幻想郷で生き残れるか? ~不運にも迷いこんだ者たち~ 作:ごぼう大臣
「このオジサン、お姉さんたちの知り合い? ずいぶん脂身が多いねー」
「ひっ…………」
「せ、先生……?」
ある昼下がり、木々がうっそうと茂る森の中。
十歳ていどの少女と、それより四、五歳ほど歳上の少女二人が、獣道をはさんで向かい合っていた。
幼い方の少女は、金髪のショートカットに赤いリボン。白ブラウスに黒のベストに、スカートという格好で、頬をゆるませてニコニコと笑っている。
対して、歳上の二人はそろって▼▼中学と書かれた女子の制服を着て、互いに手をにぎって座り込んでいた。金髪の少女を見て、両目に涙が浮かんでいる。
「あはは、そんなに怖い? 森の動物とやってること変わらないじゃん」
金髪の少女は八重歯をのぞかせてニンマリと笑い、両手の指先をペロペロとなめた。その手はべっとりと、赤黒い液体にまみれている。赤い両目が愉快そうに細められた。
向かいにいる二人は、その様子を見ていっそう身を固くする。
何故なら――彼女らの担任教師であった男性が、目の前で、金髪に
血抜きもしていないらしい肉からは容赦なく血液がしたたり、手や口元にまとわりついて衣服に染みこんだ。辺りにはむせ返るような生臭さが立ちこめている。
「ダメだ、やっぱコイツまずいわ」
金髪は唐突にそうつぶやき、持っていた腸らしき物体を放り投げる。そして白と赤のまだら模様になった袖で口をぬぐうと、座り込んでいる二人組に向かって歩いていく。
「ね、私はルーミア。あなたたちの名前は?」
金髪の、ルーミアと名乗る少女は、両手を後ろに回して子供そのものな表情ではにかんだ。体のあちこちにある血の跡が、ひどく似合わない。
二人組の中で少し間をおいて、ポニーテールの少女が答える。
「……私は、エリカ。マエザワ エリカ」
エリカと名乗った方は、目がぱっちりとした気の強そうな娘だった。うっすら茶色に染めた髪も、そんな雰囲気に拍車をかける。
続けて、隣にいたうつむきがちな少女が、涙声で口を開く。
「わ、わたし……私、は……」
「この子はシホ。ミソノ シホよ」
言葉につまる少女の代わりに、エリカが答える。シホと名乗った方はそれきり口をつぐみ、目をそむけてしまった。
シホはエリカとは対照的に、ぼんやりとした目をした暗そうな娘だった。見た目も地味で、ろくに弄ってない黒髪を目が隠れるほどに伸ばしている。
ルーミアはそんな二人をしげしげと眺め、ずいっと顔を近づけた。二人は息をのみ、のけぞって後ずさる。
「やっぱり、お姉さんたち外来人ね。匂いで分かる」
「に、匂い……?」
不気味さに顔をひきつらせるシホ。そんな様子を見て、エリカがきつい目で前を見返し、トゲのある口調で言う。
「ワケ分かんないこと言ってるけどさ、アンタ一体何なの? ……チビッ子にしてはけっこうな食通ね」
言いながら、シホをかばうように前に出る。ルーミアは少し鼻白んだ表情をした後、後ろの男性の死体を一瞥し、思い出したように言う。
「あー、やっぱり妖怪のことなんて見当つかないか。そだよねー」
「……ヨウカイ? 何の話……」
「直球で言うとね、まあ、お化けみたいなものかな」
聞き返したエリカの言葉をさえぎり、ルーミアは事もなげに言った。ワニのようにぎらつく両目を見て、二人がそろって絶句する。
膝を震わせて立ち上がる二人に向けて、ルーミアは平然と言い放つ。
「話すと長くなるんだけどね。私たち妖怪は、なるべく人間に怯えてもらわなくちゃいけないの。とくにお姉さんみたいなよそ者は、見逃したらダメって決まってるんだ」
「つ、つまり……?」
「んもー、飲みこみ悪いなー。要は絶対に食べちゃいますよ、ってこと。まぁ今度は女の子を食べたいって理由もあるんだけどね」
「……あ、あぁ……っ!」
か細い声を出してシホはエリカにしがみつく。その姿が面白いのか、ルーミアは上目遣いに品定めするような視線を送る。
冗談だと二人は思いたかったが、内臓をほじくられた担任の死体が、その希望を打ち消してしまう。隣であからさまに血の気が失せたシホを見て、エリカが急に前へ進み出た。
「……待って! そんなに言うなら私だけ食べて!!」
「へ?」
「エ、エリカちゃん!?」
若干声をかすれさせながらも言いきったエリカに、シホが目をむいて動揺しだす。ルーミアは意外そうに首をかしげていた。
「えー本気? だって食べられたら死ぬんだよ? そこのオジサンみたいに」
「いやそりゃ、怖いけど……」
エリカは額に汗をかきながらつぶやく。
思えば、修学旅行のバスからどうやってこんな場所まで来たのかすら分からない。周りの全てが夢だと言われたら、そのまま信じただろう。
しかし、目の前に恐ろしい存在がいるということだけは、残念ながら現実らしい。何もしなければ食い殺されてしまうということも。
ごくりと唾を呑みこみ、エリカは再度口を開く。
「でも本気よ。どっちかで済むなら、私が死ぬ方がいい」
「……ふーん」
先ほどよりもハッキリとした声。シホはもうどうすれば良いのか分からず、おろおろと目線を泳がせている。
すでに袖をまくって腕をつき出してくるエリカに、ルーミアはぽつりと問いかけた。
「ね、そこまでする理由って何? お姉さんたちってどういう関係なの?」
その質問に、エリカはぴくりと眉を動かす。しかしすぐによどみない口調で答えた。
「……どうって、友達よ。ただそれだけ」
「本当にー? それだけで死んじゃえるもんなの? 人間って」
「ええ、少なくとも私はそうよ! 去年たまたま話すようになった間柄だけど、友達なんてそれで十分!!」
エリカはムキになって言い返した。それを聞いてルーミアはけたけたと笑いだし、シホは隣で目に涙をにじませた。
――二人が会ったのは一年前。中学二年に進級し、クラスの席が隣になったのがきっかけだった。
隣どうしになれば、おのずと話す機会もできる。自然と目に入る髪型や文房具の話題、教科書やノートの貸し借りなど。
シホはなかなか自分から話しかけはしなかったが、エリカはそんな些細な機会からもコミュニケーションをとっていける子だった。シホの校則通りの黒髪や字の上手さを発見しては誉め、自然と距離をつめていった。
結果的に二人の性格は上手く噛み合い、親密になっていったのである。
よくある、ありきたりな関係。それでも二人はそれを大事にしていた。
そんな過去があって覚悟を決めているなど知るよしもなく、ルーミアはつき出されたエリカの腕をすんすんと嗅いでいる。
そして、「そんなら、いただきまーす」などと言ってかぶりつこうとした。
その時。
「待って!!」
不意に、シホが今日一番の大声を張り上げた。エリカとルーミアが驚いて振り向くと、紙のように白い顔をしながらシホが前におどり出た。
「エリカちゃんは駄目! やるなら私を食べて!!」
「はぁ!?」
飛び出した発言に、エリカの眉がはね上がる。たちまち、ルーミアをよそに二人が向かい合っての言い争いがはじまった。
「アンタ何言ってんのよ!? かまわずに逃げなさいって!」
「だって……そんな、私……」
「とにかくやめて! 少なくとも死ぬのだけはやめて。冗談じゃないのよ、分かるでしょう?」
「でも……でもぉ……」
強い口調で反対するエリカに、シホはいやいやするように首を横にふった。うつむき、両手で胸をおさえながら、かすかに嗚咽をもらす。
そしてついに顔を上げ、しぼり出すような声で言った。
「だって、こんな事になったの、きっと私のせいだし……」
「……? どういう意味よ」
思いもよらない言葉に、エリカは眉をひそめる。ルーミアも見つめて首をかしげた。
シホは苦しげに短い呼吸をくり返し、ゆっくりと言葉をつむいでいく。
「今朝のバス……私が無理言って、エリカちゃんの隣に移ったから」
「……バス? まさか……」
エリカは、この見知らぬ場所に来る前の記憶をたどった。修学旅行で乗っていたバスでのこと。
クラス内で友達の少なかったシホは、バスの席順をエリカの隣に変えたがっていたのだ。周りもシホの交遊関係を知ってかすんなり了承し、彼女らは記憶が途切れる寸前まで、バス内で隣どうしとなっていた。
そんなの今に何の関係が、と戸惑うエリカに、シホはこう続けた。
「きっと……私なんかが隣にいたから、エリカちゃんまでこんな変な場所に来ちゃったんだよ。私いつもツイてないから、きっとそれに巻き込まれて……」
「……ツイてないって、いやアンタね……」
自分が近寄ったせいで不運がついてきた。根拠もなくそんな話をするシホに、エリカは半ばあきれた表情だった。
思えば、シホは以前からそうだったのだ。ある意味見た目に違わず、暗くて後ろ向きなところがある。反面、クラスで腫れ物のように扱われても、他者を気づかう優しさがある。
だが今この時、こんな優しさはまっぴらだった。エリカはシホの肩を強くつかみ、言い聞かせるように言う。
「そんなこと関係ないわよ。私だってまだ現実味わかないけど、アンタのせいなんてあり得ないって」
「でも……エリカちゃんがこんな目にあう理由なんて」
「ワケ分かんないのはお互いさまでしょ。とにかく今は、逃げなきゃいけないんだから」
エリカは脇で退屈そうにしているルーミアを一瞥し、ずいっと顔を近づける。
「あの子、その気になれば本当に人を殺すわ。万が一にも、シホを襲わせたくないの」
「…………」
「……そういえば昨日、自主研修で一緒に撮った写真あったじゃん? あれ、大事にしてね」
最後に柔らかい口調になり、寂しそうにほほえむと、エリカはシホの頭を一つなで、くるりと背を向けた。そしてルーミアの方へと歩いていく。
ところが、ようやく話がまとまったところで、ルーミアが突如こうつぶやいた。
「はぁ、めんどくさい」
その剣呑な声に、二人が振り向く。見るとルーミアがあきれた様子で頭をかいている。
「これから食事って時に、つまんないもの見たくないんだけど」
「……別れのあいさつくらいさせてよ。お望み通り食べられてあげるんじゃない」
「お腹へってる時に、ブタさんがなぐさめ合ってるの見て、興味ある?」
怒りのまじった声をあげるエリカに、ルーミアが言い返す。ほとんどの妖怪にとって人食いは特別ではなく、よくある日常なのだ。目の前で食べ物が泣き出し、大げさに感情を吐露するなど、さほど感傷的でもないルーミアには興ざめだった。
エリカは肩をすくめ、うんざりした様子で詰め寄った。
「じゃあどうすればいいのよ。今からでもジーっと黙ってればいいワケ? まな板の魚みたいに」
「うーん……それもなんだかなぁ……。あ、そうだ!」
ルーミアはひとしきり考え、ポンと手を打つ。そして名案でも思いついたかのようにはつらつとした表情で言う。
「良いこと思いついた! こうすればいいんだ」
ルーミアが笑顔でそう言うなり、二人の目の前で驚くべきことが起こった。彼女の周りに、とつじょ黒い霧のようなものが巻きはじめたかと思うと、またたく間に膨れ上がって広がり、彼女らをまとめて包みこんだ。
「ちょ、何なのよこれ!?」
「な、なに……?? やだ、怖いよ……」
エリカとシホがうろたえ出す。不思議なことにその霧は日光をまるで通さず、大きな幕のように二人を外界から遮断した。一瞬で二人の視界からいっさいの景色が消え、明かりのない密閉空間ができあがる。
「エリカちゃん! エリカちゃんどこ!?」
「大丈夫、ちゃんとここにいるから! 落ち着いて!」
不安げに金切り声をあげるシホ。互いに相手の姿がまるで見えない中、エリカが必死に声だけでなだめた。
(……まるで理解が追いつかないわ。これも妖怪の力だっていうの?)
エリカは歯を食いしばりながら、シホがいるであろう場所まで、そろそろと歩を進める。視界が利かなくなっただけで、体は簡単にすくむものだ。まるで目をつぶっている時のように、手探りで緩慢に動いていく。
しかし、そんなエリカのそばで、不意にルーミアの楽しげな声が聞こえた。
「よしよし、二人ともまだそこにいるよねー? じゃあ今からちょっとしたゲームをしまーす」
エリカは反射的に飛びのき、辺りを見回した。「ひっ」と声をもらしてシホが震えあがったのが、見えなくとも分かる。
「ルールは簡単。これから私が二人のどっちを食べるか選びまーす。残った方はそこでサヨナラです」
ルーミアはこともなげにそう宣言する。そして二人の言葉を待たずに、こう付けくわえた。
「しかーし……どちらか一人が逃げたりしたら、その時点で残った方を食べちゃいま~す。これはゼッタイ!」
「…………!」
「なんですって!?」
一方的な宣言に二人は驚き、エリカは反発の声をあげる。どこかにいるルーミアは当たり前のようにこう返した。
「だって、そうしないと美味しくないんだもん」
二人は知るよしもなかったことだが、妖怪という種族には特殊な習性がいくつもある。その一つが、人間の血肉だけではなく、感情にも嗜好があるという点だ。
妖怪の性格や好みにもよるが、大多数は人間の持つマイナスの感情……恨み、妬み、怒り、絶望などにことのほか惹かれる。ルーミアにとっても、それは同じだった。
なので、納得ずくで犠牲を出そうとする二人の心を、どうにかくじいてやろうと企んだのである。彼女は相変わらず姿が見えない中で、二人をからかうように声をかけ続ける。
「じゃあ動かないでねー? 少しでも歩いたら、逃げたって判断するから」
「……シホ、逃げて! 元々私が死ぬって決めたでしょ!?」
「いや! いやよそんなの! 出して、今すぐ出してよ!!」
自ら犠牲になろうと叫ぶも、シホは泣きわめいて拒絶した。
エリカは暗闇の中で唇をかむ。何も見えないのに命をにぎられている状況が、くやしくて仕方がない。
彼女は息をひそめ、その場に立ち尽くす。しかし諦めきれずに、両手を少しだけ、空気をなでるように周りに広げる。
今でも、シホは自分以上に怖がっているだろう。わずかでも触れて、ここにいると安心させてやりたい。たとえ触れた瞬間にどちらかが死ぬとしても、手を伸ばさずにはいられなかった。
そんな思いが通じたのか、エリカの指先がふと柔らかいものに触れる。おっかなびっくりに突っついてみると、温かく、細長いものがいくつか生えている。人の手だ。
それが分かった刹那、エリカの頭にある考えが浮かんだ。
(シホ!)
シホがすぐそこにいる。にも関わらず、自分か親友の死をむざむざ待つのか?
否、そんなことはできない。せっかく高校も一緒に志望して、これから何十年も互いの人生があるというのに、こんな理不尽で失っていいなど、口がさけても言えるものか。
……ルーミアは「どちらかを選ぶ。逃げたらもう片方を食べる」と言った。ならば、そろって逃げてしまえばいいではないか。
思考はジェットコースターのような勢いで駆けめぐり、エリカの体をとっさに動かした。彼女は触れていた手をがっしとつかみ、そのまま引っ張って走り出す。
(逃げなきゃ、ほんの少しでもアイツから遠くへ!!)
脇目も振らず、暗闇をまっすぐに突き進む。どこまでもこんな空間が続くはずがない。そう確信して、エリカは繋いだシホの手を強くにぎった。
と、ふと。エリカはある違和感に気づく。にぎっているシホの手が、妙に小さい。手のひらにすっぽりと収まる、まるで子供の手のような……。
その思考がある可能性に行きついた時、エリカははたと足を止めた。直後に、小さな手が強引に彼女の手を振り払う。
「きゃっ!?」
短く叫び、呆然としていたエリカはあっけなく地面に投げ出された。そのとたんに周りから霧が晴れ、元の森の風景が広がる。
エリカはひざの痛みにうめきながら、立ち上がりもせずに背後を振り返った。そこには、地に足をつけずに浮かんだ状態で、口を三日月形にぱっくりと開けて見下ろすルーミアの姿があった。
「あーあ、お姉さん。あれだけ言ったのに逃げ出しちゃったね」
「あっ……な……」
エリカはくやしそうに顔をゆがめ、ルーミアをにらんだ。ルーミアの楽しげな笑みを見て、彼女はようやく理解する。
エリカが暗闇でつかんだのは、シホではなくルーミアの手だったのだ。ルーミアはそれに気づくと手を離し、さもエリカが一人で逃げ出したような格好になった時点で、暗闇を解いた。
失敗したのだ。軽率さに乗じて、はめられた。
「残念だったねーシホお姉さん。あなた見捨てられちゃったよ。あんなにカッコいいこと言ったのにね」
「なっ……待ちなさい! それは……」
背を向けてふよふよと飛んでいくルーミアの背中に、エリカは必死で否定する。息を切らしてなおも呼び止めようとした時、もう一人の人物が目に入った。
「エリカ……ちゃん……?」
呆然と立ち尽くし、泣きはらした目で見つめているシホの姿。体は今にも崩れ落ちそうに細かく震えている。
血の気が引いて冷や汗をかいたその顔には、見捨てられた絶望と、信じられない気持ちと、これから殺される恐怖がごちゃ混ぜになってにじみ出ていた。
それを目の当たりにして、エリカの体に言葉にできないような焦燥感が走る。
(違うの。見捨てるつもりだったんじゃない。勘違いしただけなのよ。二人で生き延びたかった。本当に――)
弁解はうるさく頭の中を駆けめぐり、言葉にならず口から空気がもれていくばかり。そんなエリカを放置し、ルーミアはシホへとにじり寄っていく。
「う……うっ……ひぐっ」
シホはその場にへたりこみ、声をあげて泣きじゃくりはじめた。抵抗もせず、力尽きたようにうなだれる。
エリカは何故か立ち上がることができず、ルーミアがシホに触れるのを、ジッと見ていた。目の前の現実を信じたくなかったのかもしれない。
そんな二人の様子をよそに、ルーミアはまるでごちそうを前にした子供のように大口をあけ、シホの首筋にキバを突き立てた。
「あっ――ぐぅ……」
シホは目を見開き、一瞬だけ低い悲鳴をもらした。噛みついたルーミアの口から血を吸う音がちゅうちゅうと鳴り、しだいにシホの顔から生気が抜けていく。
目から涙が止めどなく流れ、それと引きかえのように瞳の光がなくなっていく。ほの暗くなった両目が、動くことなくエリカを見つめてくる。
「あー、美味しいっ……!」
数十秒ほど経ってルーミアはようやく口を離し、たまらないといった表情を浮かべた。シホの首筋から襟にかけて、毒々しい赤色が広がっている。
続けてルーミアは肉を食べようとしたのか、おもむろにだらりと垂れたシホの腕をつかんだ。そこまできて、エリカの体がようやく弾かれたように動く。
「やめて……やめてよ! やめなさいよ!!」
鬼気迫る表情で叫びながら、エリカは背後からルーミアに飛びかかろうとする。すると、急に何者かが彼女を羽交い締めにした。
「バカ! 妖怪相手に何やってるの!?」
その強い口調に振り向くと、そこには赤と白の巫女装束を着た、エリカと同じ年頃の少女がいた。エリカは一瞬だけ困惑したが、すぐに絶叫して暴れだす。
「離して! 離してよっ!! あの子が、シホが……!」
「…………」
巫女らしき少女は表情をけわしくすると、ルーミアへと視線を移した。腕をもぎ取ってしゃぶっていたルーミアが食事の手を止めると、巫女は確認するように言う。
「ルーミア、その子は……」
「ああ霊夢。大体分かるでしょ? 外来人よ外来人」
「こっちの子は?」
「連れて帰っていいよ。もう興味ないし」
ルーミアはつれなく言い放つと、また食事にもどる。霊夢と呼ばれたは一つため息をつくと、事態の呑み込めないエリカをかかえ、空へと飛び上がった。
「どこ行くのよ!? 離して! シホ、シホーーっ!!」
「大人しくしなさい! 落っこちるわよ?」
無情にも霊夢はそう言って、エリカをどこかへ連れ去っていく。シホにかぶりつくルーミアの姿がみるみる遠ざかり、森の中に埋もれていった。
――
「エリカ……もういいかげん電気消すぞ? 大丈夫だよな?」
「……小玉だけは、つけといて」
「分かってる。おやすみ」
あの修学旅行のバスが消えた事件から一週間ほど後、エリカはただ一人、バスが行方不明になった道路で発見された。当初は何があったのかしきりに涙を流し、まともに話ができる状態ではなかったという。
そののち、表面上は落ち着いたが、奇妙な点がいくつも見つかった。暗闇を以前とは別人のように恐れるようになり、夜に停電などあれば半狂乱になるらしいのだ。
また、まぶたを閉じて眠るのも耐えられないようで、彼女の目の下にはいつも濃いくまができている。いつも友達に明るく接していた姿からは想像できないと、家族も、学校の後輩たちなども口をそろえた。めっきり無口になり、人と話すことも激減したという。
……ただ、家族の証言だと、ボンヤリしていても時たま感情を出すらしい。その時はきまって、行方不明になったクラスの親友の写真をながめ、涙をにじませているのだという……。
――
『……実は眠ると、いつも同じ夢を見るんです。親友が真っ暗な場所に立ってて"どうして見捨てたの?"って、何度も何度も聞いてきます。
……私にはどうにもできません。口も利けないし体も動かない。そうしているうちに、親友は近づいてきて、無表情な目を向けてきます。……いえ、あれは死体の目です。その子が目の前までくると、急に口から血を垂らして……。
そしたらバリ、と音がして、お腹が裂けるんです。中からは……子供が出てきます。いえ、赤ちゃんじゃありませんよ。そいつは親友のお腹を食い破っているんですから。
それが何かは……お話しするのは無理です。だって口止めされていますから。言っても信じてもらえないでしょう。向こうも私のことなんて忘れていると思いますよ。
ただ当たり前に食べるゴハンやオヤツを、気にかけるわけは無いんですから』
――とある日、心療内科にてエリカの発言の抜粋――
ミソノ シホ――死亡
マキタ コウジロウ(教師)――死亡
マエザワ エリカ――生存