申し訳ありません。
朝、目が覚める。
朝が弱いせいか病のせいかは分からないけど、気だるさを感じながら私は起き上がる。
起き抜けにぼーっとしながら隣を見ると姉さんは居らず、きっと学校に行ったんだろうかと考える。
発作の予兆は感じることはなく、この体のことを考える。
前世で使っていた、体に溜め込んでいた毒と似たような体の痺れや激痛、それに伴い熱や嘔吐、吐血も起こることを昨日聞いた。
私はこれを病と割り切ることにした。
そうでないと頭がおかしくなりそうだからだ。
これをただ前世と同じだと考えたくなかった。
急に襲ってくるあの痛みが怖い。
ジクジクと続く痺れが怖い。
前世ではなんとも思わなかったのに今は凄く怖く感じる。
いけない。
病は気からと言うがその通りだった。
この常に恐怖を助長させる、突然襲われるあの激痛が怖いと、姉さんを置いてしまうのではという思いや死にたくないという考えが、私を駄目な方へと意識を向けられる。
前世ならこんな痛みも我慢して笑顔を振り撒いて、何でもないように過ごせていたと思うが、今世ではそれが出来ない。
幸せだった筈なのに、生まれ変わって姉さんと再会して、鬼殺隊や蝶屋敷の皆と再会して、またカナヲと出会って嬉しかった。楽しかった。
神様がいるのなら言ってやりたい。なんで私だけ、なんでまたあの痛みを我慢しなくてはいけないのか、私が何かいけないことをしたのか、そんな風に怒鳴りたかった。
いけない。
また嫌な考えをしてしまう。
前世では医者だったのにこれではいけない。
あぁ、また前世と比較してしまった。
苦しい。
まるで水の中にでもいるかのように体が重い。
外の音は聞こえない。
「あ」と声を出すと聞こえるので鳥の音や車の音、俗にいう環境音というものが聞こえないだけだと分かる。
それでも周りの音が聞こえないということは人がいないとずっと無音の中という事で、それは私が世界から取り残されたようにも思えてしまう。
誰か
誰でもいい
声が聞きたい
姉さんの声が聞きたい
あの優しい声が
コンコン、という扉を叩く音がして看護師が入ってくる。あ、そういえばこの音は不思議と聞こえる。
「あ、起きられていたんですね」という声を聞き私は一人ではないと知る。
泣きそうになるのを我慢して、テキパキと私に繋がる管の容器の取り替えをして、検温器で熱を計る。
幾つかの質問に答え、診察時間や1日の工程を聞くと「食事は出来そうか」と聞かれるが吐いてしまうことを怖れて辞めておく。
看護師が「それでは」と出ていこうとして、また一人になる恐怖に怯えて「あの!」と呼び止めてしまう。
言ってから気付く、ここに残ってもらうのは本人に迷惑が掛かってしまうと。
私は小さく「なんでもないです」と言うが看護師は動かなかった。
不思議に思った私は首をかしげると看護師は困った顔をして視線を下の方へと向ける。
何かと思いそちらを見ると私は看護師の裾を握っていた。
いや、握るというよりは親指と人差し指で摘まんでいる程度だが、無意識にしていた行為に私は顔が赤くなるのを感じながら「あ」と声を漏らしながら裾から手を離す。
離したところで看護師は何か考える素振りをして「じゃあしのぶちゃん?もう少しここにいてあげる」という優しい声と共にパイプ椅子に座り、私の左手を両手で包み込む。
その手からは人の体温が伝わり、その優しさから込み上げるものがあり、私はポロポロと涙を流していた。
それに対し看護師は「辛いよね、痛いよね」と声を投げ掛けてくる。
そこには大人のつもりでいた私はもういなく、ただただ今まで我慢してきた涙を流し続けた。
目を覚ます。
周りを見て理解する。
窓からは夕陽が差し込んできていて随分と長い間寝ていたんだと気付くと同時に私は泣き疲れたことで寝てしまっていたということに気が付く。
検査は既に終わっているようで、寝ている私の顔を覗きこむ姉さんを見て思わず「姉さん!!」と声をあげてしまう。
そのせいで何度か咳き込んでしまうが姉さんが背中を擦ってくれて落ち着きを取り戻す。
「ふふっ。しのぶ、今日はずっと寝ていたんですって?」
そんなことを言われ、私はぶっきらぼうに「えぇ」と言ってしまう。
「お医者さんから聞いたわ」
唐突に姉さんはそんなことを言い出した。
一体何を聞いたのだろうか?私が寝ていたこと?泣いたこと?今日はずっと寝ていたからそれくらいしか思い当たらなかった。
姉さんは「落ち着いて聞いてね?」と前置きをする。
何故、と思ったがどんなことを言われてもいいように覚悟して「わかった」と返事をする。
姉さんは意を決したようにこう言った。
「しのぶ。しのぶはあと、半年しか生きられないみたいなの」
へ?
「え………」
言葉が続かなかった。
分からなかった。
私が、あと、半年で?
きっと今の私は顔面蒼白なのだろう。
そんな冷静に考える自分と「どういうこと?」と口にしてしまっている現状を理解できていない自分がいる。
覚悟はしていた。
きっと長くは生きられないと
先が短いと
覚悟はしていた。
していたがあと半年だなんて思わなかった。
急に明日が怖くなった。
全てを理解した途端、無理をして体を起こし無理やり酸素マスクを外して姉さんに詰め寄る。
「あと、半年?本当に!?」声を荒げそう言い寄ってしまうほどに信じられなかった。
そして無理をしたせいで体に負担が掛かったのか咳き込む。
しかもその咳き込み方が悪かったのか息がしづらくなり過呼吸に陥る。
最悪なことにそこに更に発作を起こし、呼吸が上手く出来なくなった。
必死に息をしようと吸い込みそれと同時に咳が出てしまい状況が悪化する。
姉さんが必死に私の意識を保とうと声をかけてくるがよく聞こえなかった。
呼び出しボタンを押していたのか看護師と担当医が入ってくる。
落ち着こうと息をしようと焦れば焦るほど咳は酷くなって、全身に襲う痛みもあって意識がまた遠退きそうになる。
「しのぶちゃん!!しっかり!わかりますか!?」
透き通るような聞き馴染みのあるような声がする。
何とか意識を持ち直したのを見たからか一人から声を掛けられる。
「ゆっくり、ゆっくり息を吸ってください!」
その声に私はゆっくりと息を吸い始める。
体に空気が取り込まれるのが分かると「はいて~」とゆったりとした声で言われ、息を吐く。
呼吸が安定してくるのが分かるとまた「吸って~」と言われ、ゆっくりと息を吸い始める。「はいて~」と言われゆっくりと息を吐く。
何度か繰り返していく内に呼吸はゆっくりとしたものになり気持ちが落ち着く。
意識がはっきりしたのを見ると看護師は外してしまった酸素マスクを付け直す。
起こしていた体を看護師と姉さんが慎重に寝かせ、担当医が話す。
「胡蝶しのぶさん。お姉さんから聞いたかもしれないけど、このまま解毒が出来なければ貴女はあと半年程で体を蝕んでいる毒が心臓まで達します。我々も最善を尽くしますがどうかお覚悟なさってください」
余命宣告というやつだろうか、担当医にはっきりとそう言われ「そうですか」と生返事しか出来なかった。
そのあとは何か色々言っていた気がするがよく覚えていなかった。
意識がはっきりした時には既に夜になっていて、姉さんは静かに本を読んでいた。
きっと意識が覚束ない私をなにもせずに見守っていたのだろうと考える。
時間を確認するともうすぐ18時を差すところだった。
「姉さん?」と姉さんを呼んでみるとピクリと反応して「あぁ、やっと反応してくれた」と安堵の表情を浮かべる。
どうやら私は担当医から余命が短いことを言われたあとから反応があやふやでまるで前世の昔のカナヲみたいだったと言う。
姉さんは今日もここに泊まるようで、夕食は既に食べ終わったらしい。
そういえば、何故姉さんの夕食があるのか不思議に思って聞いてみると、産屋敷さんから用意するように進言してくれたそうで、これも前世で世話になったからと言うことらしい。
あの人には一生以上にお世話になっているような気がする。
今日は姉さんに持ってきてもらった本を読む。
人の声がないと無音なので若干寂しさはあるもののすぐ近くに姉さんがいるので安心する。
少し発作があったもののすぐ治まる程度のもので、姉さんが近くにいたこともあって今は落ち着いている。
部屋の電気が消えて消灯時間を知らせる。
途端に眠たくなってきたので姉さんに「おやすみなさい」と言って早々に眠りにつく。
姉さんの「おやすみなさい、しのぶ」という声を最後に意識が途切れる。
夢を見ている。
そう気がついたのは今、あの日の光景を遠くから見ているからだ。
あの日、姉さんが上弦の弐と戦って殺された光景を見ている。
一歩遅れて当時の私が駆けつける。
不思議な感覚だった。
知っているのに知らない視点からの光景は私に絶望を与える。
手を伸ばせば届くはずなのに手は伸ばせず、体が言うことを聞かない。
目の前で何度も斬られ、最後に殺される姉さんをただただ見ていることしか出来ない。
あの時姉さんが上弦の弐と会ったのは本当に偶然のことだった。
上弦の弐の血鬼術で肺を凍らされる姉さん。
まるで感情のない気味の悪い笑顔で鬼は姉さんに近付き、上部だけの言葉で話し、そして姉さんはその手に持つ扇によって殺される。
場面は変わり姉さんと目が合う。
あの時と全く同じ光景が目に映る。
私は叫ぶ。
あの時と全く同じ言葉を紡ぐ。
頭では別の言葉が次々に浮かぶがその言葉が発せられることはない。
まるで地獄のような光景だった。
悪夢だった。
前世で炭治郎君が言っていた下弦の壱の血鬼術を思いだし、それに掛かっているのではと思ってしまう。
手には姉さんの命が溢れ落ちる感覚に襲われ、目には傷だらけの姉さんが口から血を流しているのが見え、鼻には血の匂いがこびりつき、耳には姉さんの最期の言葉が聞こえる。
また、姉さんが死ぬ。
夢であろうそれはあまりにも夢からかけ離れすぎていて、まるで現実のように見えてしまい見るのも耐え難かった。
それでも夢は終わらない。
姉さんが私に託した最期の言葉「幸せになりなさい」その言葉が酷く耳に残る。
気分が悪い。吐き気がする。涙が止まらない。
ごめんなさい
約束守れなくてごめんなさい
ちゃんと幸せになるから
ちゃんと幸せになりますから
置いていかないで
私もつれていって
死なないで
いやだ
だれかねぇさんをたすけて
しんじゃいやだ
おいていかないで
それでも夢は終わらない。
姉さんは最期まで笑顔のままその体から力が抜けきった。
頬に当てられていた手は地面へと落ち、目を閉じ、フッと、少しだけ軽くなった感覚と共に一羽の蝶が飛び立ったような光景を見た。
声にならない筈の声が聞こえる。
私の叫び声が響く。
どこか遠くの方で私を呼ぶ声が聞こえる。
その声は今喪われた筈の人の声で
そこで初めて私自身が叫んでいることに気付き、この悪夢から目を覚ます。
勢いよく上体を起こして夢だったことを知る。
夢から覚めた筈だが分からない。
これが現実なら姉さんは生きているはず。
そう考えて息が乱れているのも関係なしに必死に姉さんを呼ぶ。
横から誰かが私に抱きつき、その温もりのお蔭で段々と落ち着きを取り戻す。
抱きついてきたのは姉さんだった。
姉さんは「大丈夫よ!私はここにいるわ」「しのぶを置いていったりなんかしない!」「大丈夫、大丈夫よ!」そう私に言い聞かせてくれた。
私の顔は涙で濡れていて悪夢を見た影響からか着ていた服は汗でしっとりとしていた。
ふと、手のひらを見ると夢の感覚が残っているのか私の手には生ぬるい感触とびっしりと赤い血がこびりついているように見え、嘘のような血のような匂いがして、姉さんの死を思い出してしまい気分が悪くなる。
そのせいで胃液が昇ってくる感覚に急いで酸素マスクを外すと同時にその場で吐いた。
一緒に出てくる鼻水や涙なんかも垂れ流し、暫くの間吐き続けた。
姉さんはゆっくりと私の背中を摩ってくれてあやしてくれる。
周りを見るのに余裕が生まれるとどうやら看護師は呼ばなかったようだった。
それでも吐いてしまったのを見た姉さんは呼び出しボタンを押して看護師を呼ぶ。
時間を見るとまだ0時を回ったところであり、"それだけしか経っていないのね"と夢と現実の時間の差に嫌気がさした。
あの悪夢は何十時間にも感じた。
姉さんが戦って、殺されて、私が来て、数時間くらいの筈の出来事がまるで引き伸ばされたかのようにとても長く感じた。
「しのぶちゃん、ちょっといいかな?」
と、気づかない内に看護師が来ていて音のない世界で吐いてしまったものごと布団を丸めて回収し、もう一人の看護師が新しい布団を掛けてくれる。
水と洗面器を受け取り、そこで口を濯ぐ。
サッと、体温を計ると「うーん。少し熱があるみたいね」と言って体を温めるように言われて、胸辺りまで掛けていたものを肩ほどまでに掛け直す。
布団の気持ちよさに直ぐに眠気が差してきて、誰かに手を握られたことの安心感に私は漸く深い眠りについた。