カラカラと車椅子を押す女性。
それが私の姉"胡蝶カナエ"だ。
そしてその車椅子に乗せられている私は胡蝶カナエの妹"胡蝶しのぶ"である。
これは私が歩んだ最期の一年間のお話。
私が初めてその違和感を覚えたのは今から約1年前。
いつも通りに朝目を覚まし着替えようとしたとき、ズキリと胸の辺りに痛みが走る。
その痛みに既視感のようなものを抱いたが直ぐに治まったのでその痛みは偶然だと思い、気にしないことにした。
その日の夜、お風呂で体を洗っているとまた朝と同じような痛みが走った。
しかし、それも直ぐに治まりなんともなくなったので違和感はありつつも疲れているだけだと判断し、お風呂から上がり私としては珍しく夜の早い時間に布団へと潜り込む。
変化があったのはそれから直ぐのことだった。
翌日、私は突然全身に絶え間なく走り続ける激痛に飛び起きた。
叫び声を上げなかったことだけは自分を誉めてやりたい。
もし、叫び声を上げてしまって姉さんが聞き付けたら迷惑が掛かると思ったからだ。
私はこの激痛の理由をよく知っている。
私には、いや、私の知る人たちの一部には前世と呼ばれる記憶を持つ人がいる。
"鬼殺隊"と呼ばれていた人の一部はその時の記憶を持ったままこの世界に転生していることがある。
その前世の記憶から一つ、この激痛の原因となるものがある。
それが私が鬼殺をするときに使っていた藤の花の毒であり、姉の仇だった上弦の鬼の弐を殺すために体に溜め込んだ毒の痛みに似ていた。
何故今になって、いや、この時代の私がそんな毒に侵されているかは不明だが、判ることは一つ。
これが本当なら私の寿命が近いということだ。
ふいに、コンコンという扉を叩く音がして。
「しのぶ、まだ起きないの?学校に遅刻するわよ?」
という姉さんの声が聞こえてきた。
慌てて時計を見ると時刻は8時を指していて、そんなに時間が経っていたの!?と驚いて急いで着替える。
どのくらいぼーっとしていたのかは分からないけど、いつの間にか痛みは消えていた。
そして着替え終わると急いで学校に行く用意をする。
それから荷物を持って玄関へと走る。
そんな急ぐ私を見てか姉さんは「しのぶ、急ぐのはいいけどこれだけでも食べて」と食パンを渡される。
それを口で受け取り咥えたまま「行ってきます」と言いながら走る。
途中、学校に遅刻しそうになって食パン咥えたまま走るなんて、どれだけベタな展開なんだろう。と思いながら学校に急ぐ。
学校に着く頃には食パンは胃の中に収まり学校には時間ギリギリで着くことができた。
クラスメイトからは「しのぶが時間ギリギリなんて珍しいね」なんて言ってきたので「昨日は夜が遅かったので起きるのが遅かったんです」と言っておく。
それから学校の中ではあの激痛が襲ってこなかったので安堵しつつ、部活も終えて帰路に着く。
「ただいま」と言うと当然のように姉さんから「お帰りなさい」と返ってくる。
あの体の痛みが理由かは分からないが前世のことをよく思い出す。前世ではあり得なかった当たり前の光景に私は内心恐怖する。
もし、あの痛みが藤の花の毒と同じであるならば、もし、そのせいで姉さんに迷惑が掛かったら、もし、私が死んだら。
そんなもしもが頭から離れない。
これはきっとあの痛みのせいだ。
だから嫌な方向に考えてしまう。
そう思うことで平常心を保とうとした。
それがただの現実逃避だとは気付かずに。
それからの私はあの激痛に日に二、三度襲われながらも誰にも気付かれずにこの痛みに耐えてきた。
症状が起こる時間はバラバラだった。
朝だったり、登校時だったり、授業中だったり、寝ているときだったり。
気付いたときには発症しても堪えられるほどの回数激痛に襲われた。
変化が訪れたのは本当に突然で、初めて発症してから一ヶ月程経った時だった。
学校が休みだったその日、私は姉さんといつものように話ながら朝ごはんを食べていた。
その途中であの激痛に襲われるが、最近では慣れてきていたのである程度は無視できるようになったが今回は違った。
その痛みに加え胃から何かが競り上がるような感覚に反射的に"吐く"と思い、勢いよく席を立つ。
姉さんが何か言った気がするが今はそれどころではなかった。
吐き気を押さえながら万が一が無いように口に手を当てながらトイレに向かう。
トイレに着く頃にはもう扉なんか閉める余裕もなく、便器の蓋を開けそこに顔を近付けた途端、吐き気は頂点に達して私は吐いた。
何度も何度も吐いて、それでも吐き気は中々治まらず汗は全身から止めどなく出て、朝着替えた筈の服はびっしょりと濡れてその着心地の悪さに吐き気がぶり返す。
「しのぶ!?大丈夫!?」
そんな姉さんの声が聞こえてきた。
どれ程の時間が経ったのか分からないがきっと一分も経っていないのだろう。
それなのに私にはこの苦しみが酷く長く続いたように思えた。
吐き気が続く中、姉さんに背中を擦られて私はもう一度吐いた。
漸く治まってきて一息付くと姉さんがこう聞いてきた。
「気分、悪いの?」
咄嗟に、私は子供のような言い訳をしようとしたがそんな言い訳が姉さんに通じる筈がないと思い、正直に白状した。
「姉さん。私、多分毒に侵されてるの」
それからは質問の応酬だった。
それは何時からなのか
痛みの度合いは
今日みたいに吐いた日は
原因は
睡眠時間は
熱は
その発作は何回起こるか
何時起こるか
色々なことを聞かれた。
それに素直に正直に答えると姉さんは「直ぐに病院に行きましょう」と言うと携帯を取り出し何処かの病院へと連絡する。
私は姉さんに言われた通り汗で濡れた服を着替える。
締め付けるような服ではなくダボっとした服にしなさいと姉さんから言われているので言うとおりに弛めの服に着替える。
着替えが終わり簡単な荷物を持って部屋から出ると姉さんが待っていて、服や持ち物をチェックする。
普段ならこんなことしなくてもされなくてもしっかりしているのだが、今は吐いてしまったせいなのか、どうにも頭が回らずフワフワとした感覚に襲われていた。
それを知ってか姉さんは私を支えるようにして一緒に歩き車に乗せる。
また吐いてしまうかもと黒いビニール袋を手元に置き、なるべく揺れないように車は進んだ。
車の中は涼しいくらいでとても快適だった。
私はフワフワとした感覚のままぼーっと車の窓から外を眺めていた。
「しのぶ、しのぶ、起きてしのぶ」
そんな姉さんの声に私は目を開けると何故か真っ白な天井が見える。
不思議に思い辺りを見回すとそこは白い部屋の中で私は白いベッドの上に寝ていた。
どうやら私は車の中で寝てしまっていたみたいで病院に着いても中々起きなかったからかそのまま検査したようだった。
それを理解した途端、急に恥ずかしくなり顔を見られないように手で覆い声にならない声を上げる。
だってそうでしょう!
小学生なら未だしも私中学生よ!?
あり得ない!!
だがそんな恥ずかしい思いもそんなことなんか知ることかと今日二度目の発症に襲われる。
予想していなかったその激痛に思わず声が漏れ出てしまい、あまりの痛さに胸を押さえて踞る。
「しのぶ!?大丈夫!?しのぶ!!」
姉さんが私を呼ぶが返事が出来ない。
今までで一番の痛みに目尻から涙が溢れる。
激痛が次々と全身に襲ってくるせいで上手く呼吸が出来なくなり浅い呼吸をし続ける。
こんな痛みは初めてで、泣いて叫びたくなるが余計に姉さんを心配させるだろうと泣くのは我慢する。
ガラガラッと扉が開く音がして直ぐに「しのぶさん!!大丈夫ですか!?しのぶさん!!」という看護師だろう人の声が耳に届く。
私が返事が出来ないからか手を握られたので今ある力の限りに握り返す。
多分、それでもかなり弱々しい力なのだろうけど。
私は相変わらず苦しさから逃れるために不規則な呼吸をするしかなく、早くこの痛みから解放されたいと祈るばかりであった。
と、また酷い吐き気に襲われ今度は一秒と持たずにその場に吐いてしまう。
「しのぶ!!!」
姉さんの一際大きな、今まで聞いたことのないような大声が私の耳に響く。
私は何とか正常に呼吸をしようとするがそれには叶わずもう一度吐いてしまう。
視界がぼやける中で私はその吐いた中に赤いものが見え、そのまま気絶するように意識を手放した。
瞼の先が明るく感じ、それによって私は目を覚ました。
寝起きだからなのか回らない頭を回し状況を確かめようとして、自分の口に何かの器具、恐らくは呼吸器が取り付けてあるのを確認する。
ふと、視線を横に移すとパイプ椅子に座ったままベッドを枕にして寝ている姉さんが見えた。
思わず私は「姉さん?」と寝ている姉さんに話しかける。
聞こえていないだろうと思ったが姉さんは体をゆっくりと起こしながら私を見て「しのぶ?」と確認するように言う。
「おはよう姉さん」と呼吸器のせいで少し喋りにくいが何とか言葉にする。
その瞬間、姉さんは飛び起き私に抱き着いた。
「良かった!良かった!!しのぶ生きてた!!」
姉さん曰くどうやら私はあの時、生死の境をさ迷っていたらしい。
話を聞くと、私は嘔吐と一緒に吐血もしたようで気を失った私を見て姉さんは絶叫し、取り乱し、看護師に部屋の外に連れ出されたらしい。
そのあと私は緊急治療室に運び込まれるが原因は不明のまま、呼吸が安定していなく、もしかしたら助からないかもしれないとまで言われたそうだ。
私の言う痛みについては現状では原因不明、詳しく調べたところによると臓器や体の至るところから正体不明の毒性の物質が大量に検出されたそうだ。
それはきっと、私が摂取していた毒だろうが現代ですら正体不明とは思わなかった。
そして私は三カ月も意識不明だったらしい。
ん?
「姉さん、看護師呼ばなくていいの?」
そう私が言うと、「あぁ!?」と今思い出したように慌てて近くにあった呼び出しボタンを押す。
慌て過ぎて十数回押していたように見えたのは目の錯覚でしょう。
直ぐに看護師が来てくれ、私に色々質問する。
痛みはないか
吐き気は
体に異常は
違和感は
食欲は
眠気は
とにかく色々聞かれた。
恐らくは私のような症例が初めてであるため細分化して少しでも情報が必要らしい。
私としては問題はないが一つ気になることがあった。
耳が聞こえづらいのだ。
聞こえるには聞こえるのだがまるで水の中で聞いているかのように聞こえづらいのだ。
それを看護師に伝えるとどのように聞こえづらいか、高い音と低い音でどう違うのかなど聞かれたが今のところは人の声は聞きやすく、周りの音は聞きづらいと答える。
看護師は「分かりました。では本日はそちらの検査からしましょう」と言うと部屋を出ていった。
「ねぇ、しのぶ」
「何?姉さん」
姉さんが呼んだので返事をする。
「死なないで」
死なないで
それは姉さんの懇願のような願いのような願望のような私からは約束できないお願いだった。
「ごめんなさい」
ごめんなさい。
それは約束できない。
そう込めた言葉は姉さんを泣かせるには十分で、ポロポロと涙を流しながら何度も、何度も、何度も何度も何度も、何度も「死なないで」と繰り返した。
私も生きていたい。
でも、なんとなく分かる。
私は多分早いうちに死ぬ。
そう覚悟したからか、私は涙を流さなかったし不思議と辛いとも思えなかった。
本当は姉さんと離れたくないのに、何故か、自分でも分からないけど、死ぬ覚悟は出来ていた。
それから時間が過ぎ、姉さんは学校に行き、私はいくつかの検査や体の調査、発症したときの対処などを聞いたりしていく、全てが終わる頃にはいつの間にか夕方になっていた。
姉さんは学校が終わり家のことも済ませ私の病室に来る。
ここは元お館様、産屋敷 輝弥さんが経営している病院で、姉さんは特別に入れてもらっているそうだ。
産屋敷さん──とここでは呼ばせてもらう──は私のことを姉さんから電話で聞き、その状況から皆には知らせずに家庭の事情で姉妹共に暫く休養すると学園の皆には説明していて、皆はそれに納得したという。
因みに、姉さんのその暫くは私が寝ている間に終わったらしい。
学園には私みたいな記憶持ちが殆どでその人達は私もよく知る人達だ。
柱の皆や蝶屋敷の皆、炭治郎君、善逸君、伊之助君、あと私たちの妹みたいなカナヲ。
通っていたときはすごく楽しくて、鬼殺隊の頃から培った突きをメインにしたスポーツ、フェンシングの部活もやっていた。
他にも、薬学研究者として有名だったり、美人姉妹として有名だったり、結構というよりかなり有名ならしい。鬼殺隊の頃とは比べ物にならないくらい楽しかった。
でも、それももうおしまい。
こんな体ではもう何一つ出来ていたことが出来ないと私の勘が言っている。
これでも勘は鋭い方で冗談で言ってみたことが本当だったことが結構あるのだ。
姉さんが来たので今では重たいと感じるこの体をゆっくりと起こす。
入院生活は嫌だけど、寝るときは姉さんと一緒なので寂しくはなかった。
姉さんは今日あったことを事細かに話してくれる。
例えば宇随さんが教室を爆破させたとか、またですか宇随さん。カナヲがアオイを助けるために三階から飛び降りたとか、え?それカナヲ怪我してない?へぇ、ないんだ。
で、そのアオイは男に告白されて断ったら詰め寄られたとか、は?何その男。死ね。
他にもこんな授業をしたー。とか一応クラスの宿題持ってきたとか、大きなことから小さなことまで本当に色々話してくれた。
そんな風に沢山話している内にいつの間にか夕食の時間になっていて、それでも昔話や最近のお店、映画、私が元気になったらつれていきたい場所とかを話しながら姉さんは夕食を食べた。
私は点滴が殆どでほぼ寝たきりのようなものだから食べられない。
でも姉さんが美味しそうに食べているのを見るのも楽しいし嬉しい。
姉さんと一緒にいると時間が過ぎるのも早く感じ、バチンッと部屋が暗くなり、消灯時間を知らせた。
私は寝ないといけないので姉さんに「おやすみなさい」と言って布団に入る。
姉さんも「おやすみなさい」と言って特別に用意してもらった布団で寝る。
私が横を向いても高低差から姉さんの姿は見えない。
この事が何故だか無性に嫌で、怖くて、つい、泣いてしまった。
こんなに泣き虫ではなかったはずなのに、変な病に掛かって死ぬかもしれないと思って、姉さんと会えなくなるかもと思うと子供に戻ってしまったみたいに涙が止まらなかった。
姉さんにこんな姿見せたくない思いで必死に声を殺そうとしても呼吸器や腕のチューブがあるせいで意味はなく、静かな部屋に嗚咽が響く。
すると、姉さんが起き上がって私の手をぎゅっと握ってくれるのを感じる。
「しのぶ、大丈夫よ」
「うん」
「絶対!治るから」
「うん」
姉さんはまるで親が子供を安心させるために言うような口調で私を励ましてくれる。
これまた不思議でこれだけ子供のように扱われても私には安心感しか感じなく、不安だった思いは鳴りを潜めていた。
そして次第に眠くなってきて、気付けば私は眠りに落ちていた。