目を覚ます。
それだけのことなのに私は嬉しかった。
時間を見ると既にお昼を過ぎていて、少しため息を吐く。
寝すぎてしまった。
まぁ、それも仕方がないと割りきるしかない。
悪夢を見てから三週間が経った。
あんな夢を見た後だからか二、三日は誰かが居ないと不安で泣いてしまったり、夜眠ることが怖くなったり、寝付けなかったのに朝早く目覚めてしまうことが多くて十分に休めていなかったからだろう。
あの時は恥ずかしかった。
朝、誰もいない部屋で起きてその静けさと寂しさから呼び出しボタンを押してしまい、小一時間看護師に付き合ってもらったり、夜寝るのが怖くて、寝付けなくて姉さんにベッドで一緒に寝てもらったりと今では黒歴史みたいに忘れたいことだったが、肝心の姉さんや看護師は「仕方ない仕方ない」と言うし、姉さんに至っては「しのぶはまた昔みたいに甘えたさんになっちゃったのね」などと何度も蒸し返すのだった。
そんな日を送っている内に呼吸は安定するようになってきて、発作もない日があるくらいには落ち着いてきた。
私の状態から大丈夫だろうと呼吸器とカテーテルが外された。
点滴はまだ必要だが食事も病院食(全て液体)が出されるようになる。
因みにカテーテルが外されたのでトイレは呼び出しボタンか姉さんに頼んでいる。
そういえばと、あることに気が付く。
前世で毒を食んでいたのはこの時期ではなかっただろうか?
私は今14歳で、姉が死んだのも、毒を食べ始めたのも、姉さんの真似をし始めたのも、その毒に慣れてきたのもそうなのではないか?
そうだとしたら整合性は取れている。
でもなぜ?姉さんが来たら聞いてみよう。
それと点滴などのお蔭で毒が和らいできているらしい。
それでも毒の広がりが未だに治まることはなく、徐々に広がっていると姉さんから聞いた。
あと半年
落ち着いてそう考えるとやりたいことがまだ沢山あったことを思い出す。
学校の皆と遊んだり、姉さんと出掛けたり、両親の墓参りに行ったり。
私は部活や研究であまり友達と遊びに行くことはなかった。
密漓さんとは何度か誘われて根負けする形で一度お出かけをしたことはあったがそれ以外には遊びには行っていなかったのでいつか私から誘ってみよう。
両親は数年前に交通事故で亡くなっている。
まるで前世との示し合わせかのようにある日、自動車に轢かれてそのまま亡くなった。
私たちは両親が突き飛ばしてくれたお蔭で大事には至らなかった。
だから医者は両親が来なくても姉が泊まっていても、理由を知っているから何も言わないでくれる。
恐らく産屋敷さんもこの事には関わっているのだろう。
そんなことを考えながらぼーっとしていると「しのぶ、来たよ」という声がして、姉さんが戻ってきた。
何やら手には見慣れない紙袋を持っていて、それを私に渡してきた。
「お医者さんがね、呼吸が大分安定してきているからそろそろ付き添いがいるなら車椅子で外に出ても良いって言ってくれたの」
外に出られる。
外の音が聞こえなくとも花や風景が変わるだけでも心境が大きく変わることがある。
人の声以外が聞こえないことは姉さんも担当医も知っている。
毎日の検査と健康管理、それとマッサージで私の五感が日に日に弱くなっていることが分かった。
最近では味覚にも毒の影響が出ていることが判明した。
私の全身に廻る毒は血液を通して神経や血流、内蔵の機能にも悪影響を及ぼしていて、嘔吐や吐血もそれが原因だと知った。
私は外に出られるだけでも嬉しかった。
毎日ベッドの上で起きて一日の大半をベッドで過ごすのは意外にも精神的に辛かった。
今までフェンシングやらで体を動かしてきたのでそれが出来ないと結構キツかった。
自然と頬が緩み笑顔になるのが分かる。
そんな私を見てか、姉さんは「袋、開けてみて?外に出るしのぶにプレゼントなの」と言って催促する。
紙袋には大きめの何か布製の物が入っていた。
初めはブランケットやマフラーだと思ったがそれは大きく予想を外れた。
広げてみるとそれは羽織だった。
それも見たことのある羽織。
それは蝶を模したような柄。
前世で姉さんや私が使っていた物と同じ柄の羽織だった。
驚いた私は姉さんに聞く。
「これ……って、羽織……?……でもなんで?」
「ふふっ。それね?産屋敷さんがしのぶにってくれたのよ?因みに私からはこれ」
産屋敷さんが私に?
それと姉さんが直接渡してきたのは蝶の髪飾りだった。
それも見たことのあるものだ。
入院していた私は美容室なんかには行けるはずがなく、看護師には揃える位しかやってもらっていなかった私の髪は今では背中を越えるくらいにまで伸びていた。
外に出ると髪は邪魔になりそうだと纏めるために姉さんが自作したらしい。
まぁ、元々は誕生日プレゼントで渡そうとしていたらしいけど。
意外な姉さんの器用さに驚きつつもギュッとその二つを抱く。
あぁ、私は幸せ者だな。
なんて柄でもないような感想を口に溢す。
「外、出てみる?」
「うん。行こう!姉さん」
そういうと「分かったわ」と言った後、姉さんは部屋を出ていく。
どうやら車椅子を取りに行ったみたいだ。
姉さんが見えなくなり、私は嬉しさを抑えられずに口角が上がるのが分かる。
「ふふふっ」なんて声が漏れでるが気にしない。
羽織をベッドに広げたり肌触りを確かめたり、また抱き締めたり、髪飾りに光を通してキラキラと光る蝶を眺めたり、そんなことをしてると「しのぶ?」という声が聞こえる。
蝶の髪飾りを本物に見立てヒラヒラと動かしていた腕と体がビタッと硬直する。
キリキリと音がしそうなくらいゆっくりと声の方を向くとニコニコとまるで子供がおもちゃで喜んでいる姿を見る母親のような視線が二人から刺さる。
いや、合っているんだろう。
実際に私はまた着られるとは思っていなかった羽織と姉さんのくれた蝶の髪飾りに興奮していて、もし自由に動けたら小躍りするくらいには喜んでいたから間違いではない。
間違いないではないがこれは恥ずかしすぎる!
なんだ最近の私は!?
子供か!?
あぁ、もう、恥ずかしいし。しかもその恥ずかしがった姿すら二人にマジマジと見られる始末。
もう、諦めよう。
子供でもいいや。
だって14歳だし。
世間的に子供だし。
はぁ……。
そんな私に看護師が声をかけて車椅子に移る。
羽織は姉さんが袖を通すのを手伝ってくれたが着てみるとかなり大きく作られているのかブカブカであった。
でも暖かいので良しとする。
「動きますね」という看護師の声に返事をして、部屋を出たあと今まで通らなかった道を進み、エレベーターで一階まで降りる。
温室があるというので恐らくそちらに向かっているのだろう。
フワリと微かに花の匂いがする。
着いたのは様々な種類の花が咲く温室だった。
薔薇や桜、梅、向日葵、それと藤の花の匂い。とどうやったらこんな部屋ができるのかと思ってしまうほどの光景だった。
看護師が車椅子の操作を姉さんに変わり「暫くは二人で、ね?」と言うと近くのベンチに座る。
どうやら好きなように回っていいようだった。
姉さんは「ありがとうございます」と言って車椅子を押す。
暫く移動しながら、車椅子を押されながら花の感想や、これからやりたいことを姉さんと話す。
それに姉さんは「じゃあ早く治さないとね」と元気をくれる。
私は姉さんの笑顔が一番好きだ。
鬼殺隊だったあの頃と同じ、死ぬ直前まで見せていたあの笑顔は生まれ変わっても変わらなかった。
だから私は生きたい。もっと姉さんの笑顔が見たい。
どんなに苦しくても、どんなに痛くても、姉さんみたいに笑顔を振り撒いて生きたい。
真似事じゃなくて私として姉さんみたいに生きたい。
根性論とか気合いとかではどうにもならないかもしれない。
それでも生きようとは思うようになった。
「姉さん」
そう言って姉さんを呼ぶと「分かったわ」と言うと看護師と別れた場所へと戻る。
「どうでしたか?」
「楽しかったです」
「それはよかったです」
「変わりますね」
そうして少しの会話をして姉さんは車椅子を操作を看護師と変わる。
病室に戻る途中、トイレに連れていってもらいことを済ませ病室に戻ると姉さんが羽織を回収し、看護師は私をベッドへと移す。
私の今の体重は40キロしかないらしい。
まぁ、身長低いし液体しか飲んでないので妥当なのではと私は思っているが看護師曰く、羽のように物凄く軽く、最初はビックリしたとのこと。
うーん。前世の私は37キロとそれ以上に軽いのだけど痩せすぎなのでしょうか?
まぁ、それは一先ず置いておくとしよう。
今日も姉さんとお話をしながらご飯を(私は液体だけど)食べて、寝る前のトイレに連れていってもらう。
病室に戻りベッドの上で眠くなるのを待ちながら本を読む。
眠たいからか視界がぼやけてきたので姉さんに「おやすみなさい」と言って横になり、布団を上げる。
「あら、少し早いわね」と言いながらも部屋の電気を消す。
目をつむるが寝付けなかったので姉さんにこんなことを聞いてみる。
「ねぇ、姉さん。もし、私が死んだらどう思う?」
「そんなこと言わないで。ちゃんと生きて、しのぶ」
姉さんは間髪いれずに悲しそうにそう答える。
分かっていたことだけどなんとなく、聞いてみたかった。
「うん、生きるよ。だってまだ姉さんの笑顔が見たいし、姉さんと沢山お話ししたいから」
「そうね。私もしのぶと沢山お話ししたい。お出かけしたい。だから必ず治してね」
「うん」
姉さんと話をしていると段々と眠たくなっていき、勝手に瞼が閉じていき私は眠った。
翌日、珍しく早く起きれたのか窓を見ると朝日が差していると分かる。
視界に少し違和感を感じて"何時だろう"と時計を見ると、時計がぼやけて見える。
おかしいと思い目を擦ってもそれは変わらなかった。
嫌な予感がした。
起き上がり姉さんのいる方を見ると姉さんはまだ寝ていて「姉さん、姉さん」と何度か呼ぶと「どおしたの?」と姉さんが起きる。
「目がおかしいの」
そう言うと姉さんはバッと起き上がり私を見る。
その目は私の目を見ているようで、観察しているように見える。
「ねぇ、しのぶ」
「な、なに」
あまりにも真剣な目で話す姉さんに少しビックリするが、次の言葉に唖然とする。
「しのぶ。その目、ちゃんと見えてる?」
「え?」
確かに視界がぼやけているのは変に思うが、そこまで言うような状態なのだろうか?
姉さんは呼び出しボタンを押して看護師を呼ぶ。
看護師はすぐに来てくれて、姉さんは私の目がぼやけていることを話すと私の方により。
「しのぶちゃん、ちょっと目を見せてくれる?」
と言われ看護師と目を合わせると目に光が当たる。
これは瞳孔がしっかり開いているかを見るためだと知っているのでまさかと思う。
看護師は「うん」と一人頷くと、聞きたくなかった言葉を口にする。
「しのぶちゃん、このままだといずれ目が見えなくなるわ」
嫌な予感が当たってしまった。
あぁ、神様。私は何か罪を犯してしまったのでしょうか?
前世で毒を食べたことでしょうか?
姉さんとの約束を守らなかったことでしょうか?
私の死を前提に鬼を倒そうとしたことでしょうか?
カナヲやアオイ、蝶屋敷の皆を悲しませたことでしょうか?
私の目が見えなくなったら、姉さんの笑顔が見れなくなったら私は何を希望に生きていくのでしょうか?
神様は理不尽です。
目を閉じるのが怖くなる。
次の瞬間見えなくなるかもしれない。
いつ見えなくなるか分からない。
怖い。
怖い。
怖い。怖い。怖い。
体が震える。
誰かに抱き締められる。
声が聞こえた。
「しのぶ!!返事をして!!お願い!!」
「しのぶちゃん!?聞こえますか?」
「胡蝶さん。胡蝶さーん!」
知っている声が二つ。
姉さんの声といつもの看護師の人
それから担当医の声も聞こえる。
「は、い」
震える声で返事をする。
と、突然激痛に襲われる。
最近では起こっていなかった発作と全身を駆け巡る痺れ。
何で?治まっていたんじゃなかったの?
呼吸が上手く出来なくなった。
急な出来事が多数襲い掛かり対処できなかった。
苦しさから後ろに倒れ込み、痛いくらいに両手で体を強く抱き締める。
当然、そんなことでは発作は止まらず、呼吸しようとするが上手く呼吸が出来ずパクパクと口を開け閉じするだけとなる。
必死に呼び掛ける声にも反応出来ずにいた。
ざわざわと多くの人の声が混ざった音を聞きながら、勝手に動く体の感覚でチューブや呼吸器、他にもいくつもの管が付けられていく感覚を感じながら私は漸く意識を手放した。
翌日、私はまた寝たきりに戻り、そしてその二日後には視力が完全になくなり、私は目が見えなくなった。
私の見た最後の姉さんの顔は笑顔ではなかった。