幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~ 作:ごぼう大臣
「雨、やまないね……」
「山の天気は変わりやすいからな」
「おまけに寒いときやがった。ったく最悪だよ……」
時刻は夕方、ある
彼らはそろってブレザーの制服の上にビニールの雨ガッパを着て、ずぶ濡れの体でうずくまっている。制服には▼▼中学と書かれた校章がついていた。
傍らには、三人のものらしき旅行カバンが置かれている。
少年らの一人がぶるぶる震えながら顔を上げる。視線の先の、狭苦しい洞窟の外では、バシャバシャと滝のような雨が降り注いでいた。
それを眺めながら、つり目がちの一人の少年が、遠い目をしてつぶやいた。
「どうしてこんな事に……」
その言葉に、他の二人の目線がぴくりと動く。すると短髪の少年が、つり目をいさめるような口調で言った。
「……ショウゴ、そう悲観的になるなよ。雨があがったらすぐに逃げ出そう」
そう言って短髪はほほえんだが、ショウゴと呼ばれた少年はつり目をさらにつり上げ、こう怒鳴る。
「シュンスケは呑気すぎんだよ! よくそんな落ち着いていられんな!」
「落ち着かなきゃしょうがないだろ。マコトを見習って大人しくしてろ」
「それでどうにかなるなら苦労しねーよ! 今まで何があったか、覚えてないのか!?」
「…………」
シュンスケの言葉にかまわずショウゴが怒鳴り、声が狭い洞窟内に反響する。マコトと呼ばれた三人目の少年は、メガネの水滴もふかずに黙ってうつむいていた。
雨足がますます強くなる。ショウゴはその雨音にいらだってか、立ち上がって肩をいからせながら、シュンスケとマコトに向けて叫んだ。
「お前らだって見ただろ! あの得体のしれない、狼やカラスのバケモノみたいな連中を……!!」
「それは……」
バケモノ、その言葉を聞いた二人の表情が、ふと緊迫感を増す。穏やかだったシュンスケの顔も一瞬でくもってしまった。ショウゴはすでに、顔面蒼白となっている。
おびえるように顔を見合わせる三人。洞窟の外では、いつしか山を覆うような雷鳴が響いていた。
――
……彼らは目覚めた時、いつの間にか見知らぬ山の中腹に転がっていた。そばには荷物があるだけで、人の姿は見当たらない。
三人はまたたくまにパニックになりかけたが、なんとか一番冷静なシュンスケがなだめ、とりあえず下山をめざした。まだ日も高く、誰も深刻に考えようとはしなかった。
しかし、彼らはほどなくしてその認識を後悔することになる。
下りはじめてすぐに、彼らの一人が奇妙な集団を見かけた。白い着物に赤の袴を着て、背に大刀を携えた山伏のような者たち。しかも、彼らは人間のような姿をしていながら、まるで犬……もとい狼のような白い耳と尻尾が生えていたのだ。
最初は作り物かと疑ったが、彼らが生やしているそれは本物らしかった。
その異形の者たちに見つかってからが大変だった。三人を見つけるなり「侵入者だ」と騒ぎ立て、剣を抜いて向かってきたのだ。
少年らは混乱しながらも逃げ、茂みなどに身をかくしたりなどしたが、異形の者たちは蜂の巣をつついたがごとく、どんどん慌ただしく動き出した。
続いて、息を殺して逃げまどう少年らの頭上では、背中に黒い翼を生やした者たちが、ひっきりなしに飛び回りはじめたのだった。
一時間たち、二時間たち、三人は次第に恐怖しはじめた。その異形の者たちは今まで彼らが見たことのない――まるで"妖怪"のように見えたからだ。
「ありゃ幻覚じゃない……。だとしたら一体何なんだ? 未開の部族ってレベルじゃねえぞ。つーかここは日本なのか?」
ショウゴはパニックが解けないのか、息をあらげて目をむき、歯をガチガチいわせている。マコトは対照的に沈黙したまま、石のように体を縮めていた。
どちらも良くない兆候だ。そう思ったシュンスケは、とっさに自分の荷物をあけると二人に言った。
「いや待て、二人とも落ち着け。とにかく濡れてるから着替えよう。ただでさえ寒いんだ」
シュンスケは荷物から着替えの服をみつくろい、マコトの肩をたたく。マコトの青白い顔は少し表情がとぼしくなっていたが、かろうじて「……うん」とだけ返事をした。
「マコト、俺の着てもいいからさ、早く濡れたやつは脱げ。ほら、お前って体弱いだろ」
「……ありがとう」
「あとは……土産に買ったチョコとかあるから、これも食っとけよ」
心なしか判断力が欠けているように見えるマコトに、シュンスケはあれこれと世話を焼く。そんな二人を、ショウゴはいまいましげに見つめていた。
そんなショウゴの方へ振り返ると、シュンスケはまた着替えの服とタオルを手に取り、差し出した。
「ほらショウゴも。山では体を冷やすなっていうだろ」
「……いらん、自分のがある」
ショウゴはぶっきらぼうに言って、自分のバッグに手をかける。手つきはおぼつかなかったがどうにかチャックを開け、中身を取り出す。するとシュンスケはその背中に向けてなおも話しかけた。
「靴下もちゃんと替えとけよ。あと首にタオル巻いて。俺のじいちゃんも山登りはいっつも……」
「ああもう、うるせえな!!」
ショウゴはわずらわしげに振り返り、また怒鳴った。そして結局、服はそのままにして携帯を取り出し、いじくり始めた。
それを見て、マコトが眉をひそめる。
「何してるの?」
「助けを呼ぶにきまってんだろ。今度は繋がるかもしれねぇ……!」
「でも、電波はゼロだって言ってたじゃない……」
「それでもかけるんだよ! 黙ってジッとしていられるか!!」
ショウゴの声量に、マコトはおびえたようにのけ反った。シュンスケはまいったという風に眉間をよせていたが、一言だけ、ショウゴに低い声で言った。
「……ショウゴ、せめてもうちょっと出口の方に寄れ」
「は?」
「マコトの近くで携帯はNGだ。忘れたのか?」
「…………」
シュンスケがなにやら厳しい顔で念をおすと、ショウゴはしぶしぶといった様子で遠ざかり、携帯を耳に当てる。
しかし、黙っていたのもつかの間、ショウゴは「くそっ!」と叫んで携帯を叩きつけた。
「……ショウゴ?」
「畜生、やっぱり通じねえ! 一体どうしたら……」
「だから、雨が止むまで待てって。今ムダに体力を消耗したら……」
「ああクソ、黙れよっ!!!」
どうにかいさめようとしたシュンスケに、ショウゴは金切り声をあげる。その目はますますつり上がり、口はいっぱいに開かれ、まるで正気を失ったような表情をしていた。
うるさい雨音すらさえぎるようなその声に、シュンスケとマコトはそろって耳をふさいだ。そんな二人を見下ろしながら、ショウゴはふぅふぅと熱された鍋のような吐息をはいている。
しばし洞窟内に無言の時間がすぎる。すでに外の日は沈み、明かりもない洞窟内は暗くなりはじめていた。どこかで水が染み出ているのか、規則正しく聞こえるしずくの音が、背後で不思議とはっきり聞こえる。
そんな時、ショウゴが突如八つ当たりのようにまくし立てた。
「もういい、俺一人でも山を下りる! こんな所にいられるか!!」
「なっ!?」
シュンスケは仰天して思わず立ち上がる。これから夜になるというのに天気は荒れに荒れ、そのうえ場所も分からず、連絡もつかない状況で山内を歩き回るなど、自殺行為だ。
シュンスケはとっさにショウゴの肩をつかみ、わめくような声で説得した。
「バカお前、何考えてんだ! 真っ暗な山道を一人で抜けられると思ってんのか? 何が出てくるか分かんねーんだぞ!?」
つかんだ肩をゆさぶり、彼は切迫した表情で訴えた。しかし、対するショウゴはそれを意に介さず、手を払いのけて怒鳴る。
「どけっ!」
その声が最後だった。ショウゴは他の二人が呆然とするのもかまわず、着のみ着のままで背を向け、雷雨の絶えない外の夜闇へと消えていった。
二人が声をかける間もなく水たまりを蹴る足音が遠ざかっていき、雷がまたたいて暗闇が照らされた時には、ショウゴの姿は見えなくなっていた。
「……シュンスケ」
マコトがか細い声をあげてシュンスケを見る。先ほどからうずくまってばかりで、差し出された服や菓子もそのままにしている。
シュンスケはそれを見て、何も言えずに苦い顔をしていた。ショウゴにしろマコトにしろ、行動が単純で判断力をにぶらせている。
登山などで体を冷やすと、脳や心肺機能に影響がおよび、最悪の場合は死に至る……というケースをシュンスケは聞いたことがあったが、まさにそれが全員に起こりかけている予感が、彼にはあった。思えば暖房どころか火の気一つないこの状況で、決してあり得ない話ではない。
シュンスケは自分のバッグからシャツやタオル、靴下からパンツまで見さかいなく衣類を引っ張り出すと、うずくまっているマコトへ一緒くたに投げつけた。
布の山から顔を出したマコトが驚いて目をぱちくりさせると、シュンスケは濡れた制服を着替えつつ語りかける。
「悪い、俺ショウゴを探しに行ってくる。やっぱり放っておけないからな……。マコトはここで待っててくれ」
「えぇ!? ま、待ってよ! 置いてかないで……」
「多分だけど……あのバケモノたち、嵐で危ないから今はあまりうろついてないと思う。ショウゴもそんなに遠くへは行ってないだろ。すぐ戻るよ」
シュンスケは穏やかな声でもってマコトに言い聞かせる。しかし、おびえて引き留める相手からは、思わず目をそらしていた。
シュンスケは立ちあがり、半ば背中を向けて続ける。
「その服の山、くるんでも着替えてもいいから、好きに使え。それと何でもいいから食って、なるべく眠るな。とにかく朝になるまで外に出るなよ」
「ちょっと……シュンスケ?」
「じゃな!」
不安げにすがりつこうとするマコトを無視して、シュンスケは首にタオルを巻き、ジャージやらセーターやらを考えなしに着込むと、雨ガッパをつかんで飛び出した。
洞窟の方からマコトの叫ぶ声が聞こえたが、シュンスケは無視した。ショウゴを助けるのが先決だ、という考えも無論あっただろう。
しかし、内心……彼の意識していない部分で、『いつ相手が衰弱するかも分からない状況で、二人きりになどなりたくない』という思いもあったかもしれない。
残されたマコトはまとわりつく衣類をどかしもせず、その場に呆然として洞窟の外を見つめていた。もう日はすっかり沈み、せいぜい手元くらいしか見えない。たまたまつかんだタオルで顔をぬぐうと、それが格別に温かく感じた。
かくして、三人は夜の見知らぬ山であっけなく散り散りになってしまった。しかし、それはこれから起こる惨劇のはじまりにすぎなかった。