぐわない言葉だった。
だが、妖夢は相変わらず切羽つまった表情で何かを言いかけ、そして不意に口をつぐむ。
「それは……あなたが既にっ……いや」
「なんだよ、ハッキリ言えよ?」
「ダメ……言ったらダメなんです!!」
じれったくなって詰め寄るヒロヤに、妖夢はぶんぶんと首を横に振った。取り乱している理由を言わずに、彼女は再度、腕を引っ張ろうとする。
「と、とにかく! その場所に行くのが先です! 女の子を助けたら、全部お話しますから!!」
「お、おう……」
目をいっぱいに見開き、信じてくれと言わんばかりの剣幕で叫ぶ妖夢。その勢いに押されてか、ヒロヤも面食らいながらうなずいた。
しかし、彼が妖夢の手を取ろうとした、その瞬間。
「あッ」
ヒロヤの口から、しゃっくりに似た悲鳴が漏れた。同時に妖夢も息を呑む。
なんという事か。ヒロヤの体からすうっと色が抜け、薄くなったかと思うと、指先からじょじょに煙のように消えはじめたのだ。
ヒロヤも気づいてあわてだし、口をパクパクと動かしたが、言葉の一つも出てこない。そうこうしているうちに胴体も景色が透けるほどに薄くなり、ついには溶け込むようにして、髪の毛一本のこらず、彼は消えてしまった。
「…………」
妖夢は手を差し出した格好のまま、ヒロヤが消滅したその真ん前に立ち尽くしていた。その表情はしばらくショックを受けて固まっていたが、やがてやりきれないような、しかし納得したそれに変わった。
――幻想郷において、死者の魂が彼岸を渡らずに現世に留まる例はたくさんある。その中で、"怨霊"と呼ばれるものは、人間と同じような体と意思を持つと言われている。
それらが生まれるには、二つの場合がある。
一つ目は、自分が死んだ事実に気づいていない者。自分が生きていると勘違いしている者は、死に気づくまで記憶もそのままに、生前と変わらず行動する。
二つ目は、強い未練を持つ、あるいは何らかの手順を踏むなどして、意識的に怨霊になった者である。
このパターンは死してもなお動くような邪悪な意思や目的を持っている場合が多いため、幻想郷では危険視されている。
ヒロヤは死に気づいていない、つまり前者の怨霊であった。そのために妖夢も死を告げるのをためらったのである。
しかし、どちらの種類の怨霊も必ず成仏させられる、便利な方法が一つある。
『死体を供養する事』だ。
森の中にいたナオミが、ヒロヤの死体に手を合わせた時、ヒロヤの魂は行くべき場所へと送られたのだった。本人も、供養した彼女も知らないうちに。
妖夢は、ヒロヤが座っていたその場所に、ため息まじりに手を合わせた。
――
「……いた。あれね」
ヒロヤがくわしい場所を口で伝えていなかった為に、妖夢が森で二人の死体を見つけたのは、それから二日も後だった。
妖怪に食われずに衰弱死したのか、土に横たわったナオミの死体は傷一つなく、きれいな状態だった。隣には、先に死んで腐敗が進んだらしき男子生徒、ヒロヤの死体がある。
ヒロヤの体には、遠目に見ても分かるほど色とりどりの花がそなえられていた。一人になったナオミは、助けを求める事よりも、ヒロヤのそばにいて死を悼む方を選んだのだ。
折れた足を引きずり、一本一本花を供えて、死ぬまで。
「"死んだらただの肉"、かぁ……」
ヒロヤが消える前に言っていたセリフを思い出し、妖夢はなんとも苦い顔をしていた。
カタセ ナオミ、ヒグチ ヒロヤ――ともに死亡