蟲は花を離れ蝶は鳴く   作:croto

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書いたり消したりしている間に時間が開いてしまった。

今回は短いです。


胡蝶しのぶの独白その四

随分と長く眠っていたような気がする。

 

目を開けても視界に広がるのはボヤけた世界で、どんなに近くにあるものもはっきりとは見えず、 靄のかかったように霞んで見える。

今の私は人工呼吸器を取り付けられ体の至るところから管が伸びていて、ずっと息苦しさを感じている。

 

何時か確認しようにも霞んで見えるこの目は時計を正しく認識できない。

「しのぶちゃん」と呼ぶ声に看護師が来たことを知り、返事をすると「では診察しますね」と言って熱を計る。

心拍数は心電図で録っていて、体に痺れはないかや体の異常、違和感がないかと入院し始めた頃よりも細かく聞かれ、答え続ける。

その途中で時間を聞いてみると、今は14時を少し回ったところだった。

日にちはあれから二日経ったのだという。

 

そこに姉さんが入ってきて、「あ、こんにちは」と看護師に挨拶をする。

「おはよう、しのぶ」と声が聞こえるが霞むこの目には、笑っているであろういつもの笑顔は映らなかった。

疲れているせいか、病のせいかは分からないがすごく眠たかった。

でも目を閉じるのが恐かった。

次の瞬間目が見えなくなるかもしれないと思うと目を閉じたくなかった。

それでも睡魔には勝てず私は眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

霞んではいるけどまだ目は見えていた。

 

まだ目が見えることにホッと一安心すると左から「起きた?」と姉さんの声が聞こえる。

ボヤけて見えても姉さんが見えることに安心すると自然と涙が流れていく。

 

「しのぶ?どうしたの?どこか痛い?」

 

私が泣いたことに驚いたのか心配そうな声で聞いてくる。

 

「恐いの」

 

恐い。

 

ただその一言を言うだけで私が今まで隠してきた感情は決壊した。

 

恐い

 

恐い

 

寝るのが怖い。

 

目を閉じるだけで不安が増してくる。

 

見えなくなったらどうしよう。

 

そのまま死んじゃったらどうしよう。

 

怖くて、恐くて、不安で

 

嫌だ

 

寝たくない。

 

寝たら何も分からないから

 

寝てる間に発作が起こったらと考えると息が苦しくなる。

 

一度考えるとずっと頭には恐怖が残って離れない。

 

呼吸が乱れる。

 

姉さんが私の手を握ってくれて、少し落ち着くと一つ深呼吸する。

 

「大丈夫よ、しのぶ。お姉ちゃんがずっと傍にいてあげる」

 

「でも、学校は?」

 

「産屋敷さんがね、しのぶが治るまで休んでいいって言ってくれてたの。だからここ二ヶ月位は行ってないの」

 

あまりにも予想外の発言をする姉さんに驚愕するしかなかった。

ここ二ヶ月。つまりは私が最初に倒れてから目を覚ます少し前から学校に行っていなかったようだった。

確かに、居ないことはあってもそれでも居るときの方が長かった。

でもそれは早退してでも来てくれていたと思っていた。

 

「でも、それって大丈夫なの?」

 

「しのぶの事は先生方にはちゃんと知らせているし、生徒の皆には本当のことを言ってないけど、しのぶはちょっと病気でお休みしてることになってるわ。それで私は特別に許可を貰って有給にしてもらっているの」

 

皆私のこと知ってたんだ。

 

あれ?でも

 

「あぁ、しのぶは入院した時から面会謝絶になってるから、それにしのぶ、カナヲやアオイが来たら絶対無理してでも元気な振りするでしょ?だからよ」

 

確かに、カナヲたちがいたらきっと私は蝶屋敷の頃のように笑顔で接していただろう。

それも蝶屋敷の時のように姉さんの笑顔を張り付けて皆に心配させないように、ツラいのを我慢してでも。

そんな私の考えることなんて姉さんにはお見通しで、皆と会わせないようにしてくれていたらしい。

 

そのあとも時間の限り姉さんとお話をする。

 

姉さんは病院に泊まり掛けだが掃除や洗濯に帰ることはあるらしい。

でも殆どの時間は病院にいて、担当医から症状や今後の治療、病気の悪化の進行状態など色々と聞いて、自分でも私の毒の研究をしているらしい。

因みに姉さんは学園で保険医をしているのもあって、毒の研究は珠世さんと共同で行っていて、今は代理で珠世さんに変わってもらっているという。

私の本当の事情を知っているのは姉さんと産屋敷さん、珠世さんくらいしかいない。

 

姉さんと話していると担当医が入ってきて、毒の進行具合を説明される。

担当医が言うには毒の進行が急速に進んでいて、それが視力の低下に繋がっていると言った。

他にも味覚や聴覚、嗅覚も低下していて、味覚は殆ど無くなっていて嗅覚は何も感じられなくなっていることが分かった。

 

夢を見た日から生きているのがツラく感じる時がある。

 

悪化はしないけどチリチリと全身を突き刺す痛みが突然襲ってくるときがある。

悟られないように平静を保とうとしても弱りきったこの体はそれを許さず、痛みによる汗が溢れる。

内蔵が締め付けられる感覚に息が詰まりそうになって、咳が止まらなくなることもある。

その時は姉さんが看護師を呼んだり、私に呼び掛けて意識を保たせようとする。

 

辛すぎて、痛すぎて、もう嫌になって、「死にたい」と思わず言ってしまったとき、姉さんは痛いくらいに私を抱き締めて必死に「お願いだから死なないで、姉さんを一人にしないで」と言ってくる。

あの時は私も毒でおかしくなっていたのかつい、姉さんに「姉さんには分からないでしょ!!」と怒鳴ってしまった。

そのあとすぐにお互いに謝ったのでこの話はここでおしまい。

 

ベッドで横になっていると自然と眠たくなってくる。

体が休息を必要としているのか病のせいなのかは定かではないが、とにかく眠たい。

でも寝るのが怖くて寝れないでいる。

必死に寝ないようにして、無理に起きようとしていると。

 

「大丈夫よ。もししのぶの目が見えなくなってもお姉ちゃんずっと側にいてあげる。呼んだら手を握ってあげる。抱き締めてあげる。だから無理しないで寝ていいわよ?」

 

そう言って姉さんは私の頭を撫でる。

 

安心感と気持ちよさに私の中の寝ないという思いは次第に薄れていき、目は閉ざされ、意識は深く沈んでいく。

 

姉さんのその手の暖かさを感じながら私は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、私は目を開ける。

 

 

目を開けた筈だった。

 

 

視界は暗いまま

 

 

夜のような薄暗さではない完全な暗闇が広がる。

 

「は、はは」

 

という自分でも驚くほどに渇いた笑いが出てきた。

 

私はもう景色を見られなくなった。

 

姉さんの姿さえ見えなくなった。

 

手の感覚から手を握ってくれていることは分かった。

 

「姉さん?」と呼んだら「何?しの」と声がした。

 

途中で言葉が途切れたのは私の目を見たからだろう。

 

「しのぶ……。その目は……」

 

「うん。見えなくなっちゃった」

 

私の目は光を通さなくなってしまった。

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