幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~   作:ごぼう大臣

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ふとしたきっかけ("マコト"ルート)

「うわああああああぁーーっ!!!」

 

「っ!!」

 

 どこかで見知った者の悲鳴が聞こえ、マコトはハッと遠くを見た。ほぼ同時に空の向こうで雷がとどろく。確かに、ショウゴの声だった。

 雷鳴がおさまると、すぐにまた止めどない雨の音がこだまする。マコトはセーターやタイツなどを着こんだ自らを頼りなげに見つめ、外套の襟をなおして駆け出した。

 

 ショウゴに続いてシュンスケまでが洞窟から飛び出してしまった後、一人残されたマコトは彼らの荷物から衣服を取り出して着こむと、結局あとを追って出ていってしまっていた。見知らぬ場所での孤独に耐えられるほど、マコトの心は強くなかった。

 メガネにつく雨粒を気にしながら、ぬかるむ山道を駆け降りる。何度も足を取られそうになりながら、先ほどの声の主を探す。

 何分そうしていたか分からない。木々の隙間をぬい、道らしい場所を行き当たりばったりに抜ける。息が切れてふと足を止めた彼は、ぜいぜい息を吐きながら辺りを見た。

 

 そこには――当たり前だが――見知らぬ風景が広がっていた。うっそうとした木々が雨風にゆれ、巨大な影となって彼を見下ろしている。周りには人っ子一人いない。

 

「……やっぱり簡単には見つからないか」

 

 道順など最初から分からない。洞窟の地点からも離れてしまった今、行くも戻るも運しだいとなってしまった。

 

「くっ……どうしようか」

 

 うかつさを後悔しつつ、マコトは額を親指でぐっと押さえる。

 そんな彼の耳に、ふと、かすかに水音が届いた。とっさに振り向き、耳をすますと、ドドドと大量の水が流れる音がする。

 

(川だ!)

 

 マコトは思い当たると同時に、泥を蹴って走り出した。川をたどれば山で迷わない、というのは有名な知恵である。

 一度の悲鳴とはちがい、継続的に流れる川の音。彼はそれを頼りにどんどん川が流れている箇所まで近づいていく。

 しだいに、ごうごうと荒波のような音が立っているのに気づいた。夕暮れからの雨で、川の水量が増しているのだ。マコトは足を止め、しばし考え込んだ。

 

 入ったことのない山での、貴重な手がかり。しかし近づきすぎれば何かの拍子に流されてしまうだろう。何度か地面に目を落とし、マコトが選んだのは中途半端な策だった。

 せっかく遠くからでも聞こえるほど激しい流れなのだからと、水音をたよりに遠巻きに川を沿って下りはじめたのだ。

 やみくもに仲間を探しても見つからない。ならばせめて早く山を出て、助けを呼ぶのを優先しようというわけである。

 

 苔むして滑りやすくなっている道を、何度も川の方角を振り向きながら、彼は駆けていく。脇では流れるプールに似た音がひっきりなしに聞こえてくる。

 木々の間を抜け、あの狼人間の影におびえながら、彼は走り続けた。

 周囲の木に一つ一つ掴まり、すがるようにして斜面をすべっていく。地面を踏みしめる度に足首が痛む。

 

 そうして何メートル進んだだろうか。緊張のせいかボンヤリしはじめた彼の耳に、ふと話し声が聞こえてきた。

 

"にしても見つからないかなぁ。もう逃げたんじゃないか?"

 

"この天気でそう遠くまで行けるかよ。いいから探せ"

 

"ちぇ、雨で臭いが流れて苦労してるのによ"

 

 それを聞いた瞬間、マコトの背筋に寒気が這い上る。誰かを探しているようなセリフ。彼はそれが、以前に侵入者だと追いかけてきた、狼人間たちのものだと直感した。

 すぐさまその声に背を向け、彼はバタバタと走り出す。方角など気にしていられない。追っ手らしきものから逃げるのが最優先だった。

 ゆえに、足元への注意を欠いていた。

 

「ぎゃっ!」

 

 不意に、踏み出した足が宙へ浮く。そしてまたたく間に彼は体勢をくずし、体をあちこちにぶつけて腰を打った。

 

"おい、今なにか聞こえなかったか?"

 

"あっちからか!? 行くぞ!"

 

 続けて、なぜか頭上の方からあの追っ手たちの声が聞こえてくる。マコトはあわてて身をかがめ、真っ暗な視界に目を凝らした。

 見ると、彼のすぐそばには2メートルほどの岩壁があるようだった。足元も石がごつごつと並んでいる。どうやら沢の一角の岩陰に落ちたようだ。視線を移せば、今までよりも一層川の音が近く聞こえる。

 しばらく周辺を追っ手が歩き回る音がしていたが、誰もいないと思ったのか、結局遠のいていった。マコトは口をふさいで息をひそめつつ、岩壁づたいに下へと下りはじめた。

 

 追っ手がいるのが分かってしまった以上、うかつに元の道へもどる気にはなれなかった。水に入らなければ大丈夫。下りさえすれば大丈夫……そう自分に言い聞かせながら、彼は雨で冷えきった岩場の中をそろそろと歩いていった。

 ところが、歩き進めるうちに1メートル以上の落差があったり、周囲をふさぐようなガレキが増えてきたりなど、行けば戻れないような場所が一つ二つと目につきはじめた。

 マコトはそれを不安を覚えながらも滑り降り、歩ける場所を見つけて進んでいった。もし後から行き止まりにぶつかっても、もう遅いのだ。

 そして、きゅうくつな岩の隙間を抜け、とうとう水が足元まで迫ってきた頃。

 

 彼の眼下に、巨大な滝が広がった。切り立った何十メートルもの崖を、龍のような水の塊がしぶきをあげて流れ落ちていく。それは幻想郷で"九天の滝"と呼ばれる名所であったのだが……マコトにとってはどうでもよかった。

 雨で水かさが増し、今まさに山肌を裂いているかのように暴れ狂う川。彼はその目と鼻の先、しぶきで濡れた崖のてっぺんで、岩につかまって腰をぬかしていた。

 いつだったか小さい頃、友人とテトラポットの上に登って遊び、大目玉をくらったことがあった。あの時叱る側がどんな気持ちだったか、今の彼には身にしみて分かる。深く考えずに山や海に深入りするのが、どれだけ危険か。

 

「ひっ」

 

 情けない悲鳴をあげ、彼は足を滑らせた。しかし運よく――いや、運悪くだろうか――四、五メートルほど崖に引っかかりつつ落ち、途中の半畳ほどの出っぱりに腰をぶつけた。下半身がしびれるような感覚に目をつむり、マコトはふっと下に目を向けた。

 そこで、言葉を失う。

 下に広がっていたのは、気を抜けば吸い込まれそうな崖を上から眺む姿。水が流れ落ちる滝壺は、夜闇に沈んで谷底のような口を黒々と開けている。

 濁流が水面にあげる白波が、まるで幽霊のように浮かび上がった。

 

(あ、あ)

 

 マコトはぱくぱくと口をわななかせ、背後の岩壁へと後ずさる。股のあたりにふと、なま暖かい液体が広がる。

 

(……はは、やっちゃった……)

 

 恐怖で体が弛緩し、乾いた笑みがうかぶ。もはや恥ずかしさを感じる余裕もなく、彼はなぜか懐かしいような感覚にとらわれていた。

 小学校の時に、一度だけ今のように漏らしてしまったことがあった。当然まわりのクラスメイトはこぞってバカにしたが、幼馴染みのシュンスケとショウゴだけは庇ってくれた。もう何年も前の記憶だが、気の弱い自分と違ってずいぶんしっかりしていると思ったものだ。

 

 崖の中途で上を向き、濡れるにまかせてそんな思い出にひたっていると、彼は腰のあたりに妙な冷ややかさを感じた。もとより寒気などほとんど感じられなくなっていたのだが、右ポケットの中がなぜかひりつくほどに冷たい。

 首をかしげてポケットをさぐると、水気のしみた財布と、ヒモで結びつけた家のカギが出てきた。冷たいのはこのカギの金属部分だったのだ。

 

 マコトはそのカギを見て、ある日のことを思い出す。

 彼の母親は心配性で、家カギをなくしていないかとしょっちゅう聞いていた。そしてもっぱら、学校生活のことも一緒にたずねてくるのだった。

 

『マコト、学校のみんなと上手くやれてる? あんた体が弱いから、私心配で……』

 

『大丈夫だって。シュンスケとショウゴがいるもん。……ショウゴはちょっと怒りっぽいけどさ』

 

 毎回そんな話をして、親子でよく似た気弱そうな笑みを向け合うのだった。

 

 昔の記憶がよみがえり、マコトはだんだんと家族や友人が気になりはじめた。母親は、父親は、兄弟はどうしているだろう。シュンスケや、ショウゴは?

 

 山で別れた二人のことが、なかでも猛烈に気になりはじめた。今どこでどうしているだろうか。自分が生きているくらいなら、彼らもそうなのではないか? もしかしたら、今ごろ山を脱出できているかもしれない。

 頼りになる二人を思い出すうちに、マコトの体にふつふつと力がよみがえってくる。

 

 彼はおもむろに財布からヒモをほどくと、右手の手首にヒモをからませ、カギをしっかりと握った。

 そして慎重に立ち上がって体を回転し、崖の岩壁に腹をつける。そして、右手のカギを、頭上の岩の隙間に、カツンと突き立てた。

 

「ふんっ!」

 

 続けて空いた片手と片足を手さぐりで岩に引っかける。

 なんと、マコトは垂直に近いその崖を登ろうとしているのだ。夜で視界もきかない中、触感で足がかりを探し、小さなカギを岩肌に突き立てて。壁をよじ登る虫のように上へ上へと進んでいく。

 相変わらず降り続ける豪雨に、滝からはねた水が加わり、彼の肌をひっきりなしに叩く。先ほどからまとわりついていた水分が風に吹かれ、芯から体を凍りつかせる。岩肌はまるで溶けはじめの氷のように冷水におおわれ、触れたそばから指先がかじかんでいく。

 

 ロッククライマーどころか素人でも一目で止めにかかるほどの荒行に、マコトは必死で挑み続けた。なにかに憑かれたような形相で一メートル、二メートルと奇跡をものにしていく。

 

(僕は今まで周りに甘えっぱなしだった……。死にそうな時くらい頑張れないと、みんなに顔向けできないや……!)

 

 頭の中で家族や友人を思い、必死で自分を鼓舞していく。そうしてついに、もといた滝の頂点まで、あと少しのところまできた。

 しかし、所詮は命綱もなにもない、無謀な挑戦である。ほんのわずかなアクシデントで、その均衡はあっけなく崩れ去る。

 

 ここまで、意識せずとも体の隅々まで染み渡っていた冷気が、それを引き起こした。

 

「へっ……くしゅん!!」

 

 たった一度のくしゃみ。つられて体がバネのように跳ね、あっけなく彼の手が岩から離れる。体がふわりと宙に浮き、視界にあった滝の頂点が、あっという間に遠くなる。

 すがるように手をのばしたが、すでに遅かった。

 

「わあああぁぁぁーーーーっ!!」

 

 耳をつんざくような悲鳴をあげながら、マコトは下が見えない滝壺へとまっ逆さまに落ちていった。悲鳴は一瞬で小さくなり、バシャッと一度だけ水音をたてて、彼は暗闇の底に沈んだ。

 その時、水に落ちたマコトのそばで、何人かの小さな影が、ふっと振り返った。

 

――

 

(う……)

 

 頭が痛む。意識を回復したマコトは、最初にそう思った。

 もうろうとする意識をささえて目を開けると、茶色い木造の天井が見えた。どうやら寝かされているらしい、と考えて、今まで何があったか思い出そうとしていると、不意に隣から声がした。

 

「あー起きた起きた! 大丈夫かい?」

 

 それは小さな女の子の声だった。そろそろと顔を傾けると、水色の服を着た五、六歳ていどの見た目の少女たちがそろって彼を見つめていた。背にはなぜかそろって緑色のリュックをしょっている。

 少女たちの先頭にいた、ツインテールの子が前に進み出て、言った。

 

「アンタ、私らが見える? 分かったら反応してほしいんだけど」

 

 目の前でひらひらと手をふる。マコトは全身の重たさをこらえつつ、ぽつぽつと言葉をつむぐ。

 

「ここ……どこ、ですか?」

 

「お、やっとしゃべった。ここは妖怪の山の内側だよ。私ら河童(かっぱ)の住みかさ」

 

「かっ……ぱ?」

 

「そうそう。川に落ちてたアンタを、浸水の点検してた連中が見つけたんだ。あのままじゃ確実に死んでたよ?」

 

「…………」

 

 ははは、と笑いながら話す河童の一人。マコトは虚ろな表情でそれを聞いていたが、しだいに川に落ちたいきさつなどを思い出し、がばりと体を起こす。

 

「あ、あのっ……いてて!?」

 

「あー動かない方がいいよ。全身バッキバキだったんだから」

 

 見ると、マコトはミイラのごとく包帯だらけで、布団に寝かされていた。それもかまわず、彼は畳に座っている河童たちに質問をあびせた。

 

「ここは何なんですか? 僕が落ちてから、どのくらい経ったんですか? ……僕の他に、誰か見つかったりしませんでしたか!?」

 

「…………」

 

 今までの非現実的な光景から、口調が自然と矢継ぎ早になる。自身の一方的な聞き方に気づき、マコトはあわてて口をつぐんだ。

 しかし、河童たちの方はと言うと、驚くでも戸惑うでもなく、むしろ予想通りだという風にうなずき、顔を見合わせている。

 ポカンとするマコトに、ツインテールの子が言った。

 

「……やっぱしね。アンタ外来人かぁ」

 

「……へ? がいらい、じん?」

 

「まぁそうあわてなさんな。どうせ動けないんだし、イチから話してやるさ」

 

 ……それから、ツインテールの河童の少女――河城にとり、という名らしい――がその世界のことをマコトに語った。そこは現代日本と結界で隔絶され、神や妖怪がたくさん住んでいる。当然人間に害をなす者もおり、マコトたちのように迷いこんだ人間はかっこうのエサなのだという。

 しかも、なかでもマコトの今いる"妖怪の山"の天狗という種族はよそ者に厳しく、見つかればおそらく慈悲はないだろう……とのことだった。

 

「そんな……なんで僕らそんな場所に。どうしたらいいんですか。シュンスケやショウゴやみんな、まだ中学生なんですよ!?」

 

 涙目になってマコトはうろたえる。にとりはそれを手で制した。

 

「だから落ち着きなって。そもそも、なんで天狗とちがって、私ら(河童)がアンタに肩入れしたと思う?」

 

「なんでって……それは、分かりませんが」

 

 眉根をよせるマコトをよそに、にとりはポケットからあるものを取り出す。それを見て、マコトは目を見張った。

 

「僕のスマホ!?」

 

「へえ、そんな名前なのかい。壊れてるのが惜しいね。珍しい機械だ」

 

 にとりが掲げたのは、画面やあちこちにキズがはいったスマートフォン。まだかろうじて作動するそれを、彼女は我が物顔でいじっている。

 そしてマコトへ向き直ると、肩をすくめて言った。

 

「実をいうと、われわれ河童は機械いじりが得意でね。外の技術も欲してるんだ。もしアンタの仲間もこの機械を持ってるなら……」

 

「助けてくれるんですか!?」

 

「ああ。壊れてないのが手に入るなら、逃がしてやってもいい。ただしコッソリね」

 

「ぜひぜひ! 二人は僕が説得するんで、どうかお願いします!!」

 

 マコトは目をかがやかせ、何度も頭を下げた……というより寝たまま首をひょこひょこと動かした。

 にとりはそれに満足げにうなずくと、周りにいた河童たちに話しかける。

 

「ね、何人か手を貸してくれないかい? 私一人で探し出すのはさすがにキツいからさ」

 

「それはいいけど……人間つれてここまで戻ってくるんですか?」

 

「あんまり自信ないっすねー……」

 

「濡れるのはまだ平気だけど、天狗ともめるハメにはなりたくないなぁ」

 

 にとり以外はいまいち乗り気ではないようだった。にとりは「うーん、ほんじゃ……」などとつぶやいて、自身のリュックを下ろし、ごそごそと漁りはじめる。

 そして、金属製の首輪……もといチョーカーのようなものを取り出した。

 見慣れない器具に、マコトは眉をひそめる。

 

「何ですか、それ」

 

「ふっふーん。これはね、白狼天狗よけの特殊装置なんだ。いくつか造ったはいいけど、なにぶん使う機会がなくてね」

 

 うきうきした様子で、にとりは装置を首につける。上機嫌で友人を助けようとしてくれている彼女を見ながら、マコトは天に感謝した。

 思えば遭難はしたものの、偶然とはいえ落下死、失血死、溺死、凍死の全てをまぬがれたのだ。しかも、残った友人たちも、特殊な技術をもった協力者のおかげで助かる可能性が出てきた。

 よかった、諦めずにいてよかった。マコトが感極まって静かに涙ぐんでいると。

 

 ふと、にとりがこんな事を話しはじめた。

 

「白狼天狗のするどい感覚を逆手にとって、やつらの嫌がる特殊な電波を微弱に流す……。そうすれば、上手い具合に

見つからずにいけるってこった」

 

「……電波?」

 

 研究者のサガなのか、聞かれてもいない機能を流暢に話すにとり。そのなかで、"電波"という言葉にマコトは息をのんだ。

 そして何故か血相を変え、痛む体もかまわず飛び起き、にとりに向かって叫ぶ。

 

「ま、待ってください! 電波って……!」

 

「あー? 心配ないよ。人体には無害なはずだから」

 

「いや違うんです! 僕にはちょっと事情が……!!」

 

 マコトは顔面蒼白だった。実は、彼の体には一つ、変わった点があるのだ。にとりたちには話していない、特殊な事情が……。

 試運転のつもりか、にとりはかまわずに装置のスイッチを入れた。横のランプが点灯し、人間や河童には認識できない電波が部屋中に放たれる。

 次の瞬間、マコトが急に身をよじって苦しみだした。

 

「がっ……あっ、はぁっ!」

 

「!? おいどうした!?」

 

 河童たちが動揺する中、にとりがあわてて駆け寄った。マコトは目をきつく閉じ、歯のすき間からハッ、ハッ、と苦しげな息を吐いている。突然の異変に河童たちは戸惑い、原因も分からず立ち尽くしていた。

 その間、スイッチを切り忘れた装置が、にとりの首でずっと作動し続けていた。

 

――

 

「ペースメーカー?」

 

 明くる日、幻想郷の病院のような施設である『永遠亭』の一室で、にとりはそこの住人である永琳(えいりん)と向かい合って話していた。

 二人の間ではマコトの()()がストレッチャーに寝かせてある。

 

 その遺体を一瞥して、永琳は口を開く。

 

「ペースメーカーってのはね、上手く動かない心臓の補助をする機械よ。外の世界では手術で人に埋め込んだりするの」

 

「それが体内にあるからって……なんで、白狼天狗よけの機械で」

 

「もともと、電波のせいで誤作動するケースはあったのよ。最近はたいていのものは平気みたいだけど……あなたの機械とは相性が悪かったんでしょうね」

 

 戸惑うにとりに対して、永琳はたんたんと説明する。にとりは押し黙り、弱ったように頭をかいた。

 

「あっちゃ~……じゃ、私のせい? あの時うかつにスイッチを入れなきゃ……」

 

「まあ、悔やんでも仕方ないわよ。生き返るわけでもなし」

 

 永琳はため息まじりにそう言ったが、にとりはうつむいてジッとマコトを見つめていた。

 そして、おもむろに顔を上げたにとりは、あろうことかこう言った。

 

「ねぇ、永琳」

 

「ん?」

 

「そのペースメーカーって機械……私にくれない?」

 

「は?」

 

 けげんな顔をする永琳に、にとりははしゃぐようにして話しだした。

 

「その技術に興味あるんだよ! どうせ死んでるんだし、バラバラにする訳でもないしさ、いいだろ?」

 

「……いや、あなた……」

 

 永琳は呆れるような目をして見返したが、にとりは目をらんらんと光らせて物欲しそうに遺体を見ている。

 それはもう、死者をいたむ者の表情ではなかった。人間に愛情よりも利用価値を見いだし、時には尊厳まで遠慮なく踏みにじる、妖怪の表情だった。

 永琳はやれやれと額をおさえ、ストレッチャーに手をかける。

 

「分かったわ。取り出すまで少し待ってちょうだい」

 

「やったー! 早くしてねー!」

 

 もの言わぬ死体を見送るにとりの声は、まるでプレゼントを頼んだ子供のように生き生きとしていた。

 

カサデラ マコト――死亡

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